第32話:ノエリアの依頼

「はじめまして、ノエリア・エスタヴェです」


 そう言ってこちらに手を差し伸べてくる女性。

 淡いライラック色の髪に、切れ長の少し挑発的な目と美しいサファイアのような瞳。


 そして、ドワーフらしいトランジスターグラマーな姿。

 美しさと、可愛らしさの同居するような、愛らしい顔を持つ女性。


 フィアとはまた異なった美人といえるだろう。

 うん、確かに……この姿・・・での対面は初めてだな。


「お初にお目に掛かる、ノエリア殿。レオニス・ペンドラゴンです」

「プエラリフィア・ペンドラゴンじゃ。よしなに」


 俺とフィアも立ち上がって自己紹介をし、ノエリア姫が対面に座るのを待ってから着席する。


「こちらの方々が?」

「ええ、そうですよノエリア姫。彼らをご存じありませんか? ドワーフ自治領にも出入りしていたようですが」

「そうですね……ここ最近は戻っておりませんので」


 そう言いながら笑う彼女。

 精練された仕草は上品である。


「……伯爵、先程から『姫』と呼んでいるようだがもしや」

「うん、そうだよ。彼女はドワーフの姫だね」


 もしかすると、この姫が件の火竜が言っていた姫なのか?


「失礼ですがノエリア姫、火竜をご存じで?」

「ええ、もちろんです。我が一族と繋がりの深い火竜様にはお世話になっています」


 件の姫の可能性が高いな。

 となると、どのような依頼なのだろう?

 婚約者の振りだろうか、それとも相手の侯爵を叩き潰せ?

 しかし、いまいちこれでは【炎魂の楔】には繋がらない気もする。


「詳しい話は後で良いかい? それでノエリア姫、彼らは信用に値すると断言しますが、どうでしょう?」

「そうですね……少しお話しした上で、で宜しいでしょうか?」

「もちろん、構いませんよ」


 ノエリア姫と伯爵で少し話をしていたが、終わったようでノエリア姫がこちらを見てくる。

 そう言うと、伯爵はこちらに顔を向け、こう口を開いた。


「ではノエリア姫、説明をお願いしても?」

「ええ」


 そう言って俺たちはノエリア姫からの説明を受けることとなった。

 伯爵は執務室に鍵を掛け、こちらに戻ってくる。


「……さて」


 そう言うとノエリア姫がソファーに座り直し、姿勢を正す。

 俺たちは対面に座ったまま、彼女の言葉を待った。


「まず、この点から……ですね。少しお待ちくださいな」


 そう言うと彼女は右手中指の指輪に魔力を込め始めた。

 すると途端に姿が変わり、髪の色は青み掛かった黒色に、瞳はオレンジ色に変化し、ドワーフらしい耳の形状も変わった。


「この姿に見覚えはあると思いますが……」

「やはり、リア殿でしたか」

「あら……分かっていたんですね。なら話し方も以前のようにしていただけませんか?」

「しかし……」

「いいんです。それに私も崩すので、その方が楽ですから」

「では、そうしよう」


 意外そうに俺たちの顔を見てくる彼女。

 もしかしたらもっと驚くと思っていたのかも知れない。

 まあ、こればかりは仕方が無いのだが。


 そして以前に「リア」として接していたように話す。


「半年前はありがとう……本当に危うく、というところで助けてもらって感謝しているわ」

「こちらこそ、新しい出会いに感謝だったよ」

「それにしては嬉々としてアジトに向かっておったがの」


 うるさいよ。

 俺たちにお礼を言うと、その指輪に流していた魔力を止めた。

 すると元の姿に戻る。


「……でも、どこから気付いていたの?」

「最初から、だな」

「最初……じゃあ」

「ああ、刀のはばきに刻印されていたもの……間違いなくドワーフの王が持つ紋だったのもあるが。それに私とフィアはそう言った偽装を見抜くというのは得意なものでね」

「あら……それは好都合だわ」


 『好都合』? どういうことだろうか。


「『好都合』とは一体?」

「そうね……まず最近の様子から話そうかしら?」


 * * *


「最近、鉄が流れていないでしょ?」

「ああ、ヴェステンブリッグの武器屋のオヤジも困っていたな」

「クムラヴァではもっと顕著だねェ」

「あれ、実はパレチェク侯爵が……いや、正確には侯爵の息子ね……彼がそうしているのよ」


 なるほど。

 父親であるパレチェク侯爵自身ではなく、息子がそう動いているのか。


「でも、なぜわざわざ金属類を?」

「分からないわ。実際武器を作っているわけでも無さそうだし、意図が見えないのよ」


 鉄が値上がりするときというのは多くの場合、戦争の前だ。

 そして、そこの鍛冶屋が休業したり、必死に動いたりを始める。


「鍛冶師は動いていないのか?」

「ウェルペウサの鍛冶はドワーフが主体よ? 人間の鍛冶師は武器じゃなくて道具鍛冶師ばかり。でも、今動いているのは鉱夫のドワーフだけで、しかも掘らせるだけ掘らせて、全部持って行くのよ……高い値段で買ってはくれるんだけどね」


