第43話:返還と裏
――キィイインッ!!
「……ほう」
寸止めとはいえ俺の一撃を弾いたとは。
振り下ろしを逸らすなら分かる。まあ、受け止めたならば、それもどうにか理解できる。
だが、彼は「弾いた」。
「……良い腕だな」
「……そうでもない。かなりギリギリだったし、止めるつもりだと分かったからだ」
「ふん……」
そう言うと、俺の振り下ろしを間近で見て気絶したディム・パルを担ぎ、立ち上がった。
「この圧……普通じゃない、手を抜いている。本気なら動けなかった」
「……今の状態で動ける貴様は、それはそれで凄いがな……何者だ?」
「……褒め言葉として受け取っておく……俺たちは、『サクリフィアを受け継ぐ者』」
そう言うとポケットに手を入れて、何か石のようなものを取り出した。
「! 待てっ」
一瞬嫌な予感がして、前に出る。同時に彼が取り出した石が光を放って、周辺を満たした。
対する俺はその光に向けて銀鍵を放ち、同時に斬りかかったのだが俺の剣はどういうわけか空振る。
『ここで死ぬわけにはいかない、捕らえられるわけにもいかない。魔道具を渡した、見逃してもらう』
「ちっ……」
声がしている間は感じていた気配も、声が消えると共になくなる。
逃げられたか。仕方ない、説明には俺が出向くしかないな。
『お主が逃げられるとは……』
「いや、もう少し予想して魔力封じとか出来たら良かったんだがな、これは俺の失態だ。それより赤竜は大丈夫か?」
『我は何も問題ない。連中の攻撃など全く意味が無いレベルだったからな』
流石は竜。丈夫だな。
しかし、今の連中はどこに消えたんだ? 明らかに途中まで俺の【
(可能性としては、転移系か……)
だが、もしそれが出来るとしてあんな小型化出来るのだろうか。
現在の魔道具では成し遂げられないほどの性能だった。
しかし、よく考えると奪った銃にせよ、あのオーバーフレームにしても、あれだけのものを作れる存在ならばそれも容易なのではないだろうか。
そうなると、今後の戦争の形であったり、生活の利便性であったり、それらは大きな変化を生じさせ、それは話題になる。
(……本腰を入れて調べるか。いや、それよりも……)
『サクリフィアを受け継ぐ者』とは一体なんだろうか。
だがそれを調べるにも個人で出来ることは限られるので、色々コネを使って動くしかないだろうな。
そこまで考えて、まだ何も終わっていないことを思い出した。
「すまん、赤竜はどうする?」
『そうだな……例のものを受け取っておきたいが』
「あぁ、そうだな……少し待ってくれるか?」
『うむ』
俺は後ろに立っていた分隊に声を掛ける。
「すまん、敵は取り逃がした。だが、色々と説明が必要だからな。君は辺境伯に連絡してここに来てくださるように伝えてくれないか?」
「分かった」
俺の言葉に応えて一人の騎士が駆け出す。
「君はフィアとノエリアをここに」
「把握した」
さて、これで……あ、そうだ。
どうせなら赤竜に渡すよりも火竜に渡した方が良いのではなかろうか。
折角だからドヴェルシュタインだけでなく、ヴェステンブリッグにも繋がりを作っておいて欲しいし。
「赤竜」
『なんだ?』
「例えばだが……火竜を連れてきてもらうことは出来るか?」
『そう言うだろうと思って既に連れてきている……のだが』
え、火竜来ていたのか。
というか、ここでその溜息と言うことは……
「あのジジイ、どこか行ったな……」
『ああ、困ったものだ……』
仕方ない。呼びかけてこっちに来てもらうか。
『火竜さんや~い』
『な~んじゃ~いな?』
いや、レスポンス早っ。
『悪いが、例のものを回収したから取りに来て欲しいのと、一応証明のために来て欲しいんだが』
『む……そうか、分かった』
そうやって待機している間に、辺境伯と伯爵、辺境伯騎兵団がやってきた。ついでに火竜も。
フィアとノエリアもやってきたので、俺はここで説明することにする……つもりだったのだが、俺の横にいる赤竜を見て皆が驚くわ興奮して跳ね回るわ。
まるでアイドルに出会ったファンのような雰囲気で赤竜を取り囲みだしたのだ。
これには赤竜もなんとも出来ず、ただ『あ、うむ、その……』と繰り返す状態に。
――パンパンッ!
