第14話:ギルドマスターからの要請、そして打ち上げ
「リーベルト辺境伯に会っていただきたいのです」
「……はい?」
こう返事してしまった俺を責めないで欲しい。
まさかDクラス昇格してすぐに『領主と会え』なんて非常識すぎる。
「……冗談でしょう?」
「いえ、本当です。リーベルト辺境伯に会っていただきます」
『いただきたい』が『いただきます』になった。
ほぼ強制じゃないか。
いや、大体その前になぜ俺が……
と思ったところで思い出した。
『確か……リナと呼ばれていたような』
『ええ、その少女です』
『確かに彼女にも会うかも知れませんが……会っていただきたいのは、そのお父様です』
まさかあの少女は……
「辺境伯令嬢……だったのか……」
「ええ。通常は秘密にしていますが、その通りです。とはいえ、冒険者をするのもそろそろ終わりでしょうが。来年で13歳ですし」
「……ああ、デビューですか」
13歳になると貴族の子供たちは社交界にデビューする。
そこで将来の婚約者を見つけたり、新たな繋がりを作っていき、それが大人になっても続くということになる。
他にも、次男以下の息子たちにとっては将来設計の場でもある。
彼らは家を継ぐことは出来ないので、どこかの貴族家に婿入りしたり、部下となって新たに家を興すなどしなければ貴族から転落する。
そんな社交界デビュー間近の貴族令嬢だったとは。
道理で一緒にいた少女が『リナ様』と呼んでいたわけだ。
「……もう一人の少女はお付きだったのか。なるほど」
「ええ、その通りです。そのようなわけで、早めに辺境伯は会いたいと仰せですが……どうされますか?」
きちんと俺の呟きを拾って答えてくれるギルドマスターは恐ろしい人だ。
しかし、本音言うと面倒くさい。
なにせ、貴族と会うこと自体が本当は嫌なのだ。
「しかし、私は冒険者ですし、礼儀作法もあまり……」
「いえ、それは言い訳になりません。というか、レオニス君は礼儀作法が自然に出ていますから」
言い訳を潰された。
というか、俺はそんなに礼儀作法が出ているのか?
そう思いつつ、紅茶を口に運ぶ。
「ほら、そうやって紅茶を口に運ぶ時点で慣れている証拠です。さらに言うと、紅茶を飲む姿もそうですが」
「………」
なるほどつまり、俺はどう行儀悪くしようとしても隠せないわけか。
残念ながら育ちの良さがありありと出ているらしい。
「はぁ……分かりました。何時が良いでしょうか?」
「辺境伯はいつでも良いと仰せですから……ですがそうですね、明後日はどうですか?」
「分かりました……そうお伝え下さい」
こうなったら腹を括るしかない。
どうにか気取らせないようにしてやり過ごすか。
「ああ、それと」
「なんでしょう?」
ギルドマスターが思い出したかのように口を開く。
「申し訳ないのですが、レオニス君一人が呼ばれていますので……そこだけはお願いします」
「ほう」
フィアは一緒に行けないのか。
確かにあの時は俺一人だったから、仕方ないことではある。
「……冒険者として呼ばれていますから、ね?」
「ええ、そうですね」
何を思ったのだろうかギルドマスターは。
何にせよ、明後日の予定が決まったので、それまでに準備を整えなければいけない。
「では明後日……夕方で良いのでしょうか?」
「出来れば全日、とのことですが、どうしますか?」
「分かりました。そのように考えます。10時頃に伺うと」
「ええ、そう伝えます」
「……あと、宿の件ですが」
「……紹介状です。忘れていませんでしたか」
「流石に」
時間を決め、宿屋への紹介状を手に俺とフィアは執務室から出る。
するとフィアが話しかけてきた。
「しかし……貴族の令嬢を助けるとは。やりおるの、この色男」
「何を言っているんだ、お前は……」
「あれじゃろ? 救われた令嬢は冒険者に惹かれ、でも身分違いなので……という」
やはり旧世界の転移者が持ち込んだのだろうか。よくやった。
だがなんだろう、こういうテンプレを理解しているというのは、ありがたいようでなんとも言われない気分になる。
「あのな……普通に考えてあり得ないだろ。それにフィアも言った通り、
「……それもそうじゃな」
ああいうのは物語だからこそ。
もちろんごく稀にだが、平民に恋した貴族が全力で手を回して結婚したり、平民が必死で立場を手に入れて最終的に貴族と結婚する場合もある。
だが、普通はまず行わない。
それよりも可能性のある方に賭けるし、貴族の結婚は基本が政略結婚なのでドライだ。
そんな話をしつつ、今日の宿をどうするか考えながら俺たちはギルドを出て行くのであった。
* * *
「お、やっときたな」
「レオニスもフィアさんもお疲れ様」
春風亭に入ると、すぐに声をかけてきたのはイゾルデとエミリオだった。
どうやら、約束の時間より前からいたらしく、イゾルデは既に少し顔が赤くなっていた。
「待たせたな……とはいえ遅刻はしてないはずなんだが」
「パーティ組むから相談もしてたのさ~」
「ああ、そうじゃったな。結成おめでとう」
「……頑張って稼ぐ」
パーティとしてのバランスは優れていると思う。
前衛のイゾルデ、シーフのエミリオ、タンクでありヒーラーのレジス、魔法使いのクララ。
少しヒーラーとタンクが兼任なのが心配だが……
