第31話:探していたものと、望んでいなかったモノ

 ――カランコロン。


 よく分からないが、冒険者ギルドは必ずと言って良いほどドアを開ける度にカウベルのような音がする。

 わざとなのだろうか。


 まあいい、それよりも指名依頼の件を相談せねば。

 そう思いカウンターに近付く。


「すまないが、指名依頼の件で話したい」

「かしこまりました。では、ギルドカードと、依頼票があればお出しください」

「依頼票か……」


 実は今回、緊急依頼のため依頼票をもらっていないのだ。


「すまないが、今回は緊急依頼をヴェステンブリッグのギルドを通してもらっていてな。何か聞いていないか?」

「いえ……では、上に確認しますのでギルドカードを拝見しても?」


 俺がギルドカードを取り出そうとすると、俺の肩に何者かの腕が2本置かれた。


「ぎゃっはっは! おいおい坊や、指名依頼なんてのはDクラス以上が受けるヤツだぜ? 格好つけてないでさっさと帰んな!」


 ギルドカードを職員に見せようとしたら後ろから絡まれたようだ。

 筋肉達磨と言っても良いようなガタイのいい二人組が、俺の肩と頭に手を乗せてそう言ってくる。


 おかしいな、そこまで俺は小さく無いはずだが……


「二人とも止めなさい! 他の冒険者に絡むとはクムラヴァのギルドの品位を問われますよ!?」

「良いじゃねぇか、別にすることしてんだから……」


 そう言って俺に絡み続けて来る冒険者たち。

 フィアに手を出さないだけマシか?


「……これは、絡まれているという認識で良いのか?」

「……はぁ、そうですね」

「そうか……なら遠慮は無しだ」


 俺は絡んできている二人の鳩尾に向かって、肘打ちを食らわせる。


「「ガハッ!?」」


 そのまま後ろに飛んでいく二人。

 それを横目に見ながら、俺はギルドカードを職員に手渡した。


「……あ、えー、レオニス……Bクラス? まさか……」

「どうした?」


 ギルド職員が俺のギルドカードを見て驚愕の表情をしている。

 しかもプルプル震えだしたので、驚き故に詳しく聞こうとしたところ……


「まさか、【竜墜の剣星】!?」

「はあああ!?」


 な、何だその……その突拍子もない名前は!? 大体どこから「星」が出てきた!?

 誰だそんな事を言い出したのは。周りが引くじゃないか……そしてフィア貴様、そんな俺を見て笑うな。


 あれ?

