第2章:指名依頼とクムラヴァ
第15話:領主邸①
「冒険者風情が帯剣して入るとは、身の程を知れ」
一瞬、俺はその騎士から何を言われているか認識できなかった。
そのため、不意に伸びてきた腕に対して、思わず反応してしまう。
――バンッ!
俺の左手は、その騎士の手を振り払い、上に跳ね上げる。
「なっ!? 貴様……」
実は、これは問題である。
基本的に冒険者は平民の者が多く、俺の立場もそうだ。
対して、騎士というのは基本的に準貴族、あるいは貴族である。
そのため、通常騎士からそのように言われれば、普通の冒険者ならば逆らうというのはまずしない。
もちろん高クラス冒険者の場合はそれを突っぱねるだけの力や名声があるのだが。
だが、俺は今のところ単なるDクラス冒険者だ。
さらに言うと、本当は貴族の屋敷に帯剣したまま入るというのはあり得ない。
特に、初対面なら尚更だ。
この瞬間、俺はしまった……と思っていたのだが、反射的な行動は止まらず……
「無礼者」
俺は歩いていたので、既に騎士の位置は俺の斜め後ろ。
そのため、俺は視線を後ろに少し向けながら、そう呟いた。
そう呟いてしまったのだ。
「……っ!」
一瞬向けた俺の目に、思わずと言うように後退る騎士。
(拙いな……)
そしてその状況に気付いた周りの騎士が、一瞬緊張する――
「失礼、確かに貴殿の言うとおりだな……これを」
そう言って俺は腰の剣を外し、声を掛けてきた騎士に手渡す。
「あ、ああ……分かればよろしい。では預からせていただく」
「頼む。ああ、そうだ……」
とは言え、これだけは釘を差しておく。
「もしすり替えでもしたら……ギルドに報告するぞ?」
「……心配するな」
とその時、
「よう、よく来てくれたな。……? 何があった?」
どうやら少し騎士たちの緊張感というか、空気が影響していたのか。
現れた男性がこちらを見て首を傾げる。
「いえ、問題ありません」
「ふむ、そうか……まあいい。よく来てくれたな。俺がヴィンツェンツ・フォン・リーベルト。ここヴェステンブリッグの領主だ!」
この人物がこの屋敷の主にして領主。
これが、俺がリーベルト辺境伯と初めて出会った瞬間であった。
* * *
ヴィンツェンツ・フォン・リーベルト辺境伯。
彼は西部辺境を治める貴族であり、辺境伯という上級貴族の一人に数えられる人物。
伯爵の上、侯爵と同格であり、王族と姻戚関係にある公爵を除いて貴族の中で最上位。
そして辺境という特性上、騎兵団だけでなく、緊急時における独断での辺境軍の召集が可能。
さらに、この人物はかつて王国騎士団にいたこともあり、軍人肌であることも有名だ。
風貌としては厳めしい顔に、短く切られた茶色の髪、そして口ひげがその威厳を増し加えている。
体格も筋肉質で、未だにフルプレートを着用して、長剣を振るえるという鍛え上げ方をしている。
また、内政においても増える孤児の救済のために、冒険者ギルドと協力し、【子供冒険者】という制度を作り、宿舎を準備したために、治安面でも冒険者の実力アップ面でも素晴らしい功績を挙げている。
さて、俺はそんな人物に招待され、現在領主邸……というか砦の中にいる。
現在応接室に移動し、そこで対面向き合ってお茶を飲んでいるところである。
「さて……ようやく、と言うべきだろうな。レオニス、俺の娘を救ってくれて、本当に感謝する」
そう言いながら、辺境伯が立ち上がり、俺に頭を下げてきた。
「頭を上げて下さい辺境伯閣下! あくまで私はその場にいただけ、実際にはご令嬢が必死に逃げ、どうにか生きようと努力された結果です。私はあくまで降りかかってきた火の粉を払った次第」
「そういってもな……実際に聞いているぞ? 俺の娘が危険な状態にあるのを察知して、駆け出していったらしいじゃないか」
「それは……」
リーベルト辺境伯は状況も良く知っていた。
恐らく他のメンバーからの話など、情報を色々集めたに違いない。
「とにかく、俺はお前に感謝しているんだ」
「分かりました、そのお気持ちは受け取ります」
そんな問答をしつつ、辺境伯にどうにか座ってもらい、当時の状況などを話す。
