第41話:暴走と逮捕

 オーバーフレームが駆け出す。

 その速力も目を見張るものだが、それよりも目に付くのはその走り方。


(まるで動物……いや、魔物のようだ)


 最早ジーモン卿の意識は怪しく、わけの分からない言葉や叫びを発しながら掛けてくる。

 そしてその勢いで……観客に突っ込んでいった。


「逃げろっ!!」


 そう俺が叫ぶが、まるで蛇に睨まれた蛙のように動かない招待客たち。


「ちっ! 【発勁】!」


 【発勁】を発動させ速力を上げる。同時に追いついたオーバーフレームを、槍を振り抜きながら吹き飛ばす。


『オッオッオッヲッヲッヲ!!』


 どうやら今のでヘイトは俺に集まったか?

 オーバーフレームが狙うのが俺に変わる。


 ――キャアアアアァァアアアッ!!

 ――ぼ、暴走しているぞ! 逃げろ!


 その頃になって始めて気付いたのだろう。観客は慌てて逃げ始め、結局残ったのは数人。

 お、ありがたいことに伯爵が侯爵の元に行き、何かを囁いている。そういえば、例の魔道具師はどこに行った?

 まあいい……


「さあ、来るが良い!」

『ヲアッ!』


 ――ドガッ!

 ――ドゴンッ!


 地面をオーバーフレームが叩くだけでかなりの振動が起きる。

 だが、何にせよ予備動作が大きいのと直線的なので難しい相手ではない。


『ヲヲッヲヲヲッ!!』

「甘い!」


 身体全体を回転させて腕を振り回してくるオーバーフレーム。

 よくゴーレムの攻撃方法とされる回転攻撃だ。


「喝ッ!!」


 【魔衝拳】を放ち、槍を振るって足元を崩す。

 ちょうど足の間に槍を入れたため、オーバーフレームは足を取られて転がる。


『アヲッ!?』


 体勢を崩したオーバーフレーム……ジーモン卿は立ち上がろうとするが、上手く立ち上がれないようだ。

 ……どうやらそろそろ限界のようだな。


「……悪いがこれで終わりだ……――はああああっ!!」


 ――ギギギギギッ!!


 俺の振るった槍が背面のコアと鎧部分を分かつ。

 同時にコアの外装を突いて砕くと、一瞬見えた心臓部・・・だけを槍の引き戻しの際に引っかけて手元に寄せ、インベントリに仕舞う。

 さて、コアを破壊され魔力の供給を断たれたオーバーフレームは動こうとしたがそれ以上は動けず。


「……しょ、勝負あり! ロン・ジェン先生の勝ちです!」


 こうして、手合わせは俺の勝利で終了したのだった。



 * * *



「――ということで、心臓部の回収は終わったわけだ」

「手癖が悪いのね」

「……少なくともこれで主目標は達成じゃな」


 品評会が終わって、部屋に戻った俺、フィア、ノエリアの3人で集まり話し合う。

 状況が状況のため、少々不審な点であったり、違和感を感じる部分を洗い出していく。


「……可能性の1つは、侯爵は止めたいものの止められないという状況だった、そして2つ目は一瞬正気を取り戻したという可能性、だろうな」

「……否定できないのが辛いわね」


 どちらかと言えば、侯爵はどうにか止めようとしている立場という可能性があった。もしかしたらボテロが俺に依頼してきたのも、侯爵からの命令だったのかも知れない。


 ……さて、そろそろ行くとするか。


「……どこへ行くのじゃ?」

「もう一度情報を収集する」

「……ふむ? 今さらかえ?」

「それと――」


 そうだった、これもお願いしておかなくては。


「詳しくはノエリアから聞いて欲しいが、どうも別で動くアホ・・・・・・がいるようだ。フィアはノエリアから離れるな。何かあれば連絡をしろ」

「……そこまで言うなら可能性が高いんじゃな、相分かった」

「出来るだけ早く戻ってくるつもりだが、もしもの場合は全力を出せ。依頼もそうだが、依頼者を守るのも務めだからな」

「分かっておる。心配するな」

「頼んだぞ」


 部屋を出ると、侯爵邸の警備の騎士たちと出会う。

 彼らは俺の戦いを見ていたらしく、あのオーバーフレームの暴走を止めてくれて感謝していると言われた。

 念のため例のディム・パルという魔道具師について聞いたところ、なにか用事があって手合わせの時に彼は離れていたらしく、暴走の知らせを聞いてすぐに戻って来たとのこと。かなり開発に力を入れていたためか、暴走という結果に対しては非常にへこんでいたらしい。


 とはいえ、人を巻き込みそうになった以上、しばらくは謹慎となり、監視の強化が図られるとのこと。

 ちなみにジーモン卿については、あの後意識を失っていたものの今は回復して、安静にしている。

 どうもオーバーフレーム使用中のことは覚えていないらしい。


 そのようなわけで『記憶を無くしたとは! なんと残念無念なことなんだぞ!』と言っていたそうである。つくづく懲りない人だ。

 だが、問題が無いとは言えないので、しばらく侯爵が監視を付けるらしい。


 さて、俺は街に出て通りを歩き、途中で路地に入ってから以前行った酒場に入る。

 マスターはすぐにこちらを見て軽く手を挙げると、カウンターに白馬酒を注いだどんぶりを出してくれた。


「悪いな」


 俺が前回のように銀貨を出そうとすると、


「なに、俺のおごりだ」

「……感謝する」


 これはおごってくれるらしい。人の金で飲む酒は美味いと言うのは事実だな。

 とはいえ、これだけが目的ではないので、一気に白馬酒を飲み干しマスターの方を見てからどんぶりの下に金貨を置こうとしたところ……


「……お客さんだ」

「……」


 どうやら、彼の方が早かったようだ。金貨は戻されてしまう。

 案内されるままに奥に向かうと、そこにいたのはやはりボテロだった。

 

