第5話:出会い

『妾が保証しよう。お主は紛れもなく【全属性】の適性を持っておる』


 突然、そのような声が響いてくる。

 だが、どうも近くというわけではないな。反響音のようにも聞こえるが……


「……誰だ?」


 見渡しても誰もいない。

 大体、このエリアに生物の気配はないのだ。


『こっちじゃ、こっち』


 また声がする。

 なんとなく、声が魔力を通して直接脳内に響いているように感じる。

 魔力を循環させる際の容量で、周囲の魔力を探ってみる。


『妾はこっちじゃ』


 再度響いた声。

 魔力を探っている最中だったおかげで、すぐに方向が分かった。


 書庫の奥、少し入り込んだ部分のケモミミ女性の彫像。

 この声はそこからしている。


 一旦本に栞を挟んで閉じ、書見台に置いたまま移動する。

 書庫の奥、彫像の前に来ると、最初とは明らかな違いがあった。


 彫像の頬の部分が一部ひび割れ、そこから淡い光が見えている。


「なぜ、ひび割れて……」

『それはお主が妾に触れたからじゃ』

「それだけで、なのか?」

『そうじゃ。その際にお主の魔力が一部、この封印に注がれたのじゃ』


 どうやらこの彫像は封印らしい。

 つまり、このケモミミ女性は生きているということ。


 それはすなわち、モフモフが楽しめるということである!


 ……おっと、何かが迸った。


『……一瞬、なんか悪寒がしたのじゃが』

「風邪か?」

『どうして封印されている妾が風邪をひくのじゃ!』


 確かに。

 しかし彼女はまさかの「のじゃ」系ですか。大好物です。


『……なんじゃろ、お主、妾の友人に似ておるのじゃが。雰囲気が』


 もしかしたら、当時も紳士はいたのかもしれない。

 いや、いたに違いない(断言)。


「ま、それは置いといて」

『……流すとはのう。結構重要なんじゃが、特に妾にとって』


 それは後でで良いでしょう。

 とにかく、今は聞きたいことがある。


「それで、君は何者だ? なぜここに封印されているのだ?」

『……流されるのも微妙なのじゃが、まあいいわ。妾はプエラリフィア、魔術師の一人であり、【全属性】の使い手じゃ』

「【全属性】……だと……!?」


 まさかこの場所に【全属性】の使い手が存在するとは。

 なんとなく、この都合の良さのために「用意された感」を感じるが……


『うむ、【全属性】という大変に稀で、超レアな属性の使い方を伝授するため、妾はここにおる』

「伝授するため?」


 彼女は続ける。


『うむ。なにせ稀すぎて、使い手が少ないのじゃ。いや、人数はそこそこおっても、修行から逃げるやつもおるし……それなら未来に賭ける方がマシじゃろ?』

「いや、その理屈はおかしい」


 確かに先程の本を見る限り、他の属性に比べて習得難度は高そうではあった。

 それでも折角魔法……いや、【魔術】が使えるのだから、それを学ばないというのはおかしいのではなかろうか。


『大体、阿呆共が「魔術はエリートが使えればよくね? パンピーが分かるわけねーべ」などとほざくのが問題なのじゃ! なにが「魔道具あればよくね? 簡単に作れるし、安いし」じゃ! その魔道具の理論は誰が発展させたと思うとる!』