 どういうわけか周りを見ても、こちらを驚愕の表情で見ながらも、なんか、こう……

 ……畏怖らしきものを感じるのだが。


「と、ということは……こちらは……【竜墜の弓星】ですか!?」

「……は?」


 フィアがあまりの名前に言葉もない状態に。

 ほら見ろ、なんとなく予想はしていたんだよ。


 多分、俺の今の心情は、指差して笑っている顔文字で十二分に表現出来るだろう。


「つまりお二人は……【竜墜の双星】ですか!?」

「「な、なんじゃそりゃあああああっ!?」」


 俺たち二人の叫び声は、それこそギルドの外まで響き渡るほどであったという……


 * * *


「す、すみません、取り乱しました……Bクラス冒険者のレオニス様とプエラリフィア様ですね!」

「あ、ああ……」


 なんか、この職員と下手に話していたら、また暴走するんじゃなかろうか。

 ちょっと目が血走っていて怖い。


「……まさか、ドラゴン騒動のお二方とは思わず……! うちの馬鹿共が失礼しました!」

「い、いや……それはいい。俺が手を下したしな」

「な、なんと寛大な……!」


 今度は泣き出しそうになっているよこの人。

 何だろう、こう、居心地が悪い。

 隣ではフィアが透き通った表情で頷いているだけの人形と化している。


「……そろそろ確認してもらっていいか?」

「もちろんです! 少々お待ちくださいませ!」


 そのまま職員は凄まじくピシッとした敬礼をしてから、階段を駆け上がって行ってしまった。

 そして残された俺とフィアの耳には、


『あいつ……いや、あの方々が【竜墜の双星】だって?』『嘘だろ……』『でもあの二人がすっ飛んでいったぞ……』

『お話しできないかしら?』『お前みたいなガサツ女相手にされねぇよ』『あんですってぇ!?』


 という他の冒険者たちの声が聞こえてくる。


 気まずいのだが、仕方ないな。

 ちなみに俺に絡んできた二人組は、俺のクラスと異名を聞いた瞬間一目散にギルドを出て行っていた。

 いや、仕事くらい受けてから出ろよ……



 数分も経たずして先程の職員が降りてきて、ギルドマスターの執務室で話すとのことで2階に上がる事になった。


 2階に上がると、ギルドマスターの執務室に向かう。

 といっても、基本的にギルドの構造は同じなので、執務室の位置は変わらない。


「どうぞ!」

「ああ、ありがとう」


 執務室に入ると、女性が1人、ソファーに腰掛けている。


「お、よく来たね。さ、座って座って……下では凄い声がしていたね」

「……はは、お恥ずかしいところを。失礼します」


 そう言って俺が座ると、彼女は手を振りながら、


「そんな丁寧じゃなくていいよ。ボクは君と同じくBクラス冒険者だったからね。何を飲むかい? 面白いのもあるよ」

「……良いのか? なら、言葉は崩させてもらおう。……飲み物か、面白いのって?」


 なんともフランクな人だな。初対面であり、ギルドマスターであるにもかかわらず敬語抜きで良いと言い出すとは。

 しかし、面白い飲み物って何だろうか。


「まあ、見て飲んでからのお楽しみだ」


 そう言ってしばらくしてから、彼女は2つのカップを俺たちの前に差し出す。


「……これ、飲み物か?」


 フィアが思わずと言った感じで呟く。

 なにせそれはまるで炭のように黒く、しかも焦げたような香りのする飲み物。


「に゛ゃっ!?」


 口を付けたフィアが凄い表情をしていた。

 というかその反応は猫みたいだぞ。


「苦い! なんじゃこれ!? レオニス、飲むのは止めた方が……」


 そう言って止めてくるフィアだが。

 だが、俺としては思っても見ないもので……


「……美味い」


 一口啜る。

 焙煎された独特の香ばしさと苦み、そして少々の酸味を残すこの味わい。


「ほう、これを初めてでそこまで美味しそうに飲む人物は初めてだよ」


 ギルドマスターは興味深そうにこちらを見ている。


「ギルドマスター、これは……」

「これかい? これはカフワという木の実で作られた飲み物さ」


 カフワ。

 イスラム世界から広がった嗜好品の1つで、よく「大人の飲み物」と言われるもの。

 アラビア語では「カフワ」という名称で知られ、それが転訛してよく知られる言葉となった。


 そう、コーヒーである。

 遂にお目にかかれたこの飲み物は、俺の前世でのお気に入りの飲み物の1つ。


 朝1杯のコーヒーから始まり、夜に至るまで俺はコーヒーを欠かしたことはない。

 某虎さんも言っていた、「コーヒーが美味いと気分が良い」という台詞。

 全くその通りである。


「これ! 譲っていただけないか!?」

「……い、いや、構わないけど……そんなに流通しているものじゃないしな」

「なん……だと……!?」

「……そんな顔しなくても」


 はっ!?

 ちょっとあらぬ顔をしていた気がする。

 ギルドマスターの少し引き気味の表情を見ながら俺は表情を正した。


「では……白金貨5枚でどうでしょう!?」

「それは出し過ぎだよ!? というか、君がそんなにカフワを気に入ったのは分かったからさ、まず先に話をしようよ!」


 む、仕方ない。

 さっさと話をしますか。ただし3分間だけな!


 ――ゴンッ!


「痛っ!?」

「ばかもの。さっさと話をするぞ、何のために来たと思うておる」


 フィアからグーで殴られた。

 た、確かに……緊急依頼の件を忘れていた。


「は、はは……面白いね君たち、流石は【竜墜の双星】だ。さて、自己紹介といこうか……ボクはベアトリス・リッシュ。クムラヴァ冒険者ギルドのギルドマスターで、元Bクラス冒険者でもある。レンジャーだったよ」


 レンジャー。

 つまり、彼女は弓術を扱う戦闘職で、シーフまではいかなくても偵察、攪乱などに長けた人物だというわけだ。


 そしてそれはつまり……


「……二人は気付いているみたいだけど。その通り、ボクはエルフさ」


 そう言って彼女はイヤーカフを外した。

 すると、これまで普通の人間のように見えていた耳がエルフ特有の尖った耳に、髪はブロンドだったのが、緑混じりのブロンドへと変わった。


「……正体を明かして問題ないのか?」

「ああ、普段からこの姿だからね。なに、君たちの実力を見させてもらいたくてさ」

「なるほど」


 俺もフィアも、こういった偽装に対して誤魔化されないだけの自信がある。

 俺の目は偽装状態も本来の姿も捉えることが出来るし、フィアも魔術に長けているため魔力の流れなどから偽装を見破れる。


「さて……今回は緊急指名依頼を受けてくれたんだったね。しかし、クムラヴァまではそれなりに日数が掛かると思って1週間は覚悟していたんだが」

「それは伝手というやつでな。……で伯爵が依頼元なんだろう?」

「その伝手を知りたいがね……まあいい。……そうそう、ワルド坊やが依頼をしてくれって泣いて頼んできたからさ、ボクは聞いてやったわけだよ」


 伯爵を坊や扱いなのか。というか最初誰のことか分からなかったわ。

 最近、俺の身内や友人となる存在の寿命が長すぎる件。

 フィアしかり、火竜に赤竜、ドワーフたち、そしてこのギルドマスター。


 しかし、ちょっと伯爵に対して恩着せがましい言い方をしているな……


 さて、少しだけエルフについて説明しておこう。

 

