第3章:ウェルペウサ
第29話:バーコードと新しい依頼、そして次の旅の準備
「平民の冒険者如きが同席するとは些か不快ではあるが……我が主の命である、しかと聞け。まず……」
「失礼ですが、何の自己紹介もないような無礼な方のお話を聞く気はありません」
「……なっ!? な、なっ!?」
このオヤジ、完全に上から目線で話してきているが、何を考えているんだろうか。
例え平民であろうとも、冒険者ギルドというのは半独立の組織。
当然、冒険者自身も同様で、貴族であろうと完璧に上から話すことは出来ない。
立場を理解していないようだったので軽い【威圧】を掛けながら答えた俺も俺だが。
「……ボテロ殿。流石に我がギルドのBクラス冒険者にその態度はありませんね」
「な、なっ……Bクラスだと? このガキが?」
駄目だなこりゃ。
流石に同席は御免被る。
「ギルドマスター、悪いが俺たちは関係するつもりはない。帰るぞ」
「……少し話くらいは出来ると思っていたのですが、仕方ありませんね。少し待ってください」
俺たちが席を立ったので、ギルドマスターも頭を振りながら溜息を吐いている。
「ボテロ殿、一つお伝えしますが、彼はリーベルト辺境伯、バルリエント伯爵とも懇意の冒険者です。さらにはドラゴン騒動でもドラゴンを撃退し、活躍した存在。その者に対し、しかも準貴族相当のBクラス冒険者に対し、その態度は何ですか?」
「……なっ!? あ、あの、ドラゴン騒動の……!?」
「ええ、彼らがいたおかげで、あの騒動は終息したのです。……さて、貴方の主人である方は、そんな人物と敵対した貴方をどうするでしょうね?」
「……っ!」
明らかに目の前のボテロと呼ばれる男が息を呑んだのが分かった。
さらには徐々に顔が真っ青になっていっている。
途端にボテロはソファーから立ち上がり、俺たちに向かって土下座をして来た。
「た、大変申し訳ない! これはあくまで私の独断の行動故、我が主の本意ではないのだ! すまん! すまんっ!」
土下座をしつつ頭を床にこすりつけんばかりにする男を見て、少し可哀想に思う。
だが、悪いが簡単には頷けるものではないな。
「……こちらを『平民風情』扱いしておいて、途端に手のひらを返す。良いご身分だな」
「……いや、それはっ」
「つまりそのような態度を、貴様の主は許しているというわけだ。それで我らに『本意でない』などと言うつもりか?」
「……っ!? そ、そういうわけでは……」
さて、こいつ自身の問題か、それとも主とやらの問題か。
どっちだろうな。
そう考えつつ、さらに追い込もうかと思っていたところでギルドマスターが口を挟んできた。
「……レオニス君、そこまでにしてあげなさい。今回の話、聞くだけ聞いても悪くは無いと思いますよ?」
「! ……ふむ。ギルドマスターがそう言うならば」
わざわざこちらにウィンクまでして聞くようにと促してくるギルドマスターを不思議に思い、ソファーに戻る。
ちなみにボテロは土下座のままだ。
「……ボテロ殿、話は聞こうか。戻りたまえ」
「……はっ? あ、ありがとうございます!」
そう言うと、その体型にしては俊敏にソファーに戻った。
ああ、「運動性能の高いデブ」って感じだな。
ちなみに擦りつけ過ぎで額が赤くなっている。これは放置だ。
「……それで?」
「は、はいっ……実は……」
ボテロは話し始めた。
彼はパレチェク侯爵に仕える従属官らしく、半年前に起こったドラゴン騒動のためドワーフたちとの関係が悪化し、鉱石類や武器類が入らなくなったとのこと。
それで、数ヶ月前にドワーフのところに出入りしていた俺たち、特に俺の話を聞きつけ、間を取り持って欲しいとのことらしい。
「……なるほど。話は分かった」
「お、恐れ入ります、はい」
「だが、少し気になる事がある。……答えてくれるか?」
「え、ええ……何なりと」
ほう。『何なりと』か。では聞かせてもらおう。
「なぜ、ドラゴン騒動によって
「……!?」
途端に顔を紅くしたり青くしたり、果ては土気色のような色に変化させて驚愕の表情を隠そうともしない。
「なあ、なぜなんだ? 少なくともドワーフ自治領には少数とはいえ人がいた。それがなぜ、君たちとは関係が悪化する? 少し理解出来ないんだが」
「……そ、その点につきましては……少々……我が主と……」
「『我が主』と? そうか、侯爵が絡んでいるから自分は話せないと、そういうことか」
「いえっ! ……その、ですな……どうも騎士たちに対して、やたらあたりが強く……それで我らとしてもそうそう向かうわけには……」
