第20話:盗賊と、新たな出会い

「くそっ、連中馬に乗っていやがる!」

「弓矢まで……面倒な!」


 全速力で走る俺とフィアの耳に届いたそんな言葉と、加速度的に大きくなってくるペース配分もなにもあったものではない全速力の馬車の一団の姿。


 向こうはこちらを見る暇がないようで、このまま走るとぶつかるため少し場所をずらして走る。


 すると、後ろから追ってきている連中の姿も見えた。

 確かに馬に乗った連中で、それも手慣れているのか合間合間で弓を放つことで徐々に距離を縮めている。


「ハッハーッ!! 逃がすなよお前ら! 今日は宴だぜ!」

『『おうさ!!』』


 頭目と思われる男の一言に気合いが入ったのか、さらに馬を走らせて距離を詰めているのが見える。


 と、その時に馬車の連中とすれ違うところだった。


「なっ!?」

「ど、どうしたんです?」

「なんか、2人駆け抜けていったぞ!」

「えっ!?」


 すれ違う瞬間に気付いたらしい。

 こちらに視線を感じるが、まあいい。


 ちょうど馬車と盗賊たちの間の辺りに、俺とフィアは立ち止まって武器を構えた。


「オイオイ、なんだなんだ!? 今日はツイてんなぁ、いい女だぜ!」


 どうやら盗賊たちはすぐにこちらに気付き、馬の足を止めながらこちらを囲んでくる。


「おいお前ら、こんなところで放置されるたぁ、可哀想になぁ。だが、安心しろ。俺たちが可愛がってやるからよぉ!」


 そう喋りながらも、隙が出来ないように徐々に距離を詰め、囲んでくるというのは慣れている連中だ。


「一つ聞くが、貴様らは盗賊ということで良いな?」

「はぁ? 何聞くかと思えば……いやいや違うぜ? 俺たちは善良な市民でちゅよ~。馬鹿な連中が味わう結末を実地で味わわせてやってる親切なおじさんたちさ!」

『『ぎゃっはっはっは!!』』


 どうしてこういう連中って、テンプレの台詞なのかね?

 ああ、テンプレだからこそ王道か。作者の都合か。


「……つまりは、盗賊という認識で間違っていないと」

「はっはっは! ……まあ、そういうことだ。だからどうしたぁ?」


 そう言ってニタニタと笑う頭目。


「いや、殺すのに躊躇いがなくなるだけだ」

「は?」


 ドスッ!

 俺が投げた銀鍵が、頭目の隣の男の頭に刺さり、男が落馬する。


「な!? こいつ……!」


 さらに出した銀鍵を投げつけ、眉間、胸、喉などを的確に貫いていく。

 フィアも同時に弓を放ち、魔力で作られた矢が一射で何本も放たれ、同時に数人に刺さり絶命させる。


「このクソ野郎がぁ!!」


 自分たちの仲間が殺されていくのを見て、驚きと同時に怒りで頭に血が上った連中が、馬から下りてこちらに向かって来る。


「甘いな」


 それを、剣を抜きつつ斬り捨て、躱しながら回転して数人を血祭りに上げる。

 フィアは魔力で出来た矢を直接相手に刺し、あるいは近接で速射をしながら的確に盗賊を屠っていく。


「な、何なんだ……何なんだよテメエらぁ!?」


 頭目にとっては悪夢でしかないだろう。

 折角襲った商人の馬車や荷物を手に入れようとしていたところに、突然現れた二人組。

 片方が見た目麗しい美女なので、それも手に入れようと楽しみにしていた……そのはずだったのに。


 まさに壊滅状態。

 たった2人に、30人の、しかも馬に乗っていた仲間が数分も経たずにその屍をさらしていくのだ。


 あまりの状況に頭目と残っている数人は逃げ出すのも忘れ、ただ後退りしながら近づく俺を見ている。


「……さて」

「ひっ!?」


 俺が目線を向けると悲鳴を上げた。

 この頭目にとって、俺は単なる恐怖の象徴だろうな。


「お前のアジトはどこだ?」

「……そ、それを言ったら、助けてくれる……」


 斬ッ!


