第23話:ドラゴン騒動

「た、大変です! 郊外の村に竜が現れました!!」


 その騎士の一言。

 それがホールに響き渡り、そこにいた皆がシン……と静まる。


「馬鹿な、竜だと!?」


 そのバルリエント伯爵の驚いた、叫ぶような声と表情は、そこであり得ない言葉によって硬直していた皆を正気に戻すには充分だった。


 いや、正気に戻ったわけではない。

 その言葉に含まれていた事柄故、一瞬にしてパニックの阿鼻叫喚へとホールが変わる。


 流石のバルリエント伯爵も血の気が引いたような表情をしており、ただそれを急いで確認しなければという思いや義務感からなのか足だけは動いて駆け出して行く。


「……フィア」

「うむ、ちょっと捨て置けんな」


 お互いに頷くと、俺は近くにいたリナに話しかけた。


「リナ」

「……え? は、はい!?」


 流石の彼女も頭が真っ白になっているのだろう。

 パニックで周りのように泣き叫んでいないだけ、良いのかも知れないが。


「落ち着けるとは思わんが、今はとにかく冷静になれ。俺は伯爵のところに事情を聞きに行く。お前はこのホールで、伯爵夫人たちと共にいろ。離れるな」

「で、でも……」

「お前の今の使命は、パニックせずに生き残る、とにかく巻き込まれないことだ。夫人たちの側にいれば間違いないし、悪いようにはならない。いいか、離れるなよ。いいな!」

「は、はい!」


 伯爵家がホストで、辺境伯家はゲスト。それもこの中では上位だ。

 そのため、伯爵家も彼女をとにかく守らなければいけない。まず間違いは起きないだろう。


 念のため出て行くときに、外にいた辺境伯家の騎士の一人に状況とリナ嬢に伝えたことを述べ、その場を任せる。

 こうしておけば、辺境伯家の騎士もこの騒動を収めるための力添えが出来るし、リナの側に誰かつくことだろう。


 そうしていると、伯爵の背中が見えてきた。


「伯爵!」

「! レオニス、なんで……」


 多分追ってくるとは思わなかったのだろう。俺とフィアを見て驚いた表情をしている。


「……伯爵、ドラゴンと聞きましたが」

「……うん、そうだよ」

「どうされるおつもりですか?」

「……」


 伯爵は沈黙していた。

 それはそうだろう。ドラゴンというのは普通自分のテリトリーからそう動くことはない。

 なぜ、村を襲ってきているのかその理由すら分からない状況で、どうするもないのだろう。


 分かってて聞いている俺も、大概意地が悪いが。


「伯爵、クムラヴァの冒険者を派遣されますか?」

「……いや、それは出来ないねェ。そうしたところで犠牲が増えるさァ」

「リーベルト辺境伯に連絡を?」

「……遠すぎる。分かってて言わないでよ」


 クムラヴァの冒険者も相応の人数がおり、実力者もいる。

 だが、ドラゴン相手では力不足が否めない。

 リーベルト辺境伯領の冒険者は実力が高いが、遠いため支援要請をしてもどうしようもない。


「では、どうされますか?」

「……意地悪だよ、君は。僕から依頼しなきゃいけない、そう言うつもりかい? でも、君がどうにか出来る相手ではないだろう?」


 俺とフィアは冒険者だ。

 そして、自分で言うのもなんだが、相応の実力を持っており、今ここにいる。

 もし、望むのであれば依頼をしてくれというわけだ。


 だが、流石にDクラスという事実は覆せるものではない。


「辺境伯からの手紙ではCクラス昇格予定で、君がB、いやAクラスにすら匹敵する程の実力だって書いてあったけどさ……」


 辺境伯はそんな事も書いていたのか。わざわざ書くことでもなかろうに。

 とはいえ好都合ではある。


「それに辺境伯からは、何かあれば頼れともあった。でも、ドラゴンは天災だよ? どうするのさ? これは流石に……」

「――すまんが、どのようなドラゴンかも分からずでは、無理というのは早計ではないかのう?」

「……え?」


 フィアの一言がその場に広がる。

 思わず、と聞き返した伯爵に対し、フィアは言葉を続けた。


「確かにドラゴンは強い。じゃが、妾やレオニスの実力はドラゴン程度どうとでも出来るのじゃ……信じられんかもしれんがの。じゃが、妾はかつてドラゴンを1人で討伐したこともあるし、対策をすればどうとでもなるわ」


