第17話:指名依頼と次の授業

「眠い……」

「お主、いつもそれじゃのう」


 春風亭で迎える朝。

 やはりこれまでの宿舎に比べ、値段もあるからなのだろうが非常に寝やすいベッドだ。


 もし、自分の家を持つならこういうベッドが良いな。


「ほれ、そろそろ朝食に行くぞ?」

「おう……顔洗ってくるわ」


 顔を洗い、身だしなみを整えて階を下りる。

 食堂では既に何人か朝食を摂っており、既に出て行っている連中もいる。


「あら、おはようございます。朝食をお持ちしますね」

「ああ、頼む」


 女将に頼み、フィアと二人で席に着く。


「この間はどうじゃった?」

「これといっては無いな。辺境伯と手合わせしたくらいだな……」

「……それは何かあるじゃろ。何が『無い』じゃ」


 辺境伯に招待されたのが数日前。

 この間フィアはソロで依頼を受けて、何件か依頼を達成していた。

 俺は俺で、ダンジョンの下層に降り、それなりの数のCクラスモンスターを討伐していた。

 

 そんな話をしつつ、朝食を待つ。

 しばらくすると朝食が運ばれてきた。

 

「今日はクロックムッシュか」

「良い香りじゃ」


 この世界の食品事情はそう悪くない。

 もちろん辺境なので、魚などは手に入らないが、魔物の肉などは多く、卵も割と容易に手に入る。

 

 そんなわけでクロックムッシュとサラダを食べつつ、今日の動きを考える。

 

「早めにギルドに行って、普通の討伐系のやつを探すか」

「そうじゃな。ダンジョンは今のところ良いじゃろう」


 通常の討伐依頼は、少し遠出になる場合があり、報酬は割高だが、時間がかかる。

 ダンジョンはヴェステンブリッグ内なのですぐに終わるが、基本的に単価が安い。

 

 だが、早めにギルドに行けば、通常依頼で割の良い依頼もあるはず。

 そう考えつつ、二人とも食べ終わったため席を立とうとしたところ……

 

「レオニスくんはいますか?」

「キャシーか?」


 食堂に突然入ってきた人物。

 それはよく知った顔で、ギルド受付嬢のキャシーだった。

 

 俺の声に気付いたのか、こちらに駆け足で近づいてくる。

 

「どうした?」

「良かった……実は、ギルドマスターが呼んでいるわ。出来るだけ早めに来て欲しいって」

「? 分かった」


 何か、普通ならギルドマスターに呼ばれるのは稀で名誉なのかも知れないが、こうも立て続けに呼ばれるとな……

 

「……お主とおると退屈せんのう」

「否定できないな」


 話し合いながら席を立ち、ギルドに向かうことにした。

 

 * * *


 ギルドに向かいながら、何軒か店に入り様子を見る。


(特に食料品は問題なし……武器類は……)


 価格を調べるというのは、実に重要なことである。

 価格変動によって、何が起きるか予想が立つというのはよくいわれる話だ。


 地球でも、経済というのは色々な要素に影響を受け、そして影響を与えてきた。


(といっても、経済学には詳しくないんだがな)


 そう思いながら見ていると、どうも少しだけ武器の値段が上がっているように感じる。


「……ふーん、少し上がったか?」


 そう呟くと、武器屋のオヤジが顔を出して話しかけてきた。


「おお、よく見てるじゃねえか。少し鉄が値上がりしてよ」

「おや、珍しいな。この辺りは鉱山も近かったはずだが」

「ああ」


 そんな話をしつつ、情報を仕入れる。


 しばらく行くとギルドが見えてきたので入ると、早く来たためかギルドが混み合っているようだ。

 あちこちで依頼の取り合いをしていたり、臨時パーティを組んで話し合いをしている。

 

「はぁ……依頼取りたかったんだがな」

「ま、金欠連中に譲るのじゃ」


 フィアにはどの程度の金額を辺境伯から貰っているかは話している。

 ただ、彼女にも渡そうとしたのだが、それは断られた。

 

『それはお主だけの手柄じゃろ? 妾が貰っては変ではないか』


 ということらしい。

 別に俺としては、受け取ってもらっても構わないかなと思っていたんだが。

 

 とにかく俺たちは受付に向かう。

 するとすぐにキャシーが出てきてギルドマスターの執務室へ案内してくれる。

 

「キャシーです。レオニスさんたちをお連れしました」

『どうぞ』


 入室すると、今日はまだ書類仕事をしているらしく、手を動かしながらこちらを見る。

 

「すみませんね、すぐ終わりますからソファーでお待ちください」


 そう言いながらも手早く書類を片付ける姿は流石である。書類に即座に目を通してはサインをしている。

 これは書類仕事に慣れているからなのだろう。

 