 俺の振るった剣圧が、地面に大きく抉れた痕を作る。


「自分が交渉できる立場と思っているのか? それともここで……殺すか?」

「ひ、ひいいいぃっ! わ、分かった、分かったから言う!」


 俺は盗賊のアジトを聞き出し、残った数人を縛り上げる。

 そうしていると、騎士が2人と、すれ違った商人たちがやってきた。


「レオニス、大丈夫か……って、マジか……」

「こ、これは……!?」


 最後の1人を縛り上げ、数珠繋ぎにしていたら、唖然とした声が響いてきた。


「数人捕らえた。残りは処理済み、アジトは聞き出している」

「……あ、ああ。どうする?」

「……そうだな、この数人は商人たちに渡すか。俺とフィア……いや、フィアはリナ嬢のところに戻って護衛、俺とどちらか1人、付いてきてくれるか?」

「分かった。そうしよう」


 そう言ってこれからの動きを決める。

 基本的に俺とフィアの任務は護衛なので、本当は離れるわけにはいかないのだが、盗賊を討伐したのも俺たちだ。

 そのため、アジトについては俺たちの取り分となる。

 とはいえ護衛も疎かには出来ないので、フィアには戻ってもらい、その代わりに騎士の一人に付いてきてもらうことにした。


 すると……


「ちょ、ちょっとお待ちください!」


 商人の一人が声を掛けてきた。


「何だ?」

「その……助けていただき感謝します。それなのに私たちにこの盗賊を預けるとは……」


 生き残った盗賊は犯罪奴隷として売れる。

 それに、名の知れた盗賊の場合は懸賞金が掛けられている場合もあり、その金額を得られるのだ。


 そのため、商人としてはそんな盗賊たちを渡してくるということに驚きがあったようだ。


「だが、討伐したレオニスがそう言っているわけだから、我らはなにも言えんぞ?」


 そう言って騎士がこちらに目を向けてくる。


「あの、レオニス殿と仰いましたか……流石にそれは私たちとしては受け取るのは……」

「いや、構わない。それに現状俺は金銭的な不自由はないからな……」

「ですが……」


 なおも言い募ろうとする商人たち。

 それなら、こちらの得になるように少し鎌を掛けてみよう。


「見たところ、どこかの商会所属だな、それも大手だろう? もし盗賊の引き取りに気が咎めるなら、俺が望むときに必要な情報を渡してくれる……というのはどうだ?」

「そ、それは……もちろん内容にもよりますが……」

「別に顧客情報を寄越せとは言わんさ」

「……分かりました。しかし……本当によろしいのですか?」

「ああ、馬車の調整にでも使えばいい」


 先程かなり走らせていたせいで、恐らく馬車にも影響が出ているはずだ。


「ではありがたく……私、エディ・イスフェルトと申しまして、クムラヴァにて【イスフェルト商会】の会頭をしております」


 イスフェルト商会か。中央でもそれなりに名前の聞く大きな商会だな。

 しかしその会頭が何だってこんなところにいるのだろうか。


「会頭自ら動いているのか……俺はレオニス・ペンドラゴンだ。Dクラス冒険者でもある」

「その若さで……それは素晴らしい。私は昔から現場主義でしてな……こういうこともありますが、止められんのですよ」

「なるほどな。ではエディ殿、またお会いしよう」

「はい。レオニス殿も」


 そう言って、俺は商人に手を振る。

 商人たちは何度も頭を下げてきていたが、しばらくすると馬車に乗り込み、俺たちと同じ方向に戻っていく。


「さ、行くか」

「ああ。だが、時間が掛かるかもしれないな」

「まあ、馬が少し残っているから、一騎拝借しよう。リナ嬢には先にクムラヴァに入場してもらっていた方がいいだろうな」

「ああ、そうしよう」


 そう言うと騎士はもう一人の騎士にそのことを告げ、その内容を受けた騎士が頷き馬で戻っていく。


「フィア、送ろうか?」

