第56話:語れぬ事実(閑話)
「……それじゃ、少し話すとするか。ファティマ」
「はい、交換しますね」
ファティマにお願いして、紅茶を取り替えてもらう。
同時にファティマは新しいお菓子も準備して、机に置いてくれた。
「ありがとう」
「いえいえ、折角ですから私も聞くことにしましょうかね」
「お前……」
本当にこいつは良い性格をしている。
まあ、確かにファティマは俺の師匠のことは知らないだろうな。
紅茶に一口、口を付けて唇を湿らせ俺は話し始める。
俺の始まりを。
この【レオニス・ペンドラゴン】にまで至る道を。
* * *
世界暦1000年。4月に俺はイシュタル=ライプニッツ家の次男として生まれた。
紛れもない一族であることは、父譲りの黒い髪と、そして両親譲りの美しい翠色の瞳が示していた。
父ジークフリードは当時、大公位を継いでからまだそこまで時間が経っておらず、同様に国王である叔父上も即位して間もなかった。
とはいえ、この二人が揃っている時点でそうそう問題が起きるはずもなく、国は順調に発展していく。
さて、なぜこの二人は今の地位を継いだのか。
一般的に貴族当主が代替わりをするのは、当主の死去に伴う強制的な代替わりが基本である。
とはいえ、貴族は別に死ぬまで当主である必要はなく、後継者がおり十分な資格を持つ場合は隠居を許されている。
もちろん許可を出すのは王国政府なので、そう簡単ではないのだが。
だが、そうすることで変な癒着や様々な問題を防ぐことができ、グラン=イシュタリアでは「先代」というのが普通にいるのが当たり前だったりする。
大抵当主は60歳に成ると同時に隠居し、余生を楽しむというのが多い。
……では、先代国王と先代大公は何をしているのか。
先代というのは政治から引退しなければいけないため、特別な者を除いて政界から身を退く。
多くの先代たちは、先代同士で魔道具研究をしたり、軍関係の指南役になったり、あるいは道場を開いたり、教会に入ったり……様々である。
時には世界各国を渡り歩くという道楽連中もいる。
で、先代国王はというと……
「何をしておるかっ! そんな腑抜けた動きで敵が斬れるかっ! 逆に斬られて仕舞いぞ、馬鹿者!!」
――ズパアアアンンッッ!!
王都からほど近く、【グラン=イシュタリア王国軍】の本部基地を兼ねる都市【エクレシア・エトワール】の、とある街中の一角。
古めかしい建物と、その表に掲げられた【護国神館】という看板。
まあ、道場である。
ここではとあるお髭が立派なご老人――先代国王が門下生の1人を叱咤し、さらには手に握られた木剣が衝撃波を放って周りから一気に襲いかかってきた門下生たちを吹き飛ばしていた。
その音は凄まじく、道場全体だけでなく周囲にも響き渡っているのだが……
『またやられてんな』
『相変わらずお元気なことだ』
『何人生き残っているかな? 俺、10人に賭けるぜ』『俺は5人』『なら0人』
という周囲の人々の反応からして、日常茶飯事であることは明らかだ。
さて、道場の中では、まだ実践形式の稽古に参加できない者たちが素振り、型などを一心不乱に練習している。
だが……
「そこぉっ!!」
「ひぃっ!?」
「動きがずれているぞっ! 貴様らの班は罰則、腕立て50回!!」
『うわあああっ……』
こんな調子である。
つまり、誰かが乱すとその班全員に影響が出てしまうという、まさに軍隊形式。
当然、諦める奴も出てくる。
「……俺、やめます」
「……俺も」
「俺も」
「……すんません」
素振りしていた木剣を片付け、口々にそう呟いて帰って行く。
もちろんそれを止める者はいない。
だが1つ言えることとしては、彼らが再度この道場の床を踏むことはないだろうということである。
心折られて出て行ってしまう者は、最早戻る気力を失うのだ。
「……ふん、根性無しめ。またお前だけが残ったな」
「はい、師範!」
だれって? 俺だよ俺。まだ5歳の俺、レオンハルトである。
そして……俺の正面に立っているのはやはり60歳くらいのご老人。
