第30話:平和的な時間(ただし火山)

「……そろそろだな」

「うむ」


 俺とフィアはヴェステンブリッグを夕方に出発し、しばらく歩いていた。

 走っても良かったのだが、別に今は急ぐ必要はないし、どの道赤竜と会うために場所を考えなくてはいけない。


 街道から離れた草原で、俺とフィアはテントを出して休憩していた。


 この世界は四季というものはあまりない。

 いや、実際には地方によって異なり、王都周辺は四季が割とはっきり分かれているが、ヴェステンブリッグは常に温暖で、逆にとある町などは基本的に寒冷地であるとか、場所によって変わるのだ。


 一応通例で3月頃から6月までが春、7月から9月が夏、10、11月が秋、12月から2月頃が冬と扱われている。


 今は春。

 ヴェステンブリッグでは感じないが、これから暖かい季節へと変化していく良い時期だ。


 そんな事を考えながら星空を見る。

 当然俺が前世で知っているような星座はないが、空気が澄んでおり明かりの類いも少ないので、星が綺麗に見える。


「……」

「どうしたのじゃ、黄昏れて」

「……ああ、いや……こういう時間が俺は好きだと思ってな」

「ふふっ、確かに良い時間じゃ。自由での……」


 無言の時間がゆったりと流れる。

 フィアも空を見上げ、星を見て目を細めている。


「お、流れ星だ」

「本当じゃな」

「どうか無事に終わりますように、どうか無事に……無理か」

「何じゃそれ?」

「前世でな、流れ星に向かって願い事を3回唱えると叶うっていうおまじないがあってな」

「……面白いのう」


 ――――ゴ


「フィアたちはそう言うのなかったのか?」

「特になかったのう。まじなう位なら自分で解決できるしの」


 ―――ゴゴゴ


「……なるほどな」


 確かに旧世界は、禁忌とも言われるようなレベルまで手を出せるほど、発達した世界だったわけだから自分でなんとかなるのか。

 つまりは努力次第ということだが。


 ――ゴゴゴゴッ!


「それで――」

「なんじゃ、聞こえん――」


 なんか音がかき消されてフィアの声が聞こえないな……と思っていたら、


 ――ズズンッ!!!


 地面を揺らす程の振動と、その衝撃による音が響き渡る。


「って、なんだ!?」


 そう思って振り返ると……


『……ふむ、邪魔したか?』

「せ、赤竜……」

『う、うむ。我だ』


 驚いて俺はいまいち反応が出来ず、フィアも同じようにポカンとしている。

 そしてそんな反応を予想していなかった赤竜は、どうしたものかとしどろもどろ。


 何このカオス。


 * * *


『……いや、まさか驚かせたとは。すまん』

「いや、俺も探知忘れててな……こちらこそすまん」

「しかし、わざわざここまでありがとうのう」


 そんな話をしながら空を飛ぶ。

 赤竜のスピードは速く、あっという間にネイメノス火山まで来ることが出来た。


 降りたところは火竜の座のあるところだ。


「火竜長老、久しぶりだな」

「おお、レオニス。そしてフィア殿も」

「久しぶりじゃ。といっても半年程度では、竜にとってはそこまで前ではないかの」

「いやいや、楽しみに待っておったぞ……それで、のう……」

「分かってる」


 そう言って迎えてくれる火竜。

 俺はインベントリからお土産を出す……前に【守護の神壁】で周囲を保護する。


 明らかにそわそわしやがってこの爺は。


「お……おお……おおっ!」


 わざと徐々にお菓子の箱を出したら、出てくるに従って声を出す。

 完全に狙ってますやん。


「それでっ、それはっ、なんというっ! 菓子じゃろうかっ!」

「待て待て、紅茶を準備するから」


 そう言って俺は魔道具のコンロ……ではなく、結界の外に水を入れたポットを出す。

 しばらくすると周囲の熱でお湯が出来たので、ポットを中に戻し、紅茶を入れる。


 そんな俺をまだかまだかと見つめる火竜。

 ちょっと目がぎらついていて怪しいわ。そんなにお菓子が好きか。


「さ、出来たぞ。……これは有名なコールマン商会の【レーズンマフィン】だ」

「ふむそれでは早速……」

「周りに包み紙あるからな」

「……うむ」


 明らかにそのまま齧り付こうとした火竜を止め、包み紙を剥がさせる。

 というか、火竜なら紙でも食べられるのかも知れないが。


「美味い! 美味いぞ! ほれ、赤竜も食わんか!」

『我は身体が大きいのでな……』

「お主も人型になれるじゃろうが!」


 え、そうなの?

