第61話:新年と娯楽
数ヶ月後。
遂に年が明けた。
この世界での年明けというのは地球のように騒がしくはない。
平民の多くは、教会に行き新年の説法を聞いてから、家で家族とゆっくりと過ごす。
騒がしいのは年末だろうか。
あちらこちらで店が賑やかになっており、色々なものが飛ぶように売れているそうだ。
……生憎、俺は見に行くことができなかったが。
王都の官僚貴族たちは、年始の2日になると皆王城に集まり、陛下への新年の挨拶を行う。
この時だけは未成年の王族も壇上に出なければいけない。まあ、喋ることはないしすぐに引っ込むのだが。
貴族たちからも十分な距離があるため、そうそう顔はばれないし、何より実は、この新年の挨拶で未成年の王族が出るのは5歳と13歳になる年だけである。
5歳の挨拶も出ているし、13歳の分もギリギリ出席できたため、俺も王族としての人数に数えられるのである。
さて、これから貴族たちは、冬の社交シーズンに入り、年度始めとなる4月に向けて人脈作りをしている。
あとは、婚約者探しだろうか。
とはいえ、俺はエリーナには関係がないので、今日はひたすら離宮でのんびりである。
「……これは面白いですわね」
「そうか? なら作った甲斐があったな」
俺が作ったのはトランプ。
今しているのは、神経衰弱だ。
もちろんこの世界にはプラスチックは今のところないので、特殊な紙を使って作った。
紙の両面には特殊な樹液をコーティングする事で滑りをよくしている。
この樹液は【シルクトレント】と呼ばれる特殊なトレント種のもので、非常に稀少とは言わないが、それでもそこそこの値段がするものだ。
実は俺は、【烈鬼団】の一部、特に娼館で働いていた女性たちのうち、娼館での仕事を辞めようと希望するものや、年齢的に引退となった者たちを集め、1つの商会を作ったのである。
【レオーネ商会】と名付けた商会では、トランプを筆頭に、様々な娯楽商品を販売し始めることにした。
というのも、王族である以上税金によって生活するわけなのだが、今のところ冒険者稼業が難しいため金儲けの手段が必要になったからである。
それに【影狼】や【黒鉄】への報酬のためにもお金が必要だからな。
スヴェンなどは必死に固辞してきたが、タダ働きをさせる気はないので無理矢理渡した。
ちなみに現在、【レオーネ商会】での販売品目はトランプ以外にも、チェス、将棋、麻雀、ドミノ、ベーゴマ……等々である。
販売利益の1割が俺の手元に入るのだが、かなりの量が入ってきている。
ちなみに作成については、ドヴェルシュタインで装飾作りなどを担当していた者で、下働きで腐りそうになっていた連中を引っ張ってきた。
おかげで彼らも職人としての職にありつけることになり、感謝されたとかなんとか。
しかし、最初は大変だった。
麻雀牌の型を掘るというのは中々大変なものだし、俺も萬子、筒子、索子の形は詳しく覚えておらず、頭を抱えたのを覚えている。
まあ、萬子や三元牌などの漢字については、赤竜に来てもらって形を考えたが。
彼らは漢字文化だからな。
おかげで、完全に同じではなく少々オリジナル感があるものの、立派な麻雀牌が出来上がったのだった。
ちなみに、この麻雀が最も流行ったのはどこかというと……
「ツモ。リーチ・平和・タンヤオ・ドラドラ……親ッパネで6000オール」
「げっ!? またかウィル……」
「くっそ~……早鳴きしすぎた」
「ふっふっふ……手を育ててこそだ……甘いな」
「このままだと……ハコる……」
サロン内で、俺たちが神経衰弱をしている近くでそんな声が上がる。
まあ、つまり、流行ったのはうちの父や叔父、そしていとこたちの間で、である。
これは仕方ないかも知れない。
というのも、麻雀牌自体がそれなりに値段がするのだ。
ルールも覚えなければいけないし、あいにく全自動卓はまだ作れない。
材料になにか動きをプログラムして、簡単に動かす……とはいかないのがこの世界の事情だからな。
こればかりは仕方がない。
(……いずれは雀荘を立ち上げて、広めるというのも手だな)
そんな事を考えながら、叔父たちの様子を見る。
ちなみに今は国王である叔父が親ッパネの連荘らしくトップ。
その後を追いかけるのが父。
そして安目狙いで速攻を仕掛けているのが3位のヘルベルト。
そして……ハコりそうなのが兄ハリー。
ハリー兄はアレクにルールを教えながら打っているらしいが……ちょっと大物手を狙いすぎというか。
そしてたまに放銃してしまい、現在最下位。
そうしていたら、俺の頬を突く指を感じた。
「ほら、レオンの番よ」
「おっと……すみません姉上」
えーっと……
これと……これだ!
