第24話:赤竜と後始末

『レッドドラゴンが戻らんので様子を見に来てみれば……何だ、人間に抵抗されて目的を果たせておらんではないか』


 その言葉と共に現れた存在。

 それは、紛うことなき竜種。


 レッドドラゴンよりも大きく、属性を帯びてはいないが全身が燃える火のように朱く染まっており、さらに鱗の光沢故燦めきを発する姿。


 そして、人と意思を通わせることのできるだけの知能と能力を持つ――【竜】。

 つまりこの存在は、【色竜】の一頭であるわけだ。


 当然レッドドラゴンは、地面に伏して叱られた犬のようになっている。

 だが時折こちらを見て唸っているところから、恐らくだが俺たちによって妨害されていると伝えているようだ。


『ふん、邪魔をされた、だと? 所詮お前はその程度の力しかないというわけだな』

「グ、ルルルウ」

『言い訳をするな。とにかくお前では話にならん。とっとと本陣に帰れ。私が引き継ぐ』

「……グル」


 レッドドラゴンは一瞬不機嫌な様子を見せたが、それでも上空の色竜の命令には絶対服従のためか翼を広げ、ネイメノス火山の方角へ飛び去っていく。


 それを見送っていると、そうさせた色竜がこちらに下りてきた。

 まるで重さを感じさせないように、ふわりと着地するとこちらに視線を向けてくる。


 それを見つつ、同時に色竜が下りたことで吹いた風から顔を守りつつ、俺たちも色竜に視線を向けた。

 すると色竜からの思念が届いた。


『ヒトよ』

「……なんだ?」

『何故邪魔をするか』

「……テリトリーに無断で入られ、攻撃を受けたのであればそれを防ぎ、対抗するのは当然だろう」


 そう俺が話すと、色竜は一歩、その歩みをこちらに進めた。

 同時に振動が周囲に広がり、村人の一部がよろけている。


『では、盗人を庇い立てするのも当然と?』

「俺たち二人は予想はしていたが……だが、村人たちはなぜ襲われているのかすら理解出来ていない。それは聞ける内容か?」

『……道理である』


 良かった。話の通じる人……竜ではあるらしい。

 朱い色竜は翼をたたみ、こちらに近付いてくる。


「ああ、待て待て。俺たちがそっちに行くからじっとしていてくれ」

『む? ……成る程、待とうか』


 一歩踏み出す度に村人たちが転けたり、騒いだりするため、俺たちの方が近付くことにした。

 相手もそれを理解したのか、止まって俺たちを待っている。


 ちょうど竜の顔が目と鼻の先ほどまで近付いた段階で、俺とフィアは武器を横に置き、地面に座った。


『……どうしたのだ』

「いや、少なくとも俺たち二人はあなたに敵するつもりはない。話し合いである以上、武器は不要だろう?」

『…………』


 俺たちの行動を不思議に思った色竜に対し、俺たちの行動の理由を伝える。

 そのまま色竜はしばらく沈黙していたが……


『……ふっ、ふはっ、ふはははははは!』

「うるさっ」


 あまりにも大きな声で笑うため、俺とフィアは耳を塞いだ。

 ……生憎思念だったため、意味はなかったのだが。


『――いや、すまぬ。よもやそう言ってくるヒトが存在するとは! ふはっ! 良いぞ、気に入った、友として迎えるぞ! お主らにはしかと話そう!』

「お、おお……」


 まさか気に入られるとは。しかも盟友扱い。

 俺まだ何もしていないんだけどな……と思いつつ、色竜の話に耳を傾ける。


『我は色竜が一角、赤竜である。名は特にないのでそのまま呼べ……おお、お主らは?』

「俺はレオニス。レオニス・ペンドラゴンだ」

「妾はプエラリフィア。プエラリフィア・ペンドラゴンじゃ」


 まずは自己紹介から、らしい。

 なんとも礼儀正しい竜である。


『……ペンドラゴンか、良い名だ。レオニス、お主からはどことなく懐かしい気配を感じるが……まあいい。まずは事の起こりであるが』


 赤竜が話し始めた内容を聞く。

 どうやら俺たちの予想は正しかったらしく、ドワーフ以外の人間たちがネイメノス火山に入り、鉱石ととある宝を奪ったらしい。


 鉱石程度ならばそこまで追いはしないが、もう一つのもの、その宝が問題だったそうだ。

 非常に重要なものらしく、わざわざ目立たないところにしっかりと隠していたそうだ。


