第42話:逮捕の結末

『ロン・ジェン殿! 貴殿に侯爵閣下より逮捕命令が出ている! すぐに出てくるのだ!』


 扉の外から聞こえてくるそんな声。

 問答無用で踏み込んでこないのは、ノエリアもいるためなのだろうな。


「どうするの?」

「まあ、俺のことは心配ない。それより、偽装は働いているか?」

「……だ、大丈夫だけど」

「ならいい。行ってくる」

「ちょっと……!」


 心配そうにノエリアが話しかけてくるが、それを無視して扉を開ける。

 そこには数人の騎士が立っていた。


「ロン・ジェン殿! 侯爵閣下のご命令により逮捕する!」

「待ちなさい! このエスタヴェの姫たる私のパートナーを逮捕するつもりかしら!?」


 ノエリアが俺の後ろから騎士たちに向かって声を上げた。

 その表情は「絶対に行かせない」という強いもので、爛々と眼の奥に滾る殺気が見える。

 騎士たちは一瞬半歩後ろに下がったが、すぐにノエリアを見返すと答えを返した。


「ノエリア姫、いくらそう言われても侯爵閣下から逮捕せよと命令が出ているのです! それを止めるおつもりか!」

「そう……ならなぜ連れて行くのか逮捕理由も言わないというのはどういうことかしら? 貴方たちはエスタヴェと、ドヴェルシュタインと事を構えると?」

「ぐっ……!」


 確かに理由は一応聞いておきたいな。

 しかし、ノエリアがこう言ってしまうと拙い。こうなると侯爵だけでは俺の逮捕をすることは出来ず、ドヴェルシュタインのみならず王都まで話が流れてしまうだろう。

 そうなると時間が余計に取られてしまうしな。


「ノエリア、俺のことは心配するな。侯爵には聞きたいこともあるしな。……それで、一応理由くらいは説明してくれないかね、君たち?」

「貴方……」

「下がれノエリア。……それで?」


 ノエリアを下がらせ、騎士たちに顔を向ける。

 すると、ハッとした表情で肩を跳ね上げると口を開いた。


「し、失礼いたしました。こ、侯爵閣下は、『侯爵家の秘宝を盗んだ』と仰っておられましたが」

「……ほう、なるほど」


 そう来たか。

 可能性として考えてはいたのだが、それは俺の背後を知らないような奴がすることと思っていたんだがな。

 ……まあ、いい。


「分かった……では、行こうか」


 俺は頷くと、もう一度フィアとノエリアに「心配するな」とだけ言い、その場を後にした。


 * * *


「侯爵閣下、ロン・ジェン殿をお連れしました」

『入れ』


 そう言って連れてこられたのは、執務室や応接室ではなく。


「ほう」


 しっかりとした石造りの壁。

 簡素な椅子とテーブル。

 鉄格子のはめられた窓。


「取調室か」

「そうだ。このような歓迎になり些か残念だがね……」


 そう言うと俺は侯爵の対面に座らせられ、手錠を掛けられる。

 その様子を見ながら、侯爵が話し始めた。


「……さて、今回君と息子のオーバーフレームによる手合わせ……それは私からの依頼であった」

「そうだな……同時に全力を出すようにとも言われていたぞ」

「確かに。最悪の場合はコアを破壊して構わぬと私は言った」

「間違いないな」


 わざわざ言質を再確認するような言い方をしてくる。

 さて……どう来るか。


「……今回の状況、破壊はやむなしと思う。じゃが、そのコアを奪って構わんとは言っておらんが?」

「……ふむ」


 ほほう。つまり、奪ったコアを返せと言いたいのだろうか。


「侯爵、あの時私は『何が起こっても、それはやむを得ぬ』と確認し、それを侯爵は了承したはずだが?」

「……む」


 その時に『何が起こっても』構わないと侯爵は同意している。

 それなのに、わざわざ俺に言いがかりを付けてくるとはどういうつもりだろうか。

 そういう内容を言外に含めて伝えると、侯爵は唸った。


「……だからとはいえ、我が侯爵家の秘宝を奪うのは許されん」

「侯爵家の秘宝、だって?」

「そうだ。あのコアは侯爵家の秘宝を持って作られたもの。それを奪うというのは見過ごせぬ!」