「いや、妾が本気を出せば今の騎士も追い越せるからの」

「分かった。また後で会おう」

「うむ」


 そう言うと俺は馬に飛び乗り、横腹を蹴って駆け出す。

 すると、一歩遅れた騎士が俺に追いつきながら話しかけてきた。


「……お前、馬に乗れたんだな」

「うん? ああ、久々だが身体は覚えているな」

「そうなのか……というか、さっきプエラリフィア殿が言っていたが……」

「ああ……」


 本気で駆けたら、って話か。

 確かに、俺もフィアも本気で駆ければ尋常ではないスピードで走ることが出来る。


「まあ、俺もフィアも走るのは得意だな」

「それ、得意ってレベルか……?」


 そんな話をしながら、俺と騎士は盗賊のアジトに向かった。


 * * *


「中々広いな」

「結構大所帯だったのか、腕が良かったのか知らないが、ここまでのアジトを持っていたとはな」


 俺は銀鍵を手に先頭を進む。

 馬は途中の木の辺りで待機させ、俺たちだけが中に入っていた。


 アジトは少し行ったところの森の中であり、天然のトリックアートのようにある位置からでしか見えない場所に存在していた。


 Dクラス昇格の際の、盗賊のアジトより複雑であり、最初にたどり着いたのが、宝物庫だった。


「……くそっ、ここまでため込んでいるとは」

「……それだけ被害は大きかっただろうな。これは宝石類、布地、剣に槍……」


 手当たり次第アイテムボックスに収納していくと、ふと武器の一つで目に留まったものがあった。


「これは……」


 一般的な剣に比べ細身で、鞘からして反りを持っている。

 その鞘も芸術品のような艶のある黒で、所々に金属の装飾や彫刻が施されている。


 柄は独特の糸を巻き付けたような複雑なもので、その中程に蝶の彫り物が挟まっていた。

 そして、鍔は円形のものとなっており……


「刀、か」


 長さとしては、三尺まではいかない長さだがそれなりに長いもので、充分太刀と呼ばれるものだった。

 少し抜いてみると、独特の雲のような刃文が浮かんでおり、それはまさしく刀であった。


「……これは」


 ふとはばきの部分に特徴のあるマークを見つけ、すぐに鞘に納めた。


「どうした?」

「いや、何でもない」


 俺の呟きが聞こえたのだろう、騎士がこちらに聞き返してきたが、俺はそれに答えずに刀をインベントリにしまう。


 宝物庫にあったすべてをアイテムボックスへ納めた後、他のところを確認する。


「ん……?」

「今度はどうした」

「……気配があるな」


 ふと気配を探ったところ、奥の方の部屋に気配がする。

 注意しながら進むと、細い通路の先の開けた場所に、何個も区切られた牢屋を見つけた。


「ん? なんだ……グエッ」


 どうやら牢番役の盗賊だけは残っていたらしい。

 こちらに気付いた瞬間に、俺の投げた銀鍵に貫かれて事切れたが。


「……早くないか?」

「悪党に慈悲はない」

「まあ、分からんではないが」


 そんな話をしつつ、牢屋に近付くと……


「ムグッ……!?」

「……やはりか」


 そこには縛られ、猿轡を噛まされた女性がいた。

 見た限りで暴行を受けているようには見えないが、それでも手足を縛られ、逃げないように拘束されていたのだろう。


 それに恐らくだが、俺が躊躇いなく盗賊を殺したのも影響しているのか、恐怖とまではいかないが、こちらを警戒し、恐れているのは分かる。


「すまない、私はここの盗賊団を討伐したレオニスという。アジトの接収に来たのだが、まさか捕らえられている人がいるとは思わなかった。解放するから、少し奥の壁寄りに下がれないか?」


 そう俺がしゃがんで目線を合わせて言うと、警戒はしつつも納得したのか、壁際に下がっていく。


 それを見て、俺は一旦剣を取り出し、魔力を高める。


「…………はっ!」


 キキンッ!