 え、フィアさん何してるの……

 まさかのドラゴンキラーですか、そうですか。


 だが、確かにフィアの述べるとおり、ドラゴンだけでなく魔物全般は対策すればどうにかなるものだ。

 問題は、その情報が充分かどうかだけである。


「伯爵、情報を貰えないだろうか?」

「……わかったよ」


 俺たちは伯爵に連れられ、共に執務室に向かった。


 * * *


「すまないが、お茶を出す時間はない。単刀直入に話す」

「ああ」


 そう言うと伯爵は一つの地図を出してきた。


「今回襲われているのはこの村。ちょうど隣接するパレチェク侯爵の領地と接している。……怪しいだろう?」

「……黒にしか見えないな」

「とはいえ、現段階で断定は出来ない。それで撃退をして欲しいと言うのが望みだ」


 撃退? 討伐ではないのか。

 確かにドラゴンを討伐するのは苦労するだろうが、それでもフィアの言うとおり『どうとでもできる』のはまず間違いない。


「撃退というのは、何か理由が?」

「……ああ。攻撃しているのはレッドドラゴン。【ネイメノス火山】をテリトリーとしている火竜の眷属だ」

「……何か持ち出したか」


 竜種。

 その中には格が存在し、知られているだけでも【古竜】と呼ばれる、各属性と関係する竜が頭となり、その下に眷属で知性のある【色竜】、知能は低いが主戦力である【ドラゴン】、最下層に偵察や尖兵となる【ワイバーン】が存在する縦社会を形成する魔物の一種。


 上位である【古竜】と【色竜】は人間とも会話が出来、場合によっては知恵を授けたり友好関係を築いたりする存在である。


 その竜族の中で、主戦力たるレッドドラゴンが出撃して、村を攻撃している。

 通常理由として考えられるのは、誰かが古竜に敵対したか、あるいは古竜のものを奪ったか。


 どちらも普通行えることではないのだが、古竜に敵対した場合、普通に考えてテリトリーから出ていくことは出来ない。

 そんな存在がいれば、それは余程の化け物である。


 それより可能性として考えられるのは、テリトリーに侵入して、そのテリトリーのものを取ったり、荒らした場合だ。

 特に「ものを取る」というのは、そこにある鉱石を取るだけでもそれに値する。


 ネイメノス火山というパレチェク侯爵領の鉱山で鉱石が採れるのは、火竜と友好関係にあるドワーフたちが採掘するから。

 それ以外の存在が立ち入り、鉱石を取ろうものなら追われることになる。


「可能性はそれが高いね。多分、鉱石なりなんなり盗掘したんだろう」

「……鉄の値上がりと関係は?」

「分からないね。でも、否定も出来ない」


 一体なぜなのか。

 さっぱり状況が掴めないが、少なくとも分かったのは竜種と、考えられる理由だ。


「では伯爵、冒険者ギルドで指名依頼の手続きを頼む。受領は現時刻を以てとし、報酬については完了後、相談するものとする。いいか?」

「……良いけど……でも、やっぱり!」


 それでも言い募ろうとする伯爵。

 どうにかして止めようと、色々話しかけてくる。


 だが、すでに俺は決定した。


「伯爵」

「……なんだい?」

「心配してくれるのはありがたい……止めようと必死なのも」

「……そりゃそうさ。どこに11歳の少年にお願いする大人がいるんだい」


 いくら実力があろうとも。

 そう思っているのは分かっている。

 だから――望みを断たせてもらおう。


 俺は、インベントリから一つの短剣を出した。


「……!! これは!?」

「口外を禁じる。俺はこの依頼を受領するから、それを止めるな。以上」


 そう言い、俺は短剣をしまう。

 それ以上話すことはないので、フィアと共に立ち上がり、執務室から出る。


 後ろで跪き、「御意のままに」と呟く声を、耳に捉えつつ。


「……さて、全速力で行くか」

「うむ、行くぞ」



 * * *


 バルリエント伯爵領の郊外、とある村。


 そこはもはや地獄と呼んでいい、そんな場所となっていた。

 レッドドラゴンは火属性のドラゴンであり、その主攻撃であるファイアブレスを筆頭に、爪による引っ掻き、その力と鱗による絶大な防御力をもって繰り出される体当たり。


 その全ては、村の建物を、人々を簡単に壊してゆく。

 対する人間の何と無力なことか。


 ドラゴンが来て数時間とせずに村は灰燼と帰し、ドラゴンという圧倒的強者と、そして村が破壊されて先の見えない絶望故にただ逃げ惑い、村の外に逃れた者も空虚な目でただ呆然とその様子を眺めている。


