第60話:交差する覚悟②

「――――参る!」


 そう言うと同時に踏み込むスヴェンの放つ突きと、俺が放つ横薙ぎが中央でぶつかり、火花を散らす。


「――ハアッ!」


 だが止められたのを見てすぐに剣を引き、さらに突きを放つ。

 それが3連……【バースト・ペネトレイト】か。


 エリーナの放つものに比べてより正確、より鋭いもので、さらに成人男性である故のリーチの長さも相まって俺の頬を掠める。


「……ふっ!」


 俺は少しヒリつく頬を無視し、突きにあわせて身体を回転させながら受け流し、その力を利用しつつ1回転目で横薙ぎ、2回転目で逆袈裟、3回転目で上段蹴りを放つ。


「くっ! ……シッ!」


 思わず蹴りが飛んできたことで受けてしまったスヴェンは、少しその痛みに顔を顰めながらも今度は手首の返しを合わせた高速の切り上げ、突き、横薙ぎのコンボを放ってくる。


 強い。

 恐らく、近衛騎士でも危険なレベルの強さだ。


 ノエリアであれば、得物のリーチさもあり問題ないだろうが、俺は少々リーチが短い剣を使うので注意が必要になる。

 お互いにかなり近接での攻防が続くのも仕方ないだろう。


 足捌きは【纏羽流】に似ているが、どうも攻撃は【鷹翼流】のようなアクロバティックな雰囲気である。

 もしかしたら色々学んだ流派から、自分に合った動きをしているのかも知れない。


 しばらくすると、お互いの派手な動きはなりを潜め、読み合いでの戦いになる。

 だが、どうもサウルはそれが納得いかないらしく、後ろで「何を遊んでいるんだ!」とか「早く殺せ!」など叫んでいる。


 そのまましばらく、お互い一合して読み合い、一合して読み合いを繰り返す。

 だが、これは意外と精神力をすり減らすもので、お互いの体力へとそれは影響していく。


 そのままどのくらい経ったのだろうか。


「…………く……ぁあぁっ!!」


 スヴェンが踏み込んだ。


「!」


 俺もそれを迎撃する。

 一合、二合、三合……


 お互いの連撃と、そして足の踏み場を変えつつも後退することのない超接近戦。


 ――キイィンッ!!

 ――キキイィンッ!!

 ――キキキキイィンッ!!


 剣と剣のぶつかり合う甲高い金属音。

 それが幾度も、幾層にもなって部屋に響く。


 もちろんこの部屋は相当に広いため、そうそうこの二人の攻撃が当たるとは思えないのだが、思わず周囲が距離を取るほどにその剣戟は激しい。


 そしてそれは回数を重ねるごとに、増幅されるかのようにさらに激しくなっていく。


 ……だが、どれほど長続きするように思えても、いずれは限界が生じる。


「グハッ!?」


 スヴェンが地面を転がった。

 その肩や頬、足元、あらゆるところには傷が刻まれており、生々しく血がしたたり落ちている。


 対する俺も同じような状態だろう。

 頬や腕、そして脇腹の辺りには切り傷や、服が切り裂かれてその傷が皮膚に達しているものも多い。


 内臓へは達しないように注意したが、それでも中々傷だらけである。


 そろそろ最後だろう。

 スヴェンは立ち上がると、少しよろけながらも剣を構える。

 俺もそれに合わせ、何度か剣を回してから構える。


 スヴェンは弓を引き絞るかのような立ち姿で、剣を持つ右手を顔の横で後ろに引いている。

 左手は剣を支えるかのように、そして間合いを確かめるかのように添えてある。


 俺は剣を逆手に構えて身を沈め、左手を前に、剣を握る右手は後ろに下げつつも頭より高い位置にあるように構える。


 何の音だろうか。

 誰かの息を呑んだ音、外でグラスが割れた音、僅かな水滴の音……


 お互いに何がきっかけになったか分からないが、全く同時に動き始め、同時に踏み込む。


 ――タンッ!


 あと3歩、2歩……1歩……


 ――ドンッ!!


