第64話:誘拐の結末

 その頃、王城は大騒ぎになっていた。


「まだ見つからないのか?」

「は、はいっ……!」

「……徹底的に探せ! どのような場所も、一片たりとも痕跡を逃すな!」

「は、はっ!」


 前のめりになるようにして命じる人物と、その気迫に押されて返事をしながら慌てて出て行く人物。


 命じるのは、このグラン=イシュタリア王国の国王、ウィルヘルム・アダマス・カッセル・イシュタリア。

 そして慌てて出て行ったのは、報告に来ていた【王室近衛騎士団】の騎士。


 本来王城では【王族成年の儀】が行われる予定だった。

 だが、第二王子であるアレクサンド以外――つまりはエリーナリウス第二王女とイシュタル=ライプニッツ大公家のレオンハルト第二公子である――が王城に戻ってきていないというのだ。


 誘拐が起きたのは、既に親たちが馬車に乗り込んでからのこと。

 大聖堂での【成年の儀】を終えた子供たちが乗り込む時を狙って行われたのである。


「誰がこのような事を……!」

「……」


 ここ、国王執務室では国王だけでなく、王妃たち、そして大公夫妻も共に座っていた。

 怒りに震える国王と、黙っているが凄まじい威圧感を出している大公というのは相当に恐ろしい。


 なにせ二人とも超武闘派。

 犯人が見つかれば……少しそれは考えたくないものだ。


 もちろん母親たちも同様で、心配もそうだがこのような状況を引き起こした犯人への怒りが渦巻いていた。


『ガイン・フォン・オルセンであります!』

「入れ!」


 執務室の扉の前で名前を告げる声がする。

 ウィルヘルムが叫ぶと、すぐに扉が開き1人の騎士が入ってきた。


「どうだ?」

「……どうやら、犯人たちは転送陣を用いたようです」

「馬鹿な!」


 転送陣。

 それは指定された場所に転移させるための特別な魔法陣。


 だが、これは非常に大きいもので、魔力の消費も馬鹿にならないため簡単に使えない代物となっている……というのがこの世界の常識だ。


 この【グラン=ドラグニル城】内でも、離宮に1つあるだけで、それもかなりのサイズなのである。

 これは王族の緊急脱出用のもので、基本数名の王族しか転移させることが出来ないレベルのものだ。


「ですが、調査しましたところ、【魔晶石】の破片がありましたから……恐らくは内部に封じ込めていたのではと」


 ガインの報告を聞きながら、ウィルヘルムは大公妃であるヒルデガルドに目を向ける。

 すると、溜息を吐きながらヒルデガルドが答えた。


「……可能性は否定できない、というところかしら。でも、あんな高等魔法を封じるなんて、聞いたことがないわ」

「そうですわね……」


 魔法についてこの国最高峰とも言えるヒルデガルド、そして第二王妃であるフィオラが頷く事からして、間違ってはいないのだろう。

 だが、今度はそうなるとどこへ転移したのかが分からないという事実が浮き彫りになる。


「それではどこに転移したか、分からんということではないか……!」


 きつく両の手を握りしめるウィルヘルム。

 隣に立っているジークフリードも、剣の鞘を握る手が白くなるほどに握りしめているのが分かる。


 だが、そこでヒルデガルドが口を開く。


「でも、転移というのはそこまで遠くには行けないわ。特に魔晶石レベルの魔力であれば、王都から出ることは出来ないはずよ」

「! そうか、では引き続き探るとしよう……ガイン、お前に2個小隊を付ける。スラムの方を中心に探れ。……少しはレオン絡みで繋がりもあるのだろう?」

「! ……はっ!」


 一瞬何を言われたのか不思議に思ったガインだが、理解するとすぐに動き出した。

 ウィルヘルムは、レオンハルトが【影狼】との繋がりがあることを知っているのだろう。

 そして、ガインも一度顔を合わせたということまで聞いているのだろう。


 ガインはすぐに2個小隊を掌握し、捜索に向かうのであった。



 * * *



 それから2時間ほど経ってから、国王執務室に1人の貴族が入ってきた。


『陛下、ピエット公爵です』

「通せ」

『はっ』


 中に入ってきたのは、既に60代になってからも現役である1人の老貴族。

 興りは当時の第三王女の降嫁から始まった、古い貴族家の当主だ。


(この狸爺が……)