髭は口ひげのみで、髪は短髪、灰色掛かった色なのは、元の色が年齢によって薄くなってきたからだろう。
まあ、予想は付いているだろう。この人が先代大公……つまり俺の祖父上である。
さて、門下生全体との訓練が終わり、俺だけが道場に残された。
ここからは直接祖父からの訓練を受けるのだ。
普通はここで素振り、型の練習をよりシビアに見られるのだが、この日は違ったな。
祖父は俺の正面に立つと、口を開いた。
「レオン……お主はもっと幼きころより武を修めてきた。だが、我らが【護国流】において、それは何の意味もない。我らは根源たる武をお主に教えるのだ。そして……お主にはその時が来た……耐えられるか?」
「はい、師範!」
この時の俺は、前途には明るい光しかないと思っていた。
祖父の訓練だって、楽しくて仕方がなかったな。
「良い返事だ。では……まず、我らの心得を述べよ」
「護国、これは人を護ることにあり!」
「よろしい。では人とはなんぞ?」
「人――それは国民であり、我らが護るべき弱き者である!」
「我らは何から護らねばならぬ?」
「我らの
【護国流】というのは古の流派。
特に、ただ独りであっても周りを護り、敵と戦い続ける事を目的とした剣だ。
多対一は当然で、飛び道具、罠、さらには魔法相手でも切り抜けるだけでなく味方を護りつつ敵を討つという凄まじいものだ。
祖父も、先代国王である大叔父も【護国流】を修めた猛者であり、俺は直接その手ほどきを受けていたのである。
といっても、3歳から【蒼月流】と【纏羽流】は学んでいたのだが……全く意味をなさなかったというのは内緒である。
「では……遂にお主には実戦形式での稽古を認めるのだが、これからの稽古では我らが『止め』と言うまで攻撃を続け、そして防御し続けよ」
「……――はい、師範!」
この時、怖くなかったかと言えば嘘になる。
2人とも相当な実力者で、父ですら敵わないという存在。
そんな相手を前にして、「止め」と言われるまで戦い続けるのだ。
その恐ろしさというのは筆舌に尽くしがたい。
だが、俺はとにかく構えて生き残るために力を尽くす覚悟をするしかないので腹を括った。
「……良いな。――行くぞ!!」
その瞬間。
俺は凄まじいほどの殺気を叩きつけられ、異様に風景がスローに見えるのを感じながら――
* * *
「……どうなったんだろうな?」
「ちょっと……それはないわよ」
「そうは言ってもな……覚えていないんだよ」
俺はそうノエリアに告げる。
そうなのだ。あの時結局どうやって戦っていたかというのは覚えていない。
ただ、必死に動いていたら、気付いたら「止め!」という言葉が聞こえたことと、パンツ一丁になっていたことだけである。
あの時は道着を着ていたはずなんだが……
「……その話、聞いたことがありますわね」
「エリーナ?」
そうなのか? というか、あの頃はエリーナと話す機会は中々なくて、どちらかと言えばベルト兄たちと連んでいたからな……
そう考えている間に、エリーナは話し始めた。
「……といっても、わたくしもお祖母様から聞いたのですが。『道場に通っている男の子が実戦形式に移ったので、嬉しくなって戦ったら3時間くらい経ってコテンパンにしてしまった。悪いと思ったが後悔はしていない!』と大伯父様が仰ったとか……」
「……完全にそれだな。というか、3時間も戦っていたのか……」
初めて知る真実である。
……でも、確かに帰ったらうちの親から、「こんな時間になるまで何してた!?」と言われた気がする。
もうかなり前のことだから記憶が確かではないが。
「……なんというか、子供のころからなのね?」
「そうなんですの……でも、この話レオンの事とは知りませんでしたわ」
「ははは……」
しかし、俺はそんな状況でよく生きていた気がする。
「……とまあ、ハードな訓練がそれからも続いてな。そんなある日、俺は適正判定を受ける事になった」
「そうでしたわね……」
あの日は俺だけでなく、エリーナも一緒に判定を受けた。
あまり、良い思い出ではないのだが、まあ、話すとしようか。