 だが、人間の集団が現れて、その宝を探し出し、持ち去ったらしい。


『――さらには彼奴ら、宝に気付き、人間から取り返そうと必死に抵抗していた、我らの友人であるドワーフに手を上げおって……許さん!!』


 赤竜の怒りが、思念として伝わってくる。

 いや、これ普通の人が浴びたら気を失うわ。事実、余波だけでも村人気を失ってるし。


「……その宝とは?」


 確かに友人へ危害を加えられたことで怒っているが、それ以外に焦りや義務感というような思念を感じ、その宝について俺は尋ねた。

 その答えは……俺の予想としていなかったもので。


『……うむ、これが問題でな。【炎魂の楔】という宝珠で、火山だけでなく、魔力などを安定させ制御するアーティファクトだ』


 * * *


 【炎魂の楔】。

 それは有名なアーティファクトの一つであり、このグラン=イシュタリア王国どころか世界的に見ても稀な珍しいアーティファクトである。


 いつの時代のものか不明だが、これは火山の噴火を抑え、安定した鉱石の供給を行うためのアーティファクト。

 もちろん火山というのはすぐに噴火するものではないとはいえ、それでもこのアーティファクトによって王国は安定した鉱石を得、国力を伸ばす一翼を担っていた。


 そんな特別なものが盗まれた。


『我ら火竜の一族は、そんな【炎魂の楔】を守護する存在。故にそれを奪ったものを許すわけにはいかぬ』

「だが、それがなぜこの村を襲うことに繋がる?」

『【炎魂の楔】は、特別な魔力反応を持っておるのだ。故にそれを追い、それを隠したとされる場所に辿り着いたならばその奪った相手を討ち、宝珠を取り返すというのが先程のレッドドラゴンへの指令であった』

「……で、見つからないから燃やしたと」

『……というより、いまいち探し方が分かっておらんかったのと、自分の力を使うのが下手だったというところだな』

「……マジか」


 つまり、あのレッドドラゴンの知能の低さ故にこの村は焼かれたともいえる。

 普通に体当たりして建物を倒壊させるなり、あるいは逃げ出した中から宝珠を持ち逃げした者だけを攻撃すれば良いものを、一切合切焼き尽くして見つけるという荒技に出たのだ。


「……それ、人選ミスじゃないか?」

『……否定できん』


 何だろう。この赤竜は非常に人間くさいというか、本当に叡智ある竜なのだろうかと言いたくなるくらいである。


「で、見つかったのか?」

『うむ……ここだ。……なにっ!?』


 廃墟と化した村の中の、とある場所を赤竜が爪で掻きだした。

 だが、そこに現れたものを見て、驚いた反応を示す。


「どうした?」

『……宝珠がない。何か別のものに置き換えられておる』


 俺とフィアもその場所に近づき、赤竜が爪で掘った部分を見る。

 そこには、何か魔道具のようなものが存在しており、確かにそこから独特の魔力を感じた。


「これじゃないのか?」

『うむ。【炎魂の楔】は宝珠。つまり、球体であり、その見た目はその名の通り炎を宝珠に封じたようなものだ。その宝珠を見ると炎が揺らめくのが見え、その炎の輝きで宝珠は赤く染まる』

「……明らかに違うな」


 そこにあるのは四角で、箱のような形状をした魔道具。

 中には術式に似た魔力を帯びた文字と、特殊な魔法陣が描かれており、中央には魔石が嵌まっている。


『うむ。それに宝珠は精々この程度の大きさだ』


 そう言って赤竜が器用に爪で地面に描いたサイズは、精々20センチ程度の宝珠。

 この魔道具は一辺40センチほどあり、サイズも異なるのだ。


 つまりこれは……


「デコイ、か」

『うむ。偽物……こちらを誤認させるためのな。許されん』


 しかし、いくらこれが見つかったからといって犯人が分かるわけでもない。

 それに襲われた村にとって、はっきり言って現状は不幸でしかないのだ。


「どうしたものか……」

『……我らを謀るとは。挙げ句、このような無駄な犠牲を……!』


 赤竜はこの惨状についても理解しているようで、このようなデコイを使ってきた者に対する怒りと、それによって起こったこの村の状況への悔いにも似た感情をひしひしと感じる。


