第55話:束の間の休息……らしきもの
「……で?」
「……いや、ちょっと、そんな感じで」
次の日……いや、既に日を跨いでいたので今日なのだが。
俺は朝食後に、エリーナとノエリアの前で正座させられていた。
「そんな感じ、ってどういうことですの?」
「…………いや、その、なんと言いますか」
あれだな。男はどの世界でも女性に敵うことがないんだろうな。
そんな事を呆然と考えていると、今度はノエリアの言葉が降ってきた。
「何を考えているのかしら。貴方は昨日、『少し出かける』とは言っていたわね。でも、まさかあんなに遅く帰ってくるとは聞いていないのだけれど?」
「…………はぃ」
「『はい』じゃ分からないのだけれど」
……肩身が狭い。
確かに昨日俺は、少し出てくるといったものの何時に戻ってくるとは言わなかった。
遅くなることくらいは予想できているだろうと思って、帰ってきたのは午前3時頃。
だが、彼女たちは待っていたようだ。
帰ってきて自室に入ったら、凄く虚無な目でこちらを見つめてくる2人がおり、俺は叫ぶのを堪えるので精一杯だった。
そしてとにかく寝てからお説教ということになったのである。
「……心配掛けてすまん」
「あら、その自覚はあるのね? なら、何をしていたのかしら?」
「…………いや、それは」
「あら、言えない何をしていたのかしら?」
「…………」
マジで勘弁してください。
そう思っていたところ、うちの母が近付いてきた。
「ほらほら、レオンを責めるのはそのくらいにしておきなさいな。それよりも――(ゴニョゴニョ)……」
「えっ、ええっ!?」
「……ふむふむ。確かにそういう方法もありますね、お義母様」
ちょっと、何を吹き込んじゃってくれているんでしょうか。
ハラハラしながら母の顔を見ると、ちょうど母もこちらを見ていたらしく、「パチッ」とウィンクをされてしまう。
……うわぁ……嫌な予感。あの表情の時は確実に何かある。
どうする、どうすればいい?
俺は目を盗んで抜け出そうと――
「レオン」
「……っ、父上」
――したところで、後ろから父に肩を抑えられた。
しかもご丁寧に身体強化まで使ってくれている。
恐らく、この時の俺は苦虫をかみつぶしたような表情をしていたことだろう。
だが、父は目を伏せて頭を振った。……諦めろということか。
そう考えていると、父が耳打ちをして来た。
「(逃げようなんて考えるなよ? ヒルデの表情は見ただろう?)」
「(だからこそ嫌なんですが)」
「(馬鹿、それこそ後が怖いだろうが! 大人しく従っておくんだ)」
そんな話をしていたら、母が顔をこちらに向けていた。
「何か言ったかしら?」
「「いえ、何も」」
この瞬間、俺と父の心が1つになった。
* * *
「……で、これはどういう状況なんだ?」
「私たちに心配を掛けた罰ですわっ、今日一日、私たちに付き合ってくださいませ」
「そうそう、心配で夜も眠れなかったんだから。ね?」
……いや、「ね?」って何の同意を求めているんだ。
どういうわけか知らないが、俺は今日一日、二人に付き合うことになった。
「……まあ、それはいいんだが。何で訓練場?」
両隣にエリーナとノエリアを侍らせたような状態でソファー……ではなく訓練場のベンチに座りながら、俺は両人に尋ねた。
「え? だってこの間するって言っていたじゃない?」
「そうですわ、わたくし頑張っていますのよ?」
「いや、それはまぁいいんだが……」
あれ? 女子って「付き合って」って言いながら訓練場に連れてくるものだったか?
それよりもショッピングとかでは?
