第38話:思惑と覚悟

 ウェルペウサには食堂が多い。そして同じくらい、酒場も多い。

 やはり鍛冶師など職人が多いからなのだろうか。


 表通りではなく、少し路地を入ったところの酒場に俺は入った。

 外装はくたびれた感じだったが、中は綺麗にされており、年季の入ったカウンターは磨かれて独特の艶が出ている。


(こういう酒場は好きなんだよな、昔から……)


 そう考えながら銀貨を取り出し、カウンターの上に置く。


「お勧めを1杯」


 マスターはこちらを一瞥するとカウンター上の銀貨を取り、軽く頷く。

 すると一旦奥に行き、戻って来たときにはマスターは手に素焼きの器を持っていた。

 普通にどんぶりサイズで、多分400cc位は入っているのではなかろうか。


「白馬酒だ」


 中のものは白く濁っており、普通の人が見たらちょっと飲むのを控えるかも知れない。

 だが、俺はその独特の香りを知っていた。


(どぶろくか)


 内心喜びと興奮を覚えながら、どんぶりの端から一気に飲む。

 ビバ異世界、未成年禁酒なんて無いからな! 日本ではちゃんと20歳過ぎてから飲んでいたが、「郷に入っては郷に従う」である。


 そんな言い訳をしつつ、あっという間に飲み干してしまった。

 おや、マスターが意外そうな顔でこちらを見ている。


「マスター、何かツマミと合わせてもう一杯くれ」

「お、おお」


 すると、なみなみと注がれたどんぶり椀と共に、燻製肉がカウンターに置かれた。

 では改めて……


「んぐっ……んぐっ……」


 燻製肉の塩気と、白馬酒の甘みが合う。

 先程は一気に飲んでしまったので、今度は数口ずつ飲みながら燻製を口に入れる。


「……驚いたな」

「何がだ?」


 俺が飲んでいるととマスターが声を掛けてきた。


「……俺はこの白馬酒が好きなんだが、大体これを出すと皆顔を顰めるんだ」

「……ああ、なるほどな」


 この世界のお酒は基本的に透明だ。あるいはワインのような物だが、どれも澄んだものが好まれる傾向にある。

 そのため白馬酒のように濁った酒はあまり好まれないようだ。


「……飲まず嫌いをするのは、知ったか振りの気取り屋がすることだ。酒への冒涜だろ」

「……分かっているじゃないか。気に入った」


 ニヤリとマスターが笑う。

 別にそんな良いことを言ったつもりはないが。


 俺は基本的に飲める酒なら、料理酒以外は飲む。

 料理酒だって別に不味くはないのだが、味気ないので飲まない。


 あ、というかこれがあるということは米があるのか?


「……マスター、こいつの原材料って、どこで扱っている?」

「……流石に原材料は教えられんよ」


 いや、原材料は知っているんだが……まあ良いか。

 とにかくこの世界に米があるというのはいいことだ。


 さて、それよりもさっさと目的を果たすか。

 1つ燻製肉を噛み千切り、食べながらマスターに声を掛ける。


「マスター」

「なんだ」


 俺は懐から金貨を取り出し、カウンターに乗せる。


「……パレチェク侯爵の周辺について、情報を知りたい」

「…………待ってろ」


 そう言うとマスターが奥に行こうとして……


「マスター、彼の会計は私が持ちます」


 そう言って俺の肩に手を乗せたのは、あのバーコード……ロドルフォ・ボテロという従属官だった。


「……少し、お話を聞いていただけますか?」



 * * *


 酒場のマスターから案内されたカウンター奥の部屋。

 そこに俺とボテロは対面で座っていた。


「……今回、クムラヴァからいらっしゃったと聞いております……ロン・ジェン殿でよろしいですか?」

「ああ、そうだが……」


 俺はそう言うと、改めて座るボテロを見る。

 わざわざこんなところに来て、俺に直接話しかけてきたのだ。俺をと認識しているのか……

 それとも実力者を探していたか。


「火竜一族と繋がりのあるお方ですね?」


 俺が頷くと、彼は額の汗をハンカチで拭い、笑みを浮かべて話し始める。


「……良かったです。実は少々ミスしまして、色々予定が変わったものですから。少々複雑な事情がありまして、助けていただきたいのです」

「……まず、話を聞こう」


 そう俺が告げると、彼は頷いた後に「ですが機密性の高い内容ですから、受けない場合でも他言無用でお願いいたします」といいながら1つの袋を渡してきた。

 手に取ると中で金属の擦れる音がする。恐らく硬貨……もしかしたら金貨かもしれない。


「それは話を聞いていただくためのものですからお納めください。白金貨を数枚入れております」

「なっ……」

「それだけ秘匿性の高い、重要な話なのです」


 俺が袋を手に取っているのを見て、彼は話し始めた。


「……まず、現在我々パレチェク侯爵家はドワーフの王であるエスタヴェ家との関係が悪化しております。理由としては2つ。1つは少々無理な形で婚姻の話を持って行ったことです。これはご存じで?」