 ……ふーん。

 そう言うことを言うのか。


「……『侯爵家の秘宝』、ね」

「そうだ」

「それはどのようなものだ? 形状は? 色は? 効果は?」

「……は?」


 俺がそう聞くと、侯爵が固まった。


「秘宝と言うからには、自分たちのものだというからには、その程度知っているはずだろう?」

「……」

「それとも……誰かから入れ知恵されたか?」

「な、え、あ……!?」


 まるで言い返せず、ただ俺の方を睨み付けるようになってしまった侯爵。

 そして、今のでなんとなく理解できたが、侯爵はコレ・・について知らない。

 恐らくは……


 ――パチパチパチパチ


「侯爵、あなたの負けだ。彼はよく準備しているね」

「ディム殿……」


 突然拍手が響いたかと思うと、二人の人物が姿を現す。

 それは例の魔道具師と、商人の二人組だった。


「やはり貴様らか」

「あれ? 気付いてた?」


 ディムと呼ばれる男は笑いながら俺に話しかけてきた。


「……普通に考えて怪しすぎるからな」

「あははっ、そっかぁ……でも、ばれないようにしてたんだけどな」


 頭を掻きながら彼はさらに笑う。

 そして侯爵の代わりに俺の前に座った。


「ねえ、君。あれは元々この家のものだよ? 返してあげたら?」

「生憎既に手放しているのだろう? 既に所有権は移っている」

「……はぁ。そう言ったって君、それを誰が証明するんだい? 実際この家の書庫には、アレがこの家のものだったという記録があるよ?」


 そう言って話しかけてくる彼は、恐らく色々調べたのだろう。

 確かにアレの最初の管理者が誰だったかというのは、間違っていない。


「管理できなくなって王家に取り上げられているわけだからな……今さらしがみつくのは後の祭りという話だ。それよりも、今の管理者と敵対する方が怖くないのか?」

「……本当に君、火竜一族と繋がりがあるんだね。面倒だなぁ」


 そこまで話したところで、侯爵が口を挟んできた。

 どうやら俺たちの話から予想が付いたのだろう。驚いた顔で話しかけてくる。


「……ディ、ディム殿、確かお主は昔奪われた秘宝を取り戻すと言っておったが。それは……もしや」

「あれ、侯爵は知らなかったんだね。そうそう、火竜とドワーフが管理している【炎魂の楔】だよ?」

「なっ!?」


 侯爵はその言葉を聞いて言葉を失っていた。

 自分たちのものだと言われて取り返そうと、そう思っていたものが今竜が管理しているアーティファクトだったなんて……といった表情だ。


 しかし、どうしようか。

 そろそろ話にも飽きてきたし……何より時間が無い。


「で?」

「ん、なんだい?」

「貴様らの目的は……【炎魂の楔】を手に入れること、だろう?」


 俺がそう言うと、それまで柔和そうだった表情を変え、暗い笑みを浮かべるディム。

 そして、商人の男から感じられる気配も変わりだした。


「……だったらどうするんだい? その手錠、僕の謹製でね。魔法封じのものなんだ」

「……だからなんだ? それよりも侯爵、さっさとここを出て行け。邪魔だ」

「あ、ああ……」


 侯爵は部屋を騎士たちと共に出て行く。

 その様子を見送る二人組。


「……お優しいことだね。まあ、君は逃がさないよ?」


 そう言うとディムは立ち上がり、ある魔道具を胸元から取り出して俺に向けた。


「さあ、早く答えるんだ。あのアーティファクトはどこだい?」


 俺の耳は、その言葉を聞いていた。

 だが、俺の意識はそれよりも魔道具に向いていて……


(銃、だと!?)


 ディムが持っていた魔道具……それは形状が少々古めかしいが間違いなく銃だった。

 いわゆるパーカッション式の「デリンジャー」。それが俺に向けられている。


 だが、あまりの驚きに俺は少々固まっており、どうやらそれを見て彼は業を煮やしたらしく……


「いい加減……答えろ!」


 そう言うと、天井に向けて銃を放った。


 ――バアンッ!


