第59話:交差する覚悟①
「ぐはぁっ!?」
剣の腹で強かに打ちのめした故に、崩れ落ちる男。
その男は自信満々に打ちかかってきたのだが、躱してから腹に一撃入れると沈んでしまった。
「……歯ごたえのない連中だな」
「ボス、それは失礼だろ……何をこいつらに求めているんだ?」
俺の横にいるジェラルドが、少し呆れたようにそう呟く。
「まあ、いい。……さて、どうやらお前らの中で強かったのがこいつのようだな。抵抗するか? 抵抗すれば苦しませずに屍にしてやるが……どうする?」
「……それ、降伏勧告か?」
ジェラルドがツッコミと化している。
というか、本音お前が前に出ろよと言いたいのだが、まあいいか。
「お、お前ら……ここをどこだと思ってんだ! 俺たちは【烈鬼団】だぞ!? 後が恐ろしくないのか……ブゲラッ!」
「質問に答えろよ……で、抵抗するということなのか? どうなんだ」
「てめぇ……こんなことをおれにしt……ギャンッ!?」
俺に噛みついてきたのがいたが、鉄拳制裁とビンタをすると静かになった。
それを見て他の連中は及び腰になっている。
「あと10数える間に決めろ。答えなければ敵と見なして処理する……10~、9~、8~……」
「ま、待ってくれ! 俺たちは……」
まだグダグダ言うのか。
俺はカウントを速めた。
「――6、5、432……」
「ま、待って! 降伏するから!」
そう言うとその中にいた女性が武器を捨てた。
そしてそれに呼応するように、他の面々も武器を捨てていく。
「1、0……はい終了。……武器を捨てた奴は外に出て行け、邪魔だ」
そう言うと同時に、最後まで武器を捨てようとしなかった人物……最初に噛みついてきた奴と、もう1人の別の男には、速攻で攻撃を仕掛けて袈裟斬りに斬り捨てた。
周囲に血を撒き散らしながら絶命する男2人をみて、武器を捨てた連中は真っ青になりながら外に出て行く。
そしてそれを周りで見ていた、他の【烈鬼団】の連中も、同じように慌てふためきながら武器を捨てて逃げようとする。
「はい、待った」
「い、嫌だ! 俺は死にたくない、死にたくない!」
そう喚く男に一撃腹パンを決め、黙らせてから俺は話しかける。
「お前な……俺たちが呼びかける前に逃げるってぇのはどういうつもりだ? まだ何も言ってねぇだろ」
「お、お助け……お助け……」
あ、こいつは駄目だ。
気の毒なくらいに震えている。
少し情報を喋ってもらうつもりだったのにな……
「……ちっ、ほら行け」
「……面倒になったんだな」
「うるさいよ」
仕方ないのでジェラルドに、投降した連中の中から案内役を選んでもらう。
そして、その案内役の前にジェラルドと俺が立ち、実際に突っ込んでいく形だ。
ちなみに、【烈鬼団】の本部アジトはとある高級娼館であり、まあ、建物が大きいわ、階層もあるわ、部屋も多いわ。
もちろん働いている娼婦たちもいるため、本当はかなり大変になる可能性があったのだが、そこは元【烈鬼団】と、今の頭と対立する【サウル】という幹部が動いてくれたため問題ないようになっている……ということを付け加えよう。
さて、この手の娼館は、ある意味高級キャバクラのような側面があり、今俺たちがいるのは広いところに何脚ものテーブルとソファーを置いている場所だ。
いわゆる飲んでお酌してもらいながら楽しむ場所なのだろう。
……いや、もしかしたら露出みたいな趣味の連中もいるのかも知れないが。
「……さて、こうなると上の階か?」
「そうらしいな……だが、ここからは個室だらけだ。面倒な」
「そうぼやくな……さて」
先程のフロアから階段を上がると、ここは個室が何個もある場所になる。
とはいえ、1つ1つ扉が離れているところから、それなりに広い部屋であることは分かる。
さて、俺はここで階段を上がったすぐの場所で待機し、3人組がそれぞれ個室の扉の前に立つのを確認する。
そして左手を挙げ、手を握り……開くと同時に手のひらを前に突き出す。
――バアンッ!
――バタンッ!
――バタバタッ!
