第62話:成年の儀
「あら、おはようございますレオン」
「ああ、おはようエリーナ。アレクもおはよう、よく眠れたか?」
「うん……でも、少し緊張するね」
公宮から出て、両家が使うサロンに移動する。
すると既にエリーナとアレクが待っており、ゆったりと紅茶を飲んでいた。
俺もミリィに頼んで紅茶を淹れてもらう。
それに口を付けながら待っていると、国王であるウィル叔父上が両王妃を連れてやってきた。
「叔父上」「父上」「お父様」
「おはよう。皆、揃っているな? ……というかジーク、もう渡したのか」
「ああ、どうだ?」
うちの両親、そして叔父上と叔母上たちが揃ったので、これで今日のメインメンバーが揃った。
皆で頷き、共に紅茶を飲む。
というか、今マントの話で「やれやれ」という表情を叔父がしていたのだが。どうしたのだろうか。
紅茶を飲みながら、叔父が口を開いた。
「今日はまず、大聖堂に行って【成年受容の儀】を行う。まあ知っての通り、特にこれといって行う事はないからな。七柱神の像に祈って終わりだ」
「身も蓋もない言い方を……」
「それ以外に言いようがないだろう」
俺のツッコミに対し、叔父が「ならどう言えと!?」という表情をして見てきたので、俺はそれをスルーした。
「……で、だ。それが終われば王城に戻り、【王族成年の儀】を執り行う。ここで、レオンとエリーナの婚約について発表する段取りだ。いいな?」
「「「はい」」」
俺たち三人が返事をすると、叔父が頷き、さらに言葉を続ける。
「今回は十分な護衛を配置している。【近衛騎士団】が中心に護衛を行うし、何しろレオンがいる。レオンの武装については心配いらんのでな。ノエリアも馬車で共に向かう」
「ええ、ご心配なく」
俺の後ろに立つノエリアもそう返事をする。
今日の彼女は、特務近衛騎士としての正装に身を包んでおり、左手に刀を持っている。
丁度そのタイミングで、叔父が紅茶を飲み終えて茶器をテーブルに置いて立ち上がる。
それに合わせて俺たちも皆茶器を置き、立ち上がる。
「よし、行くぞ」
『はい!』
叔父の掛け声に返事をしつつ、俺たちは【近衛騎士団】が護衛する馬車に乗り込み、大聖堂に向かって移動するのであった。
「……その前にな、レオン」
「はい、叔父上」
「ちょっと、そのマントは置いていけ」
「? 了解です」
* * *
「大聖堂に到着いたしました、殿下」
「分かった」
馬車の外から声を掛けてきた近衛騎士の言葉に返事をし、まず俺が降り立つ。
周囲を見渡しつつ、エリーナ、そしてアレクの順で馬車を降りた。
既に中に向かっている両親たちとは別に、近衛騎士たちに囲まれながら移動する。
「……無事、大聖堂の中には入れたな」
「ええ、良かったですわ」
「うわぁ……すごいね」
少しアレクの反応に気を削がれつつ、俺は近衛騎士に待機を命じ、礼拝堂に足を踏み入れた。
「来たな」
「ええ、父上」
父がこちらを振り向き、無事に揃っていることを確認した上でさらに大聖堂の奥の部屋に移動する。
先頭を行くのは、この大聖堂を管轄する司教だ。
俺が司教に目を向けていると、気付いたらしい司教がこちらに頭を下げてきた。
「お久しゅうございます殿下……選別の儀式以来ですな。あの節は本当に申し訳なく……」
「気にするな。それに今日は過去を見る日ではない、成年という未来に目を向けるべき時だろう?」
「はっ……左様ですな」
恐らく司教が言いたいのは、情報の流出の問題であったり、あの時の判定自体についても謝っているのだろう。
だが、俺としてはそんな事を気にするつもりはない。
既にあの件は終わったことなのだ。
そう思いながら歩いていると、奥の方に厳重な扉で封印されたような場所が見える。
ここは、特別な場所。
礼拝堂の裏側に当たるこの場所。
ここは普通の人が入ることはできない聖所とされ、入れるのは司教以上か王族である。
扉の両側に立つ神殿騎士がそれを開き、俺たちは中に入った。
ここで一旦両親たちは別の部屋に移動し、待機する。
中に入ると、そこは明らかに雰囲気の異なる場所だった。
清浄な空気というべきだろうか、明らかに気配が違うのだ。
(こいつは驚いた……まさに【聖所】だな……)
この場所は天井がステンドグラスになっており、そこから差し込む日の光が壁沿いに立ち並ぶ七柱神の像をより際立たせている。
「では、まずはアレクサンド殿下から始めましょう」
「は、はいっ」
そう司教は告げると、アレクサンドが一歩前に出て、中央の祭壇の前で跪く。
祭壇を挟んだ対面には司教が立ち、祈祷書を手に祈り始めた。
