第18話:依頼への準備
「さて、授業を始めるぞ」
フィアのその一言から今日の授業が始まる。
ちなみに服は、相変わらずの女教師コスである。
「まず、他の主要四属性の中で話した、性質については覚えておるかと思う。では、光と闇の性質とは? 何じゃと思う?」
「少なくとも昨日の本の題からして、【境界】に関する性質と言うことだろう?」
「うむ。まあ、昨日の本の題からして分かって当然じゃ。では、光と闇は何が異なるのじゃろうか?」
光属性と闇属性の違い、か。
境界についてというのは分かったが、それがマギ・ベクトルと同じと考えると、ポラリティは……
「光は、防御……か?」
「うーむ、当たらずとも遠からずじゃ。正確に言うと、光属性は『境界の拒絶』じゃ」
「なら、闇属性は『境界の受け入れ』か」
「正確には『容認』じゃが、そういうことじゃな」
つまり、光も闇も、実際には境界をどちらに傾けるかが根底にある。
例えば、境界を定め『拒絶』する防御魔法。
異常な状態、怪我の状態を『拒絶』する治療魔法。
人と死者の境界を定め、死者を『拒絶』する浄化魔法。
逆に、人から死者の境界を曖昧にし、死者でありながらも人のように動くことを『容認』する死霊魔法。
人の精神の境界を崩し、『容認』させて認識を曖昧にさせる精神魔法。
そう考えると、確かに辻褄があう。
「だが、当然のことながらこの『境界』を認識するというのが困難での。そのため、単に魔力操作や魔術への才能が影響するものではない。逆に、ある意味において『信仰心』という境界を認識する神官になると、光属性として括られる魔法を習得しやすいとも言えるのじゃ」
「道理で……なぜ神官になると光属性を習得する者が多いのか不思議だったが、そういうことか」
「そうじゃな。主要四属性の適性が少なくとも、最低限【単属性】であれば光属性を習得するのじゃ」
神官たちは修行を積むと、回復系や浄化系の魔法を扱えるようになる。
通常、回復系は水属性だが、なぜ光属性にも存在するのか不思議ではあったのだ。
その謎が解明された今日。
俺はこの真実を黙っておく。
「ということで、お主にも習得して貰うわけじゃが……」
「何か祈れって言うことか?」
「阿呆。お主には他の人にはない能力があるじゃろ?」
何だろうか。
今俺の持つ能力としては、【
しばらく頭を捻っていたが、フィアがなんとも言えない視線をこちらに寄越してきているのを感じる。
「お主……自分の得意分野を忘れるとか、どうかしておるぞ……ほら、お主は良し悪しを認識出来るのじゃろ?」
「ああ……そういえば」
最近あまり使っていなかった。
それほど使うタイミングもないしな。
「その能力……特性があれば、良し悪しの境目のようなものは分かりやすくなるじゃろ」
「そういえば……そうだな」
確かに良し悪しが分かるということを拡大解釈すれば、その境目が分かるとも言える。
同様に、光属性も境界の拒絶だから……
「いや、その理屈はおかしい」
「なんでじゃ?」
「基本的に魔術は式の構築と実行で成り立つだろうに」
「そうじゃな」
「なんで俺が境界を認識する必要があるんだ?」
「おお、そのことか」
魔術――全属性が扱う魔術は、式を構築し、それを魔術陣化し、実行する。
そのため、詠唱の必要がないし、複雑な部分の演算処理も組み込むことで脳への負荷が掛からないようになっているのだ。
そのためなぜ俺がそれを認識していなければいけないのか、それが不思議である。
「基本的に魔術において、式というのは重要じゃ。じゃが、なぜ式は発動するのじゃろうか?」
「?」
「むむ……難しいのう……そうじゃ、お主【転生者】と言ったじゃろ? プログラム、というのは知っておるか?」
「もちろん。本職だ」
伊達に何年もブラック企業に勤めていたわけではない。
「なら早い。例え式を書いたとしても、大元の前提となる基礎部……妾たちは【ライブラリ】と言うのじゃが、それがなくては式といえども単なる文じゃ」
「あ、なるほど納得」
ライブラリか。