「あの日は……」
* * *
――判定の日。
俺は両親だけでなく、叔父上たち、そしていとこたちと共に離宮内の聖堂に来ていた。
まあ、聖堂に行かず、家で【選別の宝珠】を使えば良いだろうと思われるかも知れないが、まあこの【魔法適性】について調べるのが教会が主として行っているため、聖堂で行うのである。
教会が主導する理由としては、囲い込みにある。
実際に彼らは光属性に適性がある平民、あるいは貴族でも継承権のないような子供たちに対して、教会に入るように勧めてきたりする。
そうやって神官を増やしたりするわけだ。
……生憎王族に対してはそうする事はない、流石に。
だが、名誉神官としての地位を与えておいて、引退後に入ってこないかと手ぐすねを引いて待っていたりするのだが。
今日は俺だけでなく、エリーナ、そしてアレクも受けるので、彼らが先である。
エリーナたちが祭壇の前に立つと、神官の1人が【選別の宝珠】を持ってきて、エリーナの前に置く。
そしてエリーナが手を置くと……独特の「ヴン……」という起動音が発生し、青い光と共に水の幻影と風の幻影、そして光の幻影を纏った。
「おお……エリーナリウス王女殿下は、水と風、そして光の属性に愛されておりますな!」
『おお……』
神官たちも、そして叔父上や両親たちも驚きの声を上げる。
やはり複数属性、それも光属性まで持つというのはまさに魔法の申し子と言われるような存在だ。
「では、アレクサンド殿下ですな……ほう……!」
アレクも複数属性……火と風の適性を持っていたようだ。
叔父上たちは嬉しそうである。王家としても、親としても子供の才能というものは喜ばしいものだ。
そうしているうちに、俺が呼ばれる。
「では、レオンハルト殿下ですな……どうぞ」
そう促され、俺は【選別の宝珠】に手を触れる。
だが……
「……お、おかしいですな」
【選別の宝珠】が反応しない。起動音はしたのだが何の幻影も出ず、光すら発しないのだ。
神官たちのみならず、両親も驚いた表情をしている。
「どういうことだ? なぜ、うちの息子は幻影が出ない?」
「……そ、それは。少々、確認してみませんと……」
この瞬間、実は俺には分かっていた。
これまで伊達に勉強をしてはいない。
「父上恐らくですが……私が【白】――」
「馬鹿なことを言うな! そんなはずはない! 我らの息子である以上、それはあり得ん!」
判定の際に幻影が出ない者、それは総じて【白】と言われる存在。
もし魔力がなければ、この【選別の宝珠】は起動すらしない。
だが、明らかに起動はしていた。
つまり【魔力持ち】であるのは事実。だが、それだけ。
魔法を扱うことの出来ない、【白】。
なぜこれほどまで【白】を厭うのか。
もちろん庶民の間であればそこまで問題はない。
だが貴族の間では初代国王夫妻のように、「剣」と「魔法」を使ってこそ貴族の証と考えている連中は多い。
もちろん貴族であっても魔法が使えない者はいる。
だが、そういった者は剣を鍛え、騎士として戦うというのを誉れとする。
それは王族も同様。
そして、できるだけ「魔法」も「剣」も一流になることが望ましいと思われている節がある。
そう考える者たちにとって、魔力がないならまだしも【魔力持ち】でありながら魔法が使えない【白】というのは出来損ないとして考えられる。
昔は貴族の中で【白】が出れば、その子供を殺してなかったことにする家もあったらしい。
そのために父は受け入れ難く思っているのだろう。神官たちに詰め寄っており、神官たちも困惑しながら説明しているようだ。
「父上」
「……レオン」
「あまり気になさらないでください。それに神官たちにも迷惑になりますよ」
「お前……」
俺は軽く神官たちに会釈すると、叔父上に改めて促して戻ることにした。
* * *
「……とまあ、そんなわけで俺が【白】であることは一部の神官、そして関係者には知られるところになったんだ」
「それ、大変だったんじゃないの?」
「まあ、な……」
大変か。