 お互いがぶつかり合う。

 それは、剣のぶつかった金属の音ではない。


 固い、肉と肉がぶつかり合った音。


 俺とスヴェンは正面からぶつかり合い……そして離れた。


「…………」

「…………」


 お互い無言。


 そして、そのままかと思われた時間は……


 ――ドサッ


 俺の後ろで、スヴェンが倒れる音がしたことによって、終わりを告げるのであった。



 * * *



 俺は剣を一払いして、鞘に納める。


「だ……団長……」

『団長……!』


 後ろで【黒鉄クロガネ】の連中がスヴェンに近寄って騒いでいるのを横目に見ながら、俺はサウルに目を向ける。

 サウルは腰掛けていたソファーから崩れ落ちんばかりの体勢になっており、呆然としていた。


「……あ……ああ、そんな……」


 どうやら、負けるとは思っていなかったらしい。

 そして、俺から視線を向けられた事によって自分の状況に気付いたのか、騒ぎ始めた。


「な……何をしているお前ら! 私を守れ! 私を守れ!」

『……』


 だが、【黒鉄クロガネ】の連中はそれに無言を貫くばかり。

 誰も動こうとはしない。


「か、金ならいくらでも積んでやる……だから……私を守れ、守れよぉ!!」


 半狂乱、といった様子で騒ぐサウルに対し、俺は一歩足を進めた。


「ひ、ひいいいぃいいっ!! 来るな来るな、この人殺し! よくも私の計画を、旦那様の計画を台無しにして!」

「随分と荒れているな……だが、お前は既に終わりだ。その『計画』とやらについては、確実に話してもらうぞ」


 さて、そろそろ薬も飛んだことだろう。

 俺が戦っている間に、どうやら【黒鉄】の連中が窓を開けていてくれたらしく、薬を散らしてくれていたそうだ。


 そろそろ呼ぶか、と思いながら、俺は懐に手を入れていつものものを取り出そうとするが……


「黙れ黙れ! お前らは絶対に許さない! 確実に私に手を出したことを後悔させてやる! 私の後ろにはあの方がついているんだ!」


 うーむ……

 本当は彼を捕らえた上で聞くつもりだったんだが、今聞いても良いだろうか。


 しかし、俺だけの証言ではな……

 そう思っていると、廊下の方から誰かの足音がする。


 俺が振り返ると、そこに立っていたのはガインとジェラルドだった。

 どうもガインはわざわざ冒険者らしい装備に変えてきたらしく、レザー系の装備を使用しているようだ。


 だが、いまいちだな。

 髪型がしっかりしているし、その剣はお前……騎士としての支給品だろうに。

 まあいいか。


「丁度良い、こっちに来い」

「え? ちょっと……」


 俺は有無を言わさず二人を俺の横に連れてきた。

 その上でサウルに向かって質問を投げかける。


「……さっきからお前、『私の後ろ』とか『あの方』とか言っているが、何が言いたい?」

「うるさい! 平民風情が私に手を出すなど、許されると思うのか!」


 相変わらずギャンギャンうるさい奴だ。

 というかガインさん、殺気を滲ませながら柄に手を掛けるのは止めなさい、怯えるから。


 こらこら、ジェラルドも殺気を出さない。

 二人に落ち着けとジェスチャーで合図をし、俺は再度サウルに向き直る。


「誰に許しがいるんだ? 大体、裏社会と繋がっているなんて碌でもない奴なんだろ?」

「……き、貴っ様ぁ……!! 我が主を愚弄するか!」

「はぁ……? お前も裏社会の人間だろ? どうせ後ろ暗い商会とか、そんな物だろうが」


 俺がそう言うと、明らかにこれまで以上にサウルがキレた。


「ゆ……」

「ゆ?」

「ゆ……許さん……! 許さんっ!! アアアアアッッ!!」


 サウルが懐から短剣を取り出し、俺に向かって突き刺そうとしてくる。

 だが……


「ガイン」

「はっ」


 ――ヒュパッ!


「……あ? ……あれ?」


 ガインが鞘を払って一閃した瞬間、短剣を持っていた右手が落ちた。


「ぎぃやアアアアアアッ!? 手、私の手がぁ!? 痛い! 痛いぃ……!」


 手首から下を切り落とされ、一瞬のタイムラグの後痛みが襲ってきたのだろう。

 床をのたうち回るサウル。

 流石に死なれては困るので、俺は安物の回復薬を振り掛けてサウルの止血をした。


「……さて、まだ喚くか?」

「――黙れ黙れ黙れっ!! 私は……私はカールソン侯爵家の家宰の一族、つまりは貴族家の家人だぞ! それに手を出すとどうなるか、分かっているのかぁ!」


 ……なるほど、そこだったか。

 俺は必死で笑みを抑える。


 ちなみに、サウルの一言を聞いた【黒鉄クロガネ】の連中は一瞬だけ驚いたような表情をしていた。

 どうやら知らなかったらしい。


 そうこうしている間に、サウルは懐から1つの笛を取り出し、それを吹いた。


 ――ピィイイイイッ!!