確かに前提となる命令や関数というのは、別途まとめられており、決まった動作を命令する共用プログラム――ライブラリというもので統合されているのだ。
基本的なプログラムはこのライブラリを読み込んだ上で動作させられる。
つまり、どんなに火属性を使いたいと思っても、「火」そのものを知らなければ使えないというわけか。
「概念を理解していないと、発動させることが出来ないわけか」
「うむ。まあ、今の光属性魔法というのは、簡略化されておるし、結果というものを認識して発動させている感じがするがの」
確かに根本的な概念を知らなくても、結果が理解出来ていれば多少使う事は出来るのだろう。
だが、完璧に使うには、概念や性質を知らなくてはどうしようもない。
「理解出来たのなら分かったじゃろ? なぜ『境界』を認識する必要があるのか」
「……ああ」
「ということで、時間の問題と練習場所に問題があるので、研究所へ向かうのじゃ」
* * *
「……しかし、まさか【空間】の概念の方が早く認識できたとか……お主どこの化け物じゃ」
「うるさいよ。どうせ拒絶の概念の認識の方が最後だったさ、良いじゃないか習得できたんだから」
明日が依頼のための出発日なのだが、やっと今日俺は『境界』の概念をすべて、そしてついでに『空間』の概念を習得することが出来たのであった。
概念を習得するまでは、どうしても魔術は発動できず、ある意味トライアンドエラーを繰り返していたのだが、遂にすべて発動するようになったのである。
「さて、ここで妾の術式を渡しても問題はないのじゃが、折角なのでフローチャートくらいは書いてみるのじゃ。それをベースに式を組むぞ」
「つまり、仕様書を書け、ってね」
「そういうことじゃ、はよせいよ」
そのようなわけで、俺は手作業でフローを描く羽目になったのである。
と言っても慣れたもので、1時間程度で書き上げた。
なにせ、色々な仕様の詰め込まれた莫大なプログラムではないので、早く描くことは容易なのである。ただし、俺にとっては。
さて、今回作成したのは、【守護の神壁】という防御魔術。
物理、魔術問わず防御するための術式で、しかも内側からの攻撃が出来るという仕様である。
『お主、鬼畜なことを思いつくのう』
なんてフィアから感想をいただいたような魔術となってしまった。
ただ、俺もこれを作成するにあたり、光属性だけでなく闇属性の術式を含めているため、普通の光属性では発動できないものになってしまった。
しかも、その術式の情報量を考えると、サイズを可変にするのではなく、固定で精々2メートル程度に抑えないと今日中には出来上がらないと言われてしまった。
そのようなわけで、単体用のものを【守護の聖壁】、可変式のものを【守護の神壁】と呼ぶことにするのであった。
「しかし、完全に境界を決めて『拒絶』による防御をするのではなく、こちらの魔力は『容認』し、相手の魔力と物理的な力だけを『拒絶』するなどと……普通考えつかんじゃろ」
「うーん、これは俺が【転生者】だからと言うべきかな」
「妾たちの知らん知識か……少しその知識を分けてくれんか?」
「別に構わんが……」
そのようなわけで、俺はこれまで以上にフィアから質問を受け、それに数時間掛けて答える羽目になったのである。
* * *
「しかし、久々に術式を作るのも面白いのう」
「そうだな……でも、俺としては早いところ自分で組みたいものだがな」
「そうじゃのう……さっさと【グリモワール・カルクラ】を見つけんといかんのじゃが」
そうは言っても旧世界の遺跡を見つけなければいけないわけで。
簡単にはいかないわな。
いずれは各国に行きたいとは言え、少し色々ゴタゴタするだろうし。
「まあ、申し訳ないが、しばらく頼むな」
「うむ、任せるのじゃ。まあ、このまま妾がしても問題ないのじゃがな」
「負担が掛かるだろ?」
「……うーむ、それがそうでもないからのう。不思議なことに」
どういうことだろうか。
普通この処理をするには必要な機材が存在するのに、その理屈を無視できるフィア。