「……そういうことにしておこうか」
完全にしどろもどろな状態だが、まあ、納得したことにしておこう。
とはいえ……騎士たちにあたりが強いのは仕方ない。あんなことがあった以上、ドワーフたちとしても信用できないのだろう。
「で、では、受けていただけますでしょうか?」
ボテロの言葉に俺はしばらく考える。
その上で、俺は口を開いた。
「……悪いが、間を取り持つことは出来ん。友人たちがなぜ受け入れないか、そこが問題だからな。成功するどころか拗れる可能性だってある。そんな不確実な依頼は受けるわけにはいかない」
「……そ、そんな……」
俺が断ったことに対し、力が抜けたかのように絶望した表情をするボテロ。
「大体、この件について侯爵自身が手紙も寄越さないというのはおかしい。もし危機感があってどうしても渡りをつけて欲しいのであれば、本人が来るか、あるいは手紙を持ってくるべきでは?」
「……そ、そう、です……仰るとおりです」
塩を掛けられたナメクジのように小さくなっていくように見えるボテロ。
もしかして、彼は独断で動いているのだろうか。
そんな事を考えていたら、ボテロが頭を下げてこう言い出した。
「……すみませんが、一旦この件は持ち帰らせていただきます。改めて我が主と相談の上依頼いたしますので……」
「……我らがここにいるとは限らんぞ?」
「は、はい、承知しております。……それでは、失礼いたします」
そう言って応接室から出て行くボテロだった。
* * *
「……どう思いました?」
「……いまいち釈然としないな」
あのボテロという男は最初こそ傲慢な態度を取っていたが、後の態度は違っていた。
もちろん立場故、そのような殊勝な態度を取ったのかも知れないが、明らかに自然なのが後の態度だったのだ。
一体彼は何を求めていたのか。
とにかく、別方向で調べるしかないだろうな。
……そう思っていたのだが。
「レオニス君、すみませんがバルリエント伯爵から緊急指名依頼が来ています」
「……今度はそっちか」
しかも緊急依頼。一体何があったというのだろうか。
だが、可能性として考えられるのは例のドラゴン騒動の件だろう。
「……流石にバルリエント伯爵の依頼は断りづらいな。フィア、どう思う?」
「妾としては構わんと思うぞ。思惑は分からんが」
「わかった……では、これを受ける事にする」
「了解です。緊急依頼なので、今回は有名な魔道具を渡すと、そう言っていましたよ」
「期待しよう」
そのようなわけで、俺たちは半年ぶりにクムラヴァに向かうことになった。
* * *
「今回は二人旅じゃ。少し気楽じゃな」
「確かに。二人だけで動くって久しぶりかもな」
「うむっ!」
とはいえ緊急依頼のため少し急がなければいけない。
基本的に必要なものは全て揃っているので、後は移動をどうするかだ。
「やっぱり走るしかないかな」
「そうじゃな……かまわんのじゃがそれでも時間はかかるのう」
「それは仕方ないだろうな」
そんな話をしていたのだが、ふと、俺に浮かんだものがあった。
「なあ、フィア」
「なんじゃ?」
「赤竜に頼るのはどうだ?」
赤竜。俺たちの友人……人ではないが、竜だ。
本当は移動手段として考えたくはないのだが、今回の状況として例の【炎魂の楔】に関連する可能性がある。
ついでに最近の様子を聞いてもおきたいのだ。
「赤竜のう……それは構わんが、連絡が難しいのじゃろ?」
「折角だから、魔力探知を術式として組めないか? 実はフローは組んでて、必要とされる式は概ね出来ているんだ」
「なんと……」
実はここしばらく、時間を見つけては術式の構築を試していた。
もちろん俺が【魔術陣化】は出来ないが、それをフィアに行ってもらう。
元々感覚的に使っている魔力探知をより広範囲に広げ、かつ術式として成立させる方法だ。
通常魔力探知というのは、相手から放出されている魔力を感じ取る方法。
その時に自分の魔力を放出して反射する魔力を感じて探知するのだが、相手も探知をしている場合は自分自身の魔力を探知される可能性が存在する。
それを無くすにはどうしたらいいか。
俺の場合であればエーテルと自分のマナが非常に近いものなので、使っていてもバレることはない。
だが、【
ではどうすればいいか。
それは自分のアストラル体で直接エーテルとリンクさせ、周囲の状態を受信する方法だろう。
だが、エーテルはどこにでも存在し、場合によっては分布も異なる。
