第63話:誘拐

「だ、誰だお前! ぼ、僕らを誘拐して、ただですむと思っているのか!?」


 俺は正面に立つ男にそう叫んだ。

 少しどもったようにしながら、虚勢を張るように叫ぶ。


「ぼ、僕らを誰だと思っている! この国の王族だ! こんなことをして、必ず痛い目に遭わせてやるから……ぐっ!」

「黙れ、クソガキ!」


 俺が何度も叫んでいると、流石にうるさいと思ったのか俺の腹を蹴りつけてくる男。

 俺が呻いていると、もう1つ足音が階段を降りてくるのが聞こえる。


「(おい、何をしている? 下手に手を出すな、この馬鹿)」

「(だがよぉ……あのガキがうるさいんだよ)」

「(あぁ? ……あぁ、あのガキか。だが、先方はあのガキも使いたいらしいからな)」

「(マジかよ……しゃあねぇな)」


 そんな会話をしているのがしっかりと聞き取れる。

 彼らは内緒話のつもりかも知れないが、生憎俺の聴力では全て拾えるのだ。


 まあ、それはどうでも良い。

 彼らの言う、「先方」とやらはいつ来るのか。

 そう思っていると、答えは向こうから来た。


「(で、いつ来るんだよ?)」

「(もうすぐ回収にくるさ)」


 どうやらそう時間も経たずに「先方」が来るらしい。

 これは是非、顔を拝ませていただかねば。


 さて、一応俺は蹴られて蹲っておかなければいけない。

 少し呻き声をあげつつ、苦しんでいる風を出す。


「……うぅ……」

「だ、大丈夫ですの?」


 いや、エリーナよ。この程度は何でもないことくらい分かってくれ。

 大体、普段から【発勁】も【整流レクティファイア】も発動状態の俺にとって、あの程度痒くもない。


 そんな事を考えつつ、時間が経つのを待つ。

 その間に俺は、この誘拐劇の背後に誰がいるのかを考える。


 まず、この場所から読み取れることは何だろうか。

 この牢の造りを考えるに、魔道具を準備できるレベルだから相当な資金力がある者のはず。


 2つ目に、俺の情報網で引っかからない人物であることから、相応に高位の人物。

 【影狼】も【黒鉄】からも、特に報告というものはなかった。


(だがな……)


 だが気になる事がある。

 それは今回使われた【転送陣】。


 あれほど大規模な魔術陣を組むことは、この世界では不可能だ。

 それこそ、【魔術】を知るフィアや、弟子である俺でない限り、構築するのはまず不可能だろう。


 だが、パッと見た感じでは雑な部分があった気がする。

 俺やフィアではしないような術式の書き方であったし、さらに言うと少々不完全な【魔術陣化】がされているように思えた。


 その理由が、「俺が実際に文字をぱっと見で読み取れた」というところにある。

 俺やフィアが作る魔術陣において、使用されるのは魔力のベクトルと極性に基づく4文字のみで構成される。


 そのため、簡単に逆アセンブルする事は出来ない。

 かなり面倒なのだ。


 だが、明らかに【共通文字】が見られたので、恐らく俺やフィアとは系統の異なる魔術使いを雇っている、という可能性が出てくる。

 だが、そんな人物に出くわしたことはない。


 いや、なくはないのだ。

 ウェルペウサで遭遇した二人組。彼らのオーバーフレームで使われていた魔術陣は……


(まさか……あの二人組が?)


