第58話:交わされる杯
「止めてやってくれ」
ジェラルドの制止する声。
それを聞いて、俺は剣を止めて肩越しに振り返る。
「……こいつらは、お前の敵だぞ?」
「分かっている……だが、アンタに直接刃向かったのはそいつじゃない、あのモヒカン男だ」
そう言う俺に対して、少し渋い顔をしながらも決然とした表情でジェラルドは口を開く。
俺がそれに対して言葉を返す前に、ジェラルドが言葉を続ける。
「確かに、こいつらは邪魔な連中だし、やり方が汚いから潰しても構わないと思っている……だが、命をむやみに奪っては、同じ穴の狢だ。俺は仲間にも、そしてアンタにも……そうなって欲しくはない」
俺は少しだけ考え、剣を鞘に納める。
「……命拾いしたな。ジェラルドに感謝しろ」
「……あっ……ああ……」
先程まで命乞いをしていた男は、最初状況を理解できなかったのだろう。
目を泳がせていたが、俺がその場を去ると状況をやっと理解して、頷くと同時に意識を失った。
「仕方がない……今日はジェラルドに免じて命は取らないでおいてやる。だが、もしまた俺と敵対すれば……分かるな?」
転がっている男たちに向けてそう告げると、皆が必死に頭を振って頷いている様子を見せる。
その様子を見ながら、ジェラルドに告げる。
「こうなると、あまりここを放置できないな。……明日にするか」
「明日か? ……まあ、その方が手勢を集めることはできるが」
「こっちとしても、少し準備をする。その間に、彼らから少し話を聞こうか」
結局【烈鬼団】への報復は明日以降ということにして、俺とジェラルドは床に転がっている男たちからの情報収集をすることにした。
とはいえ、俺は少々……いや、かなり怖れられており、ジェラルドがほぼ質問を代行してくれた形だが。
「――なるほどな。つまりお前らの組織は一枚岩ではないと?」
「あ、ああ、そうなる。最近の頭のやり方は結構無理矢理でよ……俺たちだって本当は【影狼】とやりたくはなかったんだが、命令でな……」
「大変だったな……やりたくもない仕事は辛かったろ?」
「ああ……うっ、うぅ……」
「馬鹿、泣く奴がいるか」
「だ、だってよぉ……」
なぜかそこでは良い雰囲気が出来上がっていた。
こうなると、脅した俺は悪者扱いか?
「あの鶏頭は、今のボスにへこへこしてやがるんだ! でも、俺としては、サウルの兄貴にボスになって欲しかった……あの人は良い人だから……」
「そのサウルとやらは、どうなったんだ?」
「今は特に儲けも少ないシマに飛ばされて……兄貴ぃ……」
色々な情報が転がってきた。
俺の聴覚はそれを拾ってくれるので、頭に入れておいて損はないだろう。
しかし、その【サウル】という奴は気になるな。
まあいい。ジェラルドが上手く使ってくれればいいのだ。
俺はそこから得られた情報を使うのみ。
そうしている間に、気付いたらお酒が振る舞われ始め……
どういうわけか、宴会の体を擁してきた。
いいのかこれ?