「当たり!」
「ちょっと、アンタズルしていないわよね?」
「言い掛かりですよ姉上」
俺の左隣に座るのは、姉であるセルティア・フォン・イシュタル=ライプニッツ。
俺の2つ上の姉だ。
少し茶色よりのブルネットの髪と、俺と同じ翠色の瞳。
少し吊り目なので、少し怖く見られがちだが実際はかなり優しい事を俺は知っている。但し、少々ツンデレ属性を持っているという。
光属性と氷属性……つまり水と土属性を使う事ができ、特に氷属性を得意とする術士なのだが、彼女はメイスとカイトシールドを使った近接戦闘術も学んでいるため、遠近共に対応できるという防御重視のオールラウンダーである。
そんな姉なのだが……苦手なこともある。
基本的に身体を動かす方が好きなので、こういう記憶系のゲームは苦手と言うこと。
「そうよ。自分が取れていないからって、そういうことを言うものじゃないわ」
俺の対面に座る少女がそう言って姉を宥め……るわけではなく、揶揄っている。
彼女はルナーリア・マルゲリッテ・フォン・イシュタリア。第一王女であり、エリーナの姉になる。姉であるセルティアと同い年である。
ちなみに彼女は、エリーナと同じく第二王妃の産んだ娘。
見た目はストロベリーブロンドの髪と緑の瞳の美少女だが、どことなくうちの母に似た悪戯好きのような表情をしている。
実際うちの母のことをとても好きで、息子である俺よりも張り付いて……いや貼り付いていたのではないだろうか。
火属性と光属性を使う彼女はサーベルの使い手であり、同時に弓も使いこなす。
しかも彼女は【鷹翼流】を修め、非常にアクロバティックな戦いを行う事でも知られており、セルティアの対極、攻撃重視の術士として知られている。
近衛騎士団で彼女を担当する護衛は、常々彼女との手合わせにより着実に力を付けているとも言われている。
さて、ルナーリアの一言に対し、膨れっ面をする姉セルティア。
確かに姉の取得カード枚数は一番少ない。
逆にこういうのが得意なのがエリーナだ。
というか、彼女は何をやらせてもそつなくこなし、2番手を取りつつも、ある分野では1番という超オールスキル持ち。
まさにパーフェクトな王女なのである。
俺は2組を取ったところでミスをしたので、次は俺の右隣にいるエリーナだが……ああ、みるみる減っていく。
結果的に神経衰弱はエリーナ、俺、そしてエリーナの姉であるルナーリア、そして姉という順位で終わった。
「ふう……面白かったわね。次は何をしようかしら?」
「そうね……なら、ドミノはどうかしら?」
「いいですわね……」
女性陣はそんな話をしている。
と、そこへさらに3人、女性が飛び込んで来た。
「どーん!!」
「ごはあっ!?」
「ちょっと、その反応はヒドいわ! 私が重いみたいじゃない!?」
俺の背中に突然衝撃と共に柔らかい感触と、そしてどこか心を落ち着かせてくれる香りが鼻腔をくすぐる。
「……母上。人に後ろからアタックしてはいけないと習いませんでしたか……? 首が……」
「えー!? この位受け止められなきゃ、男としてダメよぉ?」
いや、それにしても限度というものを知るべきかと……
「大丈夫ですの?」
「……まぁ、ね」
俺を心配して近付いてくるエリーナ。
「もう! おばさまも気を付けてくださいませ!」
「えー、だってジークならちゃんと支えてくれるしぃ……」
「おばさま!」
「はーい♪」
基本的にエリーナは真面目なので、ちょくちょくこうやってうちの母に小言を言う側だ。
そしてそれを平然と受け流す母。
「少し、待ってくださいまし……『光よ その暖かき腕によって この者を癒やせ――【ヒール】』」
わざわざエリーナが、光属性の治療術【ヒール】を掛けてくれたようだ。
おかげで首の痛みが取れる。
「ありがとう、エリーナ」
「このくらい、お安い御用ですわ」
エリーナの頭を撫でると、エリーナは嬉しそうに頬を染める。
ここでちょっと上目遣いで俺を見てくるのが高評価である。
そして現れる野次馬組。
「ヒューヒュー! おアツいわねぇ♪」
「そこはもっと積極的に行きなさいよ、アタシの甥でしょ!? チューぐらいしちゃいなさいよ!」
「あらあら、こうなったら成人と共に孫の顔が見られるかも知れませんね……」
……母親ってこんなものだっただろうか?