 数分もすると、積まれていた書類がなくなった。

 

「すみません、お待たせいたしました。先日はどうでしたか?」

「良い時間を過ごさせてもらいましたよ」

「どうせヴィンから手合わせでも希望されたのでしょう?」

「ご想像におまかせします、とだけ申しておきましょう」

「ふふっ、変わりませんね」


 笑いながら紅茶に口をつけるギルドマスター。

 彼の領主に対する呼び方から察するに、古い付き合いなのだろう。単なる領主とギルドマスターではなく、友人と考えても外れてはいまい。

 

「さて……」


 そう言うと、ギルドマスターは紅茶をテーブルに置き、座り直してこちらを見てきた。


「レオニス君、君に指名依頼があります」

「……指名、ですか」

「ええ、予想できるのでは?」

「……辺境伯ですか」

「その通りです」


 そう言うと、ギルドマスターは1枚の紙を見せてきた。

 そこには、『指名依頼書』という題名と共に、依頼主や指名者、そして内容が書かれていた。

 それを見ると、近隣の貴族領へ親睦のためにデビュー前の娘を2週間ほど預けるので、その行き帰りの護衛して欲しい、というものだった。

 報酬は白金貨10枚。

 

「……これはあまりに破格では?」

「確かに、普通のDクラスではあり得ません。精々金貨数枚でしょうね。ですが、君はキラーウルフを討伐できるだけの実力がある。つまり、Bクラス相当の力があるのです。そして、プエラリフィアさんも少なくとも同等の力をお持ちのはず。それを辺境伯は理解し、期待しておられるのです」


 期待、か。

 しかし、いまいち解せないこともある。

 

「ここから近いというと、どの辺りでしょうか?」

「そうですね……予想としてはバルリエント伯爵領、でしょうか」

「……なるほど」


 バルリエント伯爵というのは、辺境伯と同じように王国騎士だったことがある武闘派の貴族。

 辺境伯とは歳が近かったかと記憶しているが。

 

「辺境伯とは同僚だった、とかでしょうか」

「ええ、辺境伯の部下、腹心だったそうです」


 それはそれは。

 基本的にデビュー前の令嬢は、デビューすると必要になる作法、特にお茶会や舞踏会について学ぶ。

 だが、家で学べる内容には限界があるし、実践ほど力になるものはない。

 そのため、友好関係にある貴族、あるいは姻戚関係にある貴族の領地で実地訓練を受けるのだ。

 

 その点、友好関係にある貴族が近くにいるならば納得である。

 もし、単に近隣の貴族というのであれば、正気を疑うか、何か裏にあるのではと思っただろう。

 

「それで、どうしますか? 受けられますか?」

「……果たして、拒否権はあるんでしょうかね」

「ははっ、確かにそうですね。では、受けるということで処理します。詳細は辺境伯から直接お話がありますが、何か今必要な情報はありますか?」

「いえ、辺境伯とお話しすることにします」

「分かりました。では、明後日のお昼過ぎ、13時に領主邸に向かってください」

「了解です」


 話が終わり、ソファーから立ち上がって部屋を出て行こうとしたところ、後ろから声をかけられた。

 

「レオニス君もプエラリフィアさんも、依頼完了数や討伐数を考慮すると今回の依頼完了後、Cクラスへ昇格となります。覚えておいてください」

「……分かりました」


 * * *

 