 事実かと目線を向けると、微妙な顔で頷いた。


『我は兄者と戦うつもりはないのだ。だが、我も古竜種とばれると厄介なことが起きる。だから見せんのだ……』

「なら、外から見えなくするか」


 そう言って俺は【守護の神壁】が外から覗かれないようにする。

 先日色々調整した際に、【守護の神壁】も完成しているのでサイズも可変で、不可視化・可視化の切り替えも出来るようにした。


 どうやら俺のその言葉で納得したのか、赤竜の身体を朱いオーラが包み、次の瞬間には朱い髪の渋いおじ様が立っていた。

 服も作れるのか、朱い功夫服を着ている。


「へえ、凄いな。格好いいじゃないか」

「そ、そうか……?」

「うむ、中々の美丈夫じゃ」


 そのようなわけで赤竜も加えてしばらくお茶会を楽しむ。


「ところで、今回はどうしたんじゃ?」

「ああ……それがな」


 俺は説明した。

 このネイメノス火山を含むウェルペウサで問題が起きている可能性があること、今回はクムラヴァの領主に依頼され、急ぎここまで連れてきてもらったこと、もしかしたら【炎魂の楔】に関して進展するかもしれないということを話していく。


 もちろん、ウェルペウサの領主の部下が来て、ドワーフとの橋渡しを希望されたことも伝える。


「ふむ……なるほどのう」

「あれ以来、ドワーフとは上手くいっていないらしくてな。それにしては、ドラゴン騒動だけじゃない気もするんだが」

「……ふぅむ。何じゃろう、少し引っかかっておるのじゃが……」


 どうも心上がりがあるようなのだが、火竜は何だったかと頭を捻っている。

 すると、黙って紅茶を楽しみ、2個目のお菓子に手を伸ばしていた赤竜が顔を上げて口を開く。


「ドワーフの王である坊やが、姫を匿って欲しいといってきた件では?」

「おお、それじゃ!」


 坊や?

 ……ああ、この二人からすれば皆、坊やか。いや、俺の隣の人の方がもっと長生きだけど。


「……何か問題あるかの?」

「イエイエ、ナニモゴザイマセン」


 思わず思念が漏れていたのだろうか。

 どうもフィアには考えていることが筒抜けな気がする。


 それよりも……ドワーフの姫だって?


「どういう話だ?」

「それがのう……」


 どうやらドワーフたちにも王と呼ばれる存在がいるらしいのだが、その妹である姫が非常に美しいらしい。

 そして、どうも侯爵家の誰かがその姫を見初めたらしく、妻として寄越せと言ってきているようだ。


 そのため友好関係にある竜に頼ってきて、姫を匿ってくれないか、火竜に気に入られているということにしてくれないかと頼んできたようだ。


「……とはいえ、流石に変じゃろ。こんな爺が気に入るなんて、常識を疑うであろう?」

「……いや、そこは口裏合わせてやれよ」

「それにの……」


 そこで一旦言葉を止め、こちらを見てニヤリと笑う火竜。


「どうもその姫からお主の気配を感じての。友人の女子おなごに手を出すなんておかしいじゃろ」

「それはそうだけど、なに人間の常識で語ってんだ、あんた竜だろう!? ……っていうか、俺の気配だって?」

「うむ」


 竜が人間の常識に合わせるってどうよ。

 それよりも驚いたのは、その姫から俺の気配がしていたということ。

 なぜに?


「既にかなり薄れておったから、割と以前だとは思うが」

「うーん……ドワーフ、ねぇ……」

「……あっ」


 俺が首を傾げていたら、フィアが何か思い出したかのようにポンと手を叩く。


「そうじゃ、あやつじゃ」

「誰?」

「お主が盗賊から助けた、あの女じゃ」

「……? ……ああ! あの人か!」


 思い出した。

 そういえばクムラヴァに向かう途中で遭遇した盗賊に捕らえられていた女性。


 彼女は魔道具で変装していたが、そういえば元の姿は……


「ドワーフ、だったな」

「うむ。珍しい髪色じゃと思っておったが……」


 思い出した。

 それに彼女の刀のはばきに打たれていたマークは、ドワーフの有名な一族の紋だ。

 なぜそんな代物を持っているかと思っていたが、あれは彼女がドワーフ王の妹だったから。


 しかし……あのバーコードめ、分かっていたな。

 まず従属官ともあろう人物が知らぬはずはない。


「……さて、どうしてやろうか」

「悪い笑顔じゃ」

「相手は不運じゃのう」

「……可哀想に。まあ、同情は湧かんが」


 俺がそう呟くと、三人とも同じ反応をした。

 いや、相手には当然の報いを受けてもらうだけ。別に悪いことはしないですから、ええ。


「……さて、フィアが立てたフラグを今更回収するというのも嫌なんだが、するしかないな」

「ま、お主ならそう言うじゃろうと思っておったよ」


 フィアの同意も得て、俺はこの件について横槍を入れてやることにした。

 というか、恐らく伯爵からの依頼もこれ絡みじゃないか?


