第57話:紳士的に、そして苛烈に
数日後。
俺は【月夜の歌亭】経由でとある情報を得て、例のスラム街にある元冒険者ギルドに向かった。
「早かったじゃねぇか」
「そうか? 確かにまだ日は跨いでいないな」
奥のソファーに腰掛けていたジェラルドがこちらに向かって手を上げながら声を掛けてくる。
俺は返事をしながら、対面に腰掛けた。
既にスラム街の住人たちはおらず、ここにいるのは【影狼】のメンバーだけだ。
「それで、話があると聞いていたが」
「ああ……まずは礼を言わせてもらう。あの同胞たちは全て買い取れた」
「そうか」
例の違法奴隷として連れてこられていた獣人たちは、既に【影狼】に買い取られた。
ちなみに調べた限りでは、国内の獣人たちではないようなので良かったというべきか。
「なんだ、驚かねぇのか」
「そりゃ、少しは色々調べたんでな。実際に買い取れた話は聞いていたさ」
「ちぇっ」
これについては、やむを得ず父に確認して仕入れた情報だ。
父としても少なからず情報は知っていたらしく、「お前、この間の夜中は大立ち回りしたそうじゃないか」と言われてしまったのだが。
まあ、「母上にいいますよ? 美人を手下にしていると」というとすぐに折れたが。
流石に浮気をする人ではないと知っているが、噂というものは恐ろしいからな。
そんなこんなで、父からは
「それで、今日はどうした?」
「まずは……これだ。釣りを受け取ってくれ」
そう言って俺に白金貨の入った革袋を渡してくる。
「ああ、足りたのか」
「……分かっているんだろ? 金額がそう高くなかったことくらい」
「当然だ」
いくら高くても、流石にそこまで掛かるとは元々思っていない。
だが、何があるか分からない以上、必要経費と俺は考えていたのだ。
「だから、せめて釣りは返す。それが俺たちの矜持だ」
「……正直な奴だ」
「信頼には信頼で返すさ」
まあ、この金は彼らにやるつもりで出していたので、戻ってこなくても良いとは思っていたし、返ってきたとしても少しくらいは懐に入れると思っていたんだが。
重さからして、釣りは全て入っているようだ。
こういうことをされると、ますます彼らを部下にしたくなる。が、それはこれからだ。
まずは少し彼らに報酬として渡そう。
「正直な奴は好きだ……受け取れ、この位は良いだろう」
俺は革袋から白金貨を数枚取り出し、残りを全てジェラルドに渡す。
それを見て、ジェラルドはこちらを睨め付けてきた。
「おい……どういうつもりだ」
「なに、正直な報告と、仕事の速さに対する報酬だ。この位は受け取ってくれ」
「……俺たちは別に報酬欲しさでやったんじゃない」
そう言いながら返そうとしてくるが、俺は首を振る。
しばらく俺を見ていたジェラルドだが、溜息を吐いて渋々革袋を手元に置いた。
「……ちっ、俺たちに施しのつもりか?」
「いずれ仲間になって欲しいからな、全力で支援するさ。それにお前らなら無駄遣いはしないだろう?」
「ふん……ありがたく受け取っておく」
そう言いながらジェラルドは俺に酒を渡してくる。
これは香りからしてブランデーだな。
一口口に含むと、独特のヒリヒリとした感じが唇の辺りに残るのが懐かしい。
お互い酒を飲んでいると、ジェラルドが話し始めた。
「それと、例の頼まれていた件でな……」
「ああ……どうだ?」
それは俺が【烈鬼団】のバックの確認と、例の孤児院の関係についての情報を教えて欲しいと依頼していた件についてだった。
「やっぱり、西の孤児院には【烈鬼団】のやつが出入りしている。それも裏からだ」
「……完全に黒だな」
「まあな。だが、その背後というのは難しい。何台か貴族の馬車が来たことはあったが、いまいち繋がりが分からねぇ。それと、なんか商人らしき奴も出入りしていたが……」
「商人? 何か仕入れじゃないのか?」
商人が出入りするというのは不思議なことではない。
物資の購入などは大体商会に一括して依頼するものだからな。
だが、ジェラルドは首を横に振った。
「ああいうところに納品するのは大手だ。だが俺が見かけたのは、旅商人のような風体の奴だぞ。普通、そんな奴らが納品に来ると思うか?」
「確かに、それは変だな……」
「まあ、それと……アンタには理解してもらえると思うが、俺の勘が『おかしい』って囁くんだよ」
「……なるほど」
勘か。
普通の人であれば笑い飛ばすであろう「勘」。だが、冒険者でもある俺にとって、そして俺自身「勘」が働く者としては笑い話ではない。
特に色々経験してきた人物や、死線をくぐり抜けてきたような人物の勘というのは恐ろしいほどに当たるのだ。
ジェラルドは、まさにそういった人物。
だから俺は彼の言葉を信頼する。
さて、そうなるとどうしたものか。実際に張り込んで現場を押さえるか?