* * *
流石に邪魔だろうと思い、離れた場所の、元々カウンターだったところに腰掛ける。
すると、ジェラルドが少し赤くなった顔で近付いてきた。
「おう、飲んでるか?」
「流石にもう飲んでないさ。少しキレたからな、そう言うときには酒を入れないようにしている」
「固い奴だ」
そう言いながら、ジェラルドは俺のグラスに酒を注いだ。
「おい、流石に――」
「――まあ良いじゃねぇか。少し話したいこともあったんだからよ」
そう言って俺と同じようにカウンターに腰掛ける。
そして、一旦目を瞑り、上を向いてから一言。
「ありがとうな」
「……何がだ?」
お礼の理由が分からず聞き返す俺に対し、その瞼を開けてジェラルドはこちらを見ながら話し始めた。
「まずは、俺たちを助けてくれたこと、俺の言葉で思いとどまってくれたこと……そして俺にあいつらを任せてくれたことだ」
「……ふん、偶々だ」
言いたいことが理解できた。
だが、あくまでそれは結果論。気にすることはないと鼻で笑う俺に対し、ジェラルドは静かに首を振った。
「確かに偶々に見える……だが、間違いなくその方向に動くように誘導してただろ?」
「……少し我を忘れたがな」
「だが、実際に剣を抜いたときは既に収まってたじゃねぇか」
「……そこまでバレていたか」
そう。
俺は確かにあのモヒカン男の一言でキレた。そのため周囲に殺気を撒き散らし、モヒカン男には再起不能なほどまで心を折ってやった。
だが、処理すると口にしたとき、実はジェラルドが止めるのを待っていたのである。
もし、あそこで俺を止めていなければ俺はあいつらを処理したのは事実。
だが、もしジェラルドが本気で動くのであれば、俺は剣を退くつもりだった。
少しその点がバレてしまい、俺が頭を掻いているとジェラルドは言葉を続けた。
「……もちろん、俺だって本気で死を感じるほどの殺気を浴びた後だ。怖かったさ。でもな、アンタの本質は、身内想いの本当に覚悟を決めた良い人だと思っている。だから、俺は勇気を出そうと思えたんだ」
「そんなに怖かったか?」
「ありゃあ、ドラゴンを相手にした方がマシだな」
「ははは……」
それほどまでに怖かったらしい。
あの瞬間、はっきり言って俺は自分の感情を制御しきれていない状態だった。
どうやら相当ヤバいレベルだそうである。
「あとな……」
「うん?」
ジェラルドはさらに続けて口を開くが、少し口ごもる。
その雰囲気が普段と異なり、俺は思わず聞き返していた。
すると、何度か逡巡したような表情を見せながらも、何かを決めたような表情となり、カウンターの上で身体ごと俺の方に向き直った。
「どうした、わざわざ向き直って?」
「いやな、少しでも形を整えたくてな……アンタに言いたいことがある」
何だろうか。
ジェラルドの雰囲気から、非常に真面目な雰囲気を感じたので俺もカウンター上で身体ごと向き直る。
すると、ジェラルドが口を開いた。
「俺は……アンタがキレたとき、死を感じたと同時に、それとは別に1つ思ったことがあった。それは……アンタが身内のためなら本気でキレて、守ってくれる……そんな人だ、ってな。まるで親父のように、兄貴のように、頼れる人なんだ……って。年下のアンタに言うのは失礼だが、そう……感じたんだよ」
「そうか……」
照れくさそうに、少し気まずそうに、でも、信じるかのように。
一言一言を噛みしめるかのように告げてくるジェラルド。
「だからな……」
ジェラルドはそう言うと、少しだけ目を瞑り、改めて開いた目には決意を漲らせており……
「俺は……いや、俺たち【影狼】は、アンタの下に付くことにする」
そう、宣言してくれたのである。
「そうか……なら、今この時から、お前ら【影狼】は俺のファミリーだ」
俺はそう言いながら、ジェラルドの肩に手を置く。
同時に俺たちはグラスを持ち上げ、打ち鳴らしてから一気に煽るのであった。
* * *
翌日。
俺は数人の騎士と馬車を連れて、スラム街の元冒険者ギルドへやってきた。
「レオン……レオニス卿、ここですか?」
「ああ。少し待っていろ」
俺が中に入ると、夜とはうって変わってどこか陰気な、廃墟のように見える建物の中で数人の獣人が座っていた。
俺が入ってきた事に気付いて驚いたのか一瞬武器を抜こうとしたが、俺の顔を見て気付いたようだ。
「レオニスさん……早いっすね」