「……で、予定は?」
「そうね……まず、一緒に訓練をするでしょ?」
それに対して、まずノエリアが口を開き……
「それから、一緒に模擬戦をしますの」
エリーナがそれに続く。
「そして一緒にお茶をして……」
「一緒に反省会をしますのよ?」
……この二人、本当に息が合っているな。
淀みない感じで連続で喋っていくとは。
しかし、よりによって訓練と反省会とか……まあいいか。
「それなら、何の訓練をするつもりだ? 体力作りか? それとも、基礎剣術か?」
「あら、それもいいですわね! でも、まずはわたくしの実力を見て欲しいんですの」
「まずはそっちからよね~」
普通に模擬戦形式の戦闘訓練かよ。
ちなみに今日は離宮内なので、俺は偽装をしていない。
「さて……訓練だが、まずはエリーナの実力を確認したい。出来るか?」
「ええ、もちろんですの」
エリーナは淡いブルーをベースとした服装に、ミスリル製のハーフプレートとガントレットを装備して、細剣とマインゴーシュを武器として持っている。
まずは俺が相手をする事になったので、俺も冒険者時の服装に変えている。
俺はいつものミスリルの剣ではなく、模擬剣を使うことにした。
「さて、始めるか」
「ええ、お願いしますわ」
それぞれ適度な距離に離れて、武器を構える。
「……始めっ!」
審判役をするノエリアの声と共に、エリーナが前に飛び出し、突きを繰り出す。
「はあっ!」
「ほう……」
一瞬で間合いを詰めて放たれた突き。それは明らかに俺の喉、そして首筋を狙っている。
もし、開始の合図もなくこの初撃を入れられたら、Cクラス冒険者でも危ないだろう。
俺はそれを首を動かして躱しつつ、左手を当てて逸らした。
「流石ですわね! でもまだまだっ!」
細剣の逸れる感触を感じたのだろう、エリーナはすぐに手元に引き戻すと、連続の突きを放ってくる。
これは【バースト・ペネトレイト】か。しかも少し軌道を変えて急所をきちんと狙うようにしているし、スキル名を口に出さずに発動させている。相当練習しているな。
武器で戦う際、熟達していくと【武器スキル】というものを覚えることが出来るようになる。
これは魔力をほぼ使用しないという特徴があり、魔力が少なく【魔力持ち】でないとされる者でも訓練次第で扱えるようになる。
まあ、あくまで練習することで動きが身体に覚え込まされることで、「使う」と認識した瞬間に身体が反射的にそう動くようになるというべきか。
まあ、そういうものを【武器スキル】と呼び慣わし、その方法を覚えることでより一層強力な攻撃を行う事が出来るようになるのだ。
さて、俺が驚いた点はそれだけではない。
通常、【武器スキル】発動の際にスキル名を口にする事が多い。
俺も実際に【初剣】など使用する際には技名を口にする事が多い。
そうすることで、スキルや技のイメージを固め、より一層確実に発動しやすくなるというメリットがある。
だが同時に、これは相手に自分のアクションを知らせる結果ともなり、対策を取られやすいという問題もある。相手が格上なら尚更だ。
それを、スキル名を口にせずに発動させるというのは、中々簡単な話ではない。それだけの訓練と、繰り返しの練習だけがものを言う。
さらに通常、1人が一生掛けて覚えられるスキルは5前後と言われる。
修練の度合いや、相性というのも存在するので、大体この位なのだ。
エリーナは俺と同い年。
その状況で、少なくとも2つは使えるのである。
なぜそう言えるか。
エリーナの放つ【バースト・ペネトレイト】は派生技であり、基本となる【ペネトレイト】を覚えておく必要があるのだ。
凄いな。ここまで訓練するのは大変だっただろう。エリーナの訓練の凄まじさ、そして積み重ねた努力に頭が下がる思いだ。
そんな事を考えていたら、さらにエリーナは接近してきており、今度は細剣を横に構えている。
「余裕ですわね……では、【ハイドロガッシュ】!」
「危ないなぁ……っと」
【ハイドロガッシュ】。水属性の魔法剣だ。これは武器スキルというより、魔法との複合、魔力付与によるスキルというべきだろうか。
これで3つ目、しかも魔法剣は魔法適性も必要であり、天賦の才が必要と言われるほどの習得難度を誇る。
うちの父ですら、異名でもある【雷剣】を派生させた魔法剣を使って多様に戦うのだから。
さて、そんなエリーナの多彩な技を見ていると、気付いたことがあった。
彼女はどうやら【纏羽流】をベースに学んでいるらしい。足捌きや体捌きがそれを物語っている。