それを合図として、それぞれのチームが踏み込んだ。
しばらくすると、それぞれの扉から「クリア!」という声が聞こえてくる。
「……なあ、あれは何のかけ声だ。いや、意味は聞いてるけどよ」
「ん? ああ、建物に突入して、その部屋とか、区画に敵がいないということを示す符丁みたいなものだ。いずれ俺が予定しているあれこれに、先に慣れてもらおうと思ってな」
「……何を考えているかが恐いぜ」
ジェラルドからそんな事をいわれながら、それぞれのチームの「クリア」を確認する。
廊下を歩き、最後のチームまで確認してから、残りの部屋の確認に移る。
「まあ、このエリアにはいないだろうな」
「いないなら飛ばせよ……」
「そうもいかん。いくら事前情報で分かっていても、可能性は潰すのが最善だ」
「ま、それはそうだな」
「よし、次に行くぞ」
案内役から次のエリアの情報を聞く。
今度はいわゆるVIPルームらしく、数部屋しかない。
その代わり広いらしいので、チームを複数組み合わせ、その中でリーダーを決める。
「よし、お前、お前、そしてお前がリーダーだ。それぞれ動きは変わらない。だが、突入指示、次のエリアへのエントリーや退路の指示を任せる。いいな?」
「「「了解!」」」
「行くぞ」
俺はそう指示しつつ、周辺を警戒する。
するとまたジェラルドが話しかけてきた。
「……軍隊みたいだな」
「まあ、いずれはな」
「……は?」
「いずれ分かる」
そう俺が言うと「またかよ」と苦笑しながらジェラルドも周辺を警戒する。
しかし、これだけの動きで軍隊という言葉が出る辺り……まあ、そういうことだろうな。
そんな事を考えている間にも確認は終わり……
「オールクリア」
「……よし、上に行くぞ。ルートは任せる」
「……あ、はい」
案内役を入れて動こうとするが、どうも案内役の反応が悪い。
「……どうした?」
「……い、いや……もう、この上最上階ですよね? もう、俺いなくても……」
「はあ?」
「い、いや、何でもありませんっ!」
どうやら相当ビクビクしているようだ。
実際、上には結構な気配を感じるのも事実。
もしかしたら上位階というのは、ボスがいるからには実力者が揃っているのかも知れない。
どうしたものか……
「……お前が決めろ」
「俺か? ……分かった。……そうだな」
ジェラルドに判断を任せる。
少しジェラルドは考え、頷いた。
「分かった……お前は下に降りろ……だが、下手なことは考えるなよ」
「え、ええ。もちろんです」
「ちなみに、要注意人物とかいるか?」
「え? うーん……」
しばらく案内役の男は考えていたが、数人の幹部を挙げた。
どうやらそれなりの実力者であると同時に、結構狡猾な手段をとってくるらしい。
「……分かった」
そう言って案内役の男を解放し、俺たちは上に行く階段を登り、最上階に足を踏み入れた。
その階は、これまでとは全く趣の異なる……いや、まるで貴族屋敷のような雰囲気を持つ、豪華絢爛なフロアだった。
まあ、こんな趣味の悪い装飾をするのは、どこぞの成金といったところだろうが。
さて、俺たちが上のフロアに入った瞬間案の定お出迎えが現れたようだ。
「貴様ら! ここをどこだと心得る! 【烈鬼団】が頭領、ノルベルト様の――」
――ゴキッ!
「邪魔だ」
目の前に走り込んできたスキンヘッドを殴り倒す。大丈夫、首を捻ったりしてはいないから。
わざわざ名乗りなんか上げるくらいなら、一手でも多く攻撃をする方が生き残る。
そんな事も知らんのだろうか。
「……容赦ねぇな」
「口上を垂れるのが許されるのは……実力が伴っているときか、正式に令状がある場合だけだな」
某ヒーローみたいに。
いや、日曜日午前中のバイクで走り回るヒーローなんて、変身途中に攻撃すれば確実に敵側は勝てるのに、そこまできちんと待っているからな。最近は違う事も多いが。
そんな事を考えながら、向かって来る連中を叩きのめす。
うん、剣はいらないか。
――ドガッ! バギッ、グシャッ!