「……しかし、キラーウルフとはな。まさか浅い階層にでるとは……」
「そうですね。普通では考えにくいですから」
「原因を調べようにもな……ダンジョンだからと言われてしまってはどうしようもないしな」
ダンジョンだからこういうことも起こりえる。
それが否定できないからこそダンジョンであり、故にややこしいというのも事実。
しばらく状況説明などを行い、話が終わったタイミングで辺境伯が口を開く。
「さてレオニスよ。お前へのお礼を考えていたのだが……」
「すでにキラーウルフの魔石はギルドに買い取ってもらいましたから……とは言っても納得されないのでしょうね」
「ああ、それはあくまでお前のキラーウルフ討伐による成果だ。貴族として、娘を救ってくれた者になにもしないというわけにはいかんな」
ま、そう言われてもおかしくないとは思っていた。
貴族というの往々にして、こういった恩義や義理を大切にする。
特に、家族や家を助けた者への恩は必ず返すと言うのが主義だ。
逆に、「借りは必ず返す」主義とも言えるのだが。
そうなると、俺はここで断るわけにもいかない。
「であれば、もしキラーウルフの討伐を、一般の冒険者に指名依頼した場合の報酬と同額をいただけたら結構です」
「それは……流石に安すぎるのでは? 白金貨数枚ではないか」
「それで充分です。特に今必要とするものはありませんし」
「ふーむ……」
しばらく辺境伯は悩んでいたようだが、顔を上げて頷いた。
すぐに執事を呼び寄せると、1つの袋を持ってこさせ、それを手渡してくる。
「この中には白金貨で5枚、金貨で500枚……つまり1千万ディナル入っている。受け取ってくれ」
「それは……ですが」
「娘の恩人だ、本当はもっと何かしたいのだが、お前がそれを望まぬのであれば仕方ない。せめてこれは受け取ってくれ」
「……分かりました」
仕方ない。変に断るのも問題なので俺はその袋を【インベントリ】に収納する。
それを見て辺境伯は笑うと、こう口を開いた。
「しかし今日は全日貰って悪いな、折角なのでゆっくりしてくれ。……ただ、一度だけ手合わせをして貰えるか?」
「ええ、分かりました」
よく分からないが、俺は今日一日ここでゆっくり出来るらしい。
ただ、手合わせをすると言うことなので、動けるようにはしておかなくては。
「でしたら、少し身体を動かしておきたいのですが可能ですか?」
「うん? ああ、なるほど。いいぞ。訓練場があるから案内させる。おい」
そう言うと近くの騎士を呼び、その騎士の先導で俺は訓練場に向かった。
案内された訓練場は、ギルドの訓練場よりも大きい。
それもそうだろう。辺境伯である以上、相応の戦力を持っているはずであり、その訓練に使うのだろうから。
「案山子や試し切りの藁は向こうだ。模擬剣はここに」
「助かります」
本当は自分の剣でしたいのだが、生憎預けてあるため模擬剣の中で使いやすいものを選んで振る。
今日は朝から連れられているので、普段のトレーニングが出来ていない。
そのため俺は【護国流】ではなく【蒼月流】と呼ばれる剣術の型を振るう。
これは非常にポピュラーな剣術の1つで、王国軍の基礎剣術として知られるものだ。
別名を「騎士の剣術」というように、簡潔で、固く、崩しにくい剣。
護国流剣術のような派手さはないが、基本に忠実で習得が容易であるというメリットがある。
俺は護国流剣術から離れた後、この蒼月流を学んだ。
もちろん蒼月流には魔力を使用したスキルが存在し、俺はそれを発動させることが出来なかったのだが。
――パチパチパチ
しばらく動いていると、後ろから手を叩く音がした。
「ふむ、蒼月流か。良い動きだな」
「辺境伯閣下」
先程別れた辺境伯が後ろに立っていた。
執事と共に近付いてくると、俺に水の入ったコップを手渡してくれる。
「いいじゃないか。それだけの動きをその年齢で出来るというのは、普通じゃない」
「時間はありましたから」
「謙遜するな。しかし、中々訓練場から出て来ないとメイドがぼやいていたぞ?」
そう言われて時計を見ると、既に1時間ほど経過していた。
「……これは失礼しました」
