第19話:クムラヴァへの旅路

「おはようございます、お二人とも早いですね」

「おはようございます、リナ嬢。これからしばらくよろしくお願いいたします」


 俺とフィアは領主邸の玄関前にいた。

 もちろん周りには、騎士たちだけでなく、辺境伯とその家族もいる。


「辺境伯閣下、必ずご令嬢をお守りします」

「うむ、頼んだぞ。……ついでに一生守ってもらってもいいぞ!」

「……お戯れを」

「お父様!」


 このオヤジ。何つーことを言っているのだか。

 リナ嬢が真っ赤になってしまっているじゃないか。


「心配せずとも、同性の妾もおるからの。辺境伯殿は安んじて仕事に邁進されよ」

「ははっ、心配でなにも手に付かないかと思っておりましたがな、そうもいかないようだ! はっはっは!」


 そう言って高笑いしている辺境伯。

 だが、辺境伯夫人の目がどうも……


「あなた」

「むぐ……」


 うん。夫婦の力関係って大体こういう気がする。

 夫人の一言で辺境伯は真面目な表情に戻った。


 ちなみに今回の護衛は、辺境伯としての箔付けも必要になるので、騎士の1個小隊が護衛にあたる。

 ……それならなぜ俺たちにまで依頼したのだろうか。いや、情報収集を兼ねることは分かっているのだが。


「そうだレオニス。お前たち二人には今回、娘の護衛に付いて貰うわけだが、仮の立場として【領主従属官】の扱いとする。だから、このメダルを持っておけ」


 そう言って渡される2枚のメダル。

 それには辺境伯家の家紋が描かれていた。


「分かりました。戻ったら必ず返却しますので」

「……」

「……返却しますので」

「……ああ」


 いや、なし崩しでこんな立場に就けられても困るわ。


 ちなみにこのような家紋の入ったメダルというのは、『その家に仕える者』であることを示す身分証明となる。

 そのため、騎士たちも同様に持っており、【従属官】という領主個人の直属部下も同様だ。


 家紋というのは、その一族以外勝手に使用することは出来ない。

 そのため、家紋が入ったものというのは、その人物の信頼度を表すとも言える。


 ちなみに、貴族家の当主は家紋の施された短剣を【貴族証】として持ち、夫人や子供たちは家紋の施された、盾の形状の【貴族証】を持つ。


 つまり、貴族証を見ただけでどういう立場なのかはっきり理解出来るのだ。


 俺とフィアは、自分のインベントリにメダルをそれぞれしまうと、辺境伯に向かって頭を下げる。


「それでは閣下、行って参ります」

「頼んだぞ」


 その言葉を受け、俺とフィアはリナ嬢と同じ馬車に乗り込む。

 それを確認すると同時に、騎士たちもそれぞれ騎乗する。


「出発!!」


 小隊長の号令と共に、馬車が動き出す。

 リナ嬢は馬車の窓から手を振りながら、家族たちとの別れを惜しんでいるようだ。


 ……それを見ていた辺境伯が駆け出そうとして、夫人から服を掴まれて止められていたようだったが。



 * * *


「今日は良い天気ですね! そう思いませんか、レオニスさん!」

「そうですね。雲も出てませんから、しばらく良い天気が続くかも知れません」

「あれから、しばらく街にすら出ていませんでしたから、凄く楽しいですわ!」


 リナ嬢はかなりのはしゃぎ様である。

 どうやら聞くところによると、キラーウルフに遭遇した一件以降、冒険者としての活動を休止するようにと辺境伯から言われたらしい。


 ちょうどデビューもそう遠くないため、良い機会だと思ったのだろう。

 そのためここ最近は外に出られず、室内でダンスや作法などの復習ばかりで退屈だったそうだ。


「もう……ダンスなんて必要ありませんし、踊れなくてもなにも変わりませんのに……」

「……そういう格式や伝統というのが必要な世界ですから」


 なんだろう。話を聞いていると、このお嬢様は意外とお転婆なのだろうか。

 貴族の令嬢というのは、それこそ幼い頃から行儀や作法について叩き込まれている。だから、退屈などという感想を持ったとしても『必要ない』と考える娘はそうそういないはずだ。