 そう思うウィルヘルムだが、そんな様子はおくびにも出さない。

 ピエット公爵は深く頭を垂れると、口を開いた。


「陛下、この度の殿下方の誘拐について耳に入れまして、臣は急ぎ参った次第でございます。よろしければ、我が兵力も陛下の指揮の下においていただければと思いますぞ」


 心配そうな、心を痛めているような表情をしながらそう奏上するピエット公爵。

 それを見ながらウィルヘルムは考えていた。


(この狸は……わざわざ遅れて来て「自分は簡単には動かない」という立場を強調しながら、俺に向かって「力を貸す」など……ぬけぬけと)


 十中八九、この公爵が今回の誘拐事件の黒幕ではないか、そう思っているウィルヘルム。

 実際、色々な情報からこの公爵が「臭い」ということは分かっている。


 だが、分かっているのだがそこを抜けてくるのがこの公爵の厄介なところなのである。


(かつてのレオンハルトの属性が噂になったときも、この爺は1人、逃げおおせていたからな……)


 あの時原因不明の“病死”となった当主は多い。

 ウィルヘルムは誰がそうしたのかを知らないものの、恐らくは先代が動いたのではないかと考えている。


 だが、あの時もこの公爵は逃れており、逆に率先して噂の火消しに回るなど、王家に協力するような立場を見せてきていた。

 とにかく腹立たしいのだが、一旦落ち着いてウィルヘルムは口を開く。


「そうか……必要であれば協力を頼むこともあるだろう。その時は頼む」

「ええ、もちろんですとも陛下。それで……少しお耳に入れたいことが」


 そら来た。

 何を言い出すのか、警戒しつつも公爵をソファーに座るよう勧めようとしたとき……


『ガイン・フォン・オルセンであります』

「――入れ!」


 ジークフリードが重用し、ウィルヘルムも信頼を置く騎士が入ってきた。


「陛下、お耳を……」


 ガインは今のところ王国騎士団の一隊長に過ぎない。

 だが、元々は近衛騎士でもあり、ジークフリードから重用されていることからもウィルヘルムはガインの報告を優先した。


 ピエット公爵がガインが入ってきた事に眉を上げているのを横目で見ながら、ガインを近くに来るように招く。


「実は――――」

「! ……そうか」

「はい」

「――分かった」


 ガインから耳打ちされた事に噴き上がる感情を抑えつつ、椅子から立ち上がるウィルヘルム。

 それを見ながら訝しげな表情をするピエット公爵に対し、ウィルヘルムは告げた。


「レオンハルトとエリーナリウスが戻った」

「! そ、それは……ようございました。では、臣はこれにて……」


 ピエット公爵は一瞬苦虫をかみつぶしたような表情をしたが、すぐに笑顔に切り替わるとそう言って部屋を出て行こうとする。

 だが、そこにウィルヘルムの「待った」が掛かった。


「ピエット公爵、どうやらお主の嫡孫も良い仕事をしたそうだ……後で少し話そうか」

「は……ははっ!」


 ピエット公爵としては思わぬところで聞けた朗報であったことだろう。

 表情からして作った笑みではなく、喜びが隠し切れていないのが分かる。


 そしてそれは、ウィルヘルムも同様であった。


(確かに、お前の孫は良い仕事・・・・をしたな)


 その瞬間、ウィルヘルムの目が鋭く、獲物を狙うかのように光ったのを、ピエット公爵は気付かなかった。



 * * *



 【星黎殿】で最も格調の高い広間とは?