 独特の甲高い音が響き渡る。

 ……これ、どこかで聞いたことがある気がするな。

 そう考えていると、横からそっとガインが教えてくれた。


「(これ、警備隊の呼子ですね)」

「(何でこいつが持っているんだ? ……誰か癒着しているな?)」

「(でしょうね)」


 そう考えている間に、階下が騒がしくなり、しばらくするとどやどやと踏み込んでくる警備隊員が数名。


「どうしました、サウルさん……って、これは!?」


 警備隊員が荒れた部屋の状況と、そして右手を失ったサウルを見て絶句する。

 するとサウルが騒ぎ出した。


「こ、こいつらを逮捕しろ! 私をこんな目に遭わせたのはこいつらだ! 何もしていないのにいきなり踏み込んできたんだぞ!?」

「な、何ですって!? ……お前らがそうだな? 連行させてもらう!」


 そう言いながら俺とガインの腕を掴もうとして来る警備隊員。

 だが、俺たちはそれを払う。


「なっ……警備隊に逆らう気か!?」

「黙れ」


 俺の一言に彼らは絶句する。

 警備隊というのはいわば【内務院】の下、【公安部】に所属する実働部隊。

 それに逆らうというのは、国に逆らうととらえられてもおかしくはない。


 俺は警備隊員の抗議を黙殺しながら、言葉を続ける。


「それよりもだ……なぜ裏社会のボスが、警備隊の呼子を持っているんだ? 誰かが渡しているのか? しかも、やけに到着が早かったじゃないか」


 俺がそう告げた瞬間、彼らの顔に動揺が走った。

 だが、その中のリーダー格の隊員が異議を唱えだした。


「我らは健全な王都民を守るのが役目だ! サウルさんが何をしたというのだ? 言い掛かりを付けるなら……どうなっても知らんぞ?」


 「どうなっても知らん」ね。生憎それはこちらのセリフである。

 さあ、こいつらも一緒に処理するか。


「つまりお前たちは、こちらの良い分を聞くまでもなく悪者扱いするということか……ガイン」

「はい」


 俺の指示に従い、ガインも呼子を吹く。

 警備隊の物とは音が違うこれは、騎士の中でも隊長格だけが持てるもの。


 流石にこの呼子については知っているようで、明らかに警備隊員たちが狼狽え出す。


「こ、この音は……」

「せ、先輩、マズくないですか?」

「あ、ああ……」


 そう言いながらそそくさと出て行こうとする警備隊員。

 だが、それは既に遅きに失していた。


 すぐに階段を駆け上がってくる音がしてきて、同時に金属鎧独特のカチャカチャという音が聞こえてきた。


「…………な、何故ここに!?」

「な、何者だ貴様らは!?」


 目を白黒させる警備隊員。そして、状況が理解できず混乱のまま叫ぶサウル。

 それもそうだろう。なにせ入ってきたのは、フル装備の騎士。


 そして、どの騎士も鎧の胸元中央に、【双竜】の紋章が入っているのだ。

 【双竜】の紋章を鎧に施せる存在は決まっている。


『……こ、近衛騎士団……』

「な、なんだって!?」


 騎士たちの正体を分かってしまった警備隊員と、それを聞いて信じられないといった表情のサウル。

 その間にも騎士たちは部屋の中に入り、完全に警備隊員とサウルを囲んだ。