しかも、高等術式も充分に【魔術陣化】出来ると言う能力がある。
普通そんな事をしようものなら、脳とアストラル体がパンクして、廃人になってしまう。
フィアは本当に狐人族なのだろうか。人じゃないのかも知れない。
改めて不思議に思いつつも、気にしても仕方がないためこれからの動きを考える。
「さて、とにかく後準備するとしたら食事類か?」
「本当は微妙な話じゃが、一応アイテムボックスがあることはこの間の昇格試験で見られておるしの」
アイテムボックスと呼ばれる特別な魔道具。
それは、空間魔術をベースとした特殊な式を埋め込んだものだが、本来俺やフィアはインベントリがあるので必要ない。
とはいえ、インベントリについて知られるのは問題だし、教えるつもりもないので「アイテムボックスを持っている体で」動いていた。
だが、今回研究所でアイテムボックスを取ってきたので、間違いなくアイテムボックスを使っていると堂々とすることができるのだ。
「んじゃ、手分けして露店巡りするか」
「そうじゃな」
ヴェステンブリッグの夕方というのは、非常に趣がある。
元々ヴェステンブリッグは、色彩豊かな都市だ。
その都市に夕日が差し込み、昼間とは異なる色を見せるのが俺は好きだった。
温かみのある夕日の色合い。
それを含んで赤く燃えるような色を見せるレンガ造りの家々。
人や馬車の行き来の多さから、まるで磨かれたような石畳が夕日を反射する。
「……うん、いいな。何もなければ、紅茶でも……いや、本当はコーヒーが飲みたくなるな。まだ見つけてないけど」
俺にとってこの世界に来て残念だったことの1つ。それはコーヒーがないことである。
いや、探したらあるのかも知れないが、今のところ俺は聞いたことも同じようなものを見たこともなかった。
そんな事を考えつつ通りを歩き、露店の1つに足を向ける。
「まだいいか?」
「おう、まだあるぜ。出来たらそろそろ売り切りたいがな」
この屋台は前から何度となく通っている串焼き専門の屋台。
オークの串焼きを筆頭に、ワイルドボアやホワイトバイソン、場合によってはファングラビットの串焼きを扱っている。
「あと何本くらいある?」
「そうだな……オークは30、ボアが10、バイソンが……5かな」
「よし、全部買う」
そう俺が言うと、店主が変な顔をした。
「……マジか?」
「本気だ。それに、無駄にはしないから安心しろって」
「……まあ、良いが。売れるなら文句はねぇ。時間掛かるから待ってろ」
「じゃあ、先に渡しておくな」
そう言って俺は銀貨を6枚出して手渡す。
「おいおい、先でいいのか? しかし、お前さんクラスが上がったんだって?」
「ああ、それで少し遠出をすることになってな。それより他にも買い込みに行くから、出来たら包んでおいてくれ。5分くらいで戻る」
「お、おうよー!」
俺はそう言うと他の屋台に移動し、買い込む。
今度は何かスープだったので、それは鍋ごと購入することにした。
他にも、白パンや様々な食品、調味料、そして調理器具を揃えていく。
(惜しむらくは、包丁が普及していないってことだな……)
この世界で料理をする際は、包丁と言うよりナイフのようなもので調理している。
それも、いまいち研ぎが甘いせいか、切れ味が芳しくない。
(今回の件でドワーフと知り合いになれたら、少し提案してみるか……)
そんな事を考えつつ、最初の屋台に戻ると、ちょうど焼き上がったところだったらしい。
出来上がったものを受け取り、アイテムボックスに収納していく。
「……なあ、今収納したのって……」
「ああ、ちょっとな。手に入れたんだよ」
「マジかよ……」
そんな話をしながら、屋台の主人に手を振って帰り道を歩く。
夕方なので日が落ちるのは徐々に加速していき、今度は夜の帳との境界を美しく魅せていく。
「……さて、さっさと帰って明日のために早めに寝るか」
そう思いながら、俺は春風亭への道を急いだ。
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