 それは紛れもなく、謁見の間である【聖竜の間】ではないだろうか。


 貴族のみが入る事を許され、そして近衛騎士以外は武装が絶対に許されぬ場所。


 そこには大勢の貴族がそれぞれの爵位に従い並んでいた。


 入り口に近い側から男爵、子爵……と並んでいき、公爵まで並ぶ。

 そこから階段が数段あり、踊り場のようになった場所に向き合って大公家が並ぶ。

 さらにもう一段上がった場所に、王家が向き合った状態で並んで立っている。


 そして、さらに1つ上がると、そこに玉座があり、国王が座るのである。といっても現状は誰も座っていない。


 その背後に【王室近衛騎士団】の中でも最も信頼が置かれている騎士が配属され、侵入者や愚かにも陛下を狙おうとした者を食い止めるため、目を光らせている。


 この場は現在、異様な静けさに包まれていた。

 誰もが口を開かず、静かに式典が始まるのを待っているのである。


 いつまで続くかと思われる静寂だが、それはお触れを担当する宰相の声によって破られた。


「グラン=イシュタリア王国国王、ウィルヘルム・アダマス・カッセル・イシュタリア陛下、ご入来! 卿等、礼を尽くせ!」


 貴族たちは夫人も含めて全員跪き、国王に礼を尽くさなければならない。


 国歌である【聖竜よ、我が祖国と王を守り給え】の演奏が厳かに始まり、同時に玉座の横の扉から数名の近衛騎士と共に国王であるウィルヘルムが姿を現す。


 そして、ゆっくりと玉座に座ると同時に、丁度国歌の演奏が終わる。

 同時にウィルヘルムが口を開いた。


「皆の者、楽にせよ」


 同時に貴族たちは皆立ち上がる。


「この度、我が王家、そしてイシュタル=ライプニッツ大公家の子らが成人を迎えた。故に、王室典範に則り【王族成年の儀】を執り行う」


 その宣言と共に、【王族成年の儀】が始まった。


「迎え入れよ」


 その国王の言葉と共に、【騎士王凱歌】と呼ばれる王室歌が演奏される。

 同時に、正面の大きな扉が開かれ、3人の少年少女が正装に身を包み、謁見の間を歩いていく。


 通常、貴族が謁見する場合は段の手前で止まるが、この3人は王族なので段上に上がる。

 1人の少年は大公家の位置、残り2人は王家の位置まで辿り着くと跪いた。


 それを見ながら、ウィルヘルムは宰相であるクラウス・フォン・ローヴァインに視線を送った。


「グラン=イシュタリア王国第二王子、アレクサンド・オリヴァ・フォン・イシュタリア殿下」

「はい!」


 宰相が名前を読み上げると、王族の位置にいる少年――アレクサンド王子が返事をする。

 同時に、ウィルヘルムは立ち上がり、1つの勲章を手にアレクサンドに近付く。


「第45代グラン=イシュタリア王国国王ウィルヘルム勅、余は汝アレクサンド・オリヴァを成年王族として認め、王族位第4位ならびに【聖竜騎士十字勲章】を授ける」

「我が剣は陛下の剣、我が誇りはグラン=イシュタリアの大地、我が血肉は民の命である」


 そうして掛けられる新たな勲章。

 これまでよりも輝く勲章は、成年王族の証。


 多少はこの数ヶ月で慣れたのだろう。これまでよりも落ち着いて勲章を受けているアレクサンド。


 そしてウィルヘルムの視線は次に、王女であるエリーナリウスに注がれる。


「グラン=イシュタリア王国第二王女、エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリア殿下」

「はい」

「第45代グラン=イシュタリア王国国王ウィルヘルム勅、余は汝エリーナリウス・サフィラを成年王族として認め、王族位第5位ならびに【聖竜姫百合勲章】を授ける」

「我がかいなは民を慈しみ、我が懐はイシュタリアの大地を育み、我が命は新たな萌芽を紡ぐ」


 女性の文言は男性と異なる。

 男性は民を守り、陛下の力となり国を支えること。

 女性は民を慈しみ、民を支え、新たな命を紡ぐこと。

 それぞれの役割を意識させるようになっているのだ。


 エリーナリウスは慣れたもので落ち着いて陛下から勲章を授かる。

 サッシュには百合の紋章が刺繍されたもので、これが女性王族の勲章の特徴でもあった。


 堂々と勲章を受ける娘に目を細めながら、ウィルヘルム最後の少年年に意識を向けた。


「イシュタル=ライプニッツ大公家第二公子、レオンハルト・フォン・イシュタル=ライプニッツ殿下」


 宰相の言葉と同時にウィルヘルムはレオンハルトに近付いた。


「第45代グラン=イシュタリア王国国王ウィルヘルム勅、余は汝レオンハルトを成年王族として認め、王族位第6位ならびに【聖竜騎士十字剣勲章】を授ける」


 本来、【公子】である場合は成年になっても第7位なのだが、元々既に剣付き勲章を受けており、第6位だったために王族位は据え置き、勲章は引き続き剣付きのものとなる。


「我が剣は陛下の剣、我が誇りはグラン=イシュタリアの大地、我が血肉は民の命である……例えこの命果てようとも、我が魂は護国の盾とならん!」

「!」


 レオンハルトは、アレクサンドと同じ言葉で宣誓するが、最後に一文を付け加えた。

 それを聞いて、ウィルヘルムは驚いたと同時に理解する。


(……その文言は、ライプニッツ家の次男だからこそ・・・・・使えるもののはず。つまり……)


 先代から言われていた事をふと思い出しながら、ウィルヘルムは頷いた。


 彼がどのような役割を果たして来たのか。

 この数年の空白の意味。

 それをウィルヘルムが悟った瞬間であった。


 とはいえ、それについて考えているときではない。

 それよりも大切な……すべきことが残っている。


「戻るが良い」


 そうウィルヘルムが告げると、3人の新たな成年王族は自分の場所に下がる。

 それを見届けてから、ウィルヘルムは宣言した。


「ここに、新たなる王族を迎えたことを嬉しく思う――グラン=イシュタリアに栄光あれ! これにて、【王族成年の儀】を終える」


 その閉会宣言と共に、一斉に貴族たちが跪き、口を揃えて声を上げた。


『『『グラン=イシュタリア王国に栄光あれ! 新たなる王族に、七柱神の祝福あれ!』』』


 ――パチパチパチ!


