第6話:根幹の真実

「う……ん……」


 俺は微睡みの中にいた。

 目が覚める前の、半分覚醒した状態。


 完全に寝ている訳ではない時間で、ベッドの中でゴロゴロしたくなる、そういう状態。


 そろそろ朝だろうか。冒険者をしていると、朝が早起きになるのと、時間感覚が鋭くなって、決まった時間に起きられるというのがある。


 でも、まだ出たくないな……なんて思いつつ身をよじる。

 すると、どうも隣から暖かさと、良い匂いを感じる。

 さらに、柔らかさというか、ずっと寄り添っていたくなるような……


 ――ふよん。


「ぅんっ……!」


 ん? 「ふよん」?

 しかも今の声は俺ではない。さっきまでよく聞いた声のような……


 それを意識した瞬間、俺は一気に覚醒し、自分の上に掛かっている布団を跳ね上げて身体を起こそうとする。


「ふぬぅ……レオ……」


 こ、この声は!

 明らかに女性の声だ。

 そして、布団を跳ね上げたからだろうか、隣からなんか手と足が伸びてきて……


「……大人しく……せんか……」


 ――むぎゅっ!


 そんな効果音が出そうな勢いで、俺は絡みとられてしまった。

 というか、柔らかいものに顔が埋まったせいで、い、息が……!


