第21話:クムラヴァでの日々と、懐かしき非日常

「……とかなんとか言っておったが、意外と何もないの」

「それでいいんだよ。逆に何かある方が困るわ」


 クムラヴァに到着して1週間。

 特にこれといった問題もなく、俺たちは時間を過ごしていた。


 領主であるバルリエント伯爵とも顔を合わせたが、


『現状、これといって問題はなくてねェ。確かにお隣は気になるし、少し鉄の値段が上がっているのは事実なんだけどさァ』


 こんな様子である。

 バルリエント伯爵オスワルドは、緑色の髪を掻き上げながらそう言っていた。


 長身で、どちらかというと少し気取った優男という雰囲気なのだが、こう見えて超武闘派の纏羽流の達人。

 しかも国王派に属しているという。


『確かに少しドワーフたちの様子が気になる、っていう話も聞いたんだけどねェ。それにしても、君も正直だよねェ、情報収集に来たって素直に答えるんだからさァ』


 実は、顔合わせをした段階で辺境伯の目的を察していたらしい。

 そのため、俺も下手に隠さずに話すことにしたのだ。こういう武人には、正直に当たった方が信頼を得られると思ったのである。


 おかげで……というか、その所為でというか分からないが、俺は気に入られて、領主邸にフィアと共に滞在させて貰えている。


『だってさァ、君一応従属官のメダル持ってるしねェ。なにも問題はないわけダ。まさかあっさり「自分は冒険者だ」って言うとは思ってもみなかったけド』


 こういう理由を付けて、あっさり部下たちを納得させるのである。

 というか、部下たちも慣れているのか、反対していた部下も簡単に了承していたし。


 そういうポーズをしているのかも知れないが。


 そんな事を考えながら、俺は部屋のソファーでくつろいでいた。

 今日は特に外に出る予定はないらしく、というかリナがお茶会なので俺たちはお留守番である。


 そうしている中、俺の対面のソファーで寝転びくつろいでいたフィアが急に口を開いた。


「そうじゃレオニス……お主が助けた女性じゃがの」

「うん?」

「あやつ……姿を変えておったのは気付いておったか?」

「ああ……」


 実は先日盗賊のアジトから助けた女性は、変装……というか偽装の魔道具を使って見かけを変えていたのである。

 魔術に長け、魔道具についても造詣の深いフィアにとってそれを見破るのは容易であり、ものの良し悪しを見分ける俺の性質も、それを見破っていた。


 どうも最近、こういう方面にも目が強化されているらしい。

 理屈は分からないのだが。


「やはりお主も気付いておったか」

「ああ、どうも俺の目が、な……」


 そうフィアに告げると、「なるほど」と頷きながら姿勢を変えてこちらを見据える。


「恐らくじゃが、冒険者をやるために身体強化をして、魔力を常々使っておるためか、魔力や魔術による偽装を感じやすくなっておるのじゃろうな」

「なるほど……確かに最近無意識で魔力の流れは感じるし、以前より探知範囲とかも広がった気がするな」


 元々護国流で教えられる気配探知という技だが、これは精々半径50メートル範囲の気配や魔法を感じ取るものだ。

 人間のみならず生物や魔物の持つ魔力を感じる事で相手の位置を把握する技なのだが、最近の俺は300メートル程度なら確実に感じ取れるようになっている。


 もちろん【整流レクティファイア】による魔力運用の効率が上がったことも影響しているのだろうが、それにしても以前より明らかに探知できる範囲と質が変わったのが実感できているのは事実。


 この探知を本気で使うと、相手がどのような系統の魔法を使おうとしているのかや、詠唱中のマナとエーテルそれぞれの動きが認識でき、さらには……まあ、これは俺の特性故かもしれないが、魔法の弱点を瞬時に認識できるので、そこを剣で斬り、魔法を散らすことが出来るのだ。


 ますます人間離れしている気がする。


「まあ、悪いことではないからの。心配は要らんが……」

「それならいいさ」


 そう話しながら、俺はインベントリから本を出して読もうと開く。

 するとフィアがさらに話を続けていて……


「……いや、あの女性絡みの面倒に巻き込まれそうじゃろ?」

「……お前、そんなに俺をトラブルホイホイにしたいのか」


 * * *


 そんな話をした数日後。

 もうすぐ帰る時期になってきたところで、部屋をノックする音がする。


「どうぞ」

「失礼します」


 そう言って入ってきたのは、この2週間担当してくれているメイド。

 礼をすると、俺に向かって話しかけてきた。


「すみませんが、旦那様がお呼びです」

「バルリエント伯爵が?」

「はい、よろしければプエラリフィア殿も一緒に。お二人ともお召し物を変えていただきます」

「なんじゃろうな」


 突然の呼び出しに驚きながらもメイドについていくことにした。

 すると、執務室ではなく、別の広い部屋の扉の前で立ち止まり、メイドさんがノックすると内側から開かれる。


「あらららら、お待ちしておりましたわ。ささ、どうぞ!」


 中から出てきた、少し奇抜な女性に招かれ中に入る。

 どうやらここは衣装部屋のようで、所狭しと男性ものも女性ものも色々な衣装が並んでいた。


「さーて、どれにしましょうかね? こちらかしら、それともこれ?」

「……失礼だがご婦人、どのような目的でこの状況なのか伺っても?」

「えーっと……――あら、聞いていないの? ちょっとちょっと、オスワルドはなにも説明していないのかしら? まあ、いいわ! とにかくあたくしが腕によりを掛けて衣装を選ばせていただくのよ! 美少年に美女! まさにマーベラス! このタイミングであたくしの前に現れるなんて! ああ、なんてことでしょう!」


