第40話:オーバーフレームというモノ

「……確定だな」

「どうする? いきなり破壊するわけには行くまい」


 フィアの言う通り、もしあのゴーレム――【オーバーフレームコマンド】をいきなり破壊してしまえば、俺たちは確実に悪役になる。

 もちろん理由を公表すればその心配は無いが、騒ぎを起こしてしまえば混乱は必至だし、パレチェク侯爵たちに逃げられるという可能性もある。最悪証拠を消されたり、【炎魂の楔】の破損という事になってはさらに問題である。


「……今は動かないようにしよう。多分だが、あれと俺は戦うはずだしな。その時に詳しく確認した上で、決定する」

「分かった」

「……仕方ないわね」


 今は動かず、相手の動きを見てから決定するしかない。「後の先」を取れるようにしたいものだ。

 そう思いつつも表情は周りに合わせて笑顔のままである。


 さて、どうするのが最適か。

 1つの手段としては、手合わせにかこつけてゴーレムを破壊することだ。

 だが、あのゴーレムと戦う可能性が高いとは言え、確実ではない。


 2つ目としては、夜の間に保管されている場所に侵入し、ゴーレムから【炎魂の楔】を抜き出すことだ。

 だが、ボテロが場所を知っているかどうかにもよる。


 3つ目の手段は、パレチェク侯爵を捕らえて強制的に聞き出すことだ。

 手の1つではあるが、権限的な問題があり、これは辺境伯が動くかが関係してくる。


 実は冒険者ギルドを通して送った手紙は、ヴェステンブリッグのギルドマスターであるデニスを通して辺境伯に渡してもらう予定であり、それには今回の状況と【炎魂の楔】について、そして辺境伯の特例権限使用の依頼のためである。

 だが、これも不確かなもので、辺境伯が賛同するかどうかに左右されるのだ。


 どうしたものか……

 1つ目のプランが一番楽だと思うが、上手くやる必要がある。


 そう思っていると、ボテロが近付いてきた。


「……どうした」

「旦那様……侯爵閣下がお呼びです」

「分かった」


 パレチェク侯爵か。向こうから来てくれるならばありがたい。

 そう思い、ボテロに付いていく。


 向かった先はステージ袖。そこには小さな待機室があり、そこに俺は通された。

 椅子は俺と侯爵の2人分だけ。


「お呼びか、侯爵?」

「うむ、単刀直入に申し上げる。ロン・ジェン先生には言っておったが……」

「手合わせの件か」

「うむ、気付いておるなら話は早い。あの【オーバーフレームコマンド】が先生の相手じゃ」

「ふむ」


 俺が頷くと、パレチェク侯爵が言葉を続ける。


「ご不満……ですかな?」

「いや、それはないな。だが、誰が使用する?」

「ああ……それはうちの息子じゃ」

「……ジーモン卿か」


 そうなると少々面倒だ。

 あの魔道具師が向かって来るなら事故を装って破壊と行動不能にさせて、尋問するところだったのだが。そうはいかないか。


「それで、侯爵はどうしろと? ただ相手を言うためだけに呼んだのではなかろう?」

「ええ、それはそうです。ちなみに手合わせはこの後ですが……」

「それは構わない。君たちがホストである以上、異議はない」


 今日するのであれば、第2プランは予備と言うことにするか。


「――良かった。では、最後に1つお願いなのじゃが……」

「なんだ?」


 パレチェク侯爵は息を吸い、俺に頭を下げると、必死さすら滲ませる雰囲気で俺にこう告げた。


「――どうか、全力であたっていただきたいのです。破壊しても構いません。どうか……先生のお力を存分に発揮していただきたい」


 俺は一瞬何を言われたか理解できなかった。

 自分の息子が操る【強化鎧型】のゴーレムを、「破壊」して構わない、だと?

 ……鎌を掛けてみるか?


「……ご子息の命が保証しかねるが……まあ、その表情からすると、それも覚悟の上か。だが、まあ注意して対応しよう。だが、ジーモン卿はいいとして、ゴーレムについては再起不能になるほど破壊されても問題ないのだな? その時何が起こっても、それはやむを得ぬと?」

「ええ、構いませぬ」

「……分かった」


 ……さて、どちらが目的だろうな。



 * * *



「さて、ここで皆様に素晴らしいお知らせです! あの【オーバーフレームコマンド】、単機でどの程度の実力を持つか知りたいと思われませんか!?」


 ――おおおっ!?

 ――パチパチパチパチ


 司会者の言葉で会場がざわめき、興奮した熱気が発せられる。

 これまで【オーバーフレームコマンド】を見るために周囲にいた者たちが、お互いにこの技術がどうとかこうとか話しつつ、予想を立て始めているのが分かる。

 さらには、誰が相手をするのかと辺りを見回したり、出来れば戦いたいと闘志を滾らせ始めたものまでいた。


 その状況を待っていたのか、止まっていた司会者の言葉がまた流れ始める。


「皆様の思われるとおり、是非とも私も見たいと思っております! しかし、相応の実力者が必要です! さあ、誰が相手をするのでしょうか!?」


 ――誰だ?

 ――集団でするのか?

 ――まさか


「では、ご紹介いたしましょう! かの【火竜一族】の認めし戦士、【龍剣】ロン・ジェン先生!」


 ――だ、誰だそれ?

 ――火竜一族だと!?


 その言葉に合わせて駆け出し、跳躍と同時にインベントリから槍を取り出して【オーバーフレームコマンド】の対面に着地する。


 そして燃えるように赤い(ように見えている)髪を掻き上げ、槍を振るう。


 ――……おおおおおおおっ!?