 手足は自由だったため、どうにか逃げだそうと手足をばたつかせる。

 すると、手が何かフワフワのものに当たった。


 とにかくどうにかして拘束から逃げるため、手足を突っ張って身体を起こそうとしていたためだろう。

 ちょうど当たったそのフワフワを、俺は握り締めてしまった。


「ひゃあんっ!!」

「!!」


 拘束は緩んだ。

 俺は拘束から逃げ出すと、すぐに立ち上がって回れ右……


 * * *


「……で、妾の尻尾をわしづかみにした上で、さらに飛び込んで来た……と」

「……いや、すまん。尻尾とは思わなかったんだ」


 おはようございます。レオニスです。

 現在目の前には、超絶ジト目のフィアがおります。

 俺は正座です。


 状況としては、部屋から出ようとしたのだがペッドの上だったためバランスを崩し、しかも彼女は尻尾を俺を捕まえよう絡めて来て、俺はベッドに逆戻り。


 しかもその瞬間の勢いで、彼女に飛び込むことになったわけである。

 どことは言わない。ただ、大変柔らかかったとだけ報告させていただく。


 そこからの尋問……事情説明である。

 顔を真っ赤にしつつ俺の言葉を聞いていたフィアだったが、しばらくその豊満な胸の下で腕組みをして考えると、一つ溜息を吐いた。


「むぅ……ま、まあ、わざとじゃないのなら仕方がないな。それに妾にも落ち度はあるから……だがこういうのは順序が……」

「フィア、悪かった」

「……そういう愁傷なところがずるいのじゃ」


 なんかフィアが呟いた気がするが俺の耳には届かなかった。

 俺が頭を下げていたら、どうやら許してもらえたらしく彼女は俺の手を掴んで立ち上がらせてくれた。


「んんっ……さて、朝食にでもするかの」

「ああ、そうだな」


 そういって食料庫に二人で向かう。

 食料庫には、かなりの量のレトルトがあり、恐らく1年程度は生活できるのではないだろうか。


「妾はこれじゃな」

「俺はこれにしよう」


 お互い選んだパウチを電子レンジのような機械に入れる。

 これは大変便利な魔道具で、『温める、焼く、蒸す』だけでなく『急冷、微凍結』など色々出来る魔道具だそうだ。


「この魔道具、本当に便利だな……持ち帰りたいが……」

「ん? 持ち帰れんのか?」

「それがな……」


 俺はこの世界での法律をフィアに教えた。

 こういった遺跡の魔道具は勝手に持ち帰ることは出来ないことや、報告の義務、他にも色々なルールを伝える。


 彼女もそれを聞いて俺が渋った理由を理解したのだろう。


「……確かに、それなら持ち帰るのは難しいのう。しかし、たかがこの魔道具程度、難しいものではないんじゃがな……」


 旧世界ではとても一般的なものだったらしい。

 しかも彼女曰く、これは安い方の魔道具だそうだ。


 しばらく魔道具の話をしながら食事をしていたのだが、あまり話しすぎても時間が掛かるため食事に集中することにした。

 俺が食べているのは、なんとなく中華丼らしきもの。

 彼女はカレーライスらしきものを食べている。少し貰ったが、中々美味しかった。

 彼女も「うまうま」と擬音が付きそうなほど嬉しそうに食べている。


「いや~、意識がなかったとはいえ、千年ぶりの食事は別格じゃ♪」


 大変お気に召したらしい。

 ちなみに、言葉と合わせて彼女の耳がピコピコと動いている。


 フィア――正しくはプエラリフィアは、狐の獣人の姿をしていた。

 輝くような金色の美しい髪と、透明感のある白い肌。

 艶のある、桜色の唇や、紅色のルビーのような瞳。


 10人がいたら20人が振り返るような美少女。

 いや、少女というのは語弊がある。


 身長は俺より少し低く、160センチあるかないかというところ。

 それなのに、胸が大きく、そして腰はくびれていて……という大変色っぽいというか、艶っぽい美女なのだ。

 そして、表情が豊かで童顔。


 ちなみに旧世界を知っているため、口調も合わせると「のじゃロリ巨乳お稲荷様」……

 属性過多だと思う。


「なんか、邪念を感じるのう……」

「はははは」


 勘が鋭い。女性は怖いな。


 さて、二人とも食事が終わり、片付け(といってもゴミを捨てるだけ)してから改めて書庫へ向かう。

 この場所は彼女にとって勝手知ったる場所。

 蔵書の種類だって、なんだって彼女が知っていたので、俺は古代文字の教科書を使って勉強を始めた。


「しかし……妾たちの時代の【共通語】をそれなりとはいえ読めるというのは素晴らしいのう」

「うーん、これは小さい頃から勉強していたからな……それに、今の時代では旧世界の遺跡の探索や本の読解のためにも、あると便利な知識だからな」

「なるほどのう……」


 元々幼い頃に古代文字については学んだ。

 もちろん、普段使う言葉ではないため徐々に忘れていたのだが、それでも全く初見ではないのは助かったな。


 ちなみにフィアの方は俺に教えるための教科書探しをしているらしい。

 少しどんな授業か、怖くなってくる不思議。