 盛大な拍手が鳴り響く中、新たな王族は迎え入れられたのである。



「さて……皆楽にせよ」


 だが、国王ウィルヘルムが退出するであろうと思っていた貴族たちは、次の瞬間に戸惑う。

 なにせ、ウィルヘルムが玉座に戻り座ったのである。


 こうなると、何かがあることに間違いはない。

 皆が神経を集中し、ウィルヘルムの言葉を待つ。


「……この度の【王族成年の儀】は、少々時間がずれたために卿等に迷惑を掛けた事と思う」


 ――ザワッ!


 謁見の間がざわつく。

 確かに、予定していた時刻より式典が遅れたのは事実だ。

 だが、それは往々にして仕方のない場合もある。

 だから、貴族たちはあまり気にしていなかったのだ。


 だがここでその件を持ち出すということは、何かあったのだろうと皆が予想し始める。

 そんな貴族たちの様子を見ながら、ウィルヘルムは言葉を続けた。


「――この件については明確にせねばと思い、ここで卿等に聞いてもらうつもりである。注意して聞くが良い」


 ここまで仰るとは、一体何が?

 皆が疑問と、そして僅かな不安を頭に過らせる中、遂にウィルヘルムが口を開いた。


「この式典の数時間前、第二王女エリーナリウスと、第二公子レオンハルトが誘拐された」


 これまで以上のざわめきが謁見の間に広がった。


「静まれ!」


 宰相がそう言うが、貴族たちにとってはそれどころではない。

 王族が誘拐されるというのは、非常に問題であり醜聞ともなりかねないものだ。


 しかし先程の式典では二人ともこの場にいた。

 つまりは救い出されたということだろうが……とここまで来て貴族たちは気付く。


 ――もし、王女を誘拐から救ったものがいれば、その者は間違いなく立場を得るはず。

 こうなると、今度はどんな贈り物をしようか、どうやって取り入ろうかなどそんな計算が貴族たちの頭を巡り始める。


 だが、その騒ぎを静めたのは、透き通るかのようなウィルヘルムの声。


「――静まれ」


 まるで波紋が広がるかのように、貴族たちはその言葉1つで静かになった。

 ウィルヘルムは言葉を続ける。


「余は――この件において明確に罰と褒賞を与えることを決めた。故にここでそれを発表する……その前に、ピエット公爵」

「……御前に」


 ピエット公爵は驚いたが、流石にこの場で出ないわけにはいかない。

 それに、褒賞という言葉が耳にこびりつき、心をこれまでにないほどに歓喜させてもいた。


 公爵は貴族としての立ち位置である段の下で跪く。


「卿に聞くが、王女を誘拐から救い出した者にはどのような褒賞がふさわしかろうか?」


 そう質問された公爵は、考えた。

 何故自分がそれを質問されたのだろうか。

 いや、もしかしたら、質問という形でどんな褒美を求めるかと暗に確認されているのだろう。

 きっとそうだ。


 そう思った公爵は少し考え、こう口を開いた。


「……恐れながら、臣の申すところはあくまで陛下のご考慮の一助になればと思う次第でございます」

「差し許す」

「はっ……」


 一応、あくまでこれは参考ですよ、と投げかけてみたところ、どうやら言って問題ないらしい。そうなれば……

 そう思い、公爵は自分が考えつく限りの褒美を述べてみた。


「では……まずはその者が男性であれば、そのお救いした王女殿下との婚約を結び、さらには新たに一家の主となるよう取り計らわれるが良かろうと愚考いたします。さらに、然るべき屋敷や金銭など、相応に先立つものをお渡しするならば、陛下のご寛大さを民も深く理解し、更なる陛下への忠誠を誓うかと存じます」


 そういえば、孫の働きが助けになったともいわれていた。

 本当はあれは嫡孫なのだが、この家はまあ、もう1人の孫にでも継がせるか。

 公爵は自分の一族に渡されるであろう褒賞に心を躍らせていた。


(いかん……真面目な顔をせねば……)


