第35話:火花散る

「で?」

「なんだ?」


 いきなり朝食後にノエリアからそう呼びかけられる俺。

 脈絡もないのだが、一体どうしたものか。


「なんか疲れているようだけど?」

「ああ……そりゃあな」

「どういうことかしら、説明してもらえる?」


 なんだろうか、このニヤニヤした目線は。

 まあ、隠すつもりはないしな。


「いや、夜更かししてな。フィアが寝かせてくれなかった」

「な、なな、何を言っておるのじゃ!?」


 一体どうしたというのか。

 

「あら、お盛ん?」

「お前……」


 そっちかよ。

 いや、俺が悪かったか。言い方が悪すぎるな。


「生憎だが、俺がまだだな」

「あら、残念」

「昨日は今後の準備のために色々フィアと話し合っていてな、忙しかったんだ」

「ふーん……」


 流石に12歳でそんな事が出来るはずがないだろう。

 一体このドワーフは何を言っているのやら。


 というかフィアさんよ、顔を真っ赤にしたままこちらを睨まないでいただきたい。


「(朴念仁め……)」

「ん? なんか言ったか?」

「……何も」


 なんかフィアが呟いた気がするんだが、この時の俺の耳には届いていなかった。

 本人曰く、『どこの難聴主人公じゃ』と思ったらしいが。


 そんな様子を見てノエリアも呆れているのか苦笑を浮かべている始末である。


「……なんか、大変そうね」

「……大変じゃよ」

「さっきからなんなんだ?」

「「お気になさらず」」

「……」


 側で俺たちの様子を見ていたメイドさんたちが凄く哀れんだ目線でこちらを見てきた。

 というか、呆れておられます?


 とにかく俺は気にしないことにして、食事に集中することに。

 ここドヴェルシュタインで出される食事も美味しいものだ。

 ドヴェルシュタインではコーン、つまりはトウモロコシが主食として主流であり、中南米のトルティーヤに似た食べ物もある。

 他にも椰子であったり、何かナッツ系の木なども生息しているため食料自給率も悪くはないだろう。

 生憎、モンスターの肉などはネイメノス火山周辺では取れず、肉類は割高だろうか。


 とにかく俺は朝食を終え、お先にトンズラすることにした。

 なんか巻き込まれるのは面倒そうである。


「……」

「……」


 背中に得も言われぬ2つの視線を感じながら、俺は食堂を出るのであった。


 * * *


「……んで、俺のところに来た、と」

「……ああ」


 俺は以前会って包丁について教えた鍛冶師のところに来ていた。

 彼は【カネミツ】という号を代々名乗る鍛冶師。つまりは本名というわけではないのだが、俺は基本的にこの人を「カネミツ殿」と呼んでいる。

 ちなみにこの人が騎士に攻撃されて負傷した人物でもある。


 俺が行くと、作業中だったようだが中に入れてくれて横で見学をさせてもらっていた。

 今は鉱石の分別中らしい。


「しかし、ノエリアの嬢ちゃんと知り合いだったとはな」

「知っているのか? ……ああ、まあ姫だからか」

「それもそうだが、俺たち【カネミツ】の一族は分家筋だからな」

「は? そうなのか?」

「何だ、知らんかったのか」


 まさか彼がエスタヴェ家と親族だったとは。

 全く似たような雰囲気ではなかったので、気付かなかった。


「基本的にエスタヴェ家ってぇのは、ドワーフの王なんて言われているけどよ、それ以前に【鍛冶王】なのよ。鍛冶の能力が最も高く、優れた名工を出す一族、それがエスタヴェ家の興りってもんさ」