「ああ、ノエリアの話だろう?」

「……そうでした、婚約者様でしたね」


 どうも少し忘れていたらしい雰囲気で取り繕い、愛想笑いを浮かべて汗を拭く。

 これは演技だろうか。


「……まあ次を聞こうか」

「ええ、実は2つ目が問題でして……火竜の一族とエスタヴェ家が守護する宝具についてですが」


 そう言って俺の顔を見てくるボテロ。俺がどの程度の情報を知っているかを探っているようだ。

 まあいい、折角だからこちらも手札を見せよう。


「【炎魂の楔】……なるほど? 君らだったのか」

「!? そ、その通りですが……まさか火竜様が?」


 あっさり認めたな。

 そうなると、この男の目的としては……


「……どうして欲しい? 何を望む?」

「……【炎魂の楔】をあるべきところに戻していただきたいのです」


 この男はやはり知っていた。

 そして、自分の主人が行う事をどうにかして解決するために、隠れて動いていたというわけだろう。


「自分の主人を裏切っても、か?」

「……これは裏切りではありません。主を諫めるのも務めですから」


 その表情は、覚悟を決めたもので。


(……そういうことであれば、こちらとしても好都合だしな)


 俺が考えている間も、彼は自分の手を強く握り俺を見てくる。

 どうにかして助けて欲しい、そう思っているに違いない。


「……1つ聞きたい」

「はい」

「目的は? 侯爵家のためか? それとも国のためか?」

「無論、国と民のためです。理由は分かりませんがそれだけの宝具を盗むなど……あってはならないことです」


 もしここで「侯爵家のため」なんていったら殴り倒すところだ。

 だが、彼は本気でどうにかしようと考えているようである。


「分かった、受けよう」

「! おおっ、それでは……!」

「ああ、その前にだ……」


 おっと、その前にきちんと話しておかなければいけないことがある。

 俺は【変装の指輪】を抜き取り、偽装を解く。


「な!?」

「久しぶりだ、ボテロ殿」


 俺がレオニスとしての姿を見せると、驚いた表情のまま固まっている。

 口を開けたり閉じたりしているが、言葉が何も出てきていない。


「ま、まさか……」

「そう、そのまさかだ。……少し話そうか」


 やっとといった風に動き出した彼は、近くの水差しから水を注いで飲み、こちらに耳を傾ける。


「実は、あの段階で既に俺たちは【炎魂の楔】の捜索に当たっていてな……既にパレチェク侯爵は容疑者の一人として考えていた」


 確定ではないとはいえ、聞いた紋章の外観からしても恐らく……と考えていたのだ。

 そのため、パレチェク侯爵家からの依頼を受けるという時点で却下していたこと、その後すぐにバルリエント伯爵から別の依頼を受けたためそちらのために動き出したことを説明した。


「では……あの時点で【炎魂の楔】の盗難についてはご存じで?」

「ああ。だってその捜索に当たっていたレッドドラゴンと戦闘をしたのは俺たちだし、偽装の魔道具を見つけたのもその時だからな。割と最初から関係者だったわけだ」

「そんな……」


 ちょっと彼には可哀想だが、遠回りに無駄足という状態だったわけだ。

 といっても俺たちも遠回りしたのは事実なのだが。


「そのようなわけで、生憎ボテロ殿からの依頼は受けられない。だからこれも返す。だが目的は同じなのでな、協力をして欲しいのだが」

「もちろんです。何をしましょうか」


 俺はボテロとしばらく話した。

 どうも彼は【炎魂の楔】がどこにあるかは知らないらしい。元々、ボテロが気付いたのも一部の騎士たちの動きが怪しかったためらしく、探ったところ分かったことらしい。


「なぜパレチェク侯爵には報告しなかった?」

「パレチェク侯爵が関わっている可能性があったこと、それと……」


 言葉を止め、悩んだような表情をする。不確実な内容、あるいは何か言いづらい点だろうか。


「それと?」

「ええ……確実ではないのですが、最近出入りが増えた商人がおりまして。その二人組の商人が来るようになってから、侯爵はおかしくなられた……気がするのです」

「……何だって?」


 最近出入りするようになった商人だと?


「どんな連中だ」

「聞くところによると隣の大陸からとのことですが、珍しい魔道具を持ってきておりまして……事実、最近侯爵家の設備が向上したのは事実です。一人は御用商人として、もう片方は魔道具職人だったので、今は侯爵家のお抱え【魔道具師クラフター】となっております」


 ……そういえば朝に侯爵と話したときに言っていたな、最近雇ったって。相当な熱の入れようだったが。

 確かに便利な道具を作っていた。どことなくティ○ァールっぽい形だったが。


 さて、つまりは明日の品評会で一人は確認できるな。

 しかしお抱えにいきなりなるとは……怪しいのは事実だ。


「一人は明日会えるな。もう一人は?」

「もう一人も出てくるはずです、商談がありますからね」


 品評会では【魔道具師クラフター】にとって今後のスポンサーを獲得する場であり、スポンサーである貴族に取っては今後の販売のためのやり取りをしたり、他の【魔道具師クラフター】が作った良い魔道具であれば、少しでも利権に食い込もうとして動いたりする場。