 実際この時、国王派の貴族たちからは白い目で見られていたのだが、頭の中が褒賞の件で一杯だったため公爵は気付かない。

 しばらくウィルヘルムは考えていたが、頷くと公爵にこう告げた。


「――良き案だ。では聞くが……」

「何なりと」

「――誘拐犯はどうすべきだろうか? どんな罰がふさわしかろうか」

「王族を拐かすなど、王国に対する大逆とも言えましょう。当然その者は見せしめの上で処刑されるべきであり、貴族であればその嫡男嫡孫に至るまで、男系一族は処刑せねばなりますまい。女系は修道院送りにし、以後出られるようにすべきかと」

「ふむ……その者の財はどうする?」

「当然、それは陛下が回収なさるか……おお、あるいは救った者への褒賞としてはいかがでしょうか?」


 この時ピエット公爵はふと思いついた事があった。


(そうだ……この誘拐劇をライプニッツ家になすりつければ……そうすればライプニッツ家は断絶の上、我が家にその財が! そうすればいずれは我らが一族が……)


 そんな事を考えていたのである。

 そのため、通常改易された貴族の財は王国が回収するという通例を、「救った者の褒賞にする」と言い出したのである。


 ウィルヘルムは鷹揚に頷くと、宰相に耳打ちし、宰相も頷く。

 どうやら決めたらしい。


「では、今回は全面的にお主の意見を取り入れることにする。下がって良い」

「はっ!」


 ピエット公爵は頭を下げ、自分の位置に戻っていった。

 自分ではまともに歩いているつもりだったのだろうが、かなり浮かれた足取りになっていたために内心喜んでいることが周りの貴族にはバレている。


「さて……」


 改めて玉座で姿勢を正し、ピエット公爵が自分の場所に戻るのを見届けてからウィルヘルムは口を開く。


「では、先程ピエット公爵が述べたとおり、此度の誘拐事件の犯人はその男系一族全て公開にて死刑とし、功労者には新たな一家を立ち上げることを許した上でエリーナリウスを与え、さらには犯人の一族が持つ財の全てを与えるものとする! これは、余ウィルヘルム・アダマスの名において宣言され、卿等はその証人である!」

『『『はっ!』』』


 ウィルヘルムの宣言に対し、全ての貴族が肯定の意を表する。

 それを見届け、遂にウィルヘルムは功労者を呼ぶことに決めた。


「では、この誘拐事件にて尽力した者を紹介する――レオンハルト・フォン・イシュタル=ライプニッツ、前へ!」


 ウィルヘルムの一言に従い、レオンハルトが前に出る。

 ウィルヘルムはレオンハルトが大公家としての位置に跪くのを見、立ち上がって1つの勲章をレオンハルトの肩に掛ける。


 それは先程掛けられた勲章とは比べものにならないほど豪華であり、何よりサッシュの色が王と王太子、そして王弟にのみ許される紫色。


「第45代グラン=イシュタリア王国国王ウィルヘルム勅、余は汝レオンハルトが、エリーナリウス誘拐の際に救出に尽力したことを認め、褒賞を与えるものとする!」


 ウィルヘルムは抑えきれないほどの興奮と、エリーナリウスを救ってくれた事への感謝に溢れる心をどうにか抑えながら言葉を続ける。


「余は汝レオンハルトに――【オニキス】の名を与え、王族位第3位ならびに【紫綬・聖双竜星双剣勲章】を授ける! また同時に、レオンハルト・オニキスは新たなる大公家を立ち上げ、【イシュタル=ペンドラゴン】の家名を与えるものとする!」


 ――おおぉぉっ!


 貴族たちが驚きと興奮の入り混じった声を上げる。

 先程成年王族として認められたばかりの少年が、新たに家を立ち上げるというのだ。


 もちろん、褒賞はこれだけではない。

 ウィルヘルムは、ようやくといった表情をしながらレオンハルトに笑みを向ける。


「そして……第二王女エリーナリウスを正式に婚約者として認める! ――さあ、レオンハルトよ」


 そう言っててを差し伸べてくるウィルヘルムに対し、レオンハルトは儀礼剣を抜くとそれを両手のひらで挟み、柄をウィルヘルムに向ける。


「――この剣も、名誉も、誇りも……そしてこの命も。全ては民と王国と陛下、そしてグラン=イシュタリアの栄光のために捧げられる。この身体が滅びようとも、我が思いと魂は巡りてグラン=イシュタリアの護国の徒とならん!」


 レオンハルトの言葉に対し、ウィルヘルムは儀礼剣の柄を握ってレオンハルトの右肩を2度叩く。

 そして今度はウィルヘルムが儀礼剣の刃を両手で挟み、レオンハルトがそれを受け取ってから真っ直ぐ上に立てる。

 そして鐔鳴りと共に鞘に納めると、ウィルヘルムが口を開く。


「改めてここに、新たなるイシュタリア大公、レオンハルト・オニキス・ライプニッツ・フォン・イシュタル=ペンドラゴン大公を卿等に紹介し、ここに認めることを宣言するものである!」


 ――ワアアァァァアアァァッ!!