そう俺は考えていたのだが……思わぬところから解決策がやってきた。
――バアァンッ!!
「オラァ! 【影狼】の馬鹿共がいたぜぇ! 俺たちのシマを荒らしやがって、今日こそただじゃおかねぇっ!! 野郎共、やっちまえっ!」
突然扉を壊し、なだれ込んできた男たち。
そしてその中で真っ赤なフェイスペイントをして、肩の辺りに棘のような……いわゆる世紀末ファッション的な姿のモヒカン男が恨みを叫びつつ、戦斧を振りかぶってきたのだ。
「ちっ、【烈鬼団】の奴らか! お前ら、迎撃しろ!」
『おおおぉぉっ!!』
対するジェラルドはすぐに机を蹴り上げ、周囲の部下たちに指示を出しながら長剣を抜いた。
同時に俺に向かって話しかけてくる。
「おい、早く逃げろ! こいつらは面倒だ!」
「……まあ、落ちつけ」
そう言うと、俺はグラスを傍のテーブルに置き、モヒカン男に声を掛けた。
「君たち」
瞬間、盛り上がっていた連中が一気に静かになる。
「……あぁん? 何だガキ、何していやがる」
「悪いが、俺は今日飲みに来ているんだ。君たちの怒りの理由は知らんが、せめてこの一杯を飲み終わるまでは待ってくれないだろうか?」
紳士的に彼らに尋ねる。別に俺は現状喧嘩を売られていない。である以上、仕掛ける気はないということを伝える。
だが、彼らの答えは無情なものだ。
「うるせぇよガキ、さっさと失せろ。殺すぞ」
「やれやれ……」
仕方ない。帰るとするか。
俺は立ち上がり、いかにも波風を立てたくないので帰りますという風に見せる。
まあ、こういう連中のすることといえば……
「ガキは不細工なママと一緒にねんねしな!」
「……ふむ」
ちょうど入り口の前で、俺が出ようとした瞬間にそう告げてくる。
さて……
俺は懐から銀鍵を抜き――男の両手足に向かって投擲した。
* * *
そこからの出来事は、見事に蹂躙劇というべきだろう。
最初のモヒカン男に向かって投擲した銀鍵は過たず彼の両手両足に刺さり、彼の自由を奪う。
それを見て驚いた表情をしている隣の男の顎を砕き、さらにはその横に立って棍棒を構えている男の心を、棍棒と同時に正拳突きで砕き散らす。
やっと状況を理解したのか、雄叫びを上げて突っ込んでくる短剣使いの腕を取って、俺の横から攻撃を仕掛けようとした別の男にその男をぶつけ、短剣を男の肩に突き刺す。
さらに細剣を持って向かって来る痩せ型の男を足払いで転けさせながら、その巨体で俺にタックルを仕掛けてきた男に足を掛け、転けていた痩せ型の男の上にプレスをさせ、さらに上から足を振り下ろして荷重を掛けておく。
そうしているうちに、全員が呻きながら床に転がるだけとなったのであった。
久々の動きだが、それでもかなり無駄を省くことができたし、最初の銀鍵投擲以外は武器を使う事なく処理できた。
我ながら上出来である。
「…………」
『…………』
と思っていたのだが、それを見ていたジェラルドたち【影狼】の面々には衝撃的だったらしい。
皆口をポカーンと開けて、同じ表情で固まっていた。
「うん? どうした」
「…………いや、強すぎるだろ」
やっと、という感じで口を開くジェラルド。
俺は首を竦めながら「これでも高クラスだからな」とだけ言い、【烈鬼団】のうちの1人の足首を持って別室に向かう。
「まあ、折角だからな。それにこいつらから向かってきてくれたのはありがたい、捜査の手間が省ける」
「……確かに、色々調査の必要が減るな。お前ら、こいつらを見張ってろ」
「ああ、暴れるなら処理して構わんよ」
俺がそう言うと、一瞬だけ驚いたような表情をしたが皆頷く。
さて、俺たちは別室に入りながら男を椅子に縛り付け、俺が正面、ジェラルドが扉の前に立つ。