「凄いな……じゃあ、色々流派も分かれるのか?」

「おう、この俺が名乗る【カネミツ】だけじゃなく、【カネサダ】もいれば【マサムネ】、新しいところで【ヨシユキ】とかな」


 なんか聞き覚えのある名前がちらほらと。

 どうやらそれらも号らしく、【○代目】と付くらしい。ランニングマンでも……


「……何やってんだ」

「おっと」


 彼らは3代目だったかな。

 カネミツ殿からの呆れの視線を頂きつつ、改めて座っていた丸太に戻る。

 すると彼は作業の手を止め、俺の方に向き直って話し始めた。


「そういやぁな」

「ん?」

「お前さんから教えてもらったあの包丁だが、いいもんが出来てきた。だが、あらぁちょっと下手な奴にゃ作れねえもんになってよ」


 そりゃそうか。

 【カネミツ】の号を持つ名工が作る包丁だ、下手なものが出来るはずがない。


「それでどうするんだ?」

「おう、流石に俺も武器鍛冶が本職だからな。注文が殺到したら困るし、かといって下手な鍛冶師が作ればなまくらができらあ」

「ふむ」

「どうしたらいい?」

「そうだな……」


 この包丁の作り方を教えたのはカネミツさんだけだ。

 というか、他の名工なんて知らなかったからな……


「他の名工にも教えるか?」

「それでもいいけどよ……俺たちじゃちぃとばかり本気になっちまうからな」


 本職にとっては流石に包丁にばかりかかりきりになるわけにはいかないだろうし……

 そうだな……


「ノエリアにも確認してみるが、例えば余っている鍛冶師とか、弟子とかいないのか?」

「そりゃあ腐るほどいるぜ? だが、大体そういう奴らや出て行くしな」

「それ、勿体なくないか? 人口が減るんじゃ?」

「だがなぁ……というかそんな話は、それこそ嬢ちゃんたちの仕事だぜ」


 技術というのは、できる限り流出しないようにするというのが当たり前だ。

 それを専有して商売にしていれば、その技術を求めるものがいる限り飯の種になるのだ。


 だが、こういう技術は大体3人まで継承されたら終わり。

 本命の弟子、その次点、そしてもしもの場合の予備の3人だ。

 それ以外の弟子たちは基本的な技術は教えられても、秘伝とされる技術は知らないものばかり。


 そのため彼らは仕事を得るために新しい土地に出かけていく。そこで鍛冶師になったり、冒険者になったりするものもいるのだ。

 ドワーフの鍛冶に限らず、薬師もそうだし、服飾系も同様である。「技術」が絡む領地にはこの問題が必ず絡んでくるのである。


 とはいえカネミツ殿の言うことも間違っておらず、これを考えるのはエスタヴェ家の仕事。

 なら、少し相談してみることにしますか。


「……カネミツ殿はまず、他の名工に包丁について伝えてみたらどうだ?」

「ま、そこからか……」

「後はエスタヴェ家に相談するさ。少し案があるからな」

「お、なら先にそれしてくれよ」

「……まあ、どっちでもいいか」


 しばらく刀の研ぎ方などを習いつつ時間を潰した俺は、そろそろ昼が近付いたのでカネミツ殿の元を辞し、エスタヴェ家の屋敷に戻ることにした。


「お、お帰りなさいませ、龍剣ロン・ジェン様!」

「ああ、戻った。ノエリアたちは?」

「はっ! 食堂の方に!」

「分かった」


 ものすごく緊張した雰囲気で俺に挨拶をしてくる彼ら。

 実は、先程カネミツ殿の元では姿を現していたのだが、普通にドヴェルシュタインで動く際には偽装をしている。


 当然だ。レオニス・ペンドラゴンという人物は既にクムラヴァから出て・・、ヴェステンブリッグへの帰路に着いたのだから。


 しかしこの漢服……功夫服は格好いいな。

 実は昨日の間にノエリアが準備していた……というわけではなく、フィアの趣味である。


 以前研究所を出る前に、『妾のためにコレクションを持っておいて欲しいのじゃあ!』という切実な願いをしてきたためである。

 フィアはチャイナドレスを手元に残し、俺は功夫服を渡されていたのだ。しかもやたらと防御力が高いやつ。


 フィアのコスプレ趣味って、実用を兼ねているよな……

 なんとも言えないが、助かっているのは事実である。


 さて、俺が食堂に到着し中に入ると、既に二人は食事を摂っており、俺が入ると手を挙げて挨拶してきた。


「朝からどこに行っておったのじゃ?」

「カネミツ殿のところにな」

「あら、珍しいわね。彼が自分の工房に人を入れるなんて……と思ったけど、火竜と繋がりある人を拒むことはないわね」


 彼は名工であり、非常に忙しい人だ。そのため、ドワーフ相手でも中々接することもなく、どちらかというと「気難しい人」という認識を持たれているらしい。

 意外と話すと良い人なんだがな。もしかすると俺が包丁を紹介したからだろうか。まあいい。