 ……まあ、よく知っているのでそういう反応をするのが1人いたが。

 いや、それは今はいい。


「リナ嬢は、ダンスが嫌いなのかえ?」

「プエラリフィア様……嫌いではないのですが……」

「妾はフィアで良い。『様』付けも不要じゃよ。……しかし、嫌いじゃないのならなぜ不要じゃと思う?」

「ではフィアさんと呼びますので、私もリナとお呼びください。……だって、好きでもない人と何度も踊るのでしょう? 苦痛とは言いませんが、面倒ではありませんか」


 フィアが今度は質問をし、リナ嬢がそれに答える。


 なるほど、確かに何人とも踊るというのは疲れるものだ。

 体格、身長、ステップの癖など、普段踊っている相手と異なる人物と踊ると、その違いによって体力が意外と消耗するのだ。


 それに、たまにいる勘違い野郎が必死に話しかけてきたりして気持ち悪かったり。


「ま、言わんとすることは分かるがの。……レオニスはどう思う?」

「俺か? 俺は冒険者だぞ?」

「それでも、お主は踊れるじゃろうに」


 フィアめ。確かに踊れるのは事実だが、なにも今俺を巻き込まなくても。


「そうだな……リナ嬢」

「リナ、と呼んでください」

「リナ様」

「(ニコッ)」

「……リナ。こう呼ぶからには口調も変わるぞ?」

「ええ、それでお願いします」


 何だろう。笑顔って時に恐怖になるよね。


「はぁ……さて、何だったか……ああ、ダンスか」


 何を話していたか一瞬忘れかけていたが、思い起こして俺の意見を述べる。


「確かに多くの人と踊るのは疲れる。だが、基本的に3人程度踊れば、後は疲れたとでも言えば問題ない。それに、ダンスはある意味芸術だ。それを極めるという美しさを追ってみるのも手だろう」

「そうなのですか? もっとずっと踊っているものとばかり……」

「ああ、それはイメージではそうだがな。特に女性はドレスの関係もあるから、そう何曲も続けて踊るわけにはいかんし、あまり女性がダンスに夢中になっていても、それはそれで"はしたない"と思われる」

「そうなんですね」


 基本的に、ダンスを同じペアと踊るのは精々2回が限度。それを超えると、その人物は婚約者か、あるいは本命の相手と思われる。

 逆に、女性があまりにも多くの人と踊りすぎると、尻軽のようなイメージを持たれてしまうし、ダンスはあくまで社交における手段の1つでしかないので、会話などをしないというのは馬鹿だと思われるのだ。