 ウェルペウサでは人間の鍛冶師が働くというのは難しい。

 なにせ本職とも言えるドワーフたちが働いており、ネイメノス火山付近にはドワーフ領があるため少し足を伸ばせばより良質な武器が手に入るのだから。


 だが現状、ドワーフへの依頼はされていないようだ。もちろん全くないわけではないが、それでも少ないというのが現状である。


「……いまいち分からないな」

「ええ、同感よ。それに元々、パレチェク侯爵家とドワーフの一族、特に長であるエスタヴェ家は交流があるわ」

「だろうな」


 そうでなければ武器の輸出だって、鉱石の輸出だって難しいはずだ。

 少なくとも持ちつ持たれつの関係を持っていない限り、お互い損してしまう。


「そして、エスタヴェ家と火竜一族にも交流がある。それは……知っているわよね」

「まあな。火竜からも少し聞いていたし」

「じゃあ、私のことも?」

「ああ、やっぱりそうだったのか。火竜が『流石にドワーフの娘っ子との偽装婚約なんて……変じゃろ』なんて言っていたが」

「長老はそういう方だから……でも、本当に友人なのね」


 そう言うと一旦紅茶に口を付け、喉を潤すと話の続きを始めた。


「……さて、少しずれたけれど、私が火竜長老のところに向かったのは、パレチェク侯爵の息子からの求婚があったため。それは理由の1つとして間違いないわ」

「ああ、なんかそうらしいな。でも1つということは……」

「ええ、本来の目的は別。でもそれは後にするわ」


 火竜が言っていたとおりだ。

 ドワーフの長の妹である彼女は、それから逃れるために一時的に匿って欲しいと火竜のところに向かったとか。


「本音を言うと、これはあくまでポーズ。火竜様から断られるのは分かっていたわ。でも、私が火竜様のところに向かったのは事実。そうすれば少なくとも簡単に侯爵も動くことができないのよ」

「流石に竜と相対するつもりはないか……」


 竜というのはそれだけで畏怖の象徴であり、不可侵の存在と言われるもの。

 特に【竜】の文字を持つ種については、魔物という扱いをしないのだ。

 理知ある賢者、叡智の担い手として崇められる存在というのが、この世界の共通認識なのである。


 さて、それはそうとして……とノエリアは口を開く。


「実は色々とおかしいのよ。いや、侯爵の息子なんて元々眼中にないんだけど……」

「どういうことだ?」


 可哀想に、眼中にすらないのか。

 少々可哀想な人物のように思えてくる。


「あの息子って、確かに好きなものにすぐ手を出すような男なんだけど、女性関係だけは気を付けていた。というか、自分の奥さん以外興味が無い……そんなタイプだったの」


 え、奥さんいるの?

 いや、それもそうか。パレチェク侯爵自身が既に60歳近く、その息子も既に40代超えている。

 元々女好きなら別だが、その気配が全くなかったのに突然、というのは確かに変だろう。


「そうなのか? 伯爵」

「うん、そうだね。基本的にあの長男は変わり者で有名さ」


 貴族間でも知られているほどに変人なのか。

 しかもパレチェク侯爵は貴族派だから、派閥を超えて知られているとか、相当だな。


「ちなみに侯爵の息子の好きなものって?」

「魔道具……特にその仕組みや、自分で作るのも好きだったわ。私もその方面に強いから、屋敷に行くと質問攻めだったわね……」


 つまり、ドがつくレベルの魔道具オタクか?

 その関心が突然、ノエリアに向く?