 ファンタジーの定番とも言えるエルフ。

 この世界【エルムンド・ノヴァ】にも存在しており、やはり森や自然を中心とした生活を送る。

 長命種であり平均すると500歳を超える寿命を誇り、美形揃いだ。

 しかも一定の年齢になるとそれ以降見た目が変化しなくなる。


 髪は金から薄緑、稀に白銀という明るい髪色である。

 戦闘力としては技巧派であり、細剣、短剣、弓の使い手が多い。

 魔法は風、水属性と精霊魔法を操る種族だ。


 珍しい種族だが、グラン=イシュタリア王国では普通に見かける種族でもあり、貴族位を持つ者もそれなりにいる。

 基本的には北東部の森に住んでおり、エルフ自治領という形で存在している。


 現在は特に問題ないが、昔はダークエルフやドワーフと仲が悪かったとされる。

 実際には、ダークエルフとの争いは旧世界の時代でも昔と呼ばれるような頃の話らしい。

 ドワーフとしては、性質が異なるため未だにぶつかる場合もあるが、基本はお互い割り切って生活しているというのが事実。


 さて、エルフについては以上だ。


「で、内容は?」

「それがね、ここで話せる話じゃないんだ。領主邸に行ってもらいたいんだよ。詳しくはワルド坊やが説明するさ」

「分かった。依頼票は?」

「これだよ」


 そう言って渡される依頼票。

 報酬は、魔道具……お、マジックテントだって?


「……奮発したな」

「まあ、Cクラスに依頼するんじゃないからね。Bクラスの異名持ちなら、そのくらいにはなるさ」

「……その異名ってどこからなんだ? 俺たちは知らなかったんだが」


 まさかそんな異名を付けられているとは思わなかった。

 基本的に異名なんてものは、余程大きな功績がある人物が、周りから賞賛や羨望を込めて呼ばれるようになって、それが異名になるものだ。


「おや、君が救出した村の人々がそう言っていたと聞いたが? それにワルド坊やもそう呼んでいたしね」

「……伯爵め」


 結局伯爵が原因なんだろうな。

 後で問い詰めてやる。


 そう心に決めながら席を立とうとする……前に。


「じゃあ、行ってくるが……」

「うん?」


 俺が言いよどんだためにこちらを見返してくるギルドマスター。

 いや、そんな大きなことじゃないんだが……


「……もう一杯もらって良いか?」

「……本当に好きなんだね」


 そのようなわけで、俺は手付けとしてカフワをもらい、成功報酬として生産者の紹介をお願いしてからギルドを辞した。


「……よう飲めるのう」

「慣れだ、慣れ」


 ちなみにその日の夜はフィアが眠れなくなってしまったという……


「ど、どうしてくれるのじゃ!」

「…………俺は寝る……」

「妾が寝られぬ~!」


 俺は普通に寝られますからね。慣れって怖い、ええ。

 仕方ないのでひたすら尻尾をモフって悶絶させて強制睡眠を取らせることにしました、マル。


 * * *


 翌日。

 俺とフィアは領主邸にお邪魔していた。


「お久しぶりだねェ、レオニス殿。Bクラス昇格おめでとう」

「伯爵、健勝そうで何よりだ」

「そうかい? 意外と今はストレスでねェ……」


 そんな話をして最近のご機嫌伺いをし、お互いに話せる範囲で情報交換に努める。


「というか、何だあの異名は? おかしいし、伯爵発らしいじゃないか」

「そうかい? 実際に竜を墜として地上で戦ってたし……まあ、ドラゴンだったけどさ。それに赤竜も君と話すために降りてきたじゃないか。それに悪い異名じゃないだろう?」


 伯爵は全く悪びれもしない。

 まあ、確かに悪くはないのだが。


「……ま、異名持ちになっただけいいか」


 なんとも納得いかないが、異名持ちとそうでない冒険者の違いというのは大きい。

 それだけ知られる功績があるということは、実力を疑いようもないものとするのだ。


「それで、今回の依頼は?」

「それがねェ……ちょっと厄介なものを抱えちゃって、出来ればその解決に当たって欲しいんだよねェ」

「厄介、か……」


 俺たちを指名するくらいだからまともな依頼ではないと思っていたが。


「内容は?」

「そうだねェ……君、客人をここへ」

「はっ」


 伯爵は執事にそう言うと、俺たちにしばらく待つように言ってきた。

 どうやらその「客人」とやらと関係があるようだが……嫌な予感がする。


 ――コンコン


『旦那様、私です。お連れしました』

「入って」

「失礼いたします」


 そう言って入ってきた執事。そして、その客人と言われていた人物が入ってくる。

 その姿を見た瞬間、俺は内心天を仰いだ。


「レオニス殿、プエラリフィア殿、紹介しよう。彼女が今回の依頼の関係者――ノエリア・エスタヴェ姫だ」

「はじめまして」


 うん……確かに初めましてだ。

 この姿・・・での対面は、であるが。


 こんなフラグ回収は望んでいないのだがな。

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