 こう言ったことも、もしかしたら今回の親睦会で学ぶのかも知れないが、先に教えていても問題はないだろう。


「でも、レオニスさんはよくご存じですね。どこかで学ばれたのですか?」

「俺にもそんな丁寧でなくて良いぞ、リナ。……俺は両親、そして専門の先生もいたな。怖かったが」


 あれは強烈だった。

 キャラクターもそうだが、そのストイックさが凄かったのだ。

 姿勢一つとっても、下手に動こうものならそこだけを徹底的に繰り返しさせられる。


 ……ある意味、俺が剣術の修行に耐えられたのは、あのダンスレッスンがあったからかも知れない。


「……大丈夫?」

「ん? ああ……少し思いだしてな」


 先生は元気にしているだろうか。

 そんな事を考えつつ馬車に揺られ、俺たちはクムラヴァに向けて進んでいくのであった。


 * * *


「そろそろいい時間ですので、近くの町に滞在します。よろしいですか?」

「ええ、ありがとう。お願いしますね」


 今回の旅において、立場がもっとも上なのは誰か。

 それは、間違いなくリナである。

 そのため、親睦会の参加者であると同時に、彼女は視察団長と言うことになっている。


 そのため、決定を下すのはリナなのである。


 さて、貴族が移動する際や旅をする際、行わないことの一つが『野営』である。

 もちろん他国との戦争で陣営を組む場合は別だが、普通の旅であれば必ず、どこかの街や都市に一泊するのだ。


 そのため、現状まだ午後3時くらいなのだが、この段階で町に入り、宿を取る。


 そのようなわけで当然、貴族の移動には費用がかかるわけだ。もちろんこれは経済を回すという目的もあるので、余程のことがない限り行われる恒例行事みたいなものである。


 今は騎士の一人が先行して町に入り、宿を押さえているに違いない。

 その間、俺たちはゆるりと移動して、あまり早く到着しないようにする。


「どんな町なんでしょう? 知ってるレオニス?」

「いや、流石に知らないな。俺はこっちに詳しくはないんだ」


 既にここは辺境伯領ではない。場所としてはバルリエント伯爵領だ。

 俺は、地元以外ではヴェステンブリッグくらいしか知らないので、流石にここの情報は持っていない。


「じゃあ、折角だから町を散策しません?」

「……少し、確認してみよう」


 このお嬢様は……

 活動的なのは悪くないのだが、少しは立場というものを考える方が良いかと思うぞ。

 冒険者をしていたことから、少しその辺りの感覚がズレているのかも知れない。


 俺は馬車から降りると、小隊長の馬に近付く。


「小隊長」

「どうした?」

「リナ嬢が、町を散策したいとのことだが……」

「……いや、流石に」

「……だな」


 少し頭痛そうな表情をした小隊長を見て、なんとなく理解した。

 もしかしたら彼女、冒険者を休止になって何度か街に出たいと言い出したのかも知れない。


「リナ」

「あ、どうでした?」

「楽しみにしているのは分かるが、流石に今日は止めておこう。クムラヴァなら視察できるが、ここは対象じゃないんだ」

「……仕方ないですね、我慢します」


 少し膨れっ面をしているが、自分が少し無茶を言っているのは分かっていたのだろう。

 渋々納得していた。


「ま、今日は食事を楽しみにするとしようじゃないか」

「あ、そうですね!」


 そんな話をしていたら町の門が近付いてきた。

 まあ、門と言っても大きな城壁があるわけではないので、そこまで大きいものではないが。


 そうしていると、向こうから一騎、駆け寄ってくる影がある。


 見ると、さっき宿を取りに出ていた騎士だ。

 馬ごと馬車の近くに寄ってきたので、窓を開ける。


「リナ様、宿が取れました。門の警備兵にも伝えておりますので、このまま通りましょう」

「分かりました……小隊長」

「はい、お嬢様」


 そう言うと、馬車が少し速度を上げ、門に向かう。

 どうもそれまでは他の入場者を止めておいてくれるらしい。


 町に入ると、ヴェステンブリッグほどではないにせよ十分な賑わいを見せているのが目に入る。


「これは中々……」

「活気があるのう」


 そんな事を呟きつつ見ていると、馬車はさらに進んでいき、少し高級なエリアに入る。

 その中に建つ、一つの宿屋の前に馬車が停まった。


「お嬢様。お手を」

「あ、ありがとうございます……」


 俺とフィアが先に降り、俺がリナに手を差し伸べると、おずおずと手を取って降りてきた。

 顔が真っ赤だが、どうしたのだろうか。そんなに緊張するか?


「……朴念仁め」

「何か言ったか?」

「……ふん。何も言うとらんわい」


 なぜに不機嫌なのだろうか?

 え、リナまで何だその表情。


 なぜかよく分からない視線をいただきつつ、俺たちの初日の旅は終わったのだった。

 解せぬ。



 * * *


「この調子でいけば、今日の夕方頃には到着できそうだ」

「分かった。リナ嬢にもそう伝えておく」


 昨日の町に入るときとは異なり、今日は相応のスピードで動く馬車。

 と言っても、貴族的に考えるとあまり速く走らせるのは余裕がないと見られそうという理由から、そこまでのスピードを出さないのが一般的である。


 さて、俺はリナに状況を伝えるために馬車に戻ろうとしたところ……


「前方より接近する集団あり!」


 一人の騎士の警戒の声がした。

 その声と共に再度馬車から飛び出し、いつでも武器を抜けるようにしておく。


 同様に騎士たちもそれぞれの武器を構え、いつでも動けるようにしていた。


「あれは……商人の集団か?」

「そう見えるが……逃げている?」


 そうであれば、その後ろに何かが追ってきているはず。


「二人ほど先行して確認せよ!」

「「はっ!」」


 小隊長の指示で二騎ほど駆けていく。

 速いもので、もう逃げてきている集団に合流したようだ。


 するとすぐに一騎が引き返してきて、大声で叫んだ。


「盗賊だ! 30人ほど、弓あり! 魔法なし!」

「ふむ……レオニス」

「迎え撃つ。俺とフィアで充分だろう」


 そう俺が言うと、小隊長が難しそうな顔をした。


「流石に厳しいのではないか?」

「いや、逆に別働隊がいると厄介だ。ここで令嬢を守りつつ、待機してくれた方が助かる」

「……しかし」

「それに、あの程度であれば俺たち二人で動いた方が速い」

「……分かった」


 小隊長が了承してくれたので、馬車の中にいるフィアに声を掛ける。


「フィア、前方から盗賊が来ている。先行して潰すぞ」

「了解じゃ……ここは?」

「騎士たちに任せる。それと……」


 そう言って、俺は1枚の護符をリナに渡した。


「危険な状況になったら、すぐにこれに魔力を込めろ。そうすれば防御魔法が展開する。ちなみに範囲は2メートルだからな」

「え? ええ?」

「いいな、お付きと、出来れば騎士たちを入れておけ。その代わり展開したら出るな。戻れなくなる。それに魔法は内側からなら撃てるから」

「わ、分かりましたけど……レオニスは……」

「ではな」


 俺はそれだけ言い、フィアと共に駆け出して行った。

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