 あまり大きな音ではないが、派手とも言える音。

 同時にファイアに似た魔法弾が飛び出し、天井に当たるとその部分の石を少し削る。


 こちらに向けられている銃口。

 もう一人の商人男も、同じようなデリンジャーを出してこちらに向けている。


「いいか、コレが頭に当たればお前は死ぬんだよ! それが嫌ならさっさと――」


 そう叫ぶディムの声は俺には最早聞こえていなかった。

 急速に接近してくる気配を感じ、俺は慌てて椅子に座ったまま地面を蹴り、壁際まで下がろうとする。


 この場所は拙い、この二人が巻き込まれる。

 そう思った俺は、手錠に向かって魔力を流し破壊すると同時に声を上げようとした。

 だが、一歩遅く。


 ――ドゴオオオオンンンッッ!!!


「「グボッハアアアァッ!?」」

「あ~、馬鹿……」


 窓を背に立っていた二人組は飛び込んで来た1つの……大きな影によって吹き飛ばされ、俺の横に、俺が背にしている壁にぶち当たり崩れ落ちる。


「「……」」


 気を失って折り重なっている二人の脈を確認し、生きている事が分かったので鎖で縛っておく。

 同時に飛び込んで来た影に向かって声を掛けた。


「えらく早いお着きじゃないか……なあ、赤竜」

『お主の危険を感じたのでな。だが、いまいち危険でもなかったようだが』


 飛び込んで来たのは赤竜だった。

 一応今回の事情を思念波で送り、説明しておくと同時にここに連れてこられた際に来てもらうようにお願いしたのだ。

 流石に今回の侯爵の状況というのは、隠せるようなものではない。


「さて……赤竜、この二人を見張っていてくれるか?」

『相分かった、任せよ』


 俺が赤竜が飛び込んで来た壁から外に出ると、周りは大騒ぎになっていた。

 もちろん人的被害はあの2名だけだが、それでも衝撃や赤竜の姿というのは混乱をもたらすだけのものであり、騎士たちは鎮静と説明に走り回っている。


 さて……侯爵はどこに行ったか。

 【探査プローブ】で探ると、彼は侯爵邸に戻っているようだ。

 俺はそのままフィアとノエリアを呼ぶと、二人と共にバルリエント伯爵を訪ね、同行をお願いする。


「さっき凄い音がしたけど……」

「赤竜が来たからな」

「……あー」

「一応、今回の依頼主は伯爵だから一緒に来てもらえるか?」

「断りたいけど……そうはいかないよねェ」


 渋々付いて来る伯爵と共に侯爵の元へ辿り着く。

 先程の取調室にいた騎士たちもおり、執務室に入ろうとする俺たちを止めようとするが気にせずに中に入る。


「なっ!?」

「やあ、侯爵。何をされているのかな?」

「こ、これは……」


 しどろもどろになりながらも答えようとしない侯爵。

 俺が【威圧】を掛けながら近付いていくと、それに合わせて後退りする。


「わ、私に何をするつもりだ! 私は侯爵だぞ!?」

「私があの取調室であなたを逃がしたのは、ただ証拠となる人物が消えると困るからだ。逃がすつもりは更々ないし、国益に反する人物なのであれば処理するのも躊躇わんぞ」

「なっ……!?」


 俺の一言に言葉を失う侯爵。

 それはそうだ、いくら火竜一族と繋がりがあるとはいえ貴族と庶民の間の差というのは大きい。

 それなのに、まさか「処理する」と言われるとは思わなかったのだろう。


「き、騎士たちよ、こやつを捕らえよ! 不敬罪だっ!」

「は、ははっ!」


 そう言うと俺に近付いてきて、俺とフィアを捕らえようとする。

 が、その瞬間飛び込んで来た別の騎士に遮られた。


「た、大変です閣下!」

「な、なんじゃ!?」

「リ、リーベルト辺境伯の騎兵団ですっ! 外門を強行突破されました!」

「な、なにいいいぃっ!?」


 騎兵の操る馬の足音が近付いてくる。

 驚愕の表情をする侯爵。さて、種明かしといこうか。


「流石は辺境伯、動きが速いな」

「君が言うと嫌味だよ?」

「……そうか? まあいい」


 バルリエント伯爵と笑い合うと、その様子を見た侯爵が訝しげな表情をする。

 なぜ辺境伯が……という表情と、貴様如きがなぜ……という2つの表情。


 そんな侯爵に向かって、俺は1枚の用紙を懐から取り出した。

 それは昨日、ボテロから渡されていた2つの書類。


「さて、現時刻を以てロン・ジェン改めレオニス・ペンドラゴンは、リーベルト辺境伯代理としてここに辺境伯非常権限の発動を宣言する!」

「なっ……【竜墜の剣星】がなぜ……しかも、辺境伯の非常権限だと!?」


 パレチェク侯爵は愕然とした顔で俺を見つめる。というか、俺の異名を知っていたんだな。

 流石にここでこの非常権限が発動するとは思わなかっただろうな。


「ウェルペウサ領主アドルフ・フォン・パレチェク侯爵、令息ジーモン・フォン・パレチェク卿、魔道具師ディム・パルとその同行者を、国家所有物窃盗と横領、ならびに国家内乱未遂の容疑で逮捕する!」