 その宣言と共に、一斉に貴族が拍手をしたのであった。



 * * *



 レオンハルトが新たな勲章を受け取り、エリーナリウス王女の婚約者となったことが宣言されたころ。


(な、なぜ……!?)


 この時のピエット公爵の内心は混乱していた。

 自分の一族に与えられると予想していた褒賞は、何と憎きライプニッツ家の次男に与えられたのだ。


 さらには何より望んでいた第二王女エリーナリウスとの婚約。

 これもレオンハルトに与えられたのである。


(アドリアンは……あいつは何をしている!?)


 そう考えている間にも宣誓が終わり、はっきりとレオンハルトが新大公となったことが宣言される。

 なお、ピエット公爵の場所は貴族最上位のため王族の段の手前。

 しかもウィルヘルムから姿が見える位置だ。


 周りの拍手が聞こえ、慌てて拍手をするピエット公爵。


(ここで下手に異論を挟んではマズい……! どうにかして次善の策を……)


 もしここで拍手をしていなければ、王の決定へ不服であると見なされてしまい、不敬罪となってしまう。

 内心混乱状態でも、そこは長年貴族である男、笑顔を貼り付けて拍手をする。


 そうしているうちにウィルヘルムが手を挙げたため拍手が止んだ。


 ちらと見ると、王族位第3位へと上がったために王家と同じ段に上がったレオンハルトの姿が見える。


(なんとしても……あの者を……!)


 大公位であるならば本来大公家の場所に立つ。

 だが、レオンハルトは国王から【オニキス】という名を与えられた。さらに王族位第3位も授かっている。

 この場合、レオンハルトは「大公家の人間」ではなく、「王家の人間」として見られ、王弟という見方をされるようになるのだ。


 故に立ち位置が王家と同じ位置になる。

 まあ、それは良いとして、ピエット公爵としては何故レオンハルトが褒賞を受けるのか、それが我慢ならない事だった。


 そんな事を考えていると、ウィルヘルムはまた玉座に着いた。


「――さて、では誘拐犯についてどうするか」


 その言葉は、短いながらも凄まじく怒りの籠もったもの。

 貴族たちは背筋を正し、ウィルヘルムの言葉を緊張した面持ちで待つ。


「罰は先程述べたとおりである。では、犯人の捜索はどうするか……レオンハルトよ」

「御前に」


 ウィルヘルムの言葉に、すぐさま近くからレオンハルトが進み出て膝を付く。


「――勅、此度の誘拐事件、お主が主軸となり犯人を暴け!」

「御意!」


 そう力強く答えるレオンハルト。

 それを見ながらピエット公爵は内心毒づく。


(ガキが……貴様如きに何が出来る……!)


 表面上、笑顔を浮かべつつそう吐き捨てる。

 すると、段上から降りてきたレオンハルトがピエット公爵の前で立ち止まる。


(何……?)

「ピエット公爵」


 立ち止まった上で横目に声を掛けてくる新大公。

 その態度に腸が煮えくりかえりつつも、表面に笑顔を貼り付け応対する。


「何でしょうか、大公殿下」

「どうせならば、犯人は捕らえた上でここに晒すというのはいかがかな?」

「ほう……それはようございますな。他の貴族たちも、新たな大公殿下の実力を知るには良い機会です」


 そう答えつつも心の中で舌を出す公爵。


(馬鹿め……そんな悠長なことをしている間に、貴様にその責を負わせてやるわ!)


 そう考えていたのだが、次のレオンハルトの言葉にその考えは打ち砕かれる。


「陛下、大公レオンハルトはここに申し上げます」

「うむ」

「既に、誘拐犯――実行者とその指示を出していた者は既に捕らえ、我が手の者に拘束させております。この場で明々白々にすべきかと」

「構わぬ」


 レオンハルトが背後の騎士に合図をする。

 するとその騎士はいったん出て行くと、2人の縛られた男を連れた近衞騎士と共に謁見の間に入ってきた。


(なっ!?)