 恐ろしいハイテンションな女性。うん、凄く美人なんだけど、どことなくシンパシーというか……何かを感じる。

 一体これが誰なのかも分からず、俺たち二人は着せ替え人形にされるのであった。


 少しして……


「ええ、ええ! これでいいですね、非常に良いですわ! まさしくあたくしの最高傑作っ!」

「……」「……」


 果たして貴族の舞踏会でこんな服を着る人物がいるのだろうか。

 そう言いたくなるような……まあ、前衛的な服だ。


 俺はまるで軍人のようなドルマンを着用し、それが黒地に金のモール、さらには縁の飾りは赤という、まるで厨二病な、コスプレのような服装になっていた。

 生憎帽子はないが、髪型も片側をアップにし、逆を前に下ろすという……ちょっと前世の黒歴史が顔を見せそうなものだった。


 フィアは俺に合わせてなのかゴシックロリータ風の黒と紺ベースのフリル付きドレス。

 ちなみに紫でないのは、紫を着用できるのが王族の一部などに限られるから。


「……凄い状態じゃの」

「……俺、帰りたい……」


 俺、このまま部屋の隅で三角座りしておいても良いんじゃないかな……と思えるような気持ちになってきた。


「さあさあさあ! 行きますわよ! あたくしの芸術の極み! ま・さ・に・KI☆WA☆MI!!」


 なんか発音がおかしかった気がする。

 そんな格好のまま動くのだろうか……と思っていたらあっさりと脱がされ、今度は普通の正装に着替えさせられる。

 そして、俺とフィアはとある扉の前に連れてこられた。


「さあ、どうぞ。旦那様がお待ちです」


 そうして開かれた扉をくぐると……


「おやァ、レオニス殿とプエラリフィア殿じゃないかィ? 参加してくれるとは、嬉しいねェ」

「これはオスワルド伯爵……お招きいただきありがとうございます」


 俺が礼をすると、その横でフィアもカーテシの姿勢をとる。

 まあ、入った瞬間に何をさせたいのかは理解出来た。


 ここはダンスホールだ。

 そして、他にも何人か少年少女がおり、リナも含まれている。


 つまりここで、俺たちはダンスをするのだ。


「……うん、流石だねェ。すぐに状況を理解して正しく礼をするなんてサ。普通出来ないよォ?」

「お褒めに預かり光栄」

「これならァ、ダンスの腕も期待できるかなァ? 本当は練習のつもりだったんだけどねェ」


 そう言うと伯爵は近くの女性に目配せした。

 すると近付いてきたのは、中年の、いかにも「出来ます」感の出ている女性。


「彼女はァ、アンナ・フォン・ドミンゲス男爵夫人。有名なムザート伯爵夫人のお弟子さんでェ、我が領のダンス講師だよォ」

「ご高名はかねがね。レオニス・ペンドラゴンと申します」

「同じく、プエラリフィア・ペンドラゴンでございます」


 そう言って礼を取ると、男爵夫人の眼鏡がキラリと光る。


「ふむ、礼儀は間違いなく満点。体幹も出来ているようですし、あとはステップや動きを覚えるところですね。ドミンゲスとムザート夫人の弟子という名にかけて、あなた方が踊れるように指導いたしますわ。よろしく」