俺が手を叩くと、やっと気付いたのか皆がこちらを向いた。
俺は1つ咳払いをして話し出す。
「さて……辺境伯、ありがとうございました。無茶なお願いと分かってはいたのですが……」
「いや、それは問題ない。それに、あの方からのお達しでもあったのでな……」
「『あの方』……ですか?」
どうしたのだろう。
基本的に辺境伯の非常権限についてはどうしてもそれに伴う責任がある。最悪、家のお取り潰しとなる可能性を秘めるものなので、あまり使いたがらないはず名のだが……
「まあ、それは後だ。それより、なぜ呼ばれたのか説明してくれるか?」
「ええ。1つには友好をと。それと返却すべきものがありますので……」
そう俺が言うと、辺境伯と伯爵は「なるほど」と頷く。
「まず、お一人ご紹介すべき方がおりますので……火竜長老」
「む、儂かのう」
そう俺が言うと、辺境伯の後ろから漢服を着た老人が出てくる。
「辺境伯、こちらは火竜一族の長老であられる、火竜殿です。火竜長老には、受取人として来ていただきました」
「ほう……私はヴィンツェンツ・フォン・リーベルトと申します。お目にかかれて光栄です、火竜長老」
「うむ……レオニスが世話になっておるのう、辺境伯よ」
辺境伯が火竜に近付き、二人が握手する。
その間に俺は、インベントリから1つの球体……宝珠を取り出した。
「さて……これは最初王家が所有しており、それを当時の王家が竜に預けたもの。故に、あるべきところに戻さなければ」
そう言ってから俺はその宝珠を火竜の元に持っていく。
「まず……これを返すぞ」
「うむ、確かに受け取った。間違いない、【炎魂の楔】じゃな」
「念のため、問題が無いかドヴェルシュタインの担当に見てもらうのが良いだろうな」
「それは当然じゃ」
【炎魂の楔】を火竜に渡し、それを火竜が大事そうに懐にしまう。
それを見ながら辺境伯が頭を下げた。
「む? どうしたのじゃ」
「この度は、我ら人間の所為でこのような事になり申し訳なかった。ご迷惑をおかけしたことをお詫びしたい」
「なぁに、これが無くて困るのはお主らじゃ。儂らが困るわけではないからのう……ま、頭を上げるが良い」
そう言った火竜の言葉によって頭を上げた辺境伯。「ありがとうございます」と言うと改めて火竜と握手する。
さてと……
「ということで火竜、以上だ」
「はぁ!? こんなあっさりで良いのか!?」
「まあ、もっとごねられるならとか色々考えていたんだが……」
「……ああ、なるほどのう。あっさり侯爵は捕まったらしいではないか」
「大人しくはなかったけどな……まあ、赤竜が飛び込んで来たインパクトに負けたというか……」
本当はもっと侯爵が取り調べで色々重箱の隅を突くような事を言ってくると思っていたのだが、そうならず。
「じゃあ、実際にドラゴンに聞いてみるか?」と言うつもりが【炎魂の楔】の話を聞いて、侯爵が項垂れちゃったし。
お決まりの話し合いになるはずが、赤竜のドラゴンインパクトで全て吹き飛んだ感じである。奴は竜だが。
「つまり、儂も突っ込んだら良いんじゃな!」
「『やめんかっ!』」
俺と赤竜の声が重なる。
少々場がカオスと化してきたので、きちんとした説明をするために移動することにした。
なお、赤竜としては囲まれると落ち着かなくて帰りたいとのことで、先に【炎魂の楔】を持って帰ってもらった。
* * *
一旦、接収した領主邸に戻る。
その応接室を使って、赤竜を除く皆でお茶をしながら報告会を開く。
「――状況としてはこのような感じですね」
「なるほど……よく分かった。今回の件は既に王都に報告しているからな」
「了解です」
さて、これで【炎魂の楔】は無事発見された。大きな目標はクリアできたのである。
「……しかし、あの二人組については捕縛できませんでしたからね」
「……珍しいよねェ、レオニスが捕まえられないなんて」
「確かに……消えた手段というのも気になるな」
「どこの国かすら分かりませんでしたからね」
可能性として考えたのはルーレイ王国か、あるいはフラメル帝国だ。
どちらもグラン=イシュタリアがある【ソーナ・ノルテ】に存在する国であり、友好国とは言えない。
とはいえ地続きではなく、海を隔てた隣の大陸になるのだが。
グラン=イシュタリアは1つの島――大陸と言える程大きな島を治める国。
対して、フラメル帝国もルーレイ王国も、隣の大陸に共に存在する国であり、常々イシュタリアにちょっかいを出そうとしてくるのだ。
どちらも向こうの大陸では二大勢力であり、お互いに少しでも優位に立とうとしてこちらを取り込もうとしている。
グラン=イシュタリアの歴史は古いため、人の多さや技術力などを考えても手にしたいのだろう。
「……一応、魔道具を一部押収していますが」
「……ああ、そうだったな。だが、それは俺たちが預かるわけにはいかない」
「え?」
基本的に魔道具というのは発見された土地の領主が一旦受け取り、それを国に提出するはずだが……