「それにしても、二人は流石だよ〜。半数以上は二人で倒したんじゃない?」
「どうだろうな。数は数えていなかったが……」
盗賊をどの程度倒したかは流石に記憶していない。
数えるのも面倒だったし、そんな暇なく駆け抜けていたので。
「二人はこれからどうするの?」
「そうじゃな、しばらくは依頼を受けつつクラスを上げて、いずれは各地に冒険に出かけるつもりじゃ」
「ふえ〜、なるほど。楽しそうだね」
「どうだろうな……ただ、一度王都には行くつもりにしているが」
ここを拠点にしているとはいえ、現在の状況の流れが少々良くない。
必要であれば王都に向かって今後を考えなくてはいけないかな。
ともかく、明後日が問題になるのだが……少し服も考えなくては。
「少し聞きたいんだが、服ってどこで手に入れているんだ?」
「え? うーん、僕は近くの古着屋かな……」
「どうしたの、そんなこと聞いて〜」
エミリオは知らないようだ。
レジスなら知っているだろうか。
「いや、せっかくだから少しは良いものを手に入れておきたくてな。レジスはどうしているんだ?」
「うーん、基本は父上が準備してくれるから……」
「へえ……」
レジスの服は基本的に神官服だが、今着ているのは普通の服だ。
だが見る限り、派手ではないが綺麗な仕立てがしてある。
「どこで購入しているか、分かるか?」
「そうだね〜、確か……」
そう言ってレジスが教えてくれたのは高級商店街にある一軒の服飾店だった。
「父上が贔屓にしているらしくて、お得に買えるって言ってたけどね〜」
「……なるほど。でもそれはレジスだからだろうな」
基本的に神官ともなれば多くの人と接する。治療で関わる人もいるだろう。
もしかしたら何か恩があるのかもしれないな。
「ありがとうなレジス。参考にするよ」
「でも基本的に銀板とか簡単に越えるから」
「ああ、わかっている」
さて、明日はまずその店に行って準備を整えてからだな。
とにかく今はこの打ち上げを楽しもう。
しばらくすると、助けた商人夫婦も合流して一緒に食べて飲む。
この世界に来てからお酒を飲んだことはなかったが、昔は好きだったので久々に飲むことにする。
この世界には、一般的なワインを筆頭に、エールや蒸留酒も存在していた。
「くーっ! エールが美味い!」
イゾルデがどこかで聞いたことがあるような声を出しながらエールを飲んでいる。
ちなみにジョッキは木製だ。
「ほら〜、れおにすも。のめ〜」
うわ、コイツ酒癖悪い!
それは良いのだが、エールがぬるい! ちょっと気持ちが悪い!
「……フィア、氷って出せるか?」
「んむ? ……良いぞ?」
そう言ってフィアが5センチくらいの直径の氷を魔法で出してくれる。
それをエールに入れて、少し冷やしてから飲む。
これなら美味い。
基本的に中身がおっさんの俺なので、かつては黒ビールなどを好んでいたのだが……エールの軽さも良いな。
オークの串焼きを頬張りながらそんなことを考えていたら、エミリオが声をかけてきた。
「レオニスは今日の宿決まったの?」
「そうだったな……ギルドマスターに紹介状は貰ったが……宿屋自体も紹介して貰えばよかった」
「……なんでギルドマスターが出てくるのさ」
「まあ、どうにかするか……女将さん、部屋は空いているか?」
カウンターに向かって声をかけると、恰幅の良い中年の女性が出てきた。
「空いてはいますが、高い部屋ですよ? その代わり広い一部屋でベッドは2つですし、朝食も付きますが……」
「ならまず2日頼む」
2つベッドがあるなら好都合だ。
俺はこっそりと2枚、金貨を女将に渡す。
「これでどのくらいだ?」
「……え、これ……えっと、4日分ですが……」
「なら10日にしておこう。それとギルドマスターからの紹介状だ、良いな?」
そう言って俺が追加の金貨を渡そうとすると、女将は驚いた表情をして手を振った。
「あら、デニスさんの紹介なら、これで8日分にしますよ。……では、準備をしておきます。これが鍵ですので無くさないように」
1泊で約5万円也。それが半額になったでござる。
まあ、お得に良い部屋に泊まれると考えればいいだろう。
鍵を受け取り、【インベントリ】に仕舞う。
これで宿の確保は出来たな。
「どうじゃった?」
「ああ、大丈夫だ。8日分確保できた」
「それは重畳」
席に戻り、飲み直す。
ふと思ったが、どうも自分は酒に強いらしい。
まだ11歳なのだが、これといって酔った感じがしないな。
一瞬アルコールがないのではと思ったが、周りを見ると明らかに出来上がっている。
「でもフィアの魔法は凄かったですよなにせあの威力と温度は普通出せませんから。それなのに弓術も達人レベルなんてどこの超人なんですお姉様、それなのに綺麗で色っぽくてモフモフで。天は二物どころか三物も四物も与えているんじゃないでしょうかそれにレオニスだって強いし動き速いし魔法撃つしどこの完璧男ですかイケメンでしかも……」
や、ヤバいのがいる。
普段あまり喋らないはずのクララがマシンガントークとか、どこのキャラ崩壊だよお前と言いたくなる。
「だからね、ぼくだってね、頑張ってるんれすよ。それでもどうしても身体に筋肉がつかないんれす……こんなんじゃ舐められますよね、良いんですどうせぼくなんて……」
こ、こっちはこっちで泣き上戸!