 そう挨拶をする男爵夫人の眼鏡が再度光る。

 あれは何だろう、ス○ウターなのだろうか。


 そんな事を考えていると、ドミンゲス夫人が手を叩く。

 パンッ! という大きな音と共に、周りの少年少女たちも姿勢を正した。


「さ、あなた方も練習の続きをなさい。よろしいですね?」

『『はい、先生!』』


 すぐに少年少女たちがパートナーを組み、動き出す。

 ダンスホールが非常に広いため、数組に対して数人の演奏家が付き、ダンス用の旋律を流している。


 その様子を眺めていると、くるりとドミンゲス夫人がこちらを向き、同時に眼鏡が光る。


「さて……よろしくお願いしますね、お二人とも。ダンスの経験はおありで?」

「ええ、幼い頃に」

「それは重畳……あなたは?」

「私も少しは」

「素晴らしい。では、1曲通して見てください……良いですね?」

「「はい」」

「よろしい。……では」


 ドミンゲス夫人が目で合図すると、近くにいた演奏家たちが音楽を奏でる。

 流れるのは、最も王道とされるワルツ。


 18世紀のハプスブルク宮廷文化に取り入れられ、社交の場で踊られるダンス。

 「ワルツに始まり、ワルツに終わる」と言われるほどに有名なもので、これがなくては社交界に出ることも適わないとも言えるほどのダンス。


 それはこの世界でも同様で、やはり基本とされるのはこのワルツだ。


 さて、俺は久々なのだが上手くいくだろうか。

 そう思いながらフィアの手を握り、ステップを踏みながら踊る。


 フィアも最初は少し固い部分があったが、持ち前の運動神経の良さか徐々に固さが取れ、違和感ない立派なものとなっていく。

 背筋を伸ばし、お互いの呼吸を合わせて回る、回る。


 音楽が終わると同時に、お互い礼をしてドミンゲス夫人の元に戻った。


「いかがでしょうか? 久々でしたが……」

「……ブラーヴォ」


 ドミンゲス夫人がそう一言呟く。


「あなた、素晴らしいわ! 最初少し緊張していたようだけれど、すぐに悠々と踊ってらしたわね! プエラリフィア殿も素晴らしい! しっかりと息を合わせて、彼のリードを支え、動いていたわ! 言うことはありませんわね!」

「恐れ入ります、夫人。そう言って頂けると一安心です」


 少し錆び付いていた気がしたが、どうにかごまかせる程度ではあったようだ。


「そういえば数年前、私の師匠が『ダンスの天才』という人物の話をしていましたが……あなた方みたいなことを言うのかもしれませんね」

「ははは……それは言い過ぎでしょう。あくまで努力の結果ですから」


 ムザート伯爵夫人がそんな事を言っていたのか。

 まあ、世の中には天才と呼ばれる存在はいるし、伯爵夫人であれば人脈も広いだろうから……


「さて、どうされますか? 私が教えることは無さそうですが、少し練習されますか?」

「そうですね……久々ですから、もう少し練習させて頂きます」

「どうぞ、ご自由に」


 そう許可をもらい、俺はフィアと共に練習を続ける。

 音楽に乗り、音楽とパートナーの呼吸を感じてそれに合わせて踊る。

 

「どうだ、少しは慣れたか?」

「うむ、一応学んではおっても多少異なるからのう……」


 フィアは多くの点を良く知っているが、旧世界の知識の部分があり、多少今とは異なるものも多い。

 ……少し不思議なのは、最初から今の言葉を喋れたということだよな。

 

 少し考えつつも、フィアに合わせてステップを踏む。

 

「ふふっ……改めてこう近くにおると、少し気恥ずかしいのじゃ」

「確かに……でも、楽しいな」

「うむ」


 緩やかなスローワルツに変化し、お互いの動きに余裕ができたせいかそんな話をしつつ踊り続ける。

 ふと、幼い頃のパートナーを思い出し、少し寂しさを感じてしまう。

 まさかまたこのようなダンスをする機会が得られるとは思っていなかったから……

 

「……どうしたのじゃ」

「ん?」

「懐かしそうな、寂しそうな表情をしておるぞ」


 敵わない、と思う。

 女性だからというだけでなく、この短い期間でも俺のことを見てくれている彼女だから。

 俺は別で考えていたことを話すことにした。

 

「……なあ、フィア」

「なんじゃ?」

「来年、年明けて春に入る前に、王都に行こうかと思う」

「そうか……決めたのじゃな」

「ああ……それに、良い頃合いだろう」


 色々悩んでいた点は既にフィアのおかげで解決した。

 それに、冒険者としても適度なクラスに到達できている。

 もちろん、さらに上を目指しても良いのだが、それはいずれで良いだろう。

 

「妾は……どうしたらよいじゃろうか」

「え?」


 今度はフィアが少し寂しそうな顔をする。

 

「お主が王都に向かうならば……やはり妾はここで待つのが良いじゃろう?」


 ああ、彼女は気を遣ってくれているのか。

 自分が邪魔になるのでは、と。

 どうしても立場の問題が出てくると。それならば、身を引くのも辞さないと。

 

「ふっ」

「……む、笑ったな」

「ああ、すまない……ふふっ、フィアは俺の師匠、パートナーじゃないのか? それともその関係は終わりのつもりか?」

「それはそうじゃし、これからもそのつもりじゃが……じゃがっ!」


 少し潤んだ瞳でこちらを見上げるフィア。

 必死で泣くのを堪えているのだろう。

 

「お前な……この『俺』の師匠だぞ? 誰が文句を言えるんだ」

「……あ」


 何かに気付いたように改めて俺を見上げてくるフィア。

 彼女に笑いかけながら言葉を続ける。

 

「分かっただろ? それに、俺は何があっても解消するつもりはないからな」

「……馬鹿者」


 と、そんな話をしていたら横から声がかかった。

 

「……お熱いのは結構ですが、音楽は止めておりますよ?」

「「あっ」」


 振り向くと、ドミンゲス夫人がそこに立っており、他の少年少女は傍に寄っていた。

 どうやら休憩になっていたらしい。

 

「……っ!」


 ――パチンッ!!

 真っ赤になったフィアから平手を食らいつつ、俺たちも休憩を取ることになったのだった。

 ついでにいうと、リナの目が明らかに笑っていなかったのが怖かったのだが、それは内緒にしておく。

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