少し不思議な気持ちになりつつ、俺はエリーナの額に軽くキスをする。
「あっ……」
「「「きゃあぁあっ♪」」」
俺がキスしたことに気付いたエリーナがさらに真っ赤に顔を染める。というか、首筋まで真っ赤である。
そしてそれを囃し立てる母親3人組。
「……さて、俺はあっちで勝負してこようかな」
「「えー……」」
「そこ、うるさい」
「「ぶーぶー」」
「…………」
こういうところが、うちの母と叔母のそっくりなところだ。
幼馴染み故なのか、血族だからなのか……環境の問題か。
「ちぇっ……つまんないの。じゃあ、アレク! こっちに入りなさいな♪」
「え、えぇ……伯母上たちとですか?」
「あら、イヤかしらん?」
「と、とんでもない!」
俺を揶揄ってもあまり乗ってこないせいでつまらないと思ったのだろう。
次の獲物としてアレクが選ばれたようだ。南無。
そして、案の定うちの母の圧力に負けて参加することになっているな……
とにかく、俺は雀卓に近付く。
どうやら半荘戦が終わったようで、丁度良かった。
「お、レオンもするか?」
「ええ……相変わらず安定してますね、ウィル叔父上」
「ふっふっふ……国王たる俺は、時勢を読むのが得意だからな」
なるほど、そういう意味では強くて当然か。
そこいくとヘルベルトは下手ということになるが。
「しかし奥が深いな……自分の手の流れを考えながら、周りの捨て牌も見る。まさに広く見てこそというのは戦略と政治の要よ」
「いやいや……これはゲームですからね? でも、人のクセというのは出やすいのは事実です。考えすぎるのがハリー兄、突撃速攻がベルト兄、そして堅実なのが父ですね」
ある意味、このゲームは相手の方向性や心の中心を見るにはいい手かも知れない。
これは、貴族社会で広めつつ、上手く情報を仕入れるというのが良いかもしれないな。
雀荘での賭けは禁止するが、貴族専用の特別な雀荘を作って情報集めができるかも知れない。
そんな事を考えていたら、上家に座る叔父から突かれた。
「ほら、悪巧みは後だ。今はとにかく楽しむぞ」
「おっと……そうですね」
そう言いながら皆で洗牌をする。
――ジャラジャラジャラジャラ
いい音だ。まさか異世界でもこの音を聞くようになるとは。
さて、始めようか。
山を積み、サイコロを振る。
上家側の山からと……
ふむ、配牌は悪くない。しかもドラが【白】で、俺の手元に暗刻になっている。
だが……他の
そうしている間にも手番は回ってくるので、ツモりながら考えていく。
下家の父は……無難に平和だろうか。三六九辺りが怪しい。
上家の叔父は……え、まさかの国士じゃないよね?