『……まず、筋は通さねばな。村長はおるか』


 そう思念が広がると、村人たちの中から老人が出てきた。


「……儂ですじゃ」

『まずは、火竜一族として、この度のこと、お詫び申し上げる』


 そう言うと赤竜が頭を下げた。

 その事に驚いた村長は手を振り、叫ぶようにして口を開いた。


「と、とんでもない! 竜たる存在に頭を下げられるなど……!」


 このグラン=イシュタリア王国において竜は神聖ともいえる存在。

 国章としても掲げられ、物であれなんであれ、「竜」を掲げるには国の許可が必要だ。


 さらに、家紋としては王族のみ使用でき、王家と、その一族である公家のみ竜を使用しているほど、竜への感情は強い。

 そのため、村長の反応もまあ普通のものであるといえる。


『いや、過ちは過ち。この点については改めて、解決の暁には然るべき償いを行う。故に、今は……』


 そう言って赤竜は自分の鱗の1枚を剥がし、それを地面に置いた。


『人間の世界では、竜鱗は貴重と聞く。我は半分古竜種に足を踏み入れた竜のため、これも多少の足しにはなろう。復興に充てよ』

「……は、はあ……」


 いきなり竜鱗を渡された村長は、呆然としており返事もどこか虚ろだ。

 というか、足が震えているところからして、腰から崩れるのをどうにかこらえているのだろう。


 だが、それを見てどう思ったか赤竜は、


『む、これでは足りんか。ならばもう1枚……』

「おい、止めてやれ」


 さらに1枚追加しようとするものだから、俺は口を挟んで赤竜を止めた。


『ん? おお、レオニスにも渡さねば』

「お馬鹿! 竜鱗なんて貴重すぎて、例えば売った金で復興してさらに村の拡張までして、その余りをさらに村人に分けてもおつりが来るわ!」


 竜は普段人里に下りてこない。

 そのため、価値があると分かっていても、それがどの程度なのかは理解していないのだろう。


 村長の意識が限界間近のようでもあるので、流石に止めるしかない。


『そうか? この程度、また生え替わるのだが……』

「そんなんもらったら国庫が枯渇するわ! というか下手すると戦争も起きるわ!」

『そんなものなのか……』


 分かった、こいつは一周回って馬鹿だ。

 頭良いくせに、自分の凄さを分かっていないタイプの馬鹿だ。


 俺はとにかく必死になって、赤竜の暴挙(?)を止めることになるのであった。


 * * *


 しばらくして。


「む、騎士が来ておるぞ」

「ん? ……本当だな」


 俺たちがここに来て数時間後、馬を走らせて来た騎士が遂に到着した。

 えらく時間が掛かったように感じるが、それは仕方ないことだ。なにせ馬は動物だから途中の休憩が必要になるし、騎士たちは重装備のため重い。


 恐らく、もしもを考えて重装備にしたのだろう。

 逆にそのために時間が掛かったともいえるのだが。


「すまない、通してくれ」


 ちょうど俺が立ち上がって騎士のところに向かおうとしたところで、騎士の方からこちらに来てくれた。

 俺の周りで、俺が出した食事をしていた村人たちがいたため、その間を通ってやってくる。


「おや、君がきたのか」

「やあレオニス殿……どうやら無事、のようだね」


 その騎士は、何度かバルリエント伯爵の屋敷で顔を合わせた騎士で、よくバルリエント伯爵とも共にいる側近の騎士だったはず。

 非常に人当たりも良い騎士なので、俺も特に気負うこともなく話しかけられる相手だ。


 こちらの無事を見て、笑顔でこちらに近付いてくる。


「ああ、何事も……なかったわけではないが、とにかく無事だ」

「そうか……まあ、問題は無さそうだね。さて……」


 そう言って騎士は廃墟となった村の方に目を向ける。


「……かなりの被害だね。死傷者は?」

「数名、というところか」

「……そうか」


 俺の報告にしばらく騎士は目を瞑り、死者たちに黙祷を捧げると俺に向き直った。


「色々聞きたいことがあるが、ここでは難しいだろうな」

「ああ……」


 村人たちを放っておくわけにもいかない。だが、詳細な報告も必要だ。

 出来れば何か小屋でもあれば……と思っているのだろうが、生憎この村にはそんなものは残されていなかった。


 その中で、ふと俺はインベントリに入れていたものを思い出す。


「……そういえば、この間準備のために、何個かテントも買ったはずだ。村人たちのためにも何個か渡して、1つのテントは俺たちが使うか」

「それは助かるな。……出来ればテントを村人たちにやってくれないか? 後で伯爵に精算してもらうから」

「俺もそう思っていたところだ。……じゃあ、少し離れたところに建てるぞ。こっちだ」


 俺たちは取り出したテントを円形に8個建て、少し離れたところにもう1つ建てた。


 俺とフィアがテントに入ろうとしていると、 騎士は随伴していたもう一人の騎士に話しかけているようだ。


「私が報告を聞くから、君はテントの見張りに当たれ。いいな?」

「はっ!」


 多分、彼の部下なのだろう。

 そう思いながらそちらを見ると、騎士がテントの入り口に近付いてきた。


「……さて、じゃあ報告をお願いしようかな」

「ああ」


 騎士をテントに招き入れ、俺たちは報告を始めることにした。

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