そのため莫大な情報量を受信してしまうし、場所によっては掴める情報量にも差が出てくる。
何より、エーテルと直接リンクすると、ちょっとした感情や攻撃魔法が通るだけで、アストラル体へのダメージを受ける可能性がある。
そのためしっかりと術式として、フィルタリングや受け取る情報の取捨など、そう言った機能を実装させるのだ。
「……って、出来ると思うか?」
「……そうじゃな、これを見る限り相応に出来上がっておる……というか関数は十分出来上がっておるな。これならそう時間も掛からず出来るが、しかしよう思いつくのう……」
「そうか?」
「うむ。大体、アストラル体とリンクするなど、普通考えんぞ……」
そんな話をしつつ術式を組んでいくフィア。
「……しかし、これを使うと、本当に鑑定の術式を組めるかもしれん」
「本当か?」
「そうじゃな……もちろん色々と調整は必要じゃが。例えば……」
そのまま俺とフィアは、開発に入り始める。
「つまり、この関数の術式を変えれば……」
「いや、そこはパラメータとするのが良いな。その上でこっちでフィルタリングを掛けていくと……」
「でもそうすると、莫大な結果になるだろ」
「いや、あくまでパラメータとするのは視覚的データに……」
「それじゃ探知の意味がないだろう」
「とはいえ……」
お互い、食事をするのも忘れて日が昇るまで話し合った結果……
「……で、出来たぞ」
「……出来たな」
「じゃが……」
「ああ……莫大なデータだな。アストラル体がパンクするぞ……」
「これは困った……」
「一旦、なんか魔導書にするか?」
「……書き込めというのかえ?」
「……保存、どうするんだよ」
どうにか【魔術陣化】には成功したのだが、現状【グリモワール・カルクラ】も無いため圧縮や最適化というのが出来ない。
そのため莫大な容量の術式陣が出来上がってしまった。
しかも、サイズがかなり大きく、何か本に収めようにも収まらないし、どうしようかという話になってしまった。
「……とにかく、これはインベントリだな」
「……この妾の努力って一体……」
「……いや、助かったし、嬉しかったけどな」
「……ぐすん」
少々フィアが涙目である。
頑張ったのに、結果これでは泣きたくなるだろうな。
後でしっかり慰めなければ。
さらに次の日。
「【
「……悔しいのう、くやしいのう」
本人曰く、もう少し便利なものを作りたかったらしい。
だがどうしても限界があって、出来上がったのは生物のみを探す術式だった。
それでもエリア指定ができて、広範囲に調べることも出来るため、非常に便利なのだ。
面白いことに、相手が寝ているかどうかや、どんな状態かも分かる。
そんなフィアを慰めつつ、俺たちは春風亭の部屋でくつろいでいた。
「……レオニスから撫でられると、ホッとするのじゃ」
「それは良かった」
まったり。
サイドテーブルに紅茶を置いて、お菓子を食べつつ楽しむ。
フィアはかなりの尻尾をお持ちなので、際限なく撫でていられる。
耳の後ろはどうだ? こっち? こっちか?
「あ、あああああ゛あ゛あ゛あ゛……」
そんな時間を過ごしていたが、そろそろ出発しなければ。
夜の間に赤竜に迎えに来てもらおう。
そう思って俺は【
……あった。
『赤竜、聞こえるか?』
思念を送る。
ありがたいことに、【
俺の思念に反応して、赤竜からも思念が帰ってきた。
『この反応は、レオニスか? どうした? ……というかえらく遠くにいるな』
『お、届いたな。良かった……ん? ここはヴェステンブリッグ、西方辺境だな』
『ほほう……流石だな。で、どうした?』
俺は今回の用件を話した。
クムラヴァに向かわなければいけないこと、もしかするとドラゴン騒動と関係する可能性もあり、早く行きたいのだが連れて行ってくれないかという点を話す。
『もちろん、もし良ければ……なんだが』
『かまわんさ。何時迎えに行けば良い?』
『今日の夜はどうだ?』
『分かった。お主を目指せばいいな?』
『ああ、その時には外に出ているから』
『分かった。また会おう』
そこで思念が切れ、会話が終了する。
「フィア、今日の夜に赤竜が迎えに来てくれる。クムラヴァへ行くぞ」
「……そうじゃな。では、夕方頃出るかの」
「先に少し寝ておくか」
「そうじゃな」
そのようなわけで、俺とフィアは準備を完了してから仮眠を取ることにした。
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