「さて……」
俺はそう言いながら軽めの【威圧】を男に向けて当てる。
と、その瞬間身体をびくりと震わせ、男が目を開いた。
「……な、何が……って、テメエは!?」
「お目覚めかな?」
そう俺が言うと、目を開けた男は後退りをしようとして自分が椅子に拘束されていることに気付いたようだ。
必死に身体を揺らして抜け出そうとする。当然抜け出すことはできないが。
「それでは……色々と話を聞かせてもらおうか」
「ひっ……!」
俺が対面に腰掛け、そう告げるだけで悲鳴を上げる男。
失礼な奴だ。
まず、俺は今回どういった理由で襲ってきたのか、そこから聞くことにした。
「なぜお前たちはここを襲ってきたんだ?」
「そ、それは……ボスから頼まれたんだ、最近邪魔な連中がたむろしているから――」
――ドスッ!
俺の投げた銀鍵が、男の足元に突き刺さる。
「邪魔な連中? 違うだろう?」
「ひ……か、【影狼】がアジトにしているからって……お、同じ事じゃねぇか」
「そうか? 大きな違いだろう、隠すなら次はあてるぞ」
「ひぃっ!? わ、分かった、正直に言う!」
俺が男の目の前に銀鍵を突き出すと、さらに悲鳴を上げつつ首を縦に何度も振っていた。
流石に残像は起きるほどではないが。
「……で? なんで【影狼】を狙った」
「……さ、最近、俺たち【烈鬼団】の事を探って来ているし、裏奴隷の販売も買っていくから……」
「いつ頃から探っていると?」
「……数日前から、だ」
なるほど。少なくとも【烈鬼団】は【影狼】が探りを入れていることに気付いているということか。
そうなると……
「なぜ探っていると?」
「はっ?」
「なぜ気付いた?」
「……さ、さぁ?」
分からないという表情を男がしたので、俺は再度銀鍵を抜く。
だが、それを見た瞬間男は必死に言い訳をし出した。
「ほ、本当だ、嘘じゃねぇ! お、俺は知らねぇ……で、でも、アニキなら知ってるかも……」
「何奴だ?」
「アニキとやらは、来ているんだろ?」
「あ、あのモヒカンの……」
「……あの鶏頭か」
あの世紀末ファッション男がその「アニキ」とやららしい。
さて、それなら先に、そちらから
一旦酒場に戻る。
するとそこでは【影狼】のメンバーが【烈鬼団】を見張っており、【烈鬼団】の連中は不服そうな表情をしつつも逃げられないのを知ってか、抵抗をしていないようだ。
「次。お前だ」
そう言って俺は例のモヒカン男を指差す。
すると男はこちらを射殺さんばかりに睨めつけ、こちらに唾を吐きながら罵ってくる。
「テメエ……こんなことをして許されると思ってんのか! 俺たちの後ろには大物がついてんだ、覚悟しておけ! 俺らが解放されたら、テメエの親や恋人、家族、何もかもめちゃくちゃに――」
ああ、駄目だ。
それを言われてしまったら……制御できない。
――ドゴォッ!!
「ゴバハッ!? ウオェエエエェッ!」
俺は思いきりモヒカン男の腹を蹴り上げた。
それを食らったモヒカン男は、一瞬呻くと同時に床に吐瀉物を撒き散らす。
「ゲホッ、ゲホッ……テメ……エ……」
聞いたところによると、この瞬間周囲にいた【影狼】のメンバーは死を認識したらしい。
最早殺気というにはあり得ないレベルの殺気。
まるで瀑布。
まるで噴火。
まるで暴風。
まるで海溝。
まるで閃光。
まるで完全なる闇。
そう表現しても過言ではないほどの殺気を発していたらしい俺は、改めて目の前で茫然自失となっているモヒカン男に声を掛ける。
「何をするって? ん?」
「…………あ……あ……」
「どうした、大物の助けを求めたらどうだ? ん?」
質問に答えない男に俺は業を煮やし、髪を掴んで頭を上げさせ、そして床にたたきつけた。
――ゴンッ!!