隣のジェラルドも、さらには部下たちも皆同じように格闘で相手を制圧していく。
……いや、【影狼】のメンバーは強すぎだろう。
実際、この場所の廊下は狭いので、この方がいいのだが。
さて……
俺とジェラルドは、突き当たりの部屋の扉の前に立った。
恐らくここが、【烈鬼団】の頭領がいる場所なのだろう。
「スタック」
俺がそう言うと、すぐに【影狼】の2チームが扉の取っ手に手を掛け、突入の用意をする。
うん、エントリーのための体勢も慣れてきたようでなにより。
「GO!」
俺のかけ声と共に、左右の扉が開かれ、俺とジェラルドは中に飛び込みながら剣を抜き、そこにいるであろう頭領の姿を探す。
すると……
「おやおや、意外と早かったですね。彼らでは足止めになりませんでしたか」
そう言って出迎えたのは……予想だにもしなかった人物。
「なっ……なんで……」
「……」
そこに立っていたのは、俺も顔を合わせた人物。
そして、安全な場所に隠れているはずの、ここにいるはずのない人物。
そして、今回の作戦で協力者として新たな【烈鬼団】の頭にするつもりだった人物。
「な、なんで……なんでサウルが、そこに座っているんだ……?」
そんな、呆然としたようなジェラルドの声が無性に響いた。
* * *
「おやおや、これは【影狼】の皆様……揃いも揃って押しかけてくるとは。まあ、知っていましたが」
「お前……サウル、なぜここに!?」
ジェラルドの驚くような表情に対して、サウルはなんとも平然とした表情である。
まるでそれが当然かのような雰囲気だ。
「……なるほど。お前が【烈鬼団】の本当の頭領か」
「おや、流石は【竜墜の剣星】、異名持ちは理解が早い」
つまりこいつは、自分が味方になると見せかけて、面倒な幹部を頭領扱いして実際には処理させ、自分にとって安定した組織にするつもりだったということだろう。
そう考えていたのだが、サウルは首を横に振った。
「あなたが考えているような理由も少なからずありますが……私はただ依頼を受けているだけですからね」
「依頼……だと?」
「ええ、とびっきりの……ね」
サウルがそう言うと同時に、突然周囲の扉から武装した黒ずくめの男たちが現れる。
なるほど……中々の手練れだな。
「ジェラルド」
「……何だ」
「他のメンバーを下げろ」
俺がそう言うとジェラルドは頷き、他のメンバーにアイコンタクトを取る。
するとすぐに他のメンバーは下がりだした。
「……おや、そこで下がるとは。少し興ざめですが……まあ、後でどうにでもなりますか」
「無駄死にを出すのは、愚かな指揮官の証――お前はどちらだろうな?」
「……言ってくれますね」
俺とジェラルドは剣を構える。
だが、特にサウルの方は動こうとしない。
「……ふむ、てっきり問答無用に打ちかかって来ると思ったが」
「いえいえ、流石にBクラス冒険者を相手にするのに油断はしませんよ……」
そう言いながら笑うサウル。
何だ……この余裕は?
「っ!?」
一瞬、サウルの悪魔のような笑みに背筋が寒くなり、ジェラルドを見た瞬間。
「!? うっ……これは!?」
「ジェラルド!?」
「……うっ……うう……」
頭を抑え、ふらつくジェラルド。
ジェラルドは剣を取り落とし、床に膝を付いてしまった。
「……まさか、薬か!」
「ご名答。……さて、ここからが私の番ですね」
そう言って立ち上がり、これまでとはうって変わった笑みを浮かべつつ嗤うサウル。
そして、俺たちを取り囲もうとする黒ずくめの男たち。
(ちっ、俺には効いていないが、ジェラルドをどうする……!)
そう考える間にもサウルはこちらに近付きながら短剣を抜いた。
「あぁ……この手で異名持ちを殺せるとは……良い自慢になりますね……」
わざとゆっくりと近付いてくるサウルを見ながら、俺はジェラルドの腕を掴み立ち上がらせる。
「……ぐっ……ボス……俺のことは……」
置いていけ、そう言おうとするジェラルドに対し、俺は腹立たしく思いつつも必死に考えた。
(どうする? せめて向こうの廊下までジェラルドを……そうか!)
1つの手段を思いついた俺は、ジェラルドに話しかける。
「腹の辺りに魔力を集中させて強化しておけ……かなり強いぞ……」
「な……なにを……」
「ハッ!!」
――ドンッ!