 剣を抜きつつ二閃。

 牢屋の格子を一部切ると、その部分が手前に倒れてきた。


「よし。入るぞ」

「……ムグッ」


 女性は少し動いて頷くと、こちらに身体を動かそうとする。


「ああ、そのままで良い。大丈夫だ」


 俺はナイフを取り出し、猿轡と、手足のロープを切って解放した。

 みると、ロープの痕が腕に残っているが、特に他の傷は無さそうだ。


「ありがとぉ」


 解放された女性が身を起こしてお礼を言ってくる。

 見ると、身長は俺より20センチは低く、多分140センチくらいだ。

 童顔なので子供かとも思ったが、顔立ちは恐らく大人だろうと思われる顔立ち。


 髪の色は青み掛かった黒色で、肌は白く人形めいた雰囲気を醸し出している。

 瞳はオレンジ色という表現がふさわしい色だろう。


 だが、体型が豊満というか、ウエストは細いのに胸は凶悪。

 多分単純比較すればフィアに勝つのではなかろうか。


「立てますか? 必要であればポーションをどうぞ」

「あらぁ……そうねぇ、少し痕を消しておくわねぇ」


 そう言うと俺からポーションを受け取り、ロープの痕に振り掛けていく。

 すぐに痕は消え、彼女は身体を確かめるように屈伸すると、問題ないのかこちらに歩いてきた。


「とにかくここから出ましょう。他の連中がいないかだけ確かめてきますので」

「あらぁ、それなら私も行くわぁ。それに武器を取り返さないと……」


 なるほど。

 さっきの刀は彼女のものか。


「恐らくですが……これですね?」


 そう言って俺はインベントリから刀を取り出す。


「あら……えぇそうよぉ。……どうしたら返してくれる?」

「そうですね……」


 そういえば本当に彼女のものなのか、念のために確かめておこう。


「一つ確認ですが、目貫の彫刻は?」

「蝶――揚羽蝶よぉ? それが?」


 それを聞き、俺は刀を彼女に渡す。


「それなら間違いなくあなたのものだ。お返ししましょう」


 そうすると彼女が驚いたように目を見開く。


「そんな簡単でいいの?」

「ええ。この出会いも何かの縁ですから」

「ふふっ、そうねぇ。この恩は必ず返すわ!」


 そう言うと彼女は頭を下げて、さらに口を開いた。


「私はノ……じゃないわ、リアっていうの。実は酒場で質の悪い連中に捕まって……ここに連れてこられていたのぉ、酷いと思わない?」

「それは災難でしたね……何か問題は?」

「それはないわぁ……と言っても、今日貴方たちが来てくれなかったら危なかったわねぇ、きっと」


 その言葉にホッとしつつ、本当に危なかったんだなと実感する。

 そのまま3人で全体を確認し、これ以上特にものがないため引き上げることにした。


「そういえば、他に荷物はなかったんですか?」

「そういうのは宿にあるわよぉ。……それと、そんなにかしこまって話さないでちょうだい。むず痒いわ」

「……分かった、そうしようか。これからどうする?」


 彼女は一人なのでどうやって戻るのか、どこに戻るのかを確認する。


「宿はクムラヴァだから、このまま歩くなりすれば平気よぉ。それに今回は毒を使われたのが原因だからぁ」


 そうは言うのだが、それでも女性の一人歩きは危ないだろう。

 ちらと騎士に目をやると、こちらをみて頷いていた。


「……それなら、俺たちと一緒に行かないか? 俺たちもクムラヴァに向かっている途中だったんだ」

「あらぁ……それなら同行させて貰えるかしら?」

「ああ、構わない」


 そういうことで、俺はリアを乗せ馬に乗る。

 そのまま何度か休憩を挟みつつ走ることしばらく……


「あれじゃないか?」

「ああ、見つけた」


 2時間としないうちに、騎士の一団と馬車を発見した。

 俺たちはそれに近付いていき、声を掛ける。


「戻って来たぞ!」

「おお! 早かったな!」


 小隊長が声を上げ、こちらに返事をしてくれた。

 そのまま小隊長の馬に近付くと、話しかけてきた。


「どうだった? ……おや」

「捕まっていたようでな。クムラヴァに向かうらしく、折角なら同行してもらうことにした」

「そうか……お前がそう決めたなら問題ない。それに腕も立ちそうだしな」


 そんな話をしていると、リアが俺の方を振り向いて話しかけてきた。


「レオニス貴方、貴族の部下なの?」


 そう言う彼女の表情は、何か意外な、もしくは少し倦厭するようなものだったので、俺は説明する。


「いや、まあ、確かに今回はそういう扱いだが……基本はDクラス冒険者だ」

「へぇ……ちなみに貴族って……」

「リーベルト辺境伯だ」

「あぁ、あの西部のぉ」


 俺が説明すると表情は和らぎ、特にそれ以上突っ込んでは来なかった。

 騎乗はできるらしいので俺はリアに馬を預け、馬車に戻ることにした。


「おや、もう良いのかえ?」

「何がだ?」

「新しい女子おなごを引っかけたのじゃろ?」

「そうなんですか!?」


 おいおい、いきなり何を言い出すかと思えば。

 俺が女性を引っかけただなんて……

 大体俺はまだ11歳なので、そういうことは出来ないのだが。


「あのな……あくまで盗賊に捕まっていた女性を助けたまでだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「本当ですか?」

「……ここで嘘を吐いてどうするんだ」

「あれじゃろ? 今は出来なくても、唾付けておくつもりじゃろ?」

「フィア、話をややこしくするな!」

「かっかっか!」


 明らかに俺の反応と、それを見てなぜか混乱を来しているリナを見て楽しんでいやがる。

 しこたま笑った後、フィアが口を開いた。


「ま、今のところレオニスを見る限りそう言うつもりは無さそうじゃ」

「……フィアお姉さんが言うなら、信じます」

「そうかそうか」


 おい、俺の信用はないのか。

 面白くないな。


 そんな事をしている間にも、クムラヴァが近付いてきている。

 既に外壁が見え、そこに向かう多くの人が列を作っているのが見える。


 俺たちの馬車はそれに向かって進む。

 まるで新たな物語が開けるかのように。




「……さて、あの女とはいつ再会して、厄介に巻き込まれるかの」

「おいやめろ、変なフラグが立つだろうが!」

「……そうか! そういうことか!」

「やめろ! なんか殺されそうな予感!」

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