第16話:領主邸②

「……引き分け、だな」

「……ですね」


 同時に剣を退き、頭を下げる。


「「ありがとうございました」」


 俺と辺境伯の声が重なる。


 辺境伯まで頭を下げるとは思ってもみなかったが、確かに騎士団での訓練や模擬戦の最後はこうだったから、意外とは言えあり得ないことではない。

 そう思うことにする。


 そんな事を考えつつ、同じタイミングで頭を上げた。


「いや、まさかこれほどとは! 流石の俺も熱くなったぞ!」

『『おお……』』


 なんか周りの騎士たちがザワッとしている。

 その様子を見ていたら、辺境伯が声を掛けてきた。


「どうだ、他の騎士たちともして貰えんか?」

「ええ、分かりました」


 俺は剣を振り、構えを取る。

 その後、1時間ほど俺は騎士たちと模擬戦を繰り返すことになったのだった。


 * * *


「すまんな、ああまで盛り上がってしまって……」

「いえ、良い経験になりました。中々騎士と剣を合わせる機会はないですからね」


 模擬戦の後、俺はお風呂をいただき、さらに服まで貰った。

 元々今日は普通のものではなく、新しく買ったものだったため、模擬戦後には汚れてしまっていたのだ。


 辺境伯もそれを分かったのか、似たような仕立ての服を準備してくれたようだ。


「しかし、あれほどの剣技をその歳で修得しているとはな。キラーウルフを討伐したのも頷ける」

「はは……あれは剣技だけでは倒せませんので、色々としましたが」

「ふむ。つまり俺たちはそこまでする必要はなかった、と?」


 そう言った辺境伯の目が、鋭いものになる。


「いえ、キラーウルフはスピードがありますから。人の出せるものではありませんよ、あれは」

「……ああ、なるほどな。ウルフ系だからか」

「ええ」


 納得したのか、鋭い雰囲気は消え、元の表情に戻る。

 これ、下手に答えていたら『その技を見せて欲しい』と言われたのかも知れない。


「さて……そろそろ良い時間だからな、一緒に昼食としよう」

「ご相伴に預かります」


 辺境伯と共に廊下を歩く。

 やはり貴族屋敷である以上、中の調度品は非常に品質の良い高級品だ。


「……見慣れておるのだな」

「え?」

「いや、普通ここに初めて来た者たちは多くが周りを見回すのでな」

「……ああ、なるほど。私は子供ですから」


 そんな良し悪しを考えるような年齢ではありませんので。

 そう返すと、辺境伯は顎を撫でつつ一言。


「……そういうことにしておこうか」


 そのまま歩くと、辺境伯が1つの扉の前で立ち止まる。

 すぐにその扉の前にいた給仕が扉を開くと、その中に入る。


「さ、ここが食堂だ」

「失礼します」


 入ると、かなりの広さの食堂だった。

 縦に長いテーブルを見るに、普段はそうでなくても多くの来客を抱えることを予想されていることが分かる。

 さらに、2階の高さまで吹き抜けになっており、壁を見ても絵画や様々な調度品により品良く整えられているのも非常に調和している。


 奥を見ると、既に数人の男女が座っているのが見えた。


「こんな紹介になってすまんな。妻のマルガレーテ、息子のダミアンとエーリッヒ、娘のステファーニエとリナだ」

「レオニス・ペンドラゴンと申します。Dクラス冒険者です。以後、お見知りおきを」


 そう自己紹介して礼を取る。

 すると、優雅に立ち上がった辺境伯夫人がこちらに向かって頭を垂れた。


「初めまして、レオニスさん。先日は娘を救っていただき、本当に感謝いたしますわ」

「とんでもない、辺境伯夫人。あくまで偶然ですし、女性を助けるのは当然のこと。お気になさらず」


 そう言いつつ、他の子供たちとも挨拶を交わす。