「……もう少し掛かると思っていたが」

「どうにか抜け出せたので……それで、どうでした?」

「焦るな。あくまで確認したまでだからな、だがあのオーバーフレームのコア……そこに反応が見られた」

「……っ!」


 俺がそう言うと、ボテロは驚いた表情で硬直していたが、立ち直ると声を上げる。


「ま、待ってください! 場所が分かったのですか?」

「ああ」

「そんなあっさりと……」


 俺の言葉に言葉を失いつつも、どこか表情は期待するようにしている。


「それで――今夜だ」


 俺が頷くと、ボテロも息を呑み、緊張した面持ちで頷いた。

 ついでにおれは少し気になっている別件を確認する。

 ボテロもそれは気付いていたらしく、屋敷の警戒は強化しているとのこと。

 それとは別に、俺に1枚の封筒を手渡してきた。


「……これは」

向こう・・・から、です」


 ……これはこれは。

 封筒に入ったとある紙を見て、俺は笑う。


 さて、そう言うことであれば、後は動く時間を待つばかりである。

 ボテロと今日は短く会話し、すぐ別れて帰路に就くことになった。



 深夜。


「ぐあっ!」

「うぐっ!」

「ごふえっ!」

「げえっ!」


 ――ドサドサッ!


「……何じゃこいつら」

「……ま、予想はしていたが」

「……救いようのない連中ね」


 突然俺たちの寝室に踏み込んできた連中。

 だが、生憎俺やフィア、ノエリアは気配というものに敏感で、あっさりと相手を伸して終わりとなった。


 結果的にこの連中は床に倒れ伏して呻いている。


「さて、丁寧にご質問させていただこうか。フィア」

「準備は出来ておるぞ」


 俺はそのうちの1人を叩き起こし、隣の寝室で尋問することにした。


「……さて、何のつもりでこんなことをしたのか聞こうか」

「な、何のこと……ゲフッ!」


 転がっている男の腹に蹴りを入れる。もちろんそこまで強くは蹴らないが。


「なあ、まさか寝室を間違った、なんて言い訳はしないよな? ナイフを振りかぶりながら寝室に入る奴というのは、どういう連中か知っているか?」

「……い、いや、本当に間違って……それに怪しい奴がいれば……」

「なるほどな、つまりお前は侯爵閣下の警備がザルだと言いたいわけだ」

「そ、そんなことは……! ギャアッ!?」


 必死で立ち上がろうとする男の手のひらを踏みつける。


「まあ、お前らは確実に侯爵に引き渡す。……さて、お前たちのご主人様はどうなるだろうな?」

「ひ、ひいぃぃっ!!」


 殺気をぶつけながらそう言うと、男はあっさりと洗いざらい吐いた。 

 さらに入れ替えての尋問を繰り返して情報の整合性を確認してから、侯爵の騎士に引き渡す。


 侯爵の騎士たちも驚いたようで、最初は夜中だったことと一日中忙しかったことが相まって不機嫌だったのが、大慌てで彼らを連れて行った。

 この連中は昼に品評会の会場でノエリアにあしらわれていた貴族たちの部下で、しかもパレチェク侯爵と同じ貴族派。


 流石に彼らが貴族の依頼とはいえ、国王派であるバルリエント伯爵の客人、さらにはドワーフ姫の婚約者、さらには火竜一族と繋がりのある面々を襲ったというのは問題なのだろう。それにパレチェク侯爵としてもわざわざ敵対する理由はないわけで。


 しかしこいつらはわざわざ今襲ってこなくても、ねぇ……

 一体何の目的があったんだか。


「……で、何を考えておるのかの?」

「まあ、思惑が絡んでこうなっている、ということだろうな」

「ふむ」


 とにかく一旦俺たちは同じ部屋で休むことにした。明日の手合わせのためにも、少しは体力を回復しておかなくては。



 * * *


 翌日。


「……ま、こうなるわな」


 インベントリから時計を出した俺は、時計の針が午前8時を指しているのを見て溜息を吐いた。

 昨日は遅かったせいか、少し寝坊である。


 寝室を出ると、既にフィアとノエリアがソファーに座っており、朝食を楽しんでいた。

 俺もその輪に加わり、朝食を楽しむ。


「依頼中にしては遅いのう」

「……ああ」

「ま、今日は特に予定はないからの」


 夜の襲撃については、当事者と侯爵以外誰にも知られないうちに処理したので、話として広がってはいないだろう。

 それよりも、昨日のオーバーフレームの暴走の方が話題になっているかもな。


「それより、一応依頼としては達成じゃろうが……」

「……一応、明日クムラヴァへ帰る予定ではあるが、な」


 変な話だが、少し話が拗れそうな気がする。このまま帰ることは出来ないのではという、微妙な空気のようなものを感じるのだ。

 そして嫌なことだが、こういう感覚はあたりやすい。


 可能性としては、貴族派が夜の襲撃に関連して何かイチャモンを付けてくる可能性が1つ。

 次に、少し考えにくいが侯爵がオーバーフレームの破壊について文句を言ってくる可能性が1つ。まあ、これは既に言質を取っているので考えにくいのだが。

 大穴としては、例の魔道具師が直接乗り込んでくる可能性。


 そう考えつつ皆でお喋りしていたところ……


 ――ドンドンドンッ!


 無遠慮に扉を叩く音がする。


「何だ?」

『ロン・ジェン殿! 貴殿に侯爵閣下より逮捕命令が出ている! すぐに出てくるのだ!』

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