 そして、騎士の中でマントを着用した人物――騎士分隊長である男が、兜を脱いで俺の前で敬礼の姿勢を取る。


「お待たせいたしました、レオニス卿。そして、ガイン卿」

「よく来た」

「はっ」


 俺はそれだけ言うと、サウルたちの前に立つ。


「……さて、『手を出したら』とか言っていたが、それはどちらなのだろうな?」


 俺がそう言うと、サウルは悔しげに、そして怒りを目に湛えてこちらを睨み付けている。

 癒着しているらしい警備隊員たちは、頭を垂れて項垂れている。


「さて、これ以上長話は無用だな……【特務近衛騎士】レオニス・ペンドラゴンが宣言する。グラン=イシュタリアの名において、貴様ら全員を逮捕する」


 こうして、【烈鬼団】は終焉を迎えることとなり、俺は彼らへの返礼を十分に……十分以上にすることになったのであった。



 * * *



「――で、あれからどうなったんだ? ボス」


 1週間後、俺は【影狼】のアジトに来ていた。

 途中でジェラルドたちを置いて終わらせてしまったため、一応の説明に来ていたのである。


 とはいえ、ジェラルドからしてみれば「んなこと気にすんなよ」という気持ちらしいが。

 だが、俺の立場なども明確に話しておかなくてはいけないので、こうやってアジトに来たのである。


「まず、あのサウル――実際にはノルベルト・ヴェリチュカという男については、現在近衛騎士団が尋問している。同時に踏み込んできた警備隊員についても、王国騎士団が尋問を開始しているな」

「マジか……というか、えらく大事になったな」

「そうだな……だが、元はといえば孤児院の件からだから、多少は予想できていたさ」


 確かに通常であれば、裏社会のゴタゴタ程度は警備隊で済まされる仕事。

 だが、今回は貴族家の家人が絡んでおり、さらにはその人物が裏社会のボス、そして大元が貴族であると証言しているのだ。


 さらに言うと、【烈鬼団】のアジトから孤児院への脅迫、誘拐、他にも色々と証拠が出てきたために芋づる式に検挙された。

 西の孤児院での子供の減少は、やはり【烈鬼団】が絡んでいたらしく、子供たちを戦力として年始の炊き出しの際に貴族たちを襲撃させるのが目的だったということが尋問で明らかになった。


 さてこういう場合、【公安部】では対処させることができない。

 というより、貴族では握りつぶされる可能性があるため、【王室近衛騎士団】が主軸となって捜査するのである。

 さらに、警備隊員の癒着もあるため、これは王国騎士団が担当する案件となった。


「結局、直接関与していた貴族家数家が改易、間接的に絡んだ貴族家は爵位降格と罰金という沙汰が陛下より下された。……少しは風通しが良くなれば良いがな」

「そいつは大変なこった」


 ジェラルドがカラカラと笑う。

 完全に他人事だな。


「実際にはどうなるんだ? 直接関与の貴族は処刑か? それとも平民落ちか?」

「そこ、聞きたがるのか……? まあいい……」


 俺はジェラルドに説明した。


「まず、今回の状況は色々絡んでいるからな……裏組織との繋がりという点では問題にできないが、【殺人教唆】や【誘拐】、他にも【危険薬物取扱】であったりな。後は【国家内乱】だから、【白杯】を賜るさ」