「いや、構わんよ。折角だから、もうすぐしたら手合わせしようか」
見ると、辺境伯は金属のアーマーに身を包んでいる。
フルプレートではないが、かなりの防御力を持つであろう重厚なものだ。
「まさか、辺境伯閣下自ら?」
「ああ、当たり前だ。こう見えて俺は昔、王国騎士団にいたからな。そこいらの騎士にはまだ負けんよ」
そうだった。この人は武闘派の貴族だったな。
しかし自分から手合わせを求めてくると言うのは、中々無いタイプだ。
そう話しながら休憩を取っていると、騎士たちが現れ、さらに数人の青年や少女たちが現れる。
辺境伯の子供たちだろうか。
「さて、諸君。よく集まってくれた。今日は先日Dクラスに昇格したレオニスを呼んだ。中々の実力らしいので、楽しみだな」
そう言いながら、辺境伯は男臭い笑みを浮かべている。
見ると、同じような笑みを浮かべているのが数人、そして、呆れているような目を向けているのが数人だ。
その中で、辺境伯の息子と思わしき人物が手を挙げた。
「何だダミアン?」
「父上、何だってDクラス冒険者を呼んだのです? 父上ならもっと上のクラスを呼べたのでは?」
「ふむ」
息子の質問に対して、まさしくニヤリと笑う辺境伯。
「確かに、普通はもっと上のクラスを呼ぶのが普通だ。だがな、こいつは先日、リナを救ってくれた冒険者だ……それだけ言えば分かるな?」
「……っ! まさか、彼が……!?」
驚いたような息子の言葉に頷く辺境伯。
一体俺は何だと知られているのだろうか。そんな言葉で納得するとは思えないのだが。
「あ、ありえないでしょう!?」
「だが事実だ。ギルドも事実と確認している。……それとも、お前は信じられないと?」
笑みを浮かべていた辺境伯の表情が、一瞬剣呑とも言える表情になる。
「で、では、私がまず相手します! その上で実力を確認する、それなら問題ないでしょう!」
そう言うと、ダミアンと呼ばれた息子が立ち上がる。
ふむ。年齢は15歳位か……鍛えているな。
「……と言うことだが、どうだ? 俺としては一本のつもりだったから俺がしたかったんだが」
「……どうと言われましても。別に私は問題ありませんよ」
というか、自分が戦う気だったんだよなこの人。
なんとなく、表情を見ているとガキ大将というか、腕白小僧にすら見えてくるのが不思議だ。
そんな事を考えていたら、辺境伯がその息子に話しかけていた。
「レオニスは問題ないそうだ。仕方ないから譲ってやるが……ダミアン、無様な試合をするなよ?」
「それは当然!」
そう言って意気揚々と出てくる青年。
どうやら既に準備はしていたようだ。高品質なレザーアーマーと、長剣の模擬剣を手に訓練場の中央に来る。
すると、隣にいた辺境伯が間に立ち、手を挙げた。
いや、あんたが審判するんかい。
「始め!」
「うおおおおおっ!」
そう言い、手を振り下ろすと同時。
ダミアンが、勢いよく飛びかかって来た。
長剣を上段に構えて踏み込んでくる。
「はああああっ!」
長剣の振り下ろし。
音からすると、スピードはそこまで出ていないので、彼の剣の腹を片手剣で叩いて逸らす。
「くっ!」
逸らされたのに気付き、振り下ろした状態から今度は斜めに逆袈裟斬りの容量で振り上げてきた。
だが、振り下ろしからの振り上げは、十分な膂力が無いとスピードが乗らない。
そのため、俺は振り上げと逆方向に向かって下から剣を振り上げ、長剣を掬い上げるように跳ね上げる。
「うわっ!」
と同時に、どうやら剣がすっぽ抜けたようだ。
あんな勢いを付けた大振りの振り下ろしと力の乗らない振り上げの状態で、他の方向に力を掛けられたらそうなるわな。
「どうした? 終わりか?」
俺がそう呼びかけ、左の人差し指をクイクイと動かす。
すると挑発されたと認識したのだろう、顔を紅潮させてすぐに長剣を拾い、構えた。
「まだだっ!」
「来い」
「はああああっ!」
今度は中段に構え、小刻みに攻撃をするようになった。
恐らくこちらの動きの方が得意なのだろう、目に見えて攻撃が鋭くなっている。
だが……
「……今度は決定打不足か」
流石にまだ身体が出来上がっていない俺が真正面から剣を受けるわけには行かなくなったので、半歩移動したり、スウェーバックを交えつつ戦うが、今度は長剣の重さのせいか、時間が経つと攻撃が軽くなってくる。
流石に甚振るのも可哀想なので、間合いを詰め剣を振るう。
「うわっ!」
飛び込んでくるとは思わなかったのだろう。
慌てて剣を上に上げてしまったため胴ががら空きになる。
「ぐはっ!」
剣の腹で胴を叩き、首筋に剣を当てる。
「……ま、参りました」
「ありがとうございました」
俺が剣を退くと、青年が立ち上がりながら負けを宣言した。
「はっはっは! 流石に強いな、冒険者の面目躍如と言ったところか……よし、次は俺だ」
「父上!?」
「何だダミアン、俺だって戦うに決まっているだろ。それに、お前の敵討ちでもある」
「いや、死んでませんが……」
そんな会話をしながらも戦意を高めている辺境伯。
明らかに意識がこっちを向いている。
「……これ、絶対自分が楽しみたいだけですよね」
「……ご想像にお任せします」
近くにいた騎士にそう話しかけると、なんとも言えない表情で返された。
「よし、じゃあ始めるぞ」
「お相手いたしましょう」
今度は側の騎士が手を振り上げ、振り下ろした。
「始め!」
「…………」
息子と違い、長剣を中段のままでこちらに向けている。
おや、様子見をするつもりか。
「……」
「……」
俺が構えを変えると、それに沿って構えを変えてくる。
仕方ない。
「ふっ!」
「! はあっ!」
踏み込みと同時に剣を振る。
一歩遅れた辺境伯も、それに合わせて剣を振るい、その途中で剣がぶつかる。
「はっ!」
「ぬっ!」
切り上げ、絡めを含めた巻き上げ、払い。
どう攻撃しても、それにきちんと返してくる。
中々強い。このレベルで剣を振れる貴族というのは本当に珍しいな。
しかも長剣を使っているにもかかわらず、重さ重視の戦い方ではなくかなり技巧も織り交ぜた剣だ。
蒼月流らしい、シンプルでいながらも崩れにくい剣。
同じ流儀で戦うというのは、少し厳しいな。
一旦俺が飛び下がると、辺境伯が笑って話しかけてきた。
「やはり腕が良いな。同じ蒼月流として、そこまでの剣士は中々見ないぞ」
「そうですか……しかし、やはり実戦慣れしておられる方の相手は疲れますね」
「息を上げずにそう言われてもな……だが、こう見えて騎士団ではかなりの腕だったからな。家を継ぐ必要が無ければ、近衛に上がれたらしいぞ」
凄いな。近衛騎士団に上がるには相当な強さを持っていなければいけない。
そして、当然ながら国王からの信頼も必要だ。
その近衛騎士団に推挙されていただけはある強さだ。
「……でも、これでは明らかに私が競り負けますので。少し変えさせていただきます」
「……む。その構えは」
「参ります」
そう言うと、俺は半身に構え、剣を後ろにして立つ。
同時に、辺境伯が踏み込んできた。
「せえええいい!」
「……っ!」
踏み込みと同時に地面を叩くかのような勢いで振り下ろされる剣。
対して俺は、その地面を叩く瞬間に軽く飛び上がり、剣を飛び越えて回転しながら斬撃を放つ。
「ちっ!」
顔を逸らしながら回避する辺境伯に対し、近くで剣を振るいながら近付いていく。
「……ここまでとはっ! まさか【纏羽流】までっ!」
纏羽流も剣術の流派の1つ。
王国騎士団でも採用されている剣術の1つで、これは堅実な蒼月流に対し、1対1の剣を用いた戦いに向いた、超近接戦闘剣術。
まるで纏わり付くかのように、近くを移動しながら攻撃するもので、軽やかで円を描くような剣だ。
そして、途切れることのない連撃を繰り出すことでも有名である。
――キン、カカカカカカッ!
「……」
「ふっ、むっ、はっ!」
呼吸を意識しつつ、絶え間なく剣戟を繰り出す。
それを辺境伯は捌きつつ、こちらの隙を窺っている。
「……ッ!」
「そこっ!!」
互いの剣が重なり合う。
俺の剣は辺境伯の首筋、辺境伯の剣は俺の胴。
それに触れる瞬間と言うところで、お互いに剣を止める。
「……引き分け、だな」
「……ですね」
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