第22話:伯爵と、親睦会と、フラグ回収のお知らせ
「まったく……お主のせいで恥を掻いたわ」
「悪かったって……」
練習後、部屋に戻るとフィアから愚痴を聞かされる羽目になった。
確かに、ずっと二人で踊っていたというのはちょっと恥ずかしいだろう。
「一頻り踊ったからの。風呂をいただくのじゃ。……覗くでないぞ」
「そこは信用してくれ……」
浴場に向かうフィアを送り出し、俺はバルコニーに出て今後のことを考えていた。
フィアが立場を得るのはそう難しいことではない。
とはいえ、彼女がもし嫌がるのであれば、無理に連れて行くべきではないのかもしれない。
だが、俺としては付いてきて欲しいと思っている。
「これは、彼女に判断を任せるべきなのだろうか……」
「やァ、黄昏てるねェ」
考え事をしていたら、斜め上から声が降ってきた。
見ると斜め上の部屋に、バスローブを身に纏った一人の男が、風にその緑の髪をたなびかせて立っていたのである。
「伯爵……」
「そろそろ君にも『ワルド』と呼んで欲しいのだがねェ」
「オスワルド様」
「……お堅いねェ。少しお喋りしたいから、こっち来ないかい?」
「御意に」
俺は部屋を出て、1つ上の階の領主の寝室へ向かう。
ノックするとすぐに伯爵が迎え入れてくれた。
「君は何か飲むかい? 色々あるよォ」
「それは……」
どうやら伯爵が注いでくれるらしい。
止めようとしたが逆に首を振られ、「どれがいい?」と聞かれる。
「……では、少しブランデーでも」
「……渋いねェ」
グラスを持ってきた伯爵が、1つを俺に渡す。
口を付けると、独特の芳醇な香りと、唇に残るピリピリした味わいを感じる。
「どうだい?」
「……古い、しっかり熟成されたものですね。質も良い」
「……その歳で分かるってちょっと不思議だけどねェ。これは当たりのヤツだよォ」
久々に味わうブランデー。
俺は基本的に、ビールよりも蒸留酒派だ。
ウイスキーが好きで、かつてはバーボン、スコッチ、ブレンディッドもシングルも、色々なものを飲んだものだ。
一度、朝の連続ドラマ小説であったマ○サンを見て、舞台となった最北端のとある都市まで出かけたこともある。
1本1万円近くするのがあったのだが、あれはマジでお気に入りだった。
話が飛んだが、俺と伯爵はブランデーを味わいながら、お互い無言となる。
しばらくすると先に伯爵が沈黙を破り、話しかけてきた。
「……君は、これからどうするんだィ? 辺境伯に仕えているわけじゃないなら、僕のところに来て欲しいんだけどサ」
「私は、貴族に仕えるつもりはありませんから」
辺境伯にも言ったように、俺は貴族に仕えるつもりは全くないのだ。
そう伯爵にも告げる。
「うーん、でもさァ……冒険者だってずっと続けられるわけじゃないだろゥ?」
「まあ……色々伝手は持っているんですよ」
「ふーん……でも、それは国王派の僕の誘いを蹴ってもいいくらいのことかィ?」
「……ええ」
意地の悪い伯爵だ。
辺境伯と似た雰囲気を感じる。
どうにかしてこちらの情報を引き出せないか、そうして柵を作って、俺を囲めないか考えている雰囲気だ。
それも、徐々に会話を向けるという周到さ。
まあ、この程度はお遊びなのだろうが。
「うーん……そこまで言い切るのかァ。参ったなァ……」
そう言いながら頭を掻く伯爵。
しばらく唸っていたが、結局顔を上げると頭の後ろで腕を組んで、
「仕方ないかァ」
そう呟いた。
「……仕方ない、とは?」
「そのままの意味さァ。君を引き込むのは誰なら出来るんだろうねェ……」
「……国王陛下くらいではないでしょうか」
そう俺が言うと、伯爵は噴き出した。
「プハッ! それ本気ィ? 君、度胸あるねェ」
そう言いながらも甲高く笑い声を上げている。
ひとしきり笑ってから、目元に浮かんだ涙を拭うとこう言ってきた。
「あまり下手なことは言うべきじゃないヨ? でも、君は気に入ったから、今度陛下にお目通り叶ったら聞いちゃおゥ!」