 俺が顎に手を当てて考えているのを見て、ノエリアも俺が不思議に思っていることが分かったのかこちらを見て苦笑していた。


「おかしいでしょ?」

「確かにな」


 もちろんこれまで好きだったものが変化するということはある。

 それは何か大きな出来事が原因だったりするのだが、大人の場合そう簡単には変化しないのも事実。


「女性関係で問題ないって凄いな」

「……そこ? まあ、別に家族を嫌っているわけじゃないんだけれど……完全に政略結婚だったし。本人も『恋愛なんてしてられない』ってタイプだったから」


 まあ、オタクってそういうタイプだよな。

 でも、貴族だから結婚できる。マジで不平等社会である。


「……そんな人物が突然変わるとなると……」


 あまり考えたくはない話だが……考えられるとすると


「……あまり考えたくないけれど、あれは洗脳のようにも思えるのよ」

「あるいは、入れ替わり、じゃな?」

「ええ……」


 確かにその可能性は考えられるだろう。

 どちらの方が可能性として考えられるだろうか。


「……もし、洗脳ならば魔法か? だが、闇属性だろう?」

「そうじゃな……あるいは薬物か、もしくは魔物に何か掛けられたか」


 確かに魔物の中にはこちらを混乱させたり、意識誘導をしてくるような厄介なヤツが存在する。

 とはいえ、それでもそこまで変な影響は無かったと思うが……


「もしすり替えなら、何か偽装の魔道具か……」

「それは否定せんが……何かその者の挙動で、それ以外におかしな点があるとかはないのかえ?」

「そうね……特にそれは感じないわ。それに、鉄とかの金属の流通の件と私に関して以外は普通らしいから……」

「確かにな。本当に突然変われば俺たちの方にも情報が入りそうだし……」


 俺たちは、ここクムラヴァを拠点にするイスフェルト商会や伯爵、リーベルト辺境伯から様々な情報を得ている。

 元々【炎魂の楔】に絡んでいるため、領主からのバックアップがあるし、イスフェルト商会の分は助けたときの礼として情報を送ってもらっている。


 だが、そのどれにおいてもウェルペウサでの問題というのは特に聞かれていなかった。

 それこそあのバーコードと、火竜それぞれから聞いた話でドワーフとの何かがあったと確信持てたくらいなのだから。


「そういうわけで、1つ目には侯爵家特に侯爵と侯爵の息子がそのような偽装をしていないか、していればその理由を暴きたいし、していなければ原因を探りたいの。だから力になって欲しい」


 そう言ってくるノエリア。


「なるほどな。なら、2つ目は?」

「2つ目の願い……それを話す前に、少しドワーフの長であるエスタヴェ家について話すわね」


 そう言うと彼女は自身の一族について説明しだした。


「実は、ネイメノス火山にはとあるアーティファクトが存在しているの。元々、人間から竜に渡されたもので、それを守護するのがエスタヴェ家の務め。だから、私たち一族は火竜様の【加護】を得ているの」

「だから、火竜のところにも向かえるわけか」

「ええ、そうね」


 いくらドワーフが人間に比べ熱に強いとはいえ、流石に火竜のいる山頂まで上がるのは無理だろうと思っていたのだ。

 だが、火竜の加護を持つならば、それは無効化される。


 しかし、アーティファクトねぇ……


「それで、私たちはそのアーティファクトを保守するために、定期的に持ち出して点検をしているの。エスタヴェ家は鍛冶だけでなく魔道具技師の一族でもあって、アーティファクトの状態を定期的に調査するのも務め」

「ほう。それだけの腕があるのか」

「そうね。だからこそ、侯爵の息子は私のことを知っているんだし」


 ああ、そうか。元々そういう繋がりだったわけだ。

 そしてノエリアもその方面に強いから……


「……でも、そのアーティファクトが問題になって。火山の噴火を抑え、安定した魔法金属を供給するためのアーティファクトなんだけど、そのどれも莫大な魔力を吸収し、それを制御するためのものなのよ」


 どうしようか。

 そのアーティファクト、心当たりがあるんだが。

 なんか知っているって言い出し辛い……


「……いまいちピンときていない顔ね?」

「……いや、それでそのアーティファクトがどうした?」


 少しこちらにジト目を向けてきていた彼女だが、1つ溜息を吐くと顔を上げて一言。


「盗まれたのよ」

「……ほう。誰にだ?」

「……大っぴらに言えないけどいいかしら」


 少し迷うような、考えるような表情をしていた彼女だが、俺が頷くと意を決したように口を開いた。


「パレチェク侯爵の騎士……それも息子の手先よ」


 * * *


 そのノエリアの一言は、俺たちだけでなく伯爵も黙った。


「……その、本気ですか? 流石にエスタヴェ家といえど、迂闊なことは……」

「ええ、分かっているわ。だから大っぴらには言えないの」


 確かにそうだ。

 しかも、ドワーフ自治領の窓口となっている貴族家。

 もしその一族の者が問題を起こしたならば、それは大きな問題となる。


「……箝口令を敷いたな」

「ええ、当然でしょ? ……ああ、ドワーフ領に出入りして調べている人間って、レオニスたちだったの?」

「そうだな……道理で情報も集まらないわけだ」


 俺は頷いた。

 これについては隠しておくつもりはないし、なにせ彼女も関係者なのだ。


「不思議だけど、これも何かの縁ね」

「出会いはいいが、トラブルというのがな……」


 どうもこの1年以内にトラブルに巻き込まれる数が多い気がする。

 別にこんな引き寄せ体質はいらないのだが。


「でも、おかげで話が早いわね。【炎魂の楔】を取り戻すために、力を貸して欲しい。それが2つ目の依頼よ」

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