「ゲッ!?」
「ほら、答えろよ。どうするんだって?」
「…………い、いや……い、今のは……」
顔を血で真っ赤に染めながら言い訳をしようとする男。
哀れな奴だ。自分の言葉に責任を持てないとは……矯正してやろう。
――パアァンッ!
顔を上げさせた状態で頬に張り手を食らわせる。
男は悲鳴を上げながら、俺から逃げようともがく。
だが、生憎彼は縛られており、そして当然俺も逃す気はない。
――ドスッ!
「……ひいッ!?」
逃げようとしたモヒカン男の目の前に銀鍵が刺さり、刀身の半ばまで床に埋まる。
俺はモヒカン男に近付きつつ、声を掛ける。
「逃げるのは許さないよ? さあ、話し合おうか……時間はまだある」
「……う、う、うわああぁぁああああっ! 嫌だ、いやだ、助けて、たすけて……!」
俺は男の足首を握ったまま、先程の別室に入るのであった。
『た、たすけ……たすけて、ママ、ママ……どこ……? ドコ……?』
聞いたところによると、そんな声が酒場にも漏れていたらしい。
さて、何のことやら。
* * *
しばらくして、尋問を終えた俺は酒場の方に戻る。
同時にモヒカン男を引きずっていたのだが、彼は見る影もないほどに萎縮し、涙や鼻水、そして血で悲惨な顔をさらしていた。
「アンタ……何をしたんだ……?」
「なに、お話をしたまでさ」
俺のその言葉に、床に転がっていた【烈鬼団】の連中は震え上がっている。
悲鳴を上げている奴もいるくらいだ。
ジェラルドはそんな俺を見ながら、何か考えているようだった。
まあ、俺には関係のないことだろう。
俺はモヒカン男をその辺りに転がし、ジェラルドにこう告げた。
「この連中、一晩見張れるか?」
「……それは構わねぇが。何する気だ?」
「なに、調子に乗って敵対を宣言した愚か者に、現実を見せるまでだ」
「……マジか」
まだ日を跨いでいない……もうすぐ日を跨ごうかという時間だ。
今のうちに、処理しておくのが得策だろう。
特に今回、【影狼】に対して人を向けている事を上も知っているはずだからな。
「……俺たちにとっちゃ願ってもねぇ話だが、急すぎないか?」
「心配いらん。この程度、お遊びにもならんよ」
「……あ~ぁ、キレちゃってらぁ……」
さて、そろそろ向かうとするか。
……いや、それよりもジェラルドたち【影狼】を巻き込むか?
ふと思いついたことなので了承してもらえるか分からないが、一応聞いておくとするか。
「ジェラルド」
「……なんだ?」
「俺と共に、こいつらに現実を見せににいくか?」
するとジェラルドは、ふむ、と少し考えてから頷いた。
「折角のお誘いだからな……普通なら時間が遅いと言うところだが、今日は乗らせてもらうぜ」
「そうか……なら、手勢を集めろ」
「おいおいおい、こいつらはどうするんだ?」
そうだな、確かにこの連中をどうしようか。
少し考えて、俺は剣を抜いた。
「ここで処理しておくか」
「……本気か?」
ジェラルドには答えないまま、俺は倒れている連中の1人に近付く。
どうやらその男は俺が何をしようとしているか理解したらしく、悲鳴を上げながらズリズリと移動しようとする。
「や、やめ……来ないでくれ!」
「答えが決まった質問に、答える義理はない」
「い、命だけは……あ、アンタの手下にでも何にでもなるから! だから、助けて……命だけは助けて!」
俺が一歩を踏み出す度に、後ろに下がろうとする男。
だが、既に行き場はなく、男の頭が壁にぶつかる。
最早逃げ場がないことに気付き、男は目に涙を浮かべながら命乞いを繰り返している。
だが、俺が剣を振りかぶると、絶望の表情を浮かべながらどうにかして逃げようともぞもぞ動く。
「や、やめ――――」
そして、俺の剣が振り下ろされる瞬間が――。
「止めてやってくれ」
ジェラルドの制止する声が静かに、そして全体に浸透するように響いた。
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