大変という言葉が陳腐に思えるほどに、異様だったと言うべきだろうか。
どこから漏れたのかは知らないが、王族の子供の1人が【白】であることが漏れたのだ。噂程度ではあったが、それをさも真実かのように噂する連中が増えた。
そして、それを聞いた馬鹿が一緒になって、両親を口撃するのである。
『王族なのに魔法が使えないとは、ふさわしくないのでは?』
『王族がそんな子供を産むとは……恥さらしだ!』
そんな誹謗中傷が多かった。
両親や叔父上たちは平然としていたし、俺に対して「気にする必要はない、連中は少しでも攻撃材料を見つけたいだけだ」と何度となく言われた。
……まあ、普通の子供だったらそれで済んだはずだ。
だが、俺の精神は30歳を越えており、それに対する打開策を考える方向に舵を切った……切ってしまった。
「……それからでしたわね、レオンが研究を始めたのは」
「ああ。あの頃は必死で魔法が使えないか、研究していたな……」
魔法の詠唱の方法に問題がないか、魔力の扱い方に問題がないか、詠唱というものが本当に必要なのか、イメージだけで発動させることができないか……そんな事を考えてやっていた。
「その所為でわたくしのところに来ることも減りましたものね……」
「そうだったな……悪かったと思っているよ、今は」
既にこの頃には家同士で俺とエリーナの婚約の話は持ち上がっていた。
だが、通常は関係を深めるための時間を俺は研究と修行に使っていたのだ。
その上、俺は出奔して2年とはいえ失踪していたのだ。
申し訳ない、という思いで一杯である。
「……なんというか、レオンってそういうところは本当に研究者気質よね」
「そうか?」
「ええ。フィアと術式を考えているときとか、他のことそっちのけだったじゃない?」
「……そう、か?」
……そう言われるとそうかも知れない。
「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものだ。
そんな事を考えていたら、ノエリアから続きを促された。
「で? それからどうなったのよ? 大体、そんな誹謗中傷をしようものなら不敬罪になりそうなものだけど……」
「まあ、それはそうなんだがな。だが当時の叔父上や父上は立場を引き継がれたばかり。だから、そう簡単にいく訳がないだろ?」
「……そうね。不本意だろうけど」
「ま、そういうことで、俺は師匠のところへ行ったのさ」
「どうなったの?」
どうなったか。
結果的には良かったんだろうな。
* * *
「――ふむ。なるほどな……」
「……ええ、お話ししたとおりです、お祖父様、大叔父様」
俺は既に8歳になっており、既に実戦形式の修行に入って3年が経過していた。
その頃には俺の剣の腕は最早先輩たちでは相手にできず、もっぱら俺の相手はお爺様たちになっていた。
今日もマンツーマンでの修行が終わり、俺は“祖父”に対して相談するために館長室を訪れていた。
当然祖父も、大叔父も状況はご存じで、今置かれている状況もよく認識されておられた。
「……とはいえ、今手を出すのは良くないだろうな」
「…………ええ」
「……ふむ、お前は頷いたが、本当に理解しているか?」
俺の顔を覗き込む大叔父は、こちらを試すような視線を向けている。
何というか、この感じはうちの母に通じるところがあるな。
そんな事を考えつつ、俺は答える。
「……まず、叔父上の治世が始まったばかりであるため、下手にそれらの者を処断しては悪名へと繋がるからです」
「その通りだ、それもある。他には?」
「また、今はあくまで王城内での噂で済んでいますが、もしも処断するのであれば明確な証拠が必要であることと、そしてその噂が信憑性のおけるものとなってしまうという可能性があるからです」
俺の答えに頷く祖父と大叔父。
「そうだ。今回噂を流している愚か者共は、この国でも古い連中。奴らは今回の不敬のみならず、多くの悪行を隠しておる。そうしながらも我ら王族との血縁を盾に、少しでも権益を得ようとしておる連中だ。故に奴らは老獪、そして狡猾だ。今すぐに処断はできぬ」