ものすごく上機嫌でそんな事を言っている。
「久々に僕も笑ったヨ。ついでに、君の悩みの解決策を言うとだねェ……彼女の顔色を窺うんじゃなくてェ、もう少し素直に気持ちをぶつけて、動いて見ることだよねェ」
「……はい?」
あまりに突拍子もない言葉に思わず聞き返してしまう。
「君が悩んでいるのは、あの狐人族の女性とのことだろゥ? 君は彼女を気に入っている、一緒にいたいと思っている。でもォ、それを素直に言っているように見せて、そうじゃなィ。頼っているように見せていて、そうでもなィ。だろゥ?」
「う……」
その言葉に思わず言葉に詰まった。
言い返すとまでは言わないが、それでも否定の言葉を出そうとし……それが出来なかった。
伯爵の言葉を改めて考えていると、伯爵が立ち上がりながらこう告げた。
「サ、良い子は寝る時間さァ。早く寝なよォ……明日楽しみにしているからねェ。……あ、別に起きるのが遅くなってもいいよォ! 防音はしっかりしてるからさァ!」
「ちょっ……! あんたがそれを言うか!?」
「オウ! そうそう、その感じで話しかけてよォ、堅苦しいの苦手だからさァ! じゃ、おやすみィ!」
そう言われて、俺は部屋から出される。
あまりの言われようと、あの独特の雰囲気にどうやら呑まれていたらしく、再起動に時間が掛かってしまった。
* * *
「お、戻ったのじゃな。遅かったではないか」
「ああ、少し伯爵に呼ばれてな」
「気に入られとったからな」
そんな話をしつつ、水差しから水を飲み、酔いを覚ます。
どういうわけかアルコールに非常に強い身体となっているようだが、気分的に酔うというのはあるらしく、ふわふわした気分でベッドに転がる。
「ほれ、そんな事をしとらんで、早う風呂を浴びてこい」
「ん~……」
そう言われながら、少し先程伯爵から言われていたことを思いだしていた。
『もう少し、素直に気持ちをぶつけて、動いてみることだよねェ』
俺はそれほど気持ちを伝えていないのだろうか。
酔った気分で考えても、上手く思考が定まらない。
「なあ、フィア……」
「なんじゃ?」
「……俺って気持ちを隠しているように見えるか?」
どういうわけか、俺はフィアにそのまま尋ねてしまっていた。
だが、フィアは笑うでもなく寝転ぶ俺の横に腰掛け、じっと考えてから俺の頭を撫でつつ、こう口にした。
「……お主は、甘えるのが下手じゃ。甘えたり、頼ったりしているように見えて、その実肝心な部分は自分でする、出来てしまうのじゃ。それを悪いとは言わんが……」
そこでフィアは言葉を句切った。
「――やはり、もっと身内を頼るべきじゃ。少なくとも、妾はお主に頼りにされたいと思っておるぞ?」
「……そうか」
信頼とか、頼るとか。
元々、得意ではない。それよりも、自分で解決する方が楽だ。
信頼を、希望を砕かれた時の人々の目を俺は知っているから。
あの失望の眼差し、腫れ物を扱うような言動、視線。
それを向けられるくらいなら、俺は自分で全てを解決する、そうしてみせると考えていた。
「……まだまだ、俺は坊やだな」
「当然じゃろ、妾から見れば、お主に限らず皆坊やじゃ」
「ふっ……それもそうか」
その言葉を聞きながら、俺は少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
だから、自然にその言葉が出てくるのおかしくはなかったのかも知れない。
「なあ、フィア」
「うん?」
「これからも、一緒にいて欲しい。一緒に王都に行って、一緒に生活してくれないか?」
それに対してフィアは……
「当然じゃ。妾はお主の師匠で、パートナーじゃからな」
* * *
明くる日は例の舞踏会の本番当日である。
俺とフィアは先日衣装合わせをした衣装に身を包み、舞踏会に参加していた。
と言っても身内や友人だけの親睦会ということもあり、皆緊張せずに踊っている。