 俺とフィアはそんな村を視界に入れつつ走っていた。


「どうやら、ドラゴンはまだいるようだな!」

「うむ! とにかくやつの気を逸らすぞ! ――【舞い散る氷華】!」


 フィアの放つ氷の魔術。

 それが風に舞うかのように大量に広がり、燃える村を鎮火させ、さらにドラゴンに攻撃を加える。


「【銀鍵連弾】!」


 俺の投擲する銀鍵が、何本もの閃きとなってレッドドラゴンに殺到する。


「グルルルルアアアア!?」


 その攻撃に、ファイアブレスを止めてこちらに注意を向けてくるレッドドラゴン。

 同時に、俺はレッドドラゴンに向かって【威圧】を放つ。


「グ、グルルルルウウゥ!?」

「……あ、本当に効くのか」


 俺の放つ【威圧】のためか、飛んでいたレッドドラゴンが身体をふらつかせ地面に落ちてきた。

 かつてフィアから『ワイバーンを威圧する』と言われた俺の【威圧】は、ドラゴンにも効果を持っているらしい。


 しかし、ちょうど村から離れて位置で良かった。

 とはいえ、この【威圧】もあまり使いすぎると相手に耐性が出来てしまう。身体が慣れるのだ。


 さて、どうやって撃退するか。

 簡単なのは、傷を負わせて撤退させることである。


 その前にまずは翼を使用できないようにするのがいい。

 飛ばれてはこちらの攻撃も限定され、かつ上からの攻撃は防御しづらいのだ。

 撃退の依頼なので、一時的に封じるようにするのがいいだろう。


 俺は一旦【威圧】を止め、今度は銀鍵2本に魔力を込めて投擲し、翼を狙う。

 ドラゴンは再生力も高い。だが、こうやって魔力を込めた武器で攻撃した場合、再生を阻害する効果を与えることが出来るのだ。


 竜種は魔力を使って飛行している。

 その時に必要になるのが翼だが、魔力を込めた銀鍵は傷つけられた翼の再生力を阻害させ、かつ飛行を一時的に阻止する力を持つのだ。


 とはいえ、ドラゴンも狙いをも分かっており、【威圧】も解けていることで攻撃を回避し、逆に尾や爪で攻撃をしてくる。

 それを回避し、合わせて護国流の剣技や歩法、その様々な技を使って翻弄し、攻撃を当てていく。


 的が大きいが、殺さない程度に撃退するというのは少々骨が折れる。

 討伐であれば、首を落として終了だから短時間で終わるのだが……


 今なら、魔力量も、効率も著しく良くなったため、ドラゴンを見ても恐らく一撃で討伐出来るだろうな、という感覚を感じていたのである。


 さて、フィアはフィアで、魔力矢ではなく通常の矢に魔力を込め、それを放つようにしていた。

 ドラゴンの鱗は、魔法や魔力への耐性が高く、魔力矢を放ったところで弾かれて終わり。


 その点、彼女の腕前であれば、鱗の間など絶妙な位置に打ち込むことは容易。

 そのため、阻害効果を長く発揮しやすいように、通常の矢に魔力を込めるという手段を取っているようだ。


「はああああっ!!」

「グ、グルルルルウウ!!」


 フィアの矢を払ったり、回避しようとするドラゴンに向かって、俺は高速移動で接近し、剣で斬りつける。

 【玉響】によってドラゴンの鱗を狙い、さらに【陽炎】で位置を掴ませないよう移動する。

 対するドラゴンは、俺に対し噛みつきや爪での攻撃を行うが、その攻撃の間に俺は接近と離脱を繰り返してダメージを与えていく。


 だがドラゴンも然るもの。

 今度は尾での薙ぎ払いやファイアブレスによる面の攻撃を繰り出し、今度は俺を近づけさせないようにしてくる。

 さらには、埒があかないと思ったのか分からないが生き残りの村人たちに向かおうともするため、回り込んで行かせないように俺たちも攻撃しなければならなくなる。


「ちっ、【マジック・レイ】!」


 俺の放つ【マジック・レイ】が虚空に何条もの光を生み出し、それをドラゴンが回避する。

 

 そのままどれだけ時間が経過したのだろう。

 遂にドラゴンは、俺たちを無視して村人たちに向かい始める。


 飛行を妨害するために放つ矢も銀鍵も無視し、村人たちを一直線に狙うドラゴン。


「この……! フィア!」

「うむっ!」


 自分の出せる最高速でドラゴンを追い抜き、村人たちの前に出る。

 その瞬間、ドラゴンが大きく口を開き、これまでで最も大きいファイアブレスを放ってきた。

 この広さと生き残りの人数を考えると、単に【守護の神壁】を張っても防ぎようがない!


『きゃあああっ!?』『だ、駄目だっ……!』


 背後の村人たちの悲鳴や、絶望したような叫びが聞こえる。

 俺はドラゴンの頭の下に移動すると拳を握り……


「舐めるなあああっ!! ――【魔衝拳】!!」

「――【守護の神壁】!」


 俺の拳がドラゴンの頭を上にかち上げ、ドラゴンのファイアブレスが上空に向かって放たれる。

 そして、フィアの展開した【守護の神壁】が、ファイアブレスの余波から村人を守る。


「あっ……ぶな……!!」

「……セーフ……じゃな」


 ギリギリで村人たちを守ることが出来た。

 だが、このままではどうもドラゴンは撤退しそうにない。


「……グルルルルルルル」


 改めて【威圧】を少し放ち、撤退しないか試してみるが効果がないようだ。

 こちらを警戒しても、逃げるつもりはないらしい。


『どういうことだ』


 そうお互いが見合う状況が続くかと、そう思っていたところ、突然上空から声が響いてきた。

 いや、これはまるで魔力が振動して伝わっているような、そんな声だ。


『レッドドラゴンが戻らんので様子を見に来てみれば……何だこの様は、人間に抵抗されて目的を果たせておらんではないか』

「「なっ!?」」


 俺とフィアは驚いて上空を見上げる。

 すると、そこには目の前のレッドドラゴンより大きく、そして格の異なる竜が滞空していたのだ。

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