 少し、あの場で使用されていた魔術陣と似た構成になっている……気がする。

 だが、そう決めつけるのも早計。


 それよりも先に黒幕を……と考えているところで、どうやらその「先方」とやらが到着したらしい。

 天井から響いてくる感じからも慌てている雰囲気が伝わってくる。

 さらに言うと【気配探知】と【探査プローブ】で確認したところからして、馬車と思わしき気配と、そしてそこから降りてくる1名、その周囲を固める5名の気配を感じた。


(さあ、ご対面といこうか)


 俺はのろのろと起き上がりつつ、まだかまだかと時を待つ。


 ――コツ、コツ、コツ。


 どうやらブーツを履いているようで、独特の靴音がする。

 そうなると、やはり高位の人物だ。


 こちらに近付いてきつつ、喋っているのが分かる。男の声のようだ。


「連絡を受けてきたが、手に入れたと?」

「ああ。上手くいったぜ……余計なものも付いてきているが、使うんだろ?」

「勿論だ……見せろ」


 すると、遂にその男の顔が、鉄格子の向こうに見えた。

 色白で、貴公子といって過言でない顔立ち。

 髪はブロンドであることも、そのイメージを強くしている。


 服装からして貴族だ。

 だが、服の雰囲気は軍家ではなく文官の家。


 ……ああ、なるほどな。

 男の胸元を見て理解した。

 そこには家紋が刺繍されており、紋章には小さな竜が描かれている。


 竜。

 そう、竜が描かれる紋章というのは、王族に絡む家だ。

 小さな竜ということは、王女の降嫁によって立てられた――公爵家。


 ここまで考えたところで、男が護衛と共に牢の中に入ってくる。


「おやおやおや……その黒髪、やはりライプニッツだな……あの家も大概邪魔してくれるからなぁ……せしめてやろう」


 そう言いながらエリーナの方に一歩近付いてくる男の前に、俺は立ちはだかった。


「ふん……邪魔だ」


 そう言って顎をしゃくると、傍にいた護衛の一人が俺の襟首を持って、鉄格子に向かって投げた。


「グハッ!」


 そう呻きながら俺は崩れ落ちる。

 そんな俺を横目に見ながら、その男はエリーナに近付く。


「エリーナリウス殿下……お助けに上がりましたよ」


 そう言って芝居がかった態度で跪くと、口元に下卑た笑みを浮かべながらこう口を開いた。


「――このピエット公爵家嫡孫、アドリアン・フォン・ピエットがね」



 * * *



 ピエット公爵家。

 俺が王城に戻った際に、星黎殿で会ったのはこの家の当主。


 古くから続く家で、元は子爵家の三男が手柄を挙げ、当時の国王に気に入られて第三王女を降嫁された事を始まりとする家。

 元は軍家だったのだが、途中で文官になり、さらに領地貴族となったという少々独特な家でもある。

 それだけ時流に聡いというか、手を変え品を変えて、このグラン=イシュタリア王国の中枢に留まってきた家とも言える。


 そして、俺が2年前に処理できなかった家でもある。

 この家は貴族派の首長を長らく務めていたが、数代前に顧問となり、首長をカールソン侯爵家に譲っていた。


 だが、数ヶ月前にカールソン侯爵家は改易、当主は病死となったため暫定首長となっていたはず。

 しかし、そこの嫡孫がこういうことをするとは……


 俺はエリーナの方を見る。

 エリーナは一瞬こちらに視線を向けたが、軽く目を伏せると、ピエット家の嫡孫に向けて堂々と対応し始めた。


「『助けに上がった』……そう言われていますが、果たして何からの助けなのでしょうか」

「おや、それはこのように誘拐された、という事をお聞きしたのでね。さあ、すぐに解放して差し上げます。陛下もご心配でしょうから」


 そう言って近付こうとするアドリアン卿に対し、エリーナは鋭く告げる。


「それ以上近付かないことですわ……もし触れようならば、あなたを王族への不敬として訴えます」

「これはこれは……しかし、それではお助けできませんねぇ」


 この野郎、切り刻んでやろうか。

 俺は煮えくり返るような怒りを感じつつも、証拠固めのために手を出さないことにする。