「色々学べることがあるから助かるよ」

「お主も好きじゃのう……」


 こういう鍛冶や研ぎというのは昔から好きだ。包丁もよく研いでたな。

 研ぎ方はこの世界でも変わらないようで助かった。


 さて、昼食はタコスのようなものだった。それを5個くらい食べるとかなり満腹になる。

 味付けは辛いチリソースらしいもので、酸味もあり元気が出てきそうな味だ。

 ちなみに飲み物はライムベースの果実水。これ、ソーダがあるといいのにな……と思わされるような味だった。


 あ、ソーダ生成器とかいいな。いずれ作ってみよう。

 そうなると、二酸化炭素の生成器も必要か……どうやって作るかな。


「――あてっ」

「私たちを放置して何考えているのかしら?」


 突然横から伸びてきた指が俺の頭を小突いた。


「ノエリア、何をする」

「あら、私たちはお邪魔なのかしら?」


 あれ、ノエリアさん……なんか怖いんですけど。笑顔なのに目が笑っていない。

 ノエリアと喋っていたはずのフィアを見るが、こっちは呆れたようなチベスナ顔。


 俺、また何かしてますかね?

 とはいえ無言の圧力の怖さに俺は何を考えていたか白状させられ、それで納得はして貰えたのだが「男っていうのは……」とさらに呆れられたのであった。



 * * *



「で、結局これからはどうするんだ?」

「当日までは特にすることがないけれど、龍剣ロン・ジェンが良ければ手合わせをしてみる?」

「ノエリアとか?」

「ええ」


 ノエリアと手合わせか。

 彼女は確か刀の使い手、それも熟練の使い手だ。


 俺は今、龍剣ロン・ジェンとしてこの手合わせを受けるのだが、龍剣ロン・ジェンが使うのは槍ということになっている。後は体術か。

 久々に使うから、少し馴らさないとな。


 「是非に」ということでノエリアと共に訓練場へ移動する。

 エスタヴェ家の訓練場は2つあり、火山岩を用いて作られたアスレチックのような訓練場と、基本的な普通の訓練場が存在する。

 流石にアスレチックは勘弁なので、普通の訓練場だ。


「どうするの? 少しは練習する?」

「ああ、槍は久々だからな」


 俺が【インベントリ】から取り出したのは、2メートルほどの槍だ。一般的な槍に比べれば短く、しかも穂が全長に対して3分の1を占めるほどに長くしている独特の槍。

 もはや穂の部分は突く動作だけでなく、斬る動作も出来る程のものとなっている。


 ミスリルを含む合金で作られた重いもので、護国流の中では最後の方で教えられるものだ。当然【発勁】が使えない限りは操る事が出来ないようなものである。


 生憎これは昔使っていた物ではなく、どちらかというと最近作ってもらったものだ。

 いやー、お金が掛かった。


「あら、良いものを使っているのね」

「少し金があったからな」


 少し肩慣らしということで、それぞれ素振りや準備運動をしていると、訓練場にドワーフたちが集まってきた。

 エスタヴェ家の兵士だけでなく、他にも何人もの人が見に来ているようである。


 この訓練場は、屋敷の外縁、しかも解放されている部分にあるので見放題なのだ。


 俺は突き、払い、石突きを使った掬い上げなど、一通りの動作を行う。

 対面側ではノエリアが模擬戦用の刀を確認しながら、こちらを見ているのが分かる。


 準備運動が終わると、俺は使っていた槍を【インベントリ】に戻し、準備されていた模擬戦用の槍を取る。

 重さは少し軽めだ。だが、重心などは俺の槍と似たものなので、扱いやすい。


「ルールはどうする?」

「致命傷、あるいは戦闘不能となり得る攻撃を相手に当てられる状態になった方が勝ち……でどうかしら? 審判はなしで」

「分かった」


 審判なしか。珍しい。

 俺が訓練場の中央、ノエリアが待つ武道場のような一段高い場所まで向かい、対面に立つ。

 ルールの確認を行い、了承すると、一瞬ドワーフたちがざわめき、すぐに収まった。


(……?)


 あのざわめきはなんだったのだろうか。

 とはいえ、既に俺は舞台に立っている。


 互いに中央で礼をし、3歩ほど下がって武器を構える。


 ノエリアが鞘走りの音を立てずに模擬刀を抜き、俺が立てていた槍を中段に構える。

 さらにノエリアの刀は八相の構えに変化し、俺は下段に構える。


 そのまま、お互いの間に幾ばくかの時間が流れた頃……


「「……――ッ!!!」」


 何がきっかけになったのだろうか。

 風の音、何か声だろうか。


 俺とノエリアが同時に踏み込と、お互いの得物が触れ――火花が散った。

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