 ピエット公爵は狼狽えた。

 なにせそこで縛られているのが、自分の孫なのだから。


「この者たちが、此度の誘拐事件の実行犯と指示を出していた犯人です」

「ほう……どこかで見た顔であるな」


 それはそうだ。

 正式に嫡孫として認められる際、必ず王城にて国王との顔合わせがあるのだから。


「アドリアン・フォン・ピエット……公爵家嫡孫を名乗る男です」

「馬鹿な!?」


 思わず声を上げた公爵に、皆の視線が集まる。

 そう、公爵の名字と同じ人物が、犯罪者として縛られているのだ。

 注目を浴びて当然だろう。


(なぜだ!? なぜだ、なぜだなぜだ! なぜ既に、しかもアドリアンが捕らえられている!?)


 実はピエット公爵には「上手くいった」という簡潔な手紙が届けられており、それは間違いなく孫の筆跡だったのだ。


(なぜ私にあんな手紙が……まさか!)


 嫌な予感と共に背筋を冷たい汗が伝う。

 公爵がレオンハルトを見ると、どうやら視線に気づいたらしい彼がこちらを向いた。

 ……と、同時に薄らと嗤ったのである。


(こ、こいつ……!)


 一瞬、飛びかかりたくなる衝動が沸き上がるがそれを抑える。

 ピエット公爵には理解できてしまった。

 レオンハルトが、孫に書かせた偽りの手紙だったのだ。


(どうする、どうすればいい!?)


 そうしている間にも、レオンハルトが口を開く。


「陛下、この者曰く、『自分は当主である祖父から指示された』と申しておりました」

「ほう?」


 ウィルヘルムの視線がこちらを向いているのが感じ取れる。

 だが、ピエット公爵はそちらを向くことができない。


(何か……何かこのガキが、常識や貴族の通例、法に反していることは……)


 彼は生き残ることにかけては意地汚い程に執念深かった。

 どこかに口撃材料がないか、必死で知恵を絞る。


(いつ捕まった? あの数時間の間か、だが姿を見ることは出来ていない……婚約にケチを付けることも無理だ! あとは……そうか!)


 ピエット公爵は執念で一筋の光を見つけた。


(これで、少なくとも簡単には罰せられまい! しかもこの場の者すべてが証人にもなる!)


 光を引き寄せるために足掻く公爵。


「恐れながら陛下! 私の孫が犯した罪について、庇いようもないのは事実! しかし――」


 目に溢れんばかりの自信を乗せて言い放つ。


「その者――レオンハルト殿下は今成人となられたばかり! それなのに我が孫を逮捕・拘束し、あまつさえ尋問――いや、拷問するとは法に反しております! それに未成年であったその者の言葉を信用できると!? 恐らく何か勘違いしたのでは? いや、それでもし私の孫に罪がなければ、どうされるおつもりか!?」


 その言葉に周りの貴族、特に貴族派の者たちは一気にざわめいた。

 確かに、警察権がない者が他人を逮捕し拘束し、さらには尋問することは許されていない。


 それは平民相手でも同じだ。

 唯一問題にできるのは、王族や、貴族当主に対する不敬罪のみ。


 貴族の一員を相手にした場合はさらに問題になる。

 例え王族といえども、上級警察権を持たない者が逮捕するというのは大きな問題だ。


 それは王族としての権威の悪用ということになる。

 ピエット公爵はそこを突いたのだ。


(例えこの場であのように認められたとしても、あの誘拐劇の際には警察権を持たぬはず!)


 そう思いながらさらに言葉を続ける。


「もし陛下がこのような横暴をお許しになるのであれば、我ら貴族は断固として反対いたしますぞ!」


 ――そうだ!

 ――それは我ら一同、陛下にはご再考いただきたいと思います!


 それは大きな騒ぎとなっていく。

 だが……


「――黙れ」


 その短い言葉と共に、凄まじい圧力が謁見の間に吹き荒れる。


 ――っ!?


(な、何だこの圧はっ……!)


 その圧力を受けた貴族たちは一瞬で膝を付いてしまう。

 それはピエット公爵も同様で、震える足が言うことを聞かず跪いてしまっている。


 一体誰が?

 そう思い顔を上げた瞬間、レオンハルトと目が合ってしまった公爵。


(……あっ……あぁ……まさか……)