 確かに御用商人となっているもう一人も来るだろう。


 果たしてそこで尻尾を出すかどうか……

 いや、それよりも【炎魂の楔】を見つけるのが先決だ。

 状況によってその二人をどうするか考えようか。


 その後もボテロと共に色々な情報を話し合う。

 侯爵邸の間取り、スケジュールなど情報を得た俺は今後の動きを考えて調整する。


 予想される動きのパターンを何通りかボテロに説明しておけば、時間稼ぎなどもしやすいだろう。

 そろそろ色々と動く必要があるので会合を終えることにする。


「――有意義な話だった。助かったよ」

「いえ、こちらことです。……本当によろしいので?」


 そう言ってボテロは白金貨の入った袋を出してくるが、俺は首を振って断る。


「言ったはずだ。同じ内容の依頼を二重に受けるのは俺の矜持に反する」

「……分かりました。ですが、何かあればお手伝いしますので」

「ああ」


 そう言って、俺は酒場を後にした。

 そのまま帰るかとも思ったのだが、一旦俺はウェルペウサの冒険者ギルドに入る。


 ギルドの雰囲気は特に変わらないが、少し人が少ないか?

 ウェルペウサ周辺はそうモンスターが出ることもないし、必要性が少ないのかも知れない。


 俺は1つの手紙をインベントリから取り出し、ヴェステンブリッグのギルド宛に送ってくれるようにお願いした。

 その際にはギルドカードを出すしか無かったのだが、まあ、特に何も言われず手紙を送ってくれたようだ。


 手紙を送り終えてから、俺は侯爵邸の部屋に戻る。

 するとそこではフィアが一人、ソファーに座っていた。


「フィア、終わったのか?」

「うむ」


 俺は一旦洗面所に向かい、手を洗ってから部屋に戻る。


「何をしておったのじゃ?」

「午前中は侯爵から呼び出されてな……午後は少し情報収集をしていたよ」

「ほう、どうじゃった?」


 俺はフィアに状況を説明した。

 先日会ったボテロと再会し、彼の立ち位置やリークしてくれた情報について伝える。

 フィアはしばらく考えていたようだが、整理がついたのか顔を上げ、口を開いた。


「……明らかに怪しいのじゃが、それを周りにおかしいと思わせていないことが異常じゃな」

「やはりそう思うか」


 普通、貴族に近付くのであれば大きく動くよりも徐々に近付く方が怪しまれずにすむ。

 逆にここまで大きく動いているというのは、それだけその人物が愚かか、逆に優秀でなんとでも出来るという自信の表れのどちらかだ。


 今回の場合は恐らく、後者。


「……下手に刺激は出来ないな。まあ、二人組よりも【炎魂の楔】を優先するべきだと考えているが」

「それはそうじゃな。今回の依頼は奪還が目的じゃ。そやつらの素性は第二目標としようかの」


 フィアと目標を一致させ、これからの作戦を再度確認していく。

 品評会が始まれば、どのように動くかというのは流動的になるだろう。場合によってはサポートなしで動く必要が出てくるかも知れない。

 だが、最低限の指針を決めておけば、少なくとも多くの被害や目標達成の失敗というのは抑えられる。


「――よし、これでいいな」

「うむ。では全力を尽くすとするか」


 お互いの拳をぶつけ、目標達成を誓う。

 そうして話し終えたところ、フィアがふと口を開いた。


「……そうじゃレオニス、少し話しておきたいことがあるのじゃが」

「何だ?」


 早めに休むかと考え、寝室に一旦下がろうと思っていたところに声が掛けられたため、俺は振り返る。

 だがフィアはソファーに腰掛けたまま、こちらを見るのではなく俯いており、何か悩んでいるようだ。


「……どうした?」


 俺がそう聞くとこちらを見たが、何かを言おうとして止めるというのを繰り返している。

 その目は、何かを言うかどうか悩むように揺れている。


「……大丈夫か、フィア?」

「……う、うむ」


 俺がフィアの横に座って近くから顔を見ても、未だ逡巡した表情のまま目を彷徨わせる。

 だが、少しして目を伏せた後、こちらを見て微笑んだ。


「――いや、何でもない。大丈夫じゃ、少し不安に思うておるのかもしれん」

「……おやおや」


 そういうフィアの耳のあたりを撫で、俺はソファーから立ち上がった。


「――レオニス!」


 だが、フィアは俺の名をまた呼んだ。

 その声はどこか必死の……そして少し悲しげに聞こえるものだった。

 そして、悲壮にすら見える表情は、俺が見たことのない種類のもので。


 だが、フィアは首を振るとまた笑顔になり、「すまん、何でもないのじゃ」と言ってから立ち上がって寝室に下がっていく。

 しかしその笑顔はまるで、ひび割れたような、どこか張り詰めたような笑顔。



 俺は、この時無理にでもフィアと話すべきだったと、後でそう後悔することになるのであった。

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