つまりは、決闘向きの戦い方を主としており、1対1での戦闘を得意とするように見受けられる。
そうなると、逆に全方位からの攻撃、つまり集団戦には対処しづらいはず。
といっても、集団戦をする訳にはいかない。
もう1つ、【纏羽流】の弱い点を上げるとすればトリッキーな動きをメインとするため、少々強力な打ち込みへの弱さがあるということだ。
俺は【剛心流】が得意とする上段からの打ち込みと、剣を用いた押し込みを仕掛ける。
「うっ!? はっ……! ふっ!」
やはり少しこれはきついようだ。
距離を取りながらのステップワークを含んだヒットアンドアウェイに変わりだす。
「……ふむ」
なるほど。よく考えている。
細剣を使うというのは、中々難しい。特に、力であったり重量で打ち合われた際には武器へのダメージが大きいため、【剛心流】とのやり取りというのは苦手とする部類に入る。
普通、こうなると無理に一撃必殺にこだわったり、あるいは攻めあぐねて防御一辺倒になったりするものだ。
だが、エリーナが取ったのは一撃離脱。
【剛心流】というのはパワータイプの戦闘を行うことが多いため、速度というものにはどうしても【纏羽流】に負けるものがある。
そこを突いて即座に戦法を切り替えてくるとは。
そのまま何合か打ち合いを繰り返すが、そろそろエリーナの疲労もあるだろう。
俺は一旦剣を引き、模擬戦を終わらせる。
「レオン? もう終わりですの?」
「ああ、一旦休憩しよう。それにエリーナの実力も分かったからな」
「あら、もう少しありましたのに」
少し悔しそうにそう述べるエリーナ。
確かにペース配分としてはまだ余らせている感じではあった。
だが、それは次の訓練で使ってもらおう。
* * *
「次は、どうするんですの?」
「俺とノエリアが攻撃を仕掛ける。対処してみろ、方法は問わん」
「えっ? 2人相手ですの?」
「ああ」
そう言って、俺とノエリアが模擬剣を構える。
一応、初めてらしいので正面に立った状態で構えている。
「……分かりましたわ。よろしくお願いしますの」
「ああ……行くぞ」
俺は【蒼月流】の構えから、エリーナに向けて攻撃を仕掛ける。
そしてその後ろからノエリアが攻撃を仕掛け、お互い波のように交互に攻撃を仕掛ける。
「くっ、やっ、はっ!」
それをマインゴーシュも併せて使いながら防いでいくエリーナ。
だが、徐々に下がりながら防御を行っている弊害か、バランスを崩し始める。
「あっ!」
「……ここまで、だな」
「……残念ですの」
そして、俺の放った一撃により、細剣が飛ばされて地面に転がる。
基本的にマインゴーシュは防御用なので、最早攻撃力が無いと行っても過言ではない。
「……とまあ、いきなり二人掛かりだとこうなるわけだ。まあ、お前が魔法を使わなかった、というのもあるが」
「流石に厳しいですわ……それに詠唱の時間がありませんし……」
少し口を尖らせながらそう呟くエリーナ。
それはそうだ、魔法を使えないように動いたのだから。
「まあ、魔法の使えない相手は……特に傭兵や冒険者はこんな感じで攻撃を仕掛けてくる」
「凄く多彩ですわね……どうしたらいいのでしょう?」
「こればかりは学んだ技術をどうやって応用させるかの部分だからな、経験が必要さ。まあ、初めてにしてはよく出来ていると思うぞ? 普通なら最初の2合で終わりだ」
そう、エリーナは正面からだけという点を抜きにしても、よく保ったと思う。
初見であれば通常、足を止めてしまうか、あるいは前に出すぎて当たりにいってしまうという感じである。
それを防御に抑え、同時に位置を変えながら動いていたというのは素晴らしいものだ。
だから、今度はそれを踏まえて攻撃に転じさせてみる。
実際に攻撃をしてみて、どんな風に攻めるかを考えれば、いずれ防御へと活かされるだろう。
「さて、ここで実際に俺がやってみるとしようか。2人で攻撃を仕掛けてくれ。前後からでも良いぞ」
「わかりましたの……ねぇ、ノエリアさん、ここでこうして……」
「そうね……なら私は……」
作戦会議が始まったようだ。
俺は聞かないようにしつつ、少しストレッチをする。
お、どうやら話が纏まったようだ。
ノエリアが俺の正面、そしてエリーナが俺の背後に回っている。
「……準備は良いな? 始めるぞ」
俺がそう言うと二人が頷く。それを確認しつつ、俺は剣を構えた。
とその瞬間――
――キィイインッ!!