 * * *


「というわけで、基礎から始めることにするかの!」

「ところで、その服はどこから持ってきたんだ……?」


 午後。

 フィアが「準備できた」ということで【全属性】について教えて貰うことになった。


 だが、フィアはどういうわけかリクルートスーツにワイシャツ、そして眼鏡をかけて髪をアップにまとめ、指し棒を持っていた。

 コスプレか。


「妾のコレクションの一つじゃ」

「なにそれこわい」


 どうやらコレクションということからして、他にも色々な服があるのだろう。

 めちゃくちゃ気になる。


「まあ、追々見せるからの」

「ありがとうございます」


 おっと、つい90度のお辞儀をしてしまった。


「……さて、まず基礎というわけじゃが」


 なんとも言えない、チベットスナギツネみたいな目で見られた。

 あいにくと俺はドMではないので、喜んだりはしない。少しゾクッとしたが。


 いかん、集中せねば。


「魔力、特に【マナ】というものは体内――正確にはアストラル体の中で循環しておるのは知っておるか?」

「ああ、それはこの世界でも常識だな」

「ふむ。では、アストラル体から【マナ】を取り出し、【エーテル】で増幅しながら魔法は発動させるのも知っておるか?」

「そういえば、【初級魔術理論】の本でも『エーテル操作』という言葉があったな。だが、今の世界だと【マナ】を消費して詠唱することで発動する、って言われているが」


 やはり、根本的な部分で旧世界の理論と今の理論は異なるらしい。

 俺の言葉に対して、フィアは呆然唖然と言うような表情をした。


「……あり得ん、詠唱なんぞしとるのか。確かに【エーテル】の操作を覚える基礎中の基礎じゃが、上位の魔術師が使うことは無いのう。全属性にとっては無意味じゃし……」

「そんなレベルか……確かに【全属性】では無意味って書いてあったな」

「うむ、だからこそ【全属性】は独学が出来んのじゃ。熟練した使い手が弟子を育てて受け継ぐ、それほど困難ともいえるのじゃが」


 苦笑気味に話すフィア。

 確かに独学で出来ないというのは難しいかもな。

 師匠につかなければいけないわけだから、時間面や費用面、タイミングや場所も問題になるだろうし。


「ま、俺にはフィアという師匠がいるから心配ないな」

「……ふふっ、そうじゃな。その代わり厳しいぞ?」


 厳しい修行には慣れている。

 それこそ【護国流剣術】なんて……


「お、おいレオニス、どうしたのじゃそんなに震えて……」

「……あ、いや、少し思い出が……」


 「獅子は子を千尋の谷に落とす」とかいうレベルでなく厳しかった……

 まあ、それは今は良いんだ。


「難儀な過去があるんじゃな……さ、続けても良いか?」

「あ、ああ。大丈夫だ、すまない」

「うむ……しかし、詠唱が一般的なこの世界では、魔術――いや、魔法と言っておったな、魔法は非常に弱く、効率の悪いもののはずじゃ」


 どうだろうか。

 今の時代を生きる俺たちからすると普通なのだが、確かに詠唱している時間は勿体ないし、下手するとその間に接近されて終わることがあるのは事実。


「詠唱は問題あるのか?」

「魔術を学ぶ初期なら有効じゃ。【マナ】の流れだけでなく【エーテル】の流れを認識するためにはのう……しかし、詠唱で操作できるエーテルなんぞ高が知れておるから、そんな魔法は弱くて当然じゃし、自分でエーテルを操作したり増幅せず、詠唱はいわば他力本願なのじゃから効率が悪い。結果、アホみたいに無駄な魔力を消費しておるのに、バカみたいに弱い魔術になるわけじゃな」

「詠唱はあくまで補助、ということか」

「うむ。かつて妾たちの時代に詠唱で簡単に魔術が使えんか研究した者もおったが……1時間かけて詠唱した魔術が、妾の無詠唱で撃った初級魔術に負けておったから……」


 大変残念すぎる。

 1時間かけて詠唱するということは、つまりは休み無しで詠唱するということ。

 詠唱は途中で途切れたりすると魔法が発動しないので、必死にタイムラグ無く詠唱しなければいけない。


「ともかく、詠唱は無駄だということだな」

「うむ。さて、エーテル操作の必要性を今度は説明するぞ」


 エーテル操作とは、自分のマナだけではなく、エーテルによって増幅させるための魔力操作法。

 マナだけではどうしても魔術の発動に限界があるし、どんなに魔力が多くても連発すればすぐに消耗してしまう。


 それで、自分のマナはあくまできっかけとして用い、魔術の多くの部分をエーテルで行うようにすると、圧倒的に効率が上がり、しかも魔力量が少なかったとしても強力な魔法が撃てるようになる。


「……そのようなわけで、エーテル操作は大切なのじゃ。だが、制御が下手じゃと、暴発などの恐れもある」

「そりゃそうか」

「うむ。それで、マナの流れを知り、エーテルの流れを感じ取る。その入門編が詠唱じゃが、それを感じ取れるようになれば不要になってくる……ただし、これはあくまで普通の話じゃ」