「今回はウェルペウサの……しかも捕らえた人物から押収したものだ。遺跡の出土品じゃないからな」
「……うわぁ。それ言いますか」
確かに「遺跡で出土した」魔道具であれば領主預かりの上で国に渡される。
あるいは冒険者ギルド経由だ。
だが、今回は別に「出土品ではない」ので、報告するなら直接の報告が必要と言うことだ。
つまり、王都に行けということである。
「……少しはゆっくりしたいんですが」
「多分レオニスが暇になるのは死んでからじゃない?」
「酷っ」
伯爵が笑いながらそんな事を言う。
だが、あながち否定できない気もする。色々巻き込まれているからなぁ。
そのまましばらく会話を続けたが、そろそろ良い時間となったため解散となったため、俺は部屋に向かって歩く。
魔道具品評会中に起きた暴走と、その次の日のドラゴンインパクト。
他の貴族たちはさっさと引き上げ、捕らえられて部屋での軟禁状態である一部の貴族連中や侯爵一家を除いては、バルリエント伯爵と共に来ていた俺たちだけが領主邸には滞在している。
さて、俺が部屋に向かっている途中で、とある人物と出くわした。
「お疲れ様です、ロン・ジェン先生……いえ、レオニス殿」
「ボテロ殿か」
俺が出会ったのは、例のバーコード……ロドルフォ・ボテロであった。
ハンカチで汗を拭きながら、和やかな笑みで俺に近付いてくる。
「何をしているんだ?」
「これでも私は従属官ですので……色々屋敷の事務をですね。接収されたとはいえ、これからもここは使われるでしょう?」
「なるほどな」
見た目に反して働き者である。ある意味見た目通りなのだろうが……頭とか。
そんな事を考えながらボテロと話を続ける。
「――しかし、侯爵は何も知らなかったとは……というより、何かされていたのでしょうかね、結局?」
「……さあな。だが、何か吹き込まれたのは事実なんだろうさ」
「そうでしたか…………おっと、立ち話もいけませんね、それではお休みなさいませ」
そう言うとボテロがお辞儀をして立ち去ろうとする――
「で、向こうからの指示は達成できたのか?」
その背中に向かって俺は声を掛けた。
「はい?」
「とぼけるなよ……まさかここで動いていたとはな、そうだろ?」
不思議そうな顔をするボテロに対して俺は近づき、小さな声でこう告げた。
「――先代ボルテール伯爵家当主、ロドリゴ・フォン・ボルテール卿?」
* * *
「……お気付きでしたか」
「ああ、どことなく匂いを感じた」
彼の本名を告げると、それまで緊張していた身体から力が抜けた。
このボテロという人物は、先代の伯爵家当主だ。俺がそれを告げると、観念したかのような雰囲気で溜息を吐いている。
「……『匂い』ですか」
「本当は、このゴタゴタが終わったら俺と組んで欲しかったんだがな……流石にあの方の影たる【ボルテール】となるとそれは出来ん」
「! よくご存じでいらっしゃる……どこでそのような情報を?」
「うん? 幼いころからさ」
そう俺が言うと不思議そうな顔をして首を傾げる。
それを見ながら俺は言葉を続けた。
「で、パレチェク侯爵の変化の一因は君だろう、ロドリゴ卿?」
「……なぜです?」
「消去法さ」
魔法的な、魔術的なものについていれば俺やフィアは気付く。
催眠や精神錯乱の様子もない。
「魔法でもなければ催眠でもない……後は
「……そこでしたか」
「まあ、明らかに侯爵の紅茶や食事に微かに感じる別の香りがあったからな」
これは俺の身体的な特徴というか、能力のおかげで分かったといえるだろう。
なんとなく、あの紅茶や料理は問題がある、と囁くナニカを感じていたのだ。
それに、香りを感じられるのも【
さて、そう言った薬を得意とする家というのは限られており、特にこういった用途に使うものを扱うのは一家だけである。
それは、イシュタリア王家の「影」といわれる一族。ボルテール伯爵家だけだ。
なぜこのパレチェク侯爵家を探っていたのかは不明だが。少し聞いてみるか。
「それよりも、だ。向こうの指示は完了したのか?」
「……それは」
俺の言っている意味が分かっているのだろう。
だが、それ以上は特に口を開かない。
「……まあ、いい。だが、これで少しは膿を出せたのでは? ……いや、あの人はこの程度では納得しないか」
「!?」
俺の言葉を聞いた途端、ボテロは警戒を強めたようだ。
じわじわとこちらから見えない左手が動いているのが認識できる。
「……先代が出てくると言うことは、それだけ大きいことがあるはずなんだが。まあいい」
俺はそう言うと踵を返し、自分の部屋に向かう。
流石に何も明かしていない状態では得られる情報なんて限られている。
だが、恐らく何か俺が絡むに違いない。
そんな根拠もない確信を抱きつつ、背を向けながら、俺はボテロに向かって告げた。
「ま、色々と覚悟だけはしておこうかな」
それだけ言って俺は部屋に戻ったのであった。
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