そう言いながら、俺の頭に手を置いてきた。
「今は耐えよ。耐えて、お前は実力を付けるのだ。誰がなんと言おうと絶対的な猛将となるために」
「はいっ……!」
そこからの日々はまるで一瞬のようだった。
俺は泊まり込みで修行に勤しみ、魔法が使えなくとも【護国流】の使い手として着実に力を付けていっていた。
* * *
「――そうしているうちに、気付いたら2年が経過していた。叔父上も即位から既に10年以上経過しており、そろそろ噂を立てた連中も引退が近付いていた」
「……でも、そうなると下手なことはできないんじゃ?」
「まあ、普通はそうだ。だから俺は、俺を
今でも思い出す。
そして、ある意味俺の原点とも言える出来事だ。
同時に、知られてはならない家の“裏”の秘密。
とはいえ、これを話すことはない。
これは師匠たちのみが知っている、俺の秘密。
例え家族でも、今知ってはいけないことだ。
「それで、どうしたの?」
ノエリアが聞いてくる。エリーナも興味深そうに俺の言葉を待っている。
それに対して、俺は口を開いた。
「……簡単に言うと証拠固めだ。俺に関する噂を流したその手先に対して揺さぶりを掛けつつ、さらに正しい情報が欲しくないかと持ちかけながら情報を仕入れていってな」
「なるほどね……子供でそれだけやるって、一体どういう教育を受けたのかしら?」
ノエリアの少々呆れや驚きを含んだ言葉に苦笑で返す。
まあ、それを俺に教えてくれたのは師匠たちだった。
だが俺もしようとしていたことで……とはいえ、師匠の方が上手だったが。
貴族の化かし合いや、謀略というものの恐ろしさを味わったと思う。
あれは凄かった。
「……うちの師匠たちのする事だからな」
「でも実際、その件を口にする貴族は引退後、姿を見なくなりましたわね」
エリーナの言葉に頷く。
あの後、噂を流していた貴族は軒並み引退した。同時に、体調不良にて最終的に病死した、との話だったか。
まあ、この話はこれで終わろうか。そろそろいい時間だろう。
俺は立ち上がりながら、2人に告げる。
「さあ、そろそろ夕食だ。一旦部屋に戻ろう」
「あら……そんな時間ですのね」
「話していたら時間はすぐ過ぎるわね……」
そんな話をしながら、俺たちは別れた。
…………
さて、俺は部屋に戻り、机横の棚から水差しを取って水を一口飲む。
そして改めてソファーに座りながら、俺は当時のことを思い出していた。
* * *
10歳になる少し前。
俺は師匠たちに呼び出され、道場の館長室に座っていた。
まだ師匠は来ておらず、俺はどうしたのだろうと考えつつも出された紅茶に口を付ける。
まあ数分もすると師匠が現れたので、俺はソファーから立ち上がり礼をした。
「師匠」
「うむ、よく来た。……アウグストももう間もなく来るのでな」
「はい」
珍しい事ではないが、わざわざ祖父が大叔父を待ってから話をするということに俺は驚いていた。
基本的に俺を鍛えるのは祖父であり、どちらかといえば王族としての物事の考え方を学ぶ際に大叔父が教えてくれている。
「ふむ、早く来たなレオン。関心だ」
「大叔父上……」
「うむ、座れ」
そう言いながら、だが大叔父は何も喋ろうとしない。
不思議に思いつつも、何か理由があるのではと思い待つ。
しばらくして、大叔父が口を開いた。
「……なぜなにも尋ねぬ?」
「はっ……では、先王陛下。伺ってもよろしいでしょうか」
「差し許す」
俺は一旦立ち上がり、大叔父に向かって頭を垂れたまま質問する。
許しが出たので、今度は大叔父の前に跪いて頭を下げたまま質問した。
「恐れながら……本日私をお呼びになった目的を伺いたく存じます」
「ふむ……弟子の成長を見たいと願うのは問題か?」
確かに、師匠ならば問題ない。
だが、正面に座るまで気付かなかったが、この時の大叔父は王としての厳格な雰囲気を身に纏っており、明らかに普通とは異なる理由で呼んだと思えるものだったのである。
「……若輩にて、私には陛下の深いお考えを察するには経験が浅うございます」
