第36話:手合わせと出発準備
それはぶつかるというよりも、擦り上げるような動き。
そのためお互いの模擬刀と模擬槍は、火花を散らし、そして離れる。
「はっ!」
「ふっ!」
まるで剣とは異なる動き。
力で押し切るのではなく、相手を斬る動きだ。
しかも俺が石突きで足払いを掛けるも、最低限の動きで躱し、反撃をしてくる。
「くっ!」
すり足を含む独特の歩法は、上半身をブレさせることなく動くため隙がない。
そして接近戦に持ち込み、槍のリーチを殺すように攻めてくる。
そのため俺は少々防戦気味だ。
元々俺は下段からの動きなので、後の先を取るような動きをするつもりだったのだが……
カウンターを入れるにも少々入れづらい。
「ハッ!」
「ッ!?」
仕方ない。
震脚までは行かないが、強力な踏み込みと共に距離を取らせる。
いくらドワーフで力が強かろうが、これは否応なしに相手を吹き飛ばすような技だ。とはいえ、普通より手前で体勢を整えられてしまった。
「ゥラアッ!!」
「くっ!」
槍を回転させると同時に上からの打ち下ろしを仕掛ける。
いくら刀といえど、これは受けられないだろう。
予想通りノエリアは横飛びに避ける。が、すぐに足元を狙った横薙ぎをして来たため、石突き側で打ち合い、改めて距離を取る。
お互い一旦そこで止まり、距離を取った状態で息を吐く。
「……やるわね」
「どうかな」
そう言いながらも、相手の隙を探りながら微妙に構えを変えていく。
俺を見つめるノエリアの目はこれまでの涼やかな雰囲気から、爛々と輝き、その奥に闘気をちらつかせ始めていた。
その有様に、思わず俺の口から呟きが出た。
「……凄いな」
このままでは拙いな。
改めて構えを上段に変え、攻撃のための型に移行する。
同時に俺は、俺の内部を循環する魔力を高速で循環させると、【発勁】を発動させて気を引き締める。
「……ふふっ」
ノエリアが堪えきれなくなったように笑みを浮かべ、その口から笑みが零れる。
「ふ、ふふふっ……アハハッ、アハハハハハハッ!!」
それからはまるで堰を切ったかのように笑い声が溢れ、訓練場に響き渡る。
同時に眼の奥で陽炎のように揺らめいていたノエリアの闘気が、オーラとなってノエリア自身の身体から立ち上り始めていた。
同時に構えも、上段の構えへと変化し、さらに剣先がゆらゆらと揺れている。
やりづらい……初動が見づらくなる!
その俺の思いが分かったのか、俺の意識の隙間を突くかのようにノエリアが飛び出してくる。
「アハハハッ!!」
「カアアッ!!」
ノエリアの闘気は刀すら覆い、凄まじい勢いの太刀筋を見せる。
それはまるで示現流のような、二の太刀要らずと呼ばれるような凄まじい太刀筋。
そしてそれを連続で振るってくるのだ。
(防ぎきれるか……!?)
俺は槍を回転させるような形で防御に徹する必要があった。
だが、所詮は模擬槍なので、柄は木で出来ている。そのため徐々に槍が削れていくという状況に陥った。
「アハハッ! もっと、もっとよ! こんな楽しいのは初めてだわ!」
「舐め……るなっ……!!」
――ズドンッ!!
【震脚】を用いて地面を揺らし、一瞬攻撃が緩んだのを見て俺は距離を取る。
同時に【インベントリ】から自分の槍を取り出し、魔力は通さずに振るう。
「あら、まだ相手をしてくれるのね!」
「折角だからなっ!」
――ガガガガガガガッ!!
この槍の方が重みがあるので早く動かすには本来向かない。
だが、【発勁】の発動と、金属であるため破損する可能性が低いというところからこいつを使う。
合わせて体術を含んだ攻撃を仕掛けながら、ノエリアの攻撃を捌き、ノエリアが優勢状態にならないように動く。
「アハハッ! 良い、いい! 最高よ!」
気付いたらノエリアの模擬刀は刃こぼれし、もはや単なる鉄の棒と化している。
同時にノエリアの体力が限界になったのか、攻撃が収まっていき……
「どうする?」
遂に彼女が膝を付いた。
本当に体力の限界なのだろう。肩で息をしており、地面に突き刺した模擬刀の残骸を支えにしている位だからな。
「……ふう、参ったわ」
「……そうかい」
先程の闘気は嘘のように消え、彼女は満足したかのように「参った」と告げてきた。
なんとも俺はいうことが出来ず、ただ一言、そう呟くしかなかった。
同時に、観戦していたドワーフの皆さんが一層のざわめきを見せたのである。
「……何なんだ?」
「ふふっ……」
いや、そんな晴れやかな笑顔で笑われても。
近くにいたドワーフに声を掛けようと思ったのだが、気付いたら皆いなくなってしまっていた。
この訓練場に残っているのは、俺とノエリアだけである。
俺も体力の限界で、膝を付いているノエリアの横に座り込む。
「……まさか私に『参った』って言わせるなんてね」
「……はっきり言うと、俺が参ったわ。何だあの
笑いながら攻撃を仕掛けてくるとか、とんだホラーだ。
というか目も怖かった。子供ならトラウマものだろう。
「え? だって楽しいじゃない」
「……」
戦闘狂って奴ですか。どういうお姫様だよ本当に。
「……結婚相手を探すのも一苦労だろうな」
「あら、酷い。こう見えて引く手数多なのに」
そりゃあ美人だしな。だが、夫婦喧嘩ともなれば夫はボコボコで治療院送り……いやお墓行きだろうな。
「……何考えているのかしら」
「痛っ」
脇腹を抓られる。
別にそこまで痛くはないのだが、なんとなく気持ち的に痛いと言っておく。
俺は両手を後ろについて空を見上げた。既に夕方に近付いており、徐々に空が黄色からオレンジに変化していくのを見つめる。
しばらく無言の時間が流れるが、ふとノエリアが口を開く。
「……引く手数多なのは事実よ。でも、私は条件