 一瞬の沈黙の後、会場が湧き上がった。

 もちろん全ての人が期待しているわけではないだろうが、それでも期待されている以上は無様な闘いは出来ないな。

 対する【オーバーフレームコマンド】もジーモン卿が装備し、動かし始める。


「それでは、この戦いについては訓練場の方で行います! お二方はそちらへ!」


 ――ズコッ!!


 一斉に皆転けた。

 ここまで引っ張っておいて……という本音だろう。だがまあ、仕方ない。ここで戦えば、すぐに崩壊してしまうだろう。

 なんとも締まらない感じではあるが、皆でぞろぞろと移動することになった。これなら「昼食会後に皆移動してください」って言っておいた方が良かっただろうな。

 そんな事を考えつつ、訓練場に移動する。


「……えー、少々失敗いたしましたが、気を取り直して行いたいと思います。【オーバーフレームコマンド】対、人間! 技術の実力と、人間の実力者、どちらに軍配が上がるか! 【オーバーフレームコマンド】操縦者オペレータはジーモン・フォン・パレチェク卿、対するは、火竜一族よりロン・ジェン先生です!」


 ――ウワアアアアアッ!!


「フフフッ……必ず勝たせていただきますゾ!」

「人間を舐めるなよ」


 ジーモン卿が顔面のヘルム部分をを着用する。これ、バシネットとか、某鉄男みたいに跳ね上げ式じゃないのね。面倒な。

 対する俺は槍を頭上で2回転ほどさせると右手で保持し、身体を半身にして構える。


「両者、どちらかが戦闘不能になった時点で終了です――それでは、始めっ!!」


 司会の男の合図で、試合が始まった。


 * * *


 ――ワアアアアアァァッ!!


「ふっ!」


 数分が経過した。

 俺は当初「見」に周り、動きを見ることにしたのだが、向こうも同様だったため先に突っかけた。

 意外と動きは速く、ぶつかった瞬間に岩とぶつかるような音がする。


 だが、よく聞くと内側では金属の音がしており、表面的には岩のような柔らかいもので衝撃を吸収させ、骨格部分は金属で強化しているのだろう。


 向こうは魔法などは今のところ使わずに、パンチを使ってきている。

 だが、大きさの関係でリーチが長いし重いため、俺は受け流すという形で戦いを行っていた。


(動きは素人だな……)


 どうしても操作する人物の技量が関係するのだろう。

 運動になれていないジーモン卿では、どうしても直線的で読みやすい軌道になってしまう。


(さてさて……少し覗かせて・・・・いただきますか)


 俺がこのオーバーフレームに近付こうとすると、ジーモン卿は腕を振って近づけまいとする。

 リーチが長いのが長所ではあるのだが……


「凄い動きです! 両者譲りません! しかしあの腕で薙ぎ払われるだけで致命傷です、ロン・ジェンは中々有効な打撃を与えられない!」


 俺は一旦身を低くして滑り込み、オーバーフレームの足の間を抜けて後ろに出る。

 同時に手のひらを装甲に触れさせ……


「噴っ!!」


 ――ドゴンッ!


 俺の【魔衝拳】が背面、脇腹のあたりにあたり、オーバーフレームを吹き飛ばす。

 む、この程度では装甲も砕けていないな。


 どうやらかなり固い素材を使っているようだ。

 表面的な部分は剥がれたのだが、中の金属装甲によって阻まれる。


 ……何だ、今の感覚?

 【魔衝拳】を放った瞬間に阻まれたのは事実。だが、どうも装甲で吸収されているようには感じない。


『ふっ、ふっ、まだまだですな! こちらからモ行かせてもらいますゾ!』


 ヘルムのせいで籠もった音の声がする。

 少々、ジーモン卿の口調に怪しげな違和感を感じつつも、向かって来るオーバーフレームに対して構え直す。


『リャアアアァッ!』

「!」


 ラリアットか! しかも位置が低い。

 俺はこれを跳躍して避けるしかないのだが、ちょうど良い。

 跳躍と同時に、今度はオーバーフレームの肩あたりで【魔衝拳】を放つ。


(まただ……)


 明らかに弾かれる感触。これは、中にミスリルが入っているな。

 ミスリルというのは魔力を通す材質だが、既に魔力が通った状態の場合は自身以外の魔力を弾く働きをする。

 そして今回は【魔道解析マギ・スキャニング】によって大凡の魔力の流れが分かった。


(こいつのコアは、背面か!)


 普通にエンジンを背面に載せるというのは……まあ、試作機なら仕方ないか?

 基本的にむき出しというのは弱点をひけらかしているようなもの。

 もちろん直接【炎魂の楔】が触れられるはずもないが、それでも中心に置くよりは装甲部に近い。

 そう考えていたのだが……


『まだっ、マダですヨ! さあイきマすゾ!』

「!?」


 明らかにおかしい。

 言葉もそうなのだが、動きが単純すぎ、さらには二足歩行というよりも……


 ――ね、ねぇ……なんかおかしくない?

 ――魔物の……ようだ


 周囲の声を聞き理解した。

 どうやら、【炎魂の楔】を利用しているからかは知らないが、莫大な魔力が流れ込んでいるせいで思考に異常をきたしているらしい。


『ウォッ、ウォウ! コ、ココココこれコレこれはははははハハハ』

「拙い……! 皆、逃げろ!」


 俺がそう叫んだ瞬間。

 オーバーフレームが観客席に向かって走り出した。

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