 実は、これも元々準備していたことではあるのだ。

 エリーナを狙う以上、エリーナに下手に抵抗されては困るのが現状。

 そうなると、どうにかして懐柔しようとしてくる。


 その時点でエリーナは会話で有利に立てるため、なんとかして聞き出すようにとお願いしたのだ。


「それに……」


 エリーナは続ける。


「私の一族たる、レオンハルト殿下への仕打ち、その時点で王族への反逆と言えるのですよ? どうされるおつもりですか?」

「……おやおや、それは失礼いたしました。後ほど彼を投げ飛ばした部下はしっかりと厳罰に処しますので」


 上手に躱す男だ。

 さて、どうするつもりか。


 エリーナの方も、どう動くか見物である。


「それはお願いしますわ……しかし、不思議ですわね」

「なにがです?」


 そう言いながら、エリーナは頬笑む。


「先程、あなたは『ライプニッツだな』とレオンの事を分かっていましたわ……あなたがレオンが王族であることを『知らない』とは言えないはず」

「……」


 このエリーナの言葉にはアドリアン卿も黙る。

 それに畳みかけるように、エリーナが言葉を続けた。


「そうなれば……あなたは部下を止めるべきでしたわ……つまり、部下の責任はあなたが取るべきですわね」

「……ぐっ」


 ここでアドリアン卿の表情は、余裕があったものから苦しげなものに変わり始めた。

 しばらく考えていたようだが、ここでは分が悪いと思ったのか頭を下げたようだ。


「……この件については、改めて責任を――」

「――責任を感じられるのでしたら、お答えいただきましょうか」


 エリーナがアドリアン卿の言葉に被せた。

 それまで、目を伏せていたエリーナの双眸が、スッと開かれてアドリアン卿を射貫く。


「え、ええ……?」


 思わずといった雰囲気で頷きながら一歩後退る彼に向かって、エリーナは追撃のように言葉を重ねた。


「元々、この誘拐劇の本当の責任者は――どなたですか? あなた? それとも……ピエット公爵でしょうか?」

「あ…………」


 まさかそこを突かれるとは。

 表情からありありと見て取れる彼の心の内。


 それを感じているのはエリーナも同様だろう。


「どうされたのですか、アドリアン卿? 私は……王女エリーナリウスは、あなたの答えを待っているのですよ」


 途端に吹き荒れる、吹雪を彷彿とさせる魔力。

 この【魔法封じ】の魔道具の牢ですら抑えられないほどの魔力は、相当な威力を持って彼らに襲いかかったようだ。


「ひ、ひいぃいぃいいいっ!?」

「あら、お答えいただけていないのですが?」

「あ……あ……」


 スッと細められるエリーナの双眸が、魔力による圧と共にアドリアン卿を苛んでいることだろう。

 アドリアン卿は身体を震わせて、手で腕を擦りながら壁際まで下がってしまっている。


「――それで?」

「あ……わ、我が祖父……ピエット公爵の、発案です……」


 遂に口を割った。

 というか、強制的に割ったというか。


 別に周囲が凍っているわけではないが、この魔力はかなり寒い・・

 エリーナは別に氷属性ではないんだがな……


「よし、良いだろう」


 流石に可哀想になったため、俺は手を叩いた。

 エリーナはハッとしたのか、俺に顔を向けると同時に魔力が収まっていく。


「なっ!?」

「うん?」


 だが、どうやらアドリアン卿は俺が立ち上がった事に驚いたらしい。

 まあ、両手も自由になっているからだろう。


「な、何故お前は動けるんだ! 両手を縛ったはずだ、それにお前は病弱なはず……!」


 ああ、その情報か。

 俺と同様、自分で両手を縛っていたロープを千切ったエリーナに細剣を渡しながら俺は答えた。


「なに、それが事実なわけがないだろう。あんなの嘘さ」

「はあっ!?」


 そう言いながら、俺は近衛騎士の剣をインベントリから取り出して剣先を彼に向ける。


「さて……王族に対する不敬の現行犯、ならびに王族に対する誘拐教唆の容疑で、貴様を逮捕する――さあ、詳細を聞こうか」