「!」
まさかの気迫の1つもなしに踏み込んできたノエリアの払い。
それに合わせて後ろに一歩下がりつつ剣で逸らす。
「シッ!」
そして同時に放たれるエリーナの突き。
俺が下がったことによって変化した間合いに合わせた攻撃だ。
「むっ!」
俺は体を回転させ、エリーナの細剣が当たらぬように回避する。
同時に移動しながら、足元を掬い上げるような斬撃をエリーナに向けて仕掛けた。
「そう来ますわよねっ」
その攻撃をマインゴーシュで払いながら、エリーナは追撃すること無く下がり、その合間を縫ってノエリアが攻撃を仕掛けてくる。
「私たちの愛をしっかり受け止めなさいな! 【一念突】!!」
「物騒な愛だなっ!」
まさか蒼月流の技が出てくるとは。
剣術の場合、流派ごとでの技というのがあり、これも武器スキルの1つ。だが、武器スキルよりも学びやすいものである。
とはいえ、実力者が使うとそれは恐ろしいほどの威力になるので、ノエリアの攻撃というのは洒落にならないのだが。
お互いに笑いながら剣を交わす。
「わたくしもおりますのよっ! しっかりと受け止めてくださいな!」
「――ああ、来い!」
「――【フラッシュドライブ】!」
そんな血の気の多い
* * *
練習後、俺とエリーナ、そしてノエリアは一緒に離宮のサロンでお茶を楽しんでいた。
これも二人がしたかったことらしいので、素直に応じる。というか、俺はこういうことを今日一日すると思っていたんだがなぁ……
「これ、覚えてます?」
「……コールマン商会のお菓子か」
懐かしい。
これは俺が幼いころ住んでいた、【エクレシア・エトワール】という都市を中心に成長した【コールマン商会】という大商会が販売しているお菓子。
特に俺やエリーナはこのクッキーのような焼き菓子が好きで、よく食べていたな。
そんな懐かしいことを思い出しつつ、俺はエリーナに話しかける。
「……しかし、エリーナも強くなったな。あそこまで動きながら、同時に魔法を使うようになるとは」
「ええ、練習しましたもの……だって、レオンはこの国の最実力者。そんな方の妻になるんですのよ? 訓練もしっかりしますわ」
エリーナはよくこう言って、俺のことを持ち上げてくれる。
だがなぁ……確かに実力があるのは事実だが、別に最実力者と言われるほど強いわけでは無い。
俺の剣の師匠だって、俺よりも強い人だった。
「……エリーナはいつもそう言うがな、別に俺はそう強いわけではないさ。師匠の方が俺よりも強いしな……そういえばそろそろ挨拶にいかないと怒られそうだ」
師匠は厳しかったからな……
挨拶を忘れようものなら、その日の訓練は殺されるレベルのものになっていたし。
そんな事を考えていたら、エリーナとノエリアから白い目を向けられた。
「……? どうした」
「……いえ、何でもないわ」
ノエリアはそう言うと、エリーナの肩を叩いてなんとも言えない表情で呟いた。
「……自覚なしって大変ね」
「……大変ですわよ」
いまいち二人の会話が分からないが……
俺、何かしたか?
「まあ、良いわ……レオンは一体どんな訓練を受けたのよ? 私としてはそれが気になるわね」
「そうか? まあ、俺は師匠から鍛えられたからな……」
少々思い出して震えそうになる。
相当厳しかったのだ、うちの師匠は。
「わたくしも詳しく聞いたことはありませんわね……」
エリーナまで……
仕方ない、話すとするか。
まだ時間はあることだしな。
折角だから、俺がなぜ家を出たのかも含めて、お話ししようじゃないか。
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