「……おい、それって」

「ま、そういうことだ」


 そう言いながら俺は左手を首に当てる。

 【白杯】というのは隠語で、「毒殺」を意味する。


 基本的に「杯を賜る」という言葉は、主君からの評価であったり、褒美として酒宴の席で与えられるものだ。

 多くの場合、その杯は重厚な黒であったり、朱塗りの艶やかなもので与えられる。


 だが、昔から毒殺刑……特に高貴な立場の者の処刑では白い杯に毒酒を注ぎ、それを呷っていたことから【白杯】は毒殺を意味するようになったのである。


 意味を理解したジェラルドは「おお……」とか言いながらわざとらしく身を震わせる。


「他の家族はどうなったんだ?」

「修道院送りだ。どの道その家は再興できんからな」


 そんな話をしながら、俺は1つ思い出したことをジェラルドに伝える。


「それと、ついでと言っては何だが、例の獣人違法奴隷の件で絡んでいた貴族も摘発できたぞ」

「マジか! 良かったぜ……」


 ジェラルドは安堵したように溜息を吐き、横のテーブルに置いているお茶を一気に飲み干していた。

 飲み干した茶器をテーブルに置くと、ジェラルドはまじまじと俺の顔を見てくる。


「しっかしよぉ……まさかボスが、【特務近衛騎士】だったとは……驚いたぜ」

「ははっ、そうか?」

「いくら何でも若いだろうが……まあ、実力的には間違いないけどよ」


 少し苦笑の表情をしながら、ジェラルドが頷く。

 それを見つつ、俺はインベントリから1つの剣を取り出した。


 その剣はいわゆるブロードソードの類いで、鐔には豪華な装飾と共に王室を示す【双竜】の紋章が彫り込まれている。

 これは正式な近衛騎士として叙勲されたものに渡される剣で、1つの身分証明でもある。

 騎士であるというのは、1つの信頼ある立場でもあり、実力者である証明。


 特に近衛騎士の場合は、いわば王室を代表するといっても過言ではなく、この剣を持つことは騎士の誉れとされる……らしい。


「ま、こんな立場でも役立ったのは何よりだ」

「こんな、ってよぉ……」


 俺の言葉にジェラルドは溜息を吐くと、頭を振ってから姿勢を正した。


「……それで、俺たちはどうしたらいい? ボスが近衛騎士ということは……」

「そうだな……今のところは、俺の直属の私兵扱いだ。とはいえ、俺が立場的には近衛騎士団長同等だから、その部下となると従士相当の扱いになるだろう」

「……マジかよ、いや、本当ですか?」

「プフッ」


 わざわざ口調を変えるジェラルドを見て、俺は思わず噴き出した。


「……それは酷くない……ですか? ボス……」

「……いや、いきなり改まってそんな風に言われてもな。それに俺は冒険者だからな、言葉遣いなんて気にしないさ……今のところはな」

「……そうなので、いや、そうなのかボス? でも今のところって……」


 俺の言葉に対し、一瞬安堵した表情を見せるものの次の瞬間には不安な表情になるジェラルド。

 だが、いずれは正式に俺の直属になってもらうわけだからな。


「まあ、いずれはきちんとしたマナーを教えるさ。さて……」


 一旦この話はここまでにして、俺は確認しようと思っていたことをジェラルドに聞く。


「……それで、どうだった?」


 するとジェラルドは、改めて表情を引き締めると、こう俺に告げた。


「ああ……あいつらから話を持ちかけられたよ。俺たちは協力関係を結んだ、というか……まあ、ボスの配下同士という感じだな」

「……そうか、よかった」

「ま、ボスが殺さなかったのが良かったんだろうな」


 どういうことかというと……



 * * *



 【烈鬼団】への突入とサウルたちの逮捕後、俺は【特務近衛騎士】として残り、ガインと数人の近衛騎士と共に色々な書類や、犯罪などの手掛かりとなるものを探していた。

 そうしていると、先程俺に向かってきた【黒鉄クロガネ】の連中が、俺のところに来たのである。


「……どうした?」


 色々忙しいこともあって、作業の手は止めずに俺は彼らに話しかける。

 すると彼らは、俺の足元に跪いたのである。


「騎士様……我ら一同の、新たな主となっていただけませんか?」

「……は?」


 思わぬ申し出に、俺は目が点になった。

 いきなり何を言い出すかと思えば……俺に主になれと?


「スヴェンは、お前を指定していたはずだが?」

「……それは、そうなのですが。我らは元々傭兵……願わくば力を発揮できる場所をいただきたいのです」


 なんだろうか。彼らは新手のバトルジャンキーということだろうか?