 2日後。


「ようレオニス、先週ぶりだな。そして……ようこそ我が屋敷へ。私はここヴェステンブリッグの領主、ヴィンツェンツ・フォン・リーベルトだ」

「お初にお目に掛かる、プエラリフィア・ペンドラゴンじゃ。レオニスのパートナーである」


 何だろう。一度会ったら次の時には『よう』というのがこの人の普通なのだろうか。

 フィアにはまともに挨拶しているところを見ると、そうなのかも知れない。


「さて、すまんが少し立て込んでてな。あまりもてなしも出来んが……」

「いえ、あくまで本日は顔見せと詳細の確認ですので」


 そう言うとお互いソファーに座り向き合う。


「さて、話は聞いていると思うが、うちのリナを近場の領地へ護衛して欲しい。それは道中のみならず、その貴族領内でも頼みたいのだ」

「そこまで色々動く時間が?」

「うむ。今回はデビュー前の予行練習と同時に、辺境伯家として視察に赴くという目的もある。少なからず外での活動がある故、護衛を頼みたいと思っている」

「なるほど」


 辺境伯というのは、基本的にその地方の取り纏め役でもある。

 特に相手が友好貴族の場合、お互いに領地を視察することで政策であったり、必要な情報を得ることができる。


「しかしそれにご令嬢を送るとは……」

「なに、向こうも同じように去年令嬢を送ってきておる」

「……それなら、まあ」


 相手も同様なのであれば特に問題は無いか。

 しかし、この視察の話が入るのであれば……


「何か、掴んでおられるので? あるいは、何か起こると?」

「む……」


 俺がそう聞くと、辺境伯は口ごもった。

 こういう場合、男子が動くと明らかに相手に警戒される。


 基本的に貴族家の男子はそう言った情報収集も叩き込まれており、それなりに情報を集めやすい。

 だが、女性は情報を集めるには向いていない……ように見えるのだ。


 実際には彼女たちは巧みに情報を仕入れたり、独自のネットワークを組み上げていたりするので馬鹿にならない。

 かつてとある貴族家の息子がご婦人方のネットワークで叩かれて、最終的に廃嫡されたとか事例で存在する。


「……やはりお前には隠せないか。実はな、少しきな臭い案件がある。今回向かって貰うのは【クムラヴァ】……バルリエント伯爵の領地だが、そのさらに隣、【ウェルペウサ】が怪しい」

「……パレチェク侯爵、ですか。なるほど」


 パレチェク侯爵領、ウェルペウサ。

 侯爵領にふさわしい広さ……ではない程度の大きさの街が何個も含まれる領土。


 だが、ここは鉱山が近くにある。

 そして、鉱山周辺を集落とし、町を形成しているドワーフたちの存在により、ここは経済的な強さを持っている。


 ドワーフは亜人族と呼ばれる人々で、体格が人族より小柄。大体男性で150センチあれば高身長とされる。

 女性はさらに低く、平均130センチ台の身長だ。

 男性は屈強で筋肉質、女性は童顔で豊満な体つきをしていることから、一部の好事家たちの奴隷となっているドワーフ女性も多い。


 さて、彼らは山岳地帯にコミュニティを形成しており、他部族に対してあまり積極的ではなく、どちらかというと排他的な種族である。

 とはいえ、人族の領地で仕事をしたり生活したりするドワーフも多く、排他的なのは老人たちに多いとされる。


 長命で、200歳程までなら軽く生きており、それ以上に生きる者も存在する。


 彼らは特に国を形成しなかったのだが、先程述べたように一部の好事家から狙われたものも多く、当時のイシュタリア国王が保護をすると決めたのだ。


 そして、近隣であるパレチェク侯爵家にドワーフたちの保護と自治権を保障するよう命じ、その引き換えに鉱山の権利を与えていたのだ。


 ここがきな臭いとなると、その辺りの情報収集を兼ねるようにと言うことか。


「……分かりました。ついで・・・として情報を集めておきます」

「すまんな。ただ、基本はリナの護衛だ。そこのところを頼む。ちなみに俺はしばらく王都に向かうからな」

「ええ、もちろん分かっています。……王都ですか」

「おう。野暮用でな。じゃ、頼んだぞ」


 それから辺境伯とさらに内容や動きなどを詰め、俺とフィアは当日への準備を整えるのであった。


 * * *


「しっかし、護衛か……」

「面倒も起こりそうじゃが、それよりまずは護衛じゃな」

「ああ……」


 春風亭に戻り、俺はベッドの上で寝転びながら呟いた。

 隣にはフィアが腰掛け、尻尾を揺らしながら俺を見ている。


 くっ、このっ、尻尾め!

 俺が手を伸ばそうとすると、それを避けたり、フェイントを掛けてくる。

 完全に遊ばれているので、止めることにした。


 護衛というのは初めての仕事。

 はっきり言って、討伐より厄介だというのが本音である。


 討伐であれば、とにかく倒し回ればいいわけだが、護衛は誰かを保護しつつ、相手を制するというのが必要になる。


「こうなると、防御系の魔術が必要になるな」

「うむ、そういうと思っておった」


 するとフィアは1冊の本をインベントリから出し、俺に手渡してきた。


「ん? ……【境界系魔術理論】か」

「うむ。研究所で属性の話をしたのは覚えておるか?」

「ああ、当然だ」


 あれは忘れようが無い話だった。

 なにせ魔法の根幹、まさに理とも言える内容だったのだから。


「あの時、妾は【光】と【闇】については教えんかった。なぜじゃと思う?」

「……なるほど、それを今話すと言うことは」

「そうじゃな、この本じゃ」


 起き上がり、本を開く。

 一度見たはずだったが、いまいちこれは覚えていない。


 パラパラとめくると、確かに光属性で扱う魔法に似たものが多い。


「……単純に、【ベクトル】と【ポラリティ】の話じゃないのか」

「うむ、話が早いの。そのようなわけで、ここから数日はこれらの魔術を学んで貰う」


 護衛依頼の当日まで約1週間。

 またもや俺は、フィアの授業を受けることになったのだった。

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