 【全属性】の場合は詠唱で訓練しても意味が無い。

 それは本にも載っているし、自分でも十分すぎるくらいに理解している。


「さて、【全属性】の場合、マナとエーテルの流れを感じ取ることがまず困難なのじゃ」

「あ、そういう……」

「うむ。もちろん個人の微妙な違いはあれど、非常に分かりづらいのが事実。それで簡単な方法としては……」


 そう言ってフィアは俺の手を取った。


「ん? 何をするんだ?」

「こうやって両手を繋いで、妾からマナを流し込んでゆくと、どうじゃ、流れてくるのを感じるじゃろ?」

「ああ」


 確かに、俺のマナとは異なる感覚が巡ってくる。

 そうすると……これが俺のマナで、フィアのマナ……これがエーテルか?


「む? 自分で魔力を循環させておるのか?」

「ああ、普通にこれはできるぞ。それと、フィアのマナと、多分これがエーテルだな、という感覚が分かる」

「なんと……」


 何か意外だったのだろうか。

 フィアの表情が呆然という感じだが。


「どうした、フィア?」

「む、ああ……いや、それが出来るなら早いのう……普通これだけでも数ヶ月かかるのじゃが」

「あー……」


 あ、これはあっさり出来るとマズいパターンだったか。

 まあ、フィアと俺しかいないので問題なし。


「俺の学んだ剣の流派がな、魔力を使う前提で組んであってな……」

「なるほどのう……」


 俺は自分の学んだ流派について説明した。

 【護国流剣術】という名前、学ぶ事柄、修行方法……

 少しだけトラウマが蘇ったのは内緒である。


「……かなりハードじゃな。じゃが、もしかすると開祖が【全属性】だったのかもしれんのう」

「……その可能性があるか。古い流派だったし」


 【護国流剣術】はそれこそ1000年以上の歴史ある流派。

 もしかしたら、旧世界の生き残りが開いたのかもしれない。


「しかし……まるでヤツの弟子が使っておった剣術みたいじゃの」

「ほう、旧世界にもあったのか……ヤツって?」

「ペンドラゴンのヤツじゃ。ヤツの弟子は3人おっての。その内の2人、姉弟でな、姉が剣、弟が槍を使って同じようなことをしておった」

「珍しいな……」


 ペンドラゴンという人物の弟子、か。

 ケモナーだったのだろうか。それとも紳士の弟子か?