俺は振り返りざまに、廊下の方に向けてジェラルドを吹き飛ばす。
流石にこれには反応出来なかったのか、廊下側を塞ごうとしてた黒ずくめの男たちも思わず飛び下がり、そのままジェラルドは廊下まで飛ばされていった。
「ジェラルドを連れて離脱しろ!」
「で、でも……!」
「行け! 命令だ!」
「り、了解!」
実は、【影狼】を下げたとはいえ廊下に一部待機させておいたのだ。
彼らにジェラルドを回収して離脱するように命じ、俺は独りでこの部屋に残る。
「……まさか、そうやって逃げられるとは思いませんでしたね……ですが、あなたはここまでです!」
そう言って俺に向かって駆け出すサウル。
どうやら多少なりとも魔法の心得はあるらしく、【身体強化】を使って加速しているようだ。
だが……
「さ、サウル様! なりません!」
「えっ?」
黒ずくめのうちの1人が、慌ててといった形でサウルの腕を掴み、引き戻す。
流石は伊達に手練れではないようだ。
「おやおや、薬の中でただ一人の俺に近付かないのか?」
「……馬鹿をいうな。アンタに薬は効いていない」
「……ふむ、流石だな」
そう、俺にこの薬は全く効かない。
しかし、この状況なら油断を誘えると思っていたのだがな。
「それだけ動ける人を、どう誤解したら良いんだ?」
「それもそうか……で? どうするんだ?」
俺がそう問いかけると、黒ずくめの男たちはこれまで以上に警戒しながら俺を包囲し始める。
そして、先程サウルを止めた男はというと、サウルに話しかけていた。
「サウル様、我らがこの男を処理するまでお待ちください。危険ですので」
「……仕方がありませんね」
どうやらこの男がリーダーのようだ。
しかし素晴らしいまでの手練れだな、隙がないし、注意力もある。
「1つ聞きたいが、お前らは、サウルの護衛か?」
「そうだ……とはいえ先代のころからの雇われだが」
「そうか……」
雇われか。
とはいえ、先代からの雇われというのが面倒だが……まあいい。
「雇われなら話は早い……俺の側に付け。俺が雇ってやる。そこの男など目ではないほどの名誉と共にな」
「なっ!? 何を言っているのですか! 私の後ろを知っているでしょう? さあ、早く処理してください!」
俺がそうスカウトをすると、割って入るかのように慌てた感じでサウルが口を挟む。
どうやら自信ありげな態度はポーズだったのだろう。
というか、『後ろ』ってなんだ? 後で詰問するか。
「――雇い主はそう言っているが、実力差くらい分かるだろう? お前らと俺、どちらが強い?」
俺はそう言いながら、軽く【威圧】を発動させる。
それを感じたのか、黒ずくめの男たちには緊張が走る。
どうやら、かなり危険だということに気付いたようで、呼吸音が荒くなっているのが分かる。
さて……どうする。
そう思っていると、しばらく考えた後で、リーダー格の男がこう口を開いた。
「…………俺たちは、雇われた分だけ働くだけだ」
「そうか……では?」
俺は彼にその言葉の意味を尋ねる。
すると、彼は深呼吸をし、言葉を紡いだ。
「……俺は仕事を果たす。それが俺の矜持だ。アンタを殺す」
その宣言と同時に彼からは殺気が吹き荒れる。
同時に剣を抜き、構えを取った。
「――――そうか……残念だ」
仕方がない。
彼は仕事を完遂すると、『俺を殺す』と宣言した。
そうであれば、俺も下手な手加減はしない。
【威圧】を殺気に変え、部屋全体に広げながら俺は剣を逆手に構えた。
ふと視線をずらすと、俺たち二人の殺気にあてられたサウルが腰を抜かして震えているのが見える。
そうしていると、彼から話しかけられた。
「……頼みがある」
「何だ?」
「……子分たちの命だけは、助けてやってくれ」
そう告げる彼。
それを聞いた他の黒ずくめの男たちは口々に反論をしているが、それを緩やかに首を振ってこう告げた。
「……お前らは生きろ。これは俺の責任だ」
「兄貴!」
「……お前に託す」
「くっ……わかった」
俺はそれを見ながら、なんとも言えない気持ちになっていた。
こういう彼らでも、自分の忠義を重んじ、殉じ、仲間を思いやるのだ。
対してこの国に貴族といったら。
いずれこの状況は是正しなければならない。
だが、今はこの戦いが重要だ。
俺は剣を前に構え、名乗りを上げる。
「【竜墜の剣星】レオニス・ペンドラゴンだ――名を聞こうか、黒き戦士よ」
「――傭兵団【
そして互いに踏み込み――――剣が交差した。
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