「やあ、おはよう。昨日はあの後どうなった?」
俺が帰るころでも彼らはまだ飲み会をしていたからな……
二日酔いとかなっていないのだろうか。
「あー……まあ、俺たちは慣れてますから。元【烈鬼団】の連中は、酔い潰れて2階に転がしてますけど」
「そうかい……『元』ってことは、組み込むことにしたのか?」
「ええ、組長がそうすると……まあ、あのモヒカン野郎以外は良い奴でしたからね」
「そうか……」
昨日の様子を聞く限り、上手くいきそうだな。
予定通りに動いていることを聞き、俺は内心ほくそ笑む。
と、座っていた獣人の1人が俺に頭を下げてきた。
「……どうした?」
「いえ……組長のために、わざわざ憎まれ役をしてもらって、感謝してます。それに……これから、俺たちをよろしくお願いします」
「……俺もまだまだだな」
まさか、彼らにまでバレていたのか。
座っている他のメンバーも、こちらに真剣な目を向けて、会釈してきた。
こういうのがバレると恥ずかしいものだ。
俺は苦笑しながら、彼らに告げる。
「……まあ、よろしく頼むな。しばらくは【影狼】として上手く動いてくれ」
「はい」
しばらく話した後、例のモヒカン男を回収して馬車に積み込む。
どうやら意識は戻っているようだし、少し【影狼】のメンバーが治療してくれたようで綺麗にはなっていた。
まあ、俺の顔を見るなり悲鳴を上げそうになったので、慌てて猿轡をしたのだが。
「……なにしたんです、レオニス卿?」
「……キレてやった、反省はしていない」
「駄目じゃないですか」
そんなアホな話をしていたが、ふと俺は思いついて1人の騎士を呼び寄せる。
「ガイン、少し付いてきてくれ」
「え? ええ……」
このガインという騎士は、昔から俺と……ライプニッツ家と繋がりのある人物で、幼いころ俺の訓練相手であり、俺の護衛でもあった騎士だ。
現在はライプニッツ家の護衛騎士を務める男で、本名をガイン・フォン・オルセンという。
オルセン子爵家の次男で、元々は近衛騎士だったのだが、俺がいなくなったことで近衛騎士を辞めたとか。
うん……申し訳ない。
だが、近衛騎士を辞めさせるなんてとんでもない、ということでうちの父が拾ったとか。
一応、所属としては王国騎士団の第1大隊の本部所属という扱いらしい。
今回は、明日の件もあって俺が引っ張り出した次第だ。
まあ、そんな俺にちょくちょく振り回される役目を、どうか受け入れてもらいたい。
俺はガインを連れ、アジトの中に入る。
すると、先程のメンバーは相変わらず椅子に座ったままだったので俺は声を掛ける。
「ジェラルドはいるか?」
「え、ええ……その人は?」
「俺の信用できる人物、その……その6くらいかな?」
「その1ではないんですね……別に良いですけど」
そんな話をしている俺たちをみて、警戒を少し下げてくれたのか、苦笑しつつ「では呼んできます」と言って1人が上の階に上がっていった。
しばらくすると、少し眠そうな表情のジェラルドが降りてきた。
「どうしたんだボス……俺に用か? って、そいつは?」
「ジェラルド……寝起きか?」
「まあな……それで?」
ジェラルドは警戒したようには見せないながらも、意識をガインに向けている。
こういうところが流石は大物という感じがするのだ。
「王国騎士のガインだ」
「……はぁっ!?」
いきなりの俺の言葉に、一瞬の間をおいて驚くジェラルド。
「いや……何連れてきてんだよ、ここに」
「まあ心配するな……あくまで所属としてはということで、基本は俺と同じあのメダルを持っている人物だよ」
「あ、ああ……そういや、ボスはそんな偉い人物だったな……」
忘れてたのか、それとも冗談なのか。判断に困るところだ。
「お前……まあ、いい。今晩の件で、少し応援をお願いしている。だから、面通しくらいはしておいた方が良いだろう?」
「……そりゃ、助かるが。しかし……いまいちボスの本当の姿が見えねぇな。騎士様なんて連れてくるしよ……」
「ま、追々教える。というか、今はちょっと面倒でな……」
「あいよ……んじゃ、今晩な」
「ああ」
それだけ話して、俺たちは建物を出た。
俺とガインはモヒカン男を入れた馬車とは別の馬車に乗り込み、帰路に着く。
しばらく進んだ辺りで、ガインが口を開いた。
「……まさか、【影狼】を部下に? ボスとか呼ばれていましたし」