対面のベルト兄は明らかにタンヤオ狙いで多分対々和。既に二副露である。
お、三色同順、全帯の目が出てきたな……どうせドラが【白】で、平和は狙えないから……
【白】を切って……ここは聴牌しているが、リーチは掛けずに行こう。
切り替えで……よし。
俺は【四萬】を切って点棒を置く。
「リーチ」
「む……むむ……」
俺のリーチに対して、隣の叔父が唸る。
さて……どうなるか。
「ポンッ!」
おっと対面のベルト兄が鳴いた。
これで一発は消えたが……
「これだっ!」
「ロン」
「げえっ!?」
はい、当たり~。俺は牌を倒しながら、ベルト兄のところから【一萬】を取る。
いやー、良かった。上家も可能性があるからな……
「……で、いくらだ?」
「リーチ・一盃口・三色同順・全帯・ドラ2……倍満で16000点」
「ノゥ!」
そんな奇々怪々な声を上げないで欲しい。
一瞬にして持ち点を削られたベルト兄。これ、次に満貫直撃するとヤバいだろうな……ふっふっふ。
と思っていたのだが……
「ツモ!」
「……マジか」
「っしゃあぁっ!! 四暗刻・大四喜・字一色……って、何点だ?」
「親のダブル役満……32000オール……」
嘘だろ。
最後の最後でベルト兄が見せたのが、ダブル役満とか……
しかも早い順目でこれである。
結局この勝負、ベルト兄が勝利となり、俺たちはハコるか、ほぼ点棒を空にされて仕舞うという結果になるのであった。
「……ギリギリまで追い詰められて、大どんでん返しをするタイプか?」
「それ、国王向きじゃないですよ……」
* * *
さらに数ヶ月後。
遂に【王族成年の儀】の日となった。
今日は俺も特務近衛騎士である【レオニス・ペンドラゴン】としての姿ではなく、王族である【レオンハルト・フォン・イシュタル=ライプニッツ】としての姿だ。
今日の姿は新しく仕立てた軍服に似た正装。
ドルマンの飾り紐、袖や襟元に施された刺繍。
色は以前よりも鮮やかな深紅であり、通常の正装よりも華やかさを重視したものだ。
当然、勲章を吊り下げているサッシュも着用し、そして同時に王族としての証である短剣を左の腰に着ける。
通常はこのように目に見える仕方で着用はしないのだが、このような式典が関係する日には着用しなければならない。
「似合っているぞ」
「父上」
ミリィに着替えを手伝ってもらい、自室から出ようとしたところで父が部屋に入ってきた。
ミリィを下がらせると、父は俺に近付き、俺の肩に手を置いてくる。
「……父上?」
不思議に思い尋ねるが、父は特に答えず俺の目をただじっと見てくる。
そんな状態が1分ほど続いただろうか、軽く目を伏せ、父が口を開いた。
「……良く、ここまで育ち、そして戻って来てくれた。至らぬ点もあり、お前が出て行くきっかけも作ってしまった。だが、お前を息子として愛しており、一族として誇りに思っていることを忘れないでいて欲しい」
「……ええ、もちろんです父上。この国を護り、民を慈しむ王族でありたいと、そう思っております」
俺は片頬笑むと、父にそう告げた。
「そうか」
万感の思いを込めるかのようにそう告げる父。
父は何度も頷くと、一旦俺の肩から手を離し、1つのマントを俺の肩に掛けてきた。
「父上……これは?」
「……お前に渡して良いと、そう思ったならば渡せとウィルに言われていた」
そう言って父が肩に掛けてくれたマントは、竜の紋章の入ったマントだった。
これはライプニッツ家の当主が着用するものであり、例え次期当主であっても着用は許されないもの。
「こ、これは……ですが」
「理由については、陛下が説明される。だが、先に渡す事に、何の問題もないと、そう言われていた。だからこそ、今お前に渡す」
よく見ると父の着用するマントとは色が異なる。
父のものが深紅であるのに対し、俺のマントはチャコール……ほぼ黒に見える。
その中央に、染め抜きの竜が描かれており、さらに金色の糸で刺繍を施されているのだ。
……なんとなく、だが。
この瞬間、ふいに感じる、父と近い目線の高さに面食らいながらも、確固とした意志を込めて俺は頷いた。
「行くぞ」
「ええ、参りましょうか」
俺が頷くのを見て最後に深く頷くと、父は踵を返し部屋を出て行く。
俺はそれに肩を並べながら、同じくマントを翻して部屋を出て行った。
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