 その目はまるでゴミを見るかのように冷めており、何の価値もないものを見るような目だった。

 その視線がスッと前に戻されると同時に、レオンハルトが口を開く。


「――卿等、自分たちの言葉に責任を持つのだな。一体いつ、私が法を破ったのだ? 証拠を出せもせず、ただ騒ぐのであれば――」


 そこで言葉を切り、レオンハルトは騒いでいた貴族たちを睥睨する。

 その目は、まるで吸い込まれるかのようであり、そして恐ろしい何かに見え、騒ぎ立てた貴族は身を縮める。


 それを見ながら、レオンハルトは言葉を続けた。


「――王家への不敬罪に処するぞ?」


 ――……


 その言葉には誰も異議を唱えることができなかった。

 そうしている間にも、レオンハルトは話を続けている。


「卿等が問題にするのはただ1つ、私が警察権を当時持っていたか、ということだろう? 実際に持っていたとしたら……どうする? どうだね、公爵」


 ピエット公爵は一瞬、自分に話されている事が理解できなかった。

 それもそうだろう、「警察権を持っていたとしたら」なんていう話は聞きたくないのだ。


 だが、ここで答えないのも問題になってしまうので必死で頭を回転させ、返答する。


「……そ、それは……正当な事でありましょうな……」

「卿の同意が得られて何よりだ……さて」


 再度言葉をそこで区切り、レオンハルトがウィルヘルムに向き直る。


「陛下、恐れながら私の立場については、陛下が全てをご存じかと思います」

「うむ……では、余が語ろう」


 そう言うと、ウィルヘルムが玉座から降り、レオンハルトの肩に手を置く。


「レオンハルト・オニキス・ライプニッツ・フォン・イシュタル=ペンドラゴンは、余の勅命により名と姿を変え、これまで半年間、ここ王都と王城で活動しておった」

「なっ……!?」


 次々と明らかにされる真実。

 それにどの貴族も驚愕し、そして恐れていた。


 もしかしたら、自分の事も見られていたのかも知れない。

 それが顕著なのが、やはりピエット公爵である。

 歯の根が合わないような感触を味わいながら、必死で震えを抑えているようだ。


 そして、遂にレオンハルトの真実が明らかになる。

 レオンハルトが取り出したのは、指輪だった。

 だが、それが何かを知っている者は、目を見開く。


「さあ、レオンハルトよ」

「はい、陛下」


 レオンハルトが指輪を着ける。

 と同時に、髪の色が変わり、少しだけだが顔立ちも変化した。


「お、お前は……!」


 声を上げたピエット公爵。

 周りの貴族たちも、思わず声を上げそうになってそれを必死に堪える。


 なにせその者は、よく星黎殿にも出入りしており、そして何よりエリーナリウス王女の護衛として常に傍にいた――【特務近衛騎士】だったのだから。


「さて……皆が理解したようだ、解いて良いぞ」

「はい」


 指輪が外されると同時に、姿を現すレオンハルト。

 まさしく【レオニス】と【レオンハルト】が同一人物であることが明らかにされた瞬間だった。


 それを見ながらウィルヘルムは大きな声で宣言した。


「【特務近衛騎士】レオニス・ペンドラゴンと、大公レオンハルトは同一人物であることを、余は明かし証明するものである」


 その宣言を聞くと共に、ピエット公爵以外の貴族たちは皆跪いた。

 特に貴族派でピエット公爵に同調した貴族たちは、必死な表情をしている。


 それを見ながらウィルヘルムは話し出す。


「……最早異論はなかろうな? レオンハルトは自身の持つ権限に則り、正しく誘拐犯を捕らえた。そしてその者を尋問し手に入れた情報についても、嘘と言うことはできぬ。実際に誘拐されておる本人であり、その場を見ておるのだからな……これ以上、愚かな大逆人に加担する者はおるまい?」


 必死に首肯する貴族たち。

 それを満足げに見ながらウィルヘルムは宣言した。


「ここに、ピエット公爵家の爵位を剥奪し、ピエット公爵、ならびにその嫡孫を大逆罪で拘束する……衛兵! ピエットを連れて行け!」

「「「はっ!」」」


 数人の近衛騎士がピエット元公爵の両腕を掴み、手錠を掛けてから強制的に立たせる。


「な、何をする!? 離さんか、無礼者!」

「抵抗するならば斬り捨てて構わん! 連れ出せ!」


 必死に抵抗するも、近衛騎士の腕力には敵わない。

 そのままズルズルと引きずられながら、謁見の間から連れ出されていく。


「く、くそっ! くそっ! 私がいなければこの国はどうにもならん!」


 抵抗しながら必死に悪態を吐き、呪詛の言葉を投げつけるピエット。

 ピエットは両腕を捕らえられていながらも、その目を爛々と憎しみに染めている。


(こうなれば――仕方あるまい!)


 そう。

 ピエットには切り札があったのだ。

 といっても、あくまで協力関係なのだが。


 非常に危険が伴う切り札、だがここでピエットは使う事を決めたのである。


「王族共め、覚悟するがいい――」


 そう言いながら、魔力を込めて叫んだ。


「ディム!! ここにいる全ての者を殺せ!」

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