「ああ。といっても、向こうから申し出てきたんだがな……良いだろう」
少しドヤ顔を向けてみる。
すると、ガインは頭を抱えて溜息を吐いていた。
「……そういうことではなく。どう説明されるのですか、殿下ともあろうお方が裏組織となど……」
「父上には言わんよ」
「は?」
「これはあくまで、俺の直属の部下だ。父上にも、叔父上にも教えんさ」
「しかし……!」
俺が彼らのことを誰にも漏らす気がないと知り、ガインは抗議の声を上げる。
まあ、ガインとしては心配なのだろう。得体の知れない組織と繋がるなんて……と思っているのが分かる。
「いくら何でも、報告をしないというのはいけません! 私は確実に――」
「ガイン」
このままでは報告される可能性が高いな。
仕方あるまい。
「――レオンハルト・フォン・イシュタル=ライプニッツの名において王族令を発令する。彼ら【影狼】について、陛下を含み一切の口外を禁じる。【影狼】と私の関係、【影狼】の活動、その全てにおいてこの王族令は適用されると心せよ」
「……っ!」
俺はガインを正面から真っ直ぐに見てそう告げた。
それを受けて、ガインは何か言いたげではあるが、溜息を吐いてから頷いた。
「……流石に【王族令】まで使われては、どうしようもありませんよ」
「まあ、ここでそれでも……なんて言いだしたら、な……」
俺は笑いながら首に手刀をあてる真似をする。
それを見ながらガインは苦笑するのであった。
* * *
その日の夜。
俺は普段よりも濃い色の装束に身を包み、【影狼】のアジトにいた。
「それで、どうだ?」
「ああ……例のサウルという人物には接触できた」
「そうか……反応は?」
「まずまず、といったところか。もちろん、俺たち【影狼】の名は使っていないが」
「よくやった」
俺はそう言うと、メンバーを3人ずつに分ける。
そしてどのチームにも、元【烈鬼団】が1人入るように組ませた。
「……これは」
「今回は、1対1の決闘じゃない。殴り込みである以上、徹底的にやるぞ。降伏を呼びかけた上で抵抗するならば――」
俺はそこで一旦言葉を句切り、息を吸い込む。
そして、間をおいてこう告げた。
「――殲滅だ」
「……了解した! いくぞお前ら!」
『『おうっ!』』
アジトはそう返答するメンバーの熱気で盛り上がる。
そこで俺は、安定したテーブルの上に乗って長剣を支えにしたような状態で立った。
すると、一瞬にして全員が静かになる。
「……騎士とは、民を守るのが務めである」
そう言って見渡す。
そこには獣人も、人間も関係なく集まっている。
「では、民とは何だ? それはこの国に住む生きとし生けるもの全てであろう。では、守るとは何だ? それは、正しきに導き、悪しきを罰し、平和をもたらすことである」
俺の言葉に、それぞれ不思議そうな表情をしているのが見える。
俺はそれを見ながら、言葉を続ける。
「それは、騎士だけの務め、表社会だけの話か? そうではない、この裏社会においても『守る』事の意味、それは同様であろう」
ふむ、と皆が頷いている。
俺が一旦言葉を句切ると、息を吸ってこれまでよりも大きな声を張り上げる。
「だが! その道を踏み外し、愚かにも堅気の人間を拐かし、違法にも奴隷とする連中がいる! それを許せるか!? 否! それを許せるなどと、それを容認するなどと考える者は、我々の中にはいない!」
――おおおっ
返答ではない、独特の熱気に乗った思念というべきだろうか、それがその場を満たす。
「ならば如何様にする? 裏社会の誰かが“義”を持って処断せねばなるまい! 彼らを守らねばなるまい! その者たちは、何と呼ばれるべきであろうか!」
――ザワッ!!
誰もが頷き、さらに同意するかのようにその場の空気が熱くなっていく。
俺は再度言葉を句切り、これまで以上の覇気を乗せて口を開く。
「人、それを『騎士』と呼ぶ!」
『『おおおおおっ!!』』
うねりのように声を上げる彼らを見ながら、俺は言葉を続ける。
「――故に! 我はここに宣言しよう! お主たち全ては――――騎士であると!!」
――ウォオオオオオォッ!!
その場の熱気は最高度に上がり、俺は見せつけるかのように剣を抜き、頭上に掲げた。
「征くぞ! 正義は我らにあり!」
『『おうっ!!』』
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