 しかし、姉は剣、弟は槍とは前衛しかいないのか……


「もう1人の弟子が魔術師でな……【全属性】ではなかったが、強い魔術師じゃった。その男は、確か姉の恋人だったはずじゃ」

「わーお」


 それ、弟くんは居たたまれなかっただろうな……

 しかし、男の魔術師って格好いいな、響きが。


「ま、この話は置いておくとするか。また休憩の時にでも話そうかのう、気が向けば、じゃが」

「ああ、楽しみにしている」


 一旦この話は中断して、俺は講義の続きを聞くことに集中するのであった。


 * * *


「さて、昨日はエーテル操作の重要性についてじゃった。今日は、【全属性】に不可欠な【整流レクティファイア】についてじゃ」

「わー、ぱちぱちぱち」

「うむ、耳の穴かっぽじってしっかり聞くのじゃ」


 あ、そこは乗ってくるのね。


「さて、【整流レクティファイア】について話す前に、少し【全属性】がなぜ詠唱で魔法を発動できないのか、ということを教えておくぞ」


 ふむふむ。

 確かに疑問に思っていたことではある。

 3つの属性までであれば発動できるのに、なぜか【全属性】は発動できない。

 この決定的な差は何だろうか。


「まず、属性の相生については分かっておるかと思う。火と水、風と土、光と闇はお互いを打ち消し合う。これは良いかの?」

「ああ」

「では、なぜ打ち消すのか。簡単じゃ、それはお互いの魔力が逆の性質を持っているからじゃ」


 なるほど。


「火は【発散・活性】、水はなんじゃと思う?」

「なんだろうな……収束と活性か?」


 水はよく回復などに使われる。そうなれば活性だろうか。

 でも、者を溶かすという点からすれば発散……うん、わからん。


「惜しい、逆じゃな。水は【発散・安定】の性質じゃ」

「そっちなのか」

「まあ、そういう定義と覚えておけば良い。最初の性質が【マギ・ベクトル】、続く性質が【マギ・ポラリティ】と呼ばれておるのじゃ」


 中々ややこしい名前が出てきた。

 まあ、名前から察するに、方向と極性か。


「そうなると、風のベクトルは収束と……活性か?」

「おお、その通りじゃ」


 なるほど。

 基本的にベクトルは同じで極性だけが異なると反性質となるわけか。


「ん? それならベクトルが異なるとどうなるんだ?」

「話が早いのう。まあ、予想は出来るのではないか?」

「なんとなくだが……【上位属性】か?」

「うむ。まあ、妾たちは【複合属性】と呼ぶがの」


 これはなんとも……

 今知られている魔法の定義の根幹じゃないか。


「火と風の複合が【爆】、水と風で【雷】、火と土で【砂】、水と土で【氷】の性質となる……が、バランスが悪いと発動せぬが」

「なんか、今の魔法の根幹の話だな……今の時代の魔法は、旧世界からしたら幼稚だろうな」

「うーむ、否定はできぬのう……まあ、妾としては他の者に伝える気はない。レオニス、お主だけじゃ」


 そのフィアの一言を聞いて、俺は無性に嬉しく感じた。

 自分にだけ与えられる知識という「特別感」は格別である。


「……ありがとうな」

「む? ふふっ、お主だけじゃよ~」

「……突っつくな」


 俺がそっぽを向いていたら、フィアが頬を突いてきた。


「ま、レオニスを揶揄うのはここまでじゃ」

「……おう」


 わざとですか、このやろー。


「さて、ここで【光】は出てきておらぬ。これらはまた特殊なので、少し後で話すことにする」

「了解だ」

「そのようなわけで、主要四属性については性質によって変わってくるということはいいな?」

「ああ」

「この性質を理解出来たのであれば、【全属性】も予想が付くじゃろう?」

「……なるほど。【全属性】、つまりはすべての性質の魔力を持っているわけだな」

「そういうことじゃ。しかも【全属性】は必ずすべての魔力の強さが等しく、故にすべてが打ち消し合うことになるのじゃ」


 なるほど。

 すべての性質を持つとなれば、魔力として存在はしていても、すべてが打ち消し合い、属性魔法を発動できないわけだな。


 ん? だが、それが詠唱とどう関係するんだろうか。


「でも、それが詠唱とどう関係するんだ?」

「うむ。それが次の問題となる。昨日話したように、マナがアストラル体を循環しているのは覚えておるな?」

「ああ」

「では、アストラル体から引き出したマナによって魔法を使った場合、魔力を回復させるにはどうする?」


 魔力の回復か。

 方法としては2つある。


「魔力回復薬を飲むか、寝るかだな」

「その通り。なぜそれで回復するか。それはどちらもエーテルを吸収するからじゃ」

「ん? つまりエーテルを取り入れてマナを回復させるわけか」