「ふん……そう言える時点で若輩というのはどうかと思うがな……まあよい、座れ」
「はっ……御前失礼いたします」
俺は頷き先王である大叔父の前に座る。
すると、1つ溜息を吐いた後に大叔父が口を開いた。
「……お前は、ライプニッツ家とはどのような家と心得る?」
「ライプニッツ家……ですか」
ライプニッツ家。
それはグラン=イシュタリアの大公家。王位継承権を持つ、王室の一員。
そして……
「――国を護り、陛下を支える存在、でしょうか」
「うむ、それは事実だ。では如何様にして国を護るのだ?」
さて……一体何を聞かれているのだろうか。
ライプニッツ家は軍家であり、代々王国軍の幹部、多くは元帥を輩出してきた家。
一族の男性は必ず一度は王国軍に入隊し、一兵卒から将校まで経験しなければならないというそんな家。
あとは……何だろうか。
俺が考えていると、大叔父が微笑して、「言い方を変えよう」と仰った。
「国を護る。それは確かに武力により外敵に備えることでもある。では、内患はどうする? それも権力では片付かぬ場合だ」
「権力で片付かない場合……」
そう。それはまるで今の状況だ。
権力でゴリ押ししては危険で、国を傾かせかねない状況。
そのような場合の対処法……それは。
「…………大元が人知れず消えれば、丸く収まりましょう」
「……そういうことだ」
俺の答えに、満足げに頷く大叔父。
だが、すぐにその表情は消え、厳格な統治者としての威厳を見せつけてくる。
「さて、本題だ。そこまで理解しているお前にならば、ライプニッツ家の務めの1つ……それも裏の秘密を教える」
「はい……」
裏の秘密。
それは背筋が伸ばされるような、そしてどこか恐ろしいような言葉だ。
「ライプニッツ家の裏……それは内患を極秘に処理することである」
「……暗殺ということですか」
「そうだ。そして、この【護国流】の真は、内患を誰にも気取られずに処理することにある」
そう言われて、驚いたのは事実だが、俺の中では「やはり……」という思いが強かった。
なにせ、【護国流】を学ぶにつれて、【一成】と呼ばれる剣技や【発勁】といった身体強化だけでなく、徒手格闘や戦場戦闘術、さらには暗器の使い方に至るのだ。
明らかに相手を“確実に殺す”という事が軸となる動き。
確かにそれが出来るようになるには、相当な訓練と精神力が必要だろう。
その訓練を生き残り、実際に修行を終えたものが“裏”として動く事ができるようになる。
そしてこの話をされるということは……
「――お主は、よく修行に耐え、成長した。【白】ながらも【一成】を発動させ、【発勁】を使うお主は既に十分な実力を備えておる。故にお主は、表裏含めた真なる【護国流】の継承者である」
「はっ!」
ここに、俺の免許皆伝が認められ、【護国流】の後継者として認められることになる。
だが、話には続きがあった。
「……とはいえ、【護国流】の真は伝えたとおり。故に、お主には最終試験を申しつける」
「最終試験、ですか……――では?」
「うむ……例の不敬な輩の証拠を揃え、同時に処理せよ。但し……もしかすると全てが解決できぬかもしれん」
「はい」
「よって、成人前である12の歳まで、外に出よ。お主については失踪扱いとして処理するように手回しをする。だが、お主自身も実際にそのための工作をせよ」
「御意のままに」
後のことは特に話す必要はない。
大叔父や祖父の述べたとおり、俺は噂を流した連中の引退と同時に彼らを“病死”として処理し、同時に様々な彼らの重ねた悪行の証拠を手に入れ、それを2人に手渡した。
ただ、とある家だけは処理することができず、時間が迫っていたこともあり、俺は一部の証拠を収集した後に王都を出奔した。
そう、その時から俺――レオニス・ペンドラゴンとしての俺が始まったのである。
既に血塗れた手と、強固なる覚悟と意志を胸に。
俺は自身で歩き出したのだ。
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