「……戦いがしたければ、大陸を渡るなりすれば良いだろう」

「それは――」

「――それとな」


 なんとなく面倒になって、俺は彼らに真実を告げることにした。


「スヴェンは別に、死んでいないぞ?」

『はっ?』


 俺の一言に対し、【黒鉄】の連中は素っ頓狂な声を上げる。

 いや、そんなに驚く事だろうか。


「あのな……俺は確かにスヴェンを斬った。だが、かなり浅く斬っているし、止血も出来ているはずだ」

「で……でも息が……」


 実は戦闘で最後にぶつかった際、俺は剣の腹側でスヴェンに当たった。

 もちろん、違和感を感じさせないようにその後交差する瞬間には刃の側を当てて引いたが、それでも精々薄皮1枚を切る程度だ。


 大体、スヴェンみたいな鍛えている男を切るには、それなりに魔力を込めた状態で斬る必要がある。

 先程のような切り方では、余程首筋など急所を狙わない限りは死なないだろう。


 ただ、それでは怪しまれるので、ちょっとだけ魔力で細工はしたが。

 実は、【護国流】の技の1つに、自分を仮死状態にする技が存在する。


 これは基本的に潜入や緊急時の回避で用いるもので、長時間使う事はできないのだが便利な技だ。

 自分の場合、意識を失っては戻ることができないので使わないが、他人に使えば望むときに活を入れて回復させることができる。


 俺はそう言いながら、床に転がっているスヴェンの横に立ち、手のひらを胸の辺りに当てる。


「ふっ!」


 気合いを込めながら魔力をスヴェンに通し、活を入れる。


「カハァッ!?」


 するとどうだろう。

 スヴェンが目を見開いて息をし始めた。


「――よう、お目覚めかい?」

「俺……は……?」

「生きているぞ」


 俺がそう言うと、なんとも驚いた表情をしつつ目を動かして周囲を見、ゆっくりと起きあがった。


『団長!? ……団長!!』

「……お前ら」


 子分たちに揉みくちゃにされながら、何となく目元が笑っているようだった。

 しばらく子分たちの相手をしていたが、しばらくすると支えられながら立ち上がってこちらに歩いてきた。


「なぜ……俺を殺さなかった?」

「開口一番にそれか……」


 最初に口にする事がそれか、と思いながらも俺はスヴェンに逆に質問をする。


「殺されたかったのか?」

「……そうじゃない。だが、そうでもしないと責任は取れない」

「責任、か……」


 何というか、死んで責任を取るのが正しいみたいな雰囲気を感じる。

 だが、死んで何になる?


 少し腹が立ってきた俺はスヴェンに言い放つ。


「死んで、逃げる気か?」

「なに……?」

「死ねば、確かに終わる。だが、それはお前が逃げているだけだ。死んで花実が咲くものか」

「ふざけるな!」


 俺がそう言いながら鼻で笑うと、スヴェンは俺の胸ぐらに掴み掛かってくる。


「俺は裏組織に加担した、しかもあんな後ろ暗い組織だぞ、それは覆しようのない事実だ! だが、子分をそれに巻き込むわけにはいかん! ならば俺の首をもって幕引きと――」


 ――バキィッ!


「ぐっ……! 何を……」

「馬鹿が! そう思うなら……自分が罪を犯したと思うなら、死ぬ気でそれを償え! 子分を巻き込む? お前が死んで子分がどう思うかを考えろ! お前一人の命が、自分だけのものだなんて思うな!」


 思わず、俺はスヴェンの頬を殴り飛ばしていた。

 死んで責任を取る、というのが美しいとされるなんて馬鹿げている。


 確かに密偵や草のような連中の場合、その秘匿性から自刃するという場合はあるが、だがそれは最終手段。

 高々裏組織に手を貸した程度で、自分だけ死んで逃げるなど許すつもりはない。


「だが……」

「本当に責任を取るなら……その気があるなら死ぬ気で生きろ! 生きて恥を忍び、生きて前に向かって歩め! 死んで足を止めるなんて許されると思うな! まずはそれがお前にできる、責任の取り方だ!」


 殴られて床に倒れるスヴェンの胸ぐらを掴んで立たせながらそう告げる。

 俺の言葉に目を見開き、驚いた表情をするスヴェンをきちんと立たせながら、俺はさらに言葉を続けた。


「……大体な、今回の件はサウルの逮捕で終わっている。これ以上ない幕引きだ……それをお前は混乱させる気か?」

「……そう、なのか?」

「ああ」


 俺は今回の件で騎士団が動いていること、そして既にサウルを逮捕、拘束していること、【烈鬼団】が大幅に縮小されて【影狼】の支配下に置かれることなどを説明した。


「だが……そうなれば騎士団は俺たちも……」

「それは心配いらん。騎士団についてはこちらで選りすぐった信頼の置けるメンバーだ。それに、お前については【影狼】と協力関係を結んでもらい、いずれ俺の部下にしたいと思っている」

「……部下?」


 状況が分からない、というような表情をしているスヴェンに対し、俺は【近衛騎士】としての剣を見せる。

 一瞬、何か分からないという表情をしていたが、双竜の紋章に気がつくと慌てて頭を下げてきた。


「ま、まさか……近衛騎士だった……のですか?」

「一応な……ま、いずれ落ち着いたら話そうか」

「……あ、ああ!」


 このようにして、俺は新たな部下候補を手に入れ、【影狼】は陣容を厚くしつつ裏社会で【黒揚羽】と対をなす組織となるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る