「我らの根源たる七柱神よ……ここに敬虔なるこの者の成人を報告するものなり……どうかこの者を祝福し給え……」
「我らの根源たる七柱神よ……我を守りしことと、この場に成人を報告できることをこの祈りによりて感謝する……」
司教の祈りとアレクの祈りが木霊する。
それからも司教の祈りは数分ほど続き……
「――重ねてここに、この者の祝福を願い給う……」
最後の祈祷文が読まれ、司教が祈祷書を閉じ、アレクに声を掛けた。
「……さあ、アレクサンド殿下。これにて殿下が成人を迎えられましたこと、セプティア聖教としてお慶び申し上げます」
「ありがとうございます」
そう言ってアレクが立ち上がる。
ちなみにここでの私語は禁止なので、俺たちは何も声を掛けられない。
「――では、エリーナリウス殿下」
「はい」
次はエリーナの番である。
祈祷文は同じ。というか、司教も大変だ。数分とは言え、2番目の一文以外は司教が祈る。
……喋り続けるというのも大変なのだ。
そう考えながらふと見ると、エリーナの様子が少しおかしい。
既に彼女の一文は終わっている。それなのに、唇だけは動いているのだ。
(なんだ……?)
不思議に思いつつも、話しかけるわけにはいかないのでそのまま待つ。
そして最後の祈祷文が終わり、司教がエリーナに声を掛けた。
「……さあ、エリーナリウス殿下。これにて殿下が成人を迎えられましたこと、セプティア聖教としてお慶び申し上げます」
「……」
「……エリーナリウス殿下?」
「……あっ。失礼いたしました、ありがとうございます」
どうしたのだろう。
こういうときにエリーナがぼーっとしているのは珍しい。
しかも、少し不思議な表情をしながらエリーナが首を傾げているのだ。
少し司教も不思議に思っているようだが、特にそれには触れずに俺の番になる。
「――では、レオンハルト殿下」
「ああ」
俺の番だ。
祭壇の前で膝を付き、両手を組む。
「我らの根源たる七柱神よ……ここに敬虔なるこの者の成人を報告するものなり……どうかこの者を祝福し給え……」
「我らの根源たる七柱神よ……我を守りしことと、この場に成人を報告できることをこの祈りによりて感謝する……」
既に2人分聞いているので、間違うことなく祈祷を捧げる。
後は、司教の祈祷を聞くだけなのだが……
《遂に――戻って来た――》
《気高き――……遂に……》
《――どうか、誤ることなく道を――》
《――世界の真理――辿り――》
《――裏切りの――に気を付けて――》
《邪――――奴は、狡猾だから――》
《――――神々となる――捨てられぬ――》
突如として脳内に響いてくる声。
最初は部屋全体が響いているのかとも思っていたが、そうではない。
あくまで俺だけに聞こえているようだ。
だが、それ以上は声は聞こえず、ただ司教の祈祷が続いている。
「――重ねてここに、この者の祝福を願い給う……」
最後の祈祷文が読まれ、司教が祈祷書を閉じた音がする。
「さあ、レオンハルト殿下。これにて殿下が成人を迎えられましたこと、セプティア聖教としてお慶び申し上げます」
「……ありがとうございます」
目を開けて、お礼を述べてから立ち上がる。
司教を見る。だが、特にこれといった変化はなく、先程の声についても気付いていないようだ。
(ふむ……)
少し顎を撫でながら考えていると、司教が話しかけてきた。
「いかがされましたか、殿下?」
「……いや、大丈夫だ。戻ろう」
「……? はい、それでは……」
俺の反応に首を傾げつつも、特に質問してくることはなく俺たち三人は聖所から出る。
途中の部屋の前に立つ神殿騎士に司教が声を掛けると、扉が開かれて中に通された。
「無事に終わったか」
「ええ、何事もなく」
「良かった」
そう言う叔父上だけでなく、両親も皆少しホッとしたような表情をしている。
やはり現在の状況として、しばらく前の【烈鬼団】とカールソン侯爵がグルになって計画していた襲撃の件があったため、通常以上に警戒しているようだ。
とにかく何事もなく無事に終わり良かった。
後は王城に戻れば問題ない。
少しこの部屋で皆紅茶とお菓子を楽しみ、少し緊張がほぐれて落ち着いたので大聖堂を出て、王城に戻ることにする。
「ご成人、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
近衛騎士たちからもお祝いの言葉を掛けられながらアレクをまず馬車に乗せ、そして俺とエリーナも馬車に乗り込もうとしたところ……
――ヴゥン……
「な!? ……転送魔術陣か!?」
目に入ったのは地面に広がる高密度の魔術陣。
一部読んだだけで、転移系のものであることが分かる。
(迂闊だった!)