 どうも、彼女がいたころは魔術が高等学問だったようである。

 一般の人はそれよりも自分の生活をどれだけ楽にするか、楽しむかが問題で、『魔術が廃れるなんてありえねー』と思っていたそうな。


 彼女に後で聞いたらそういうことだったらしい。


「……まあ、なんだ。大変だったんだな……」

『うむ! それで妾は自らを封印し、新たに【全属性】の持ち主が現れるのをここで待っておったのじゃ……じゃが』


 そこで彼女は言葉を切った。

 そして何かを考えていたようだが、少しして口を開いた。


『……今は、一体いつじゃ?』

「そこからか……」


 * * *


『なるほどのう……【旧世界】か、よもや千年も経過しておったとは……。しかも旧世界は滅亡? 今は生き残りによって復興された世界で、色々知識が失われておると……』


 俺が聞きたいことは今のところ聞けていないが、まずは彼女に今の状況を伝えるのが先決だろう。

 先程の口ぶりからするに、彼女は相当に頭が良いはず。


 こちらの知識を先に与えることで、今後モフ……じゃない、協力したり、力を借りる際の貸しと出来るかもしれない。

 その上で、今後も長いお付き合いを……おっといかん。


 そんな事を考えている間も、彼女は自分で色々考えているようだった。


『ふむ、状況は分かった』

「流石だ。古の賢者」

『やめんか……普通にフィアと呼んでほしいのじゃ』

「そうか。分かった、フィア」

『うむ』


 そんなやりとりの後、彼女が改めて声音を変えて話し始めた。


『さて』

「ん?」

『妾の目的は教えたとおりじゃ。それでのう……お主、妾の後継者にならぬか?』

「後継者? 俺がか?」


 意味はもちろん分かっている。

 だが、本当に俺が後継者になれるのだろうか。


 彼女の目的は【全属性】の適性者を探し、知識を引き継ぐ者を育て、使い手とすること。

 確かにその後継者となることは願ってもないが、本当に俺が【全属性】なのか、という問題があると思う。


『うむ。お主は後継者の条件を完全に満たしておる』

「条件だって?」

『そうじゃ。まず、当然のことながら【全属性】であること。そして魔力量が多いこと。最後に、【ペンドラゴン】の血筋であることじゃ』

「色々あるな……」


 というより、最後の一つなんて意味が分からない。


「大体、なぜ俺が【全属性】と言い切れる?」


 仕方ないので、一つ一つ疑問を潰していこう。


『なぜお主を【全属性】と断定できるか、簡単じゃ。妾がこのように話が出来ておる時点で確定じゃよ』

「どういうことだ?」

『この封印はの、【全属性】の適性を持たぬ限り、全く解除されぬ。そのように組んだのは妾じゃからの』


 なるほど。

 確かに封印というのは属性が関係する。


 【風属性】の何かを封印するなら【土属性】というように、対象と相反する属性で封印するものだ。

 そして、【全属性】の自分の封印を解除は、【全属性】であること、か。理に適っている。


「なら、魔力量は?」

『属性の一致だけでこの封印は解けぬ。少なくとも意識の覚醒をさせるには、十分な魔力量を持っていればこそじゃ。もしお主が十分な魔力量を持っておらんかったら、触れた途端魔力枯渇で倒れたじゃろうな』


 恐ろしいことをしやがる。


『で、最後の点じゃな?』

「ああ。【ペンドラゴン】の血筋って言っていたが……なんだそれは?」


 もちろん、「ペンドラゴン」という言葉は知らないわけがない。

 某有名な騎士王様の称号だ。断じてあれは名字ではない。


 最近では騎士王様は女性になったり、反転したり……良いぞもっとやれと言いたいが、生憎今の俺には言えない。

 世界が違うもの。


『本当に知らんのじゃな、悲しいのう……【ペンドラゴン】というのは、【竜の頭領】と呼ばれておった世界の守護者。有名なヤツじゃったよ』


 そう言いながら、彼女は懐かしむような声で話す。


「その人物については覚えているか?」

『うむ、良い友人だった。少し妾を……というか耳の辺りへの視線が凄かったが。あと尻尾とか……』


 間違いない、ケモナーだ。

 モフモフしたくてたまらなかったのだろう。

 その意志は、俺が受け継ぎます。


『……何をいきなり一筋涙を流しておるんじゃ』


 見えている、だと!

「貴様、見てい『あまりやり過ぎると怒られるぞ? 多方面に頭を下げにいく羽目になるが……』……」

 

 ……カットされた。なんか思考読まれているな。

 というか、『怒られる』って、ネタが伝わるのだろうか?


『魔力は思考を伝えるのじゃ……それはまあ、よいのじゃが……お主が【ペンドラゴン】の血筋と言える理由を教えておこうかの』

「そうだな、助かる」

『まず、この場所をどうやって見つけたのじゃ?』

「え? それは落とし穴トラップに掛かって……」


 はっきり言って恥ずかしい話だ。

 少し意識していれば見つかった……というより、元々気付いていたトラップだったのに、最後で引っかかるというのは冒険者として悲しくなる。


『そうじゃな。まず、それに引っかかる時点で血筋なのじゃ』

「は?」


 血筋だから引っかかる?

 そんなアホの家系とでも言いたいのか?