「ま、今日は流石に遅いからな。明日、クムラヴァに向かおう」

「そうするとしようか」

「悪いが、少しこのあたりにテントを張ってもいいか?」

「構わんぞ」


 火竜に聞いて許可をもらったので、ドーム状にしている【守護の神壁】を広げ、その中にテントを広げる。


「ほう、これがレオニスのテントじゃな? どれどれ……ほう!」

「どうした?」

「これはいいものじゃな。立派な造りじゃ。頑丈で、断熱性もある」

「少し高かったけどな。いずれマジックテントにするよ」

「それは良いのう……」


 火竜はこういった目利きも良いので不思議だ。

 多分ちょくちょく人里に下りていたのではなかろうか。


「明日も我が送ろう」

「いや、それは悪いだろ」

「構わん。我らにとって距離はあまり意味がないからな。それに友人のためだ、苦労などあるものか」


 赤竜から明日も送ろうと言われたのだが、ここからクムラヴァはそこまで距離があるわけでは無い。

 そのため断ろうと思っていたのだが、友人のためと言われると受け取らないわけにはいかないだろう。


「……いいのか? 悪いな」

「構わん。それにお土産も楽しんだしな」


 そう笑う赤竜イケメン


「それじゃ、おやすみ。明日は早めに動くつもりだ」

「承知した。我も今日はここで寝よう」


 ということで、俺たち4人はこの山頂で寝ることになった。

 なぜか、火竜も赤竜も【守護の神壁】の中にいるのだが……いいのか? まあいいか。



 * * *



『もうすぐ着くぞ』

「了解。ありがとうな」

「本当に助かるのじゃ。感謝する」


 次の日の朝。

 俺とフィアは赤竜の背に乗ってクムラヴァへの空路を飛んでいた。


 以前も送ってもらったことのある場所まで飛んでもらう。

 そこからは陸路だが、俺たちのスピードであれば距離なんてないに等しいレベルだ。


 そうしている間にも着陸地点は迫っており、スピードを緩めてホバリングしてもらう。


「本当にありがとうな」

『礼はいらんさ。また会おう』

「ああ、元気で」

「健やかでおれ」

『ああ』


 そう言うと赤竜は翼を広げて飛んでいく。

 遠い空に消えていく赤竜を見送り、俺とフィアは駆け出した。


「この調子でいけば、ちょうど開門くらいには到着できるな」

「うむ。途中から歩くかの」


 そう話しながら街道から離れた平原を駆け抜ける。

 少し頬に当たる風は冷たく、春といってもこれからだな……なんて感じながらも俺たちは急ぎクムラヴァへひたすら走る。


「いくら妾たちのマナが減らんとはいえ、問題はお主の靴なんじゃよな……」

「靴だけはな……あまり高速で駆けると靴が燃えるんじゃないか?」


 問題はそこである。

 この靴は普通に販売されているものなのだが、破損する可能性がある。

 基本靴は高価だし、それをすぐに履きつぶすのは勿体ない。


 本当は研究所にあったものを使う予定だったのだが、どれもサイズが合わなかった。

 どうしても少年なので、足のサイズが微妙に合わないのだ。


 合わない靴での戦闘ほど怖いものはない。

 足場というのは非常に重要なわけで、俺はどうしてもこの世界で作られている靴を履くしかないのだ。

 あと数年もすれば合うんだろうけど。


 そんな事を考えつつ、駆けていく。

 するとクムラヴァの外壁が見えてきて、その門の前に並ぶ人々の姿も見えてくる。

 そのあたりで徒歩に切り替え、クムラヴァへ入るための列に並ぶ。


「しかし、こうやって門の前に並ぶなんて中々無いからな。というかクムラヴァで並ぶのは初めてじゃないか?」

「そうじゃな、前回も領主の馬車で、ドラゴン撃退後のあの時もすぐに通ったからのう」


 本当は緊急依頼である以上、門番の警備兵たちに言えば通れるのだが、折角なので並んで入る。

 割と早く列は捌けていき、俺たちの順番になった。


「――はい次……って、レオニス殿!?」

「おお、久しぶりだな」

「半年ぶり……くらいですかね? 元気ですか? っていうかどうしてクムラヴァに?」


 この警備兵はドラゴン騒動の時に、俺たちを領主邸まで馬車で送ってくれた男だ。

 笑顔で挨拶してくる気の良い兵士である。


「依頼だよ。……通って良いか?」

「ええ、大丈夫です。ようこそクムラヴァへ!」


 警備兵に手を振り、街中に入る。


「うむ、変わらんのう」

「逆に半年で変わってたらすこし恐怖だな」

「それもそうじゃな」


 そんな話をしながら、俺たちは冒険者ギルドに向かった。

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