そう思いつつ見渡す。
馬車は魔術陣の中には入っていない。
だが、近衛騎士が巻き込まれている。
この時俺は、エリーナから離れるということは考えていなかった。
というのも、エリーナは俺の腕に手を掛けており身体が近いこと、元々の依頼から考えても、狙われるのがエリーナであることから、エリーナと別々にならないことを考えていたからだ。
レオンハルトとしての顔を俺は見られていない。
少し探っただけでも、「病弱」だとか、「細身で折れそうな」などという、ちょっと現実とかけ離れた評価だったのである。
そうなると、俺が一緒にいたところで問題とするものはいないはず。
これを考えるまで、一瞬の出来事だ。
俺は躊躇わずに近衛騎士を突き飛ばし、エリーナをしっかりと抱きしめる。
「で、殿下!?」
「父に伝えろ!」
俺はそれだけを言い残し、俺とエリーナはその場から消えた。
* * *
……
ここは?
床の冷たい感触を頬に感じながら、俺は起き上がった。
どうも俺は後ろ手に縛られているらしい。
なるほど、あの転送陣、わざと気絶効果まで付与されていたのか。
見渡すと、どうやら牢屋のようにも見える。窓がないから地下だろうか。
「ん……」
隣を見ると、エリーナが横になっているのが見えた。
「エリーナ……」
【気配探知】で周囲を探りつつ、俺はエリーナに近付き声を掛ける。
「……レオン? ここは?」
俺の声が聞こえたのだろう、エリーナはすぐに目を開くと、目を動かして周囲を見てから俺に返事をした。
どうやら無事のようだ。
「エリーナ、恐らくだがここはどこかの屋敷……あるいは建物の地下だろうと思う。しばらく様子を見ながら動こう」
「分かりましたの」
そう言いながら二人で身体を起こし、改めて周囲を見る。
どうやら周囲5面は石造り、正面だけ金属の柵で作られたオーソドックスな牢屋だ。
それにしても、見張りがいないというのは不思議な。
特に魔道具の気配もないので、多分人数が少ないために見張りを立てていないのだろう。
あるいは、子供ではどうにもならないと高をくくっているか。
ふと俺は気になったことがあり、エリーナに話しかけた。
「エリーナ、試しに魔法を使えるかやってくれないか?」
「ええ……【アクア】!……あら?」
エリーナが詠唱したのは水属性初級の【アクア】。
適性があれば簡単に発動させることができるものだが、全く発動しない。
「おかしいですわね……『水よ――【アクア】』……どうして?」
「……やはりか」
「レオン、分かりますの?」
「ああ」
俺が納得した表情をしていたら、エリーナが尋ねてきたので、俺は頷きながらエリーナに理由を説明した。
「この部屋は、【魔法封じ】……正確には魔力分散の効果が付与された、魔道具の牢だ」
「【魔法封じ】……ということは、普通に戦闘するには問題ありませんわね?」
「ああ、それは大丈夫なはずだ」
しまったな。こうなればエリーナにも【
とはいえ、フィアのいない状況でそれを行うのもどうかと思ったのも事実。
だがこうなると、教えておくべきだったなと悔やまれる。
そうしていると、奥から階段を降りてくる音が聞こえる。
「エリーナ……少し演技をするから笑うなよ?」
「え? ええ」
少々心配だが、そうも言っていられない。
そう考えている間にも、階段を降りてきた人物の姿が目に入る。
「おやおや……お目覚めのようだな。何か説明はいるか?」
降りてきた男は、そう俺たちに告げるのであった。
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