俺もまずフィアと踊ってから、その後しばらく少年たちと会話しながら鎌を掛けて、その少年の領地の情報を得たりしていた。
もちろん出される飲み物や食事というのも素晴らしいもので、伯爵家と言えどもここまで揃えるのは大変だったろうな……なんて思いつつ楽しむ。
フィアもフィアで、他の女性陣と会話したり、ある場合ダンスを申し込まれて1曲だけ共にしていた。
それを眺めつつ他の人と会話していると、後ろに誰かの気配を感じた。
「皆様ご機嫌よう。会話が弾んでいらっしゃるようですね」
「これはこれは……辺境伯令嬢ともあろうお方が我らのところに来てくださるとは……」
「いいえ、こちらこそ私を招待頂き、感謝に絶えませんわ」
そんなやりとりから始まる会話。
もちろん、辺境伯令嬢であるリナは、この親睦会でも高位に位置する。
なにせホストである伯爵より爵位が上の貴族の令嬢なのだから。
それにしても、わざわざ数人が会話しているところに入り込んでくるというのは、普通考えにくい。
しかも、少年とはいえ男性が話す中である。
普通……というかこの世界の常識としては、やはりどこか男尊女卑に似たものがあり、普通女性が近付いてくるのは男性が一人、あるいは精々二人で会話しているとき。
それも、その会話の相手がそれに気付き、呼ぶなり下がるなりすれば、である。
それを数人が話している中で、自分から声を掛けてくるというのは、普通の貴族的な感覚からすればおかしいのだ。
「そういえばヴェステンブリッグはどうも、腕利きの冒険者が増えているとか。羨ましいことですね」
「ええ。彼らのおかげで、都市の経済は活性化されていると言っても過言ではありませんし、辺境としては余ることはありませんわ。でも、クムラヴァにも多くの冒険者がいるとか。戦力としては充分でしょう?」
まあ、歯に衣着せぬ言い方をすれば、
『冒険者が多いらしいな。戦力を少し寄越すなり、減らせばどうだ?』
『ふざけんな。うちの金蔓に手を出す気か? うちは辺境だから仕方ないが、お前らの方こそ多過ぎだろ。というかどうせ人数だけだろ?』
という話なのだが。ああ、怖い怖い。
そう返された12歳の少年も気圧されたのか、ハンカチーフで汗を拭きつつ引き攣った笑顔で答える。
「は、はは……これは手厳しい」
「あら、あくまで私は国王陛下より辺境防衛を任じられた家の者としてお答えしたまでですわ、おほほ」
あー、リナ嬢の目が笑っていないですね。
結局気圧されたまま、一緒に会話していた少年たちが「で、ではこの辺で。レオニス殿もまた」と言いつつ去って行った。
それを見送りつつ、リナに顔を向ける。
「……あそこまでするか?」
「あら、『親しき仲にも礼儀あり』って昔の人が言われていたそうですが」
「まあ、否定はせんが」
そう苦笑いをしていると、リナが手を差し伸べてきた。
「……1曲お相手頂けますか、リナ嬢」
「ええ、喜んで」
俺はリナと踊ることになった。
彼女は流石というところで、まだ熟達とは言わないまでも充分な素質を持っており、無事に何事もなく踊りきることが出来た。
……だが、その後改めてフィアと踊って休憩していたら、「2曲続けて……」と言い出したのでそれを止めるという状況になり、少しだけ会場が混乱したのは秘密である。
さて、基本的にこういった舞踏会は夜が基本なのだが、今回は練習もかねて、そして少年少女ばかりのため昼過ぎで終わった。
それぞれが少しお茶を楽しみながら、さあそろそろお開きにしようとしたところ……
――バァン!!
「何事だ!」
ホストである伯爵が、突然ホールの扉を開けて飛び込んで来た男に声を上げる。
その男性はフルプレートを装備した騎士で、肩で息をしながら、こう告げた。
「た、大変です! 郊外の村に竜が現れました!!」
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