「うむ。さて、ここで質問じゃ。エーテルの性質はなんじゃと思う?」


 ははあ、なるほど。

 これまでの流れから、俺は予想が出来てきていた。


 わざわざ【全属性】について教えるためにこのような根幹の話や性質の話をしている。

 つまり、これまでの内容と、俺が経験していることを総合的に考えるならば……


「エーテルもすべての性質を持つ、ということか」

「その通りじゃ!」

「なるほどな、だから俺は魔力回復が早いわけだ」

「おお、それもその通りじゃな。妾たち【全属性】はすぐに魔力が回復するし、熟達すればほぼ魔力を減らさずに回復をしつつ放つことも出来るぞ」

「なにそのチート」


 訓練方法をきちんと行えば、かなり強いわけだ。

 まあ、問題はそれが受け継がれていなかったということだな。


「結論として、【全属性】持ちのマナと、エーテルの性質は同じ。だが、これが詠唱を使えない理由でもある」


 あ、なんとなくこれも予想がついてきた。

 そんなことを考えつつ、彼女の次の言葉を待つ。


「詠唱は、エーテル操作の訓練であると共に、簡単な制御プログラム――式でもある。これによってマナが引き出され、エーテルを抱き込んで必要な魔術――魔法を発動させるのじゃ」

「なるほどな。ある意味強制的にマナを励起させるのか」

「うむ」


 プログラムか。

 これ、つまり複雑な制御プログラムも組めるということになるんじゃないか?


「だが、【全属性】の場合、すべての性質……属性を持ったマナなので、詠唱だけでは必要な属性のマナを引っ張ることは出来ない」

「詠唱にはそこまでの制御力がないのか……」

「それはそうじゃ。あんな短文で制御できるものなど高が知れておるわ」


 たしかに。それは全く否定できないわ。

 普通に関数1つ組むだけでもそれなりの構文だしな。


「まあ、稀に少し引っ張ることができたこともあったが、結局エーテルの性質と同じじゃから、すぐに霧散してしまうのじゃ」

「なるほど、制御されていないエーテルに当たって終わりか……」


 そりゃどれだけ詠唱しても意味が無いわけだ。

 すぐ魔力が散るのも当然。全部エーテルに溶け出してしまうわけだし。


「そのようなわけで、【全属性】の魔術師に必要な基礎スキルが【整流レクティファイア】というスキルなのじゃ」

「なるほど。予想としてはフィルタリング機能か?」

「それは別のスキルじゃ。【整流レクティファイア】は周囲のエーテルを制御して霧散させぬようにし、エーテルを吸収して回復を助ける制御スキル、というのが正確な内容かのう」

「なるほど……」


 とにかく【整流レクティファイア】を習得するのが【全属性】の始まり。

 これを習得するために、俺は以降3日使うのであった。


 * * *


 3日後。


「ふう……どうにか、習得できたな」

「……いや、素晴らしいのう。まさか3日で習得するとは」


 俺はこの3日、みっちりと訓練を受けて【整流レクティファイア】を習得することが出来た。

 合わせて、エーテルを用いた【マナ回復高速化】も習得できたのである。


「しかし、これで俺も【全属性】の門をくぐることが出来るんだな……」

「うむ、これで妾も心置きなく極意を伝えることが出来るの」


 魔力の知覚と効率化。

 そして【整流レクティファイア】によるマナの霧散防止とエーテルによる増幅と回復。


 ここまで来ると、最早詠唱の必要性がなくなる。まあ、元々【全属性】には不要のものだったが。


「もしかすると、【整流レクティファイア】があればかなり剣術の幅も広がりそうだな……」

「そうじゃのう。お主の【護国流剣術】と相性は良いじゃろうな」


 試しに【玉響】から【陽炎】、そして【暁】までの一連の技――【一成】というのだが、発動してみる。


「おお……! 恐らく威力も上がったし、何より疲弊しないで済む!」

「確かに……逆に【整流レクティファイア】無しでよく発動できたのう……無理矢理放出を抑えておったとはいえ、かなり負担だったはずじゃ」

「ああ、大体【一成】の発動でかなり魔力を持って行かれていたしな……」


 これなら、恐らく他の技も習得できるに違いない。

 といっても、俺の手元には指南書などはないのだが。


「まあ、これからは魔法も使えるようになるから、かなりの力を持つことになるの」

「ああ、楽しみだ」


 これから俺は、どのような魔法を学び、使っていくのだろうか。

 そして、この先どんな冒険が出来るようになるのだろう。


 とっても楽しみだ。

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