『いや、そうではなく……トラップ自体が発動する条件が、【ペンドラゴン】の血筋であるという条件なのじゃ。しかもその者には意識操作でトラップを回避し辛くさせておる』

「なんで無駄に高性能なんだ……」


 どうも魔力自体にも家系というのは影響するらしく、魔力によってフィアは大体どの血筋なのか判断が付くらしい。 あくまで、旧世界の血筋かどうかという部分らしいが。


『さらに、もし間違って他の者が落ちたとしても、あの扉は開けん。もし魔力を注いだら、すぐに元の場所に戻るのじゃ』

「二重で対策しているのか……というか、そこまでする理由って……」


 後継者を育てたいとか言いつつ、完全に血筋を選んでいる。

 そうなるとここを訪れる人なんて限られてしまうはずだ。


『基本、【ペンドラゴン】の血筋は【全属性】が多くての。この家は元々魔術を研究する一族で、それは妾が生活しておった時代でも変わらんかった』

「つまり、確率としてペンドラゴン一族が後継者になりやすかった、ということか?」

『そうじゃの。大体、ここはペンドラゴンの土地のはず……じゃったが』


 聞くところによると、ここはそのペンドラゴン一族の土地だったそうな。

 一族の者は当たり前にダンジョンに入っていたから、ここに到達する可能性は高い……という予想だったらしい。


『……ま、その予想が完全に外れたのじゃが』

「……まあ」


 なんとも言い難い雰囲気になりつつ、俺としても何と声をかけて良いか分からないので沈黙がその場に降りる。


『とはいえ、お主が来てくれて良かったのじゃ』

「……そうか」


 そう嬉しそうに言われるとこちらが照れてしまう。

 しかし、そう思ってもらえるのであれば、俺は全力で学ぶまでだ。


「……じゃあ、俺が後継者になって問題ないんだな?」

『うむ。妾としては願ったり叶ったりじゃ』


 それはこちらの台詞である。


「俺の方こそ、よろしく頼む」

『うむっ!』


 そう言った彼女の表情はまだ分からない。

 だが、恐らく輝くような笑顔だったに違いない。




『さて、お主が後継者になってくれたのは嬉しいのじゃが……』

「どうした?」

『妾はお主の名前を聞いておらんな』

「本当だな……」


 完璧に忘れていた。

 彼女の名前は聞いていたのに、俺は自己紹介していないな。


『さっきから「お前」だの「お主」だの呼んでおるからのぅ。今後の付き合いを考えても、教えてくれるかの?』

「それはもちろん。俺はレオニスと名乗っている」

『名乗っている、のう……詳しくは教えてくれんのじゃろ?』

「うーん……基本的に捨てた名前だからな、出来れば名乗りたくないというか……」


 今の名前は元々の名前ではない。

 似た名前ではあるが、異なるのは事実であるし、それに今更かつての名前を名乗るつもりはない。

 もちろんこの状況からすれば、いずれ戻っても良いかもしれないが……


『……ま、詳しくは聞かんことにしようかの。いずれ話してくれると嬉しいが』

「……いずれな」


『そうそう、もう1つ聞きたいのじゃが』

「うん?」


 今度は彼女が質問をしたいらしい。


『これまで【ペンドラゴン】という名字は聞いたことがあるかの? 血筋の話のついでなのじゃが』

「いや、【ペンドラゴン】なんて名字、俺は聞いたことがないな」


 基本的にこの世界では誰でも名字を持つ。

 だが、家から出たり、孤児だった場合は名字が変わったりするものだし、地方では名字を持たない人もいる。


 そういう場合は、新たに身分証を手に入れる際に名字を付けるか、決まらない場合はそのまま保留にする。

 だが、これまでペンドラゴンという名字は聞いたことがなかった。


『……ふぅむ、ヤツの子孫は名前を変えたのかのう……そうじゃ、聞いたことがないならお主、血筋なのじゃから【ペンドラゴン】を名乗ったらどうじゃ?』


 血筋と言われても俺からするとさっぱりなのだが、まあ、良い機会だし名字を名乗ることにするか。


「なら、今後はレオニス・ペンドラゴンを名乗ることにしようか」

『うむ』


 そのようなわけで、俺は『レオニス・ペンドラゴン』という新たな名前を得る事になったのだった。


 * * *


『さて、レオニスよ』

「うん? どうしたフィア」

『そろそろ封印を解いて欲しいのじゃが』

「おお、そうだな」


 そうだった。

 まずはフィアの封印を解かない限り、俺も【全属性】の訓練を受けることは出来ない。


「で、封印を解くには魔力を注ぐだけでいいのか?」

『うむ。問題なく解けるはずじゃよ』

「それじゃ……」


 魔力は既に全快なので問題ない。

 時間としては遅くなっているが、今のところまだ眠くはないので問題ないだろう。


 俺は封印に触れて、体内の魔力を循環させる。

 同時に封印にも魔力を循環させつつ、できる限り魔力が発散しないように注意しながら魔力の出力を上げる。


「くっ……」

『流石の魔力量じゃな……じゃが大丈夫か?』

「どうにか……な……」


 そうは言ったものの、本当はかなりキツい。

 普段扱う以上に魔力を循環させているし、なにせ封印が徐々に解除されていくため魔力がその分発散されている。


 だが、封印には全体に亀裂が入り、その間から光が漏れているのが分かる。


「もう……少し……!」

『ふむ……封印がそこそこ解けたから、少しは妾もサポートが出来そうじゃな!』


 どうもフィアが少しサポートしてくれているようで、魔力の発散が抑えられる。


「助かる……!」


 おかげで自分に戻ってくる魔力の量が少しは増えた。

 これなら大丈夫……!


「これで……解けろ!」


 ――パリパリッ、パキッ


「はああああああああああっ!」


 ――ピシッ……パキィィィィーーンッッッ!


 その瞬間。

 彫像のように彼女を覆っていた灰色の石のような封印が弾け、崩れていく。


「ふふっ……遂に会えたのう、レオニスよ」


 彼女の声がする。

 魔力に乗ったのではない、純粋な彼女の声だ。

 だが、その時の彼女の姿は、俺の目には映っておらず。


「……ああ……フィア、ようこそ、だな……」


 どうにか返事は出来たものの、それがトドメとなったのか急激に意識が遠のいていくのを感じていた。


「レオニス!」


 そう叫ぶ彼女の声を遠くに聞きつつ。

 俺はその場に倒れ、意識を失ったのだった。

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