「だ、誰が答えるものか! 大体、王族といえど警察権もない者に――」

「――ああ、俺は警察権を持っている。ついでに言うと、【特務近衛騎士】でもある」

「……あ、あぁ、う、嘘だ……」


 俺は騎士剣の鐔に描かれた【双竜紋】を見せながら答える。


 確かに王族の場合、【不敬罪】に問うことは出来ても、誘拐などの事件における捜査、逮捕などは出来ない。

 それは例え実力があったとしてもだ。

 だが、それにも例外があり、俺の佩用する【聖竜十字剣勲章】は警察権が付随しているし、【特務近衛騎士】の場合は貴族に対する警察権――上級警察権を持つのだ。


「こ、こんなことがあってたまるか! お前ら、こいつを倒せ!」


 ここで「殺せ」とでも命令したら問答無用で斬り捨てるのだが、そこはどうやら理性が残っていたようである。

 とはいえ……


 ――ブンッ!


『!』


 命令を受けて、逡巡しながらも俺に向かって来ようとする護衛たちに対し、俺は大きく剣を振るう。

 同時に剣が風を切る音がして、アドリアンの護衛たちは立ち止まる。


「――向かってきても良いが? Bクラス冒険者、【竜墜の剣星】でもある俺に敵うと思うならな」


 折角なので、名声というのはしっかり使わねば。

 異名である【竜墜の剣星】。それを告げた途端、護衛たちの顔が青くなる。


「り、【竜墜の剣星】!?」

「……それって、あの……」

「か、敵いっこない……」


 腰が引けている護衛たちに対して、俺は【威圧】をぶつける。

 途端に腰から砕けたように床に崩れ落ちた護衛たちを横目で見ながら、一旦俺は剣を納めてからわざと鉄格子に近付く。


 ちなみに、鉄格子の向こうでは見張りをしていた男たちが白目を向いて気を失っていた。

 ……これはエリーナに当てられたな。


 そう思いながら、【発勁】発動状態でその鉄格子を曲げる。


「ひ、ひいぃいぃっ!? ば、化け物っ……!」


 うん、言いパフォーマンスになったかな。


「……やり過ぎですわよ」

「そうか?」

「……そうでもないかもしれませんわね」


 エリーナに手を差し伸べて一緒に牢から出る。

 そのまま一緒に上に上がると、周囲の様子が分かる。


 どうやらここはスラムのようだ。丁度良い。


 俺は懐からとある笛を取り出し、思いっきり吹いた。


「? 音が鳴りませんわね」

「大丈夫だ、聞こえるやつには聞こえているから」


 そう言ってしばらく待っていると、見覚えのある狼人が入っていた。


「ボス、お呼びですか……って、誰だ、アンタ……その笛は! まさか――」

「ジェラルド、よく来たな……どうした?」

「――ボスから……って、ええ?」


 入ってきたので挨拶をしたら、俺に飛びかかってこようと身構えたジェラルド。

 だがギリギリで止まると同時に、微妙な表情で鼻を鳴らしている。

 ……しまった。そうか。


「……匂いはボスなんだが、見た目が……」

「悪い……これでどうだ?」


 一応持っていた偽装の魔道具を使って変身すると、ようやく俺だと理解してくれたようだ。


「マジか……っていうか、それがボスの本当の姿なんだな」

「ああ、そうだな……というか、それは良いんだ。手勢を集められるか?」


 本当の姿の状態との違いは確かにそうなんだが……あっさり受け入れられると少し悲しいものがある。

 まあいい、本題を俺が告げると、ジェラルドは親指を立ててきた。


「そう思って、10人ほど来ている。足りるか?」

「大丈夫だろう。だが、油断するなよ」

「おう」


 俺はジェラルドを連れて地下に降りる。

 そこでアドリアンを始めとした誘拐犯たちを縛り、地上につれて上がる。


 どうやらアドリアンたちは素性がバレないように、紋の付いていない馬車を使ったようだ。

 有効に使わせていただこう。


 彼らを押し込み、ジェラルドたちに周囲を固めてもらってから、俺はエリーナを抱きかかえてアドリアンの護衛が使っていた馬に跨がり、王城に向かうのであった。

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