「ば、馬鹿な……! それは儂の本意では無い!」

「それは王都にて陛下の前で話すんだな」


 その俺の言葉と同時に、辺境伯の騎士たちが踏み込んできた。


「レオニス……殿?」

「おっとすまん、これでどうだ?」


 俺は偽装を解いて、銀髪に翠玉の眼の姿に戻る。

 フィアも同様に、金髪と紅眼の姿に戻った。


「レオニス殿、後は引き継ぎます。辺境伯がお待ちですので、後ほどバルリエント伯爵とおいでください」

「分かった……1個分隊は俺に付け。もう1分隊はジーモン卿を捕らえろ。まあ、彼は寝込んでいるはずだがな。俺たちは例の魔道具師のところに向かう。赤竜が見張ってくれているはずだ」

『はっ!』


 指示を出し、俺は魔道具師ディム・パルと商人のコンビのところに向かう。

 少し距離があるため、急ぎ足で向かっていると、突然爆音が響いた。


「なっ!? ちっ……まだ何か持っていたか!? 急ぐぞ!」

『はっ!』


 一気に取調室まで駆ける。

 するとそこに広がっていたのは、二人組が魔法を使いながら赤竜と戦闘になっている場面だった。


「赤竜、スイッチだ! 【マジック・レイ】!!」

『むっ!』


 赤竜が一瞬飛び上がると同時に、俺の【マジック・レイ】が放たれる。


「何ぃっ!?」

「はああああっ!!」


 愛剣を鞘走らせ、抜き打ちで斬りつける。

 すると何か目に見えない壁に当たったように弾かれる。


「むっ」

「おわああっ!? い、いきなり斬りかかるってどういうつもりだよ!?」


 恐らく結界だろう。しまったな、魔力をしっかり込めておけば一緒に切り裂いたものを。

 まあ、ディム・パルは結界で俺の剣を弾いたにもかかわらず、必死で転がり逃げようとしているな。相方の方が冷静に見える。


「外したか」

「ちょ、ちょっと待ってよ!? ねえ、聞いてる!?」


 必死に俺に向かって何か叫んでいる。

 どうやらこいつは俺がロン・ジェンと同一人物であることを理解していないようだな。


「悪党共と語るつもりはない。悪・即・斬だ」

「ちょっと、マジで謝るからさぁ!? ちゃんと話すし!」

「ほう」


 そこまで言うなら聞いてやるか。

 俺は半分ほどの威力にした【威圧】を二人にぶつけながら近付く。


「ぇ…………えっ…………?」

「……!?」

『!?』


 俺の威圧を受け、ディム・パルは地面に座り込み、相方の商人も膝を付いている。

 そしてなぜか俺を見ていた赤竜までもよろけている。


「では、貴様らはどこからの者だ? ルーレイか、それともフラメルの連中か?」

「えーっと……」

「どうした、答えないのか?」


 さらに【威圧】を掛けながら問いかける。

 だが答えようとしない。


「……俺はそう難しい質問はしていないのだがな。まあいい、何が目的だ? 我がイシュタリアの混乱か、それとも国力低下を狙ったのか」

「え、い、いや……ただ単に気になってさ……」


 誤魔化しているな。俺が刃筋を立てて構えて近付くと、「ひっ」と言いながらさらにズリズリと退る。


「どうした? 自分の言葉に命を賭けて発言しているのだろう?」

「い、いや……少し和ませようと……」

「ほう」


 もしこれが彼の素ならば相当なアホか、相当度胸ある奴のどちらかだな。

 そんな事を思いながら、俺は間合いを詰めて剣を振り下ろした。


「ヒッ…………!?」


 ――キィイインッ!!


 この時、俺は本気のように見せて寸止めするつもりだった。

 だが、その俺の剣を弾いたのは、隣にいた商人の男の短剣だった。

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