駄目だ、まともなやつがいない。
いや、1人いた。レジスだけはまともだ。
そう思って振り返ると、エールのジョッキに口を付けているレジスが見える。
……あれ、あのジョッキ、最初の乾杯の時のじゃないか?
「……」
もしかしたら苦手なのだろうか。
そう思って近付こうとしたところ……
――ゴンッ!
「Zzzz……」
「ね、寝てやがる……」
もしかしてお酒弱い?
結果。
こいつらにお酒飲ませちゃ駄目、絶対。
「こうやって大人になるんじゃな」
「お前はいい加減、ワインのボトルを置けよ」
* * *
1日過ぎて、その次の日。
つまり打ち上げから見ると2日後。
まあ、何が言いたいかというと……
「お待ちしておりました、レオニス殿」
「……よろしく頼む」
春風亭の前に一台の馬車が停まっていた。
みると、辺境伯家の紋が描かれており、俺が出てきたのを見るやいなや執事らしき人物が降りてきたのだ。
あまりにも予想外すぎて、雑な言葉になった。
今後は気を付けなければ。なにせ上級貴族の屋敷に招かれるのだから。
そう馬車の中で意識を新たにしていると、執事さんが頭を深く下げている。
「本日は、我が主の要望に応えていただき、心から感謝申し上げます」
「いや、そんなに固くならずに……」
「――恐れ入りますがレオニス殿。レオニス殿には普段通り会話していただくようにとの主からの希望にございますので、私にもそのような丁寧な物言いは不要。心に留めていただきますようお願いいたします」
「……分かった」
最近さ、人の話聞かない人って多いと思うんだ。
というか、ゴリ押しが多い気もするんだ。下手に出ているようでその実強制的な……
なんとも言えない気分に苛まれながら、馬車に揺られる。
「しかし、流石でございますな」
「……何がだ?」
「通常、冒険者にとって防具こそ正装。その点、レオニス殿のお召し物は防具ではない。その辺り慣れていらっしゃると申しますか……」
「変に持ち上げなくていい。それに、冒険者にとって情報は命だ」
「……失礼いたしました」
確かに俺は今日のために服を選んだ。
だが、基本的に既製品……とは言わないが、それでも庶民が着用できる中で選んでいる。
それに、本来高クラスの冒険者であれば普通に正装くらいは慣れていてもおかしくない。
それをわざわざ口に出す辺り、何というか老獪というか……
しばらく行くと、門で区切られた貴族街に入り、さらに進むととある屋敷が見えてくる。
いや、これは屋敷と言うよりも……
「……砦だな」
「ええ、左様でございます。ここは辺境故、このような造りとなっております」
確かに辺境である以上、外敵から街を守るために見た目よりも実用性……というより堅牢性を重視する。
もちろんここは辺境と言えども諸外国と接するわけではないのだが。
その砦に向かって馬車は進み、特に途中で止まることもなく中に入っていく。
「さ、到着いたしました」
そう言って執事が先に馬車から降りる。
それを見つつ、俺も馬車から降り、周囲を眺めた。
石畳の通路と、その周辺の芝生。
もちろん花々によって彩られた美しい庭園ではあるが、それにしては広く取られている。
そして、正面の屋敷。
重厚な石造りで、玄関の上にはリーベルト辺境伯の家紋の付いた大旗が掲げられている。
「……まさしく、貴族のお屋敷だな」
そう溜息交じりに言葉が出てきた。
「では、主がお待ちですので早速中にご案内いたします」
「ああ」
玄関に向かうと、扉の前に4人、衛兵が立っていた。
フルプレートメイルを着込むと言うことは、騎士だろうな。
「このまま入って良いのか?」
「……ええ、問題ございません」
俺がそう聞くと、特に問題ないという返事が返ってくる。
ふむ……少し不自然だ。
そう思いながら玄関をくぐる。
そこは外見のイメージとは異なり、綺麗に飾り付けられ、品の良い置物や絵画が飾られている空間。
そして、玄関のところにも数人の騎士が立っている。
と、その時。
「冒険者風情が帯剣して入るとは、身の程を知れ」
その言葉と共に横から手が出てきて、俺の剣に触れようとした。
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