「先程は世話になった……まさかあれほど強いとは」

「こちらこそ」


 長男のダミアン青年は細身のイケメン。父親である辺境伯にはあまり似ていない気がする。

 ……鍛えれば、ああなるのかも知れないが。


 まあ、現状の強さがまだまだなので、これからどれだけ鍛えるかによるだろう。

 強い辺境伯を目指すなら、一旦王都で騎士になるのも手だろうし。


 そんな事を考えていたら、最後に見覚えのある少女が挨拶をして来た。


「辺境伯家次女、リナです。レオニス様、先日はありがとうございました」

「『様』は不要ですご令嬢。ご無事で何よりでした」


 カーテシを美しく決め、挨拶をしてくる少女。

 12歳とは思えない立派な振る舞いだ。


 対する俺もきちんと礼を取る。


「ま、挨拶はその辺にして、そろそろ食事としようか」


 その辺境伯の一言で昼食が始まるのであった。


 * * *


 昼食後。

 サロンにて辺境伯以外の家族とともにお茶を楽しむ。

 流石は辺境伯家、紅茶一つとっても非常に良いものを使っている。


「お好きですか?」

「ん?」


 横から声が掛かったため振り返ると、リナ嬢が隣にいた。

 どうやら紅茶の感想を聞かれているようだ。


「ええ、非常に良いものですね。でも、初めて飲みます」

「そうですか……それは、ここでしか生息していないものですから」

「……なるほど」


 道理で飲んだことがないわけだ。

 そう思いながら紅茶を楽しんでいると、周りの視線を感じる。


「……何か?」

「いえ、紅茶をよくご存じですのね」

「ああ……これも幼い頃の教育の賜物でしょう。両親には感謝しませんと」

「……あら」


 これについては別に隠すつもりはない。

 どこ出身で、どこから来たかなど言われない限り、少なくとも両親がいることや教育を受けていることは話すつもりだ。


「こちらもどうぞ、レオニスさん。コールマン商会から取り寄せたお菓子ですわ」

「……ほう、それは凄い」


 リナ嬢がお菓子を1つ、こちらに渡してきた。

 見ると、日持ちするような焼き菓子で、いわゆるマフィンだ。

 中にはナッツや、ドライフルーツが入っている。


「バターの香りがいい……珍しいお菓子ですね」

「ええ、どうやら数年前にとある方が考案されたレシピだそうですよ? 今も根強い人気らしく、中々買えませんの」


 バターというのは中々流通しない。

 どうしても環境的に、牧畜が可能な場所というのはもっと内陸、そして涼しいところになるからだ。

 多分これ1つで銀貨が飛んでいくのではなかろうか。


 しばらくすると、話が今日の模擬戦に移る。


「それにしても夫が言っておりましたが、その歳で蒼月流と纏羽流を修められたとか……」

「いえ、幼い頃は時間がありましたので。あくまで見よう見まねですな」

「そう言っても、俺は全く歯が立たなかったけどな」

「兄上が……」


 そんな会話をしっつお茶を飲む。


「ダミアン様は、もう少し短めの片手剣に、盾を使用されては?」

「え?」

「まだ膂力面で、長剣を扱うには厳しいかと。辺境伯は王国騎士出身とのことですから、相応の鍛錬を積んでおられます。ダミアン様はまだ鍛える余地がありますから、今は堅実な剣を目指されては?」

「……」


 俺がそう話すと、ダミアンが無言になった。


「もしくは、魔力による身体強化をすれば、より容易になるかとは思いますが……少なくとも今は身長も伸びておられるでしょう?」

「……まあ、それは」

「身長が伸びると言うことは、その分リーチが伸びる。そうなると、剣を振る際の力も変わります。身長の伸びが止まるまでは変な無茶はせず、技巧を強化されるがよろしいかと」


 なんとなくだが、彼は恐らく父親である辺境伯のようになりたいのではなかろうか。

 彼の後に辺境伯と戦ったが、非常に似た動きをしているのが分かった。


 だが、彼はまだ成長期。

 その間は、無理に長剣を振るうよりも堅実な剣を学んだ方がいい。


 身長が伸び、手足も伸びると、振るう際のリーチが長くなって遠心力は強くなる。

 その状態で変に剣を振り続けても、百害あって一利無しというものだ。


「俺は……」

「辺境伯がどのような訓練をされてきたかはご存じですか?」

「ああ」

「では、身長が伸びなくなったのは?」

「……それは知らない」

「多分、辺境伯閣下は身長の伸びが早く止まったのでは? 今ダミアン様は既に辺境伯閣下の身長を越しておられる。恐らく、辺境伯と同じ年齢で同じ訓練をしても、下手をすれば故障に繋がります。二度と剣を振るえなくなるかもしれません」


 さて、彼はどう反応するだろうか。

 それによって、彼の将来的な伸びも変わってくるのだが。


「……それは、嫌だな。剣を振るえなくなるのは、困る」

「では、今は技巧を修めるのがよろしいでしょう。技巧については、今付けておけば後々力になりますので」

「……分かった。言うとおりにする」


 彼としては今は納得できないかも知れないが、こうしなければ将来的な部分が問題になる。

 少なくとも了承してくれたというのは僥倖だ。


「しかし、そこまで言えるというのは流石ですわね。普通、それを理解するには時間が掛かりましてよ?」


 辺境伯夫人が口を開く。

 この口ぶりからすると、この人も剣を振るうのかも知れない。


「これは師匠の受け売りですね。しかし、自分も注意している点ですから」

「そう……そのお師匠さんにお会いしてみたいわ」

「ははは……」


 流石にそれは難しい。

 俺だって今では会えないだろうから。


「折角ならダミアン、武器も選んで貰ったら?」

「母上……」

「ここまで剣を知る人は稀。あらゆる機会は自分のものにしなさいな」

「はい!」

「レオニスさん、よろしいかしら」

「はい、夫人。一旦失礼いたします」


 そう言うと俺は立ち上がり、ダミアンも立ち上がった。


 * * *


「ここが武器庫だ」

「なるほど。失礼します」


 サロンから少し離れた場所。

 ダミアンとその従者に連れられて来たのは、厳重に閉じられた場所で、倉庫のような場所だった。


 入ると、見渡す限りの武器。

 これは恐らく、辺境伯家所有の武器だろう。基本的に一点ものばかりだ。


「この辺りが剣だが、どれが良い?」

「そうですね……ダミアン様の今の背なら、これとこれ。そして、これですね」

「なるほど……」

「実際に握ってみて、感触を確かめた方がいいかと」

「いや、従者にどれも持って行かせる。おい」


 ダミアンが呼ぶと、従者が来て俺の示した剣を持って下がる。


「……次は盾ですね」

「ラウンドシールドが良いか?」

「少し持ってみないことには……」

「ふむ。なら、この辺りだな」


 今度は盾を見る。

 種類ごとに分かれており、どうやら重さ順で並べられているようだ。


「……これは軽い。もう少し重量を……」

「どうだ?」

「ラウンドシールドではなく、カイトシールドを見ましょう」

「なら、こっちだな」


 カイトシールドを手に取る。

 よし、これがいい。


「これを持ってみて下さい」

「……ふむ。少し重いか?」

「では、こちらは?」

「軽いな」

「この3枚を持って行きましょう」

「分かった。これも頼む」


 最終的に選んだのは、3本の剣と3枚のカイトシールド。

 一旦サロンに戻ると、辺境伯もいた。


「おうレオニス。聞いたぞ、息子にビシッと言ったんだって?」

「あのままでは故障してしまいますから」

「ははあ……流石だが、あの野郎……」


 どうやら何度となく辺境伯は指摘していたらしい。

 だが、今まで聞かなかったようだ。


「……まあ、レオニスの言うことを聞いたのならいいか。俺としてはショックだが」

「……反抗期でしょうか」

「それもあるな」


 少し、父親というものに同情してしまった。

 結局、ダミアンは自分に合う武器を見つけ、カイトシールドと片手剣を使う堅牢な騎士として、そして父親とはまた異なる意味で武闘派の辺境伯となったのだが、これは将来のお話。



 * * *


 ――ヴィンツェンツ視点――


 夜。

 俺は、Dクラス冒険者であり娘を救ってくれた冒険者、レオニスとの邂逅を終え、執務室で色々と考えていた。

 彼の実力の高さ、的を射た指摘、礼儀作法や紅茶などへの造詣の深さ。


 やはり、ギルドマスターであるデニスの言うとおり、普通の……平民の出とは思えない。


 ――コンコン。


『私です』

「入れ」


 既に夜も遅くとなる時間だが、執務室のドアを叩く音がする。

 その者を招き入れると、彼は執務机の前で敬礼をした。


「それで、どう思った?」

「はっ、報告いたします」


 その者は、一人の騎士だった。

 ちなみに、彼はレオニスの剣に手を出そうとした人物でもある。


 まあ、それは俺が指示していたのだが。

 その騎士が、俺の前で報告を始めた。


「……あの者は、間違いなく貴族……それも高位の貴族の出身でしょう」

「どうしてそう思う?」

「実は……」


 どうやら、彼は執事に対し、馬車を降りる前に『このまま向かっていいのか』と聞いたそうだ。

 執事はそれに対し『問題ない』と答えたようだが、どうもこれは帯剣状態で問題ないのか聞いていたようである。


 それで『問題ない』と言われていたのに、騎士に剣を取られそうになれば怒るわな。

 まあ、執事の反応も、騎士の反応も俺が指示していたものだが。


「だが、なぜ高位貴族と思う?」

「武器に触れようとした際の反応です」

「ふむ?」


 どういうことだろうか。


「普通、平民であれば凄まれれば素直に渡すでしょう。いえ、もちろん高クラス冒険者はそうでもありませんが……」

「そうだな」

「これが下級貴族になると、騒ぎ立てることが多い。特に執事から『問題ない』と言われている訳ですから。それを白黒付けろと言わんばかりに騒ぎ立てて、自分を守ろうとする」


 下級貴族はそうでもしないと生き残れない。

 上級貴族と異なり、下級貴族は権力や発言力に乏しい。そのため、自分や家を守るために声を上げ、それを聞いた者を味方に付けようとする。

 声が大きければ、その分周りを巻き込めるとも言うのだが。


「ですが……彼は一言、『無礼者』と。それも既に歩いている状態から、視線を後ろに流して、です」

「……ふむ」


 ただ一言。それで十分な力を発揮できると知っている者というのは、ごく稀だ。

 それだけその人物の影響力が高いこととそれは比例する。


「なるほどな……その一言で、しかも立ち止まらないということは、それが許される……いや、それが当然であるという立場だからか……」

「ええ……。あれはまるで……」

「うーむ……」


 この騎士が言わんとしていることは分かる。

 だが、それは考えすぎだと思うがね。


「まあいい。状況は分かった。下がって良いぞ」

「はっ」


 騎士が退出するのを見て、俺は溜息を吐いた。

 明らかに、彼は自分を隠している。

 だが、それが意味をなさぬほどに、彼の立ち振る舞いが彼の出自を示している。


「出来れば、なあ……」


 娘のためにも出来ればもう少し近付いておきたいものだが……

 権力や何か庇護を求めてくると思いきや、金銭だけで良いとか。

 こっちが困るわ。


「お、そうだ……そろそろアレがあったな……」


 リナはそろそろデビューだが、この時期になると近隣の領地の一族のところに出向き、デビュー前の練習をすることが多い。

 詳しく言うと、お茶会であったり、ダンスの練習であったり、それを実地で行うのだ。

 もちろん、本番のように失敗が許されないと言うことはなく、あくまで親睦会の体だが。


 とはいえ、ここから近くの領地に行くにしても、護衛が必要だ。

 あれだけの実力を持つ人物、使わなくては損だろう。


「そういえば、パートナーがいると言っておったか……一緒で問題ないだろう」


 思いつきではあるが、いい手だ。

 もうそろそろ日が変わるが、その前に指名依頼書を認めておくか。

 朝一でこれをギルドに渡して……よし。


 俺は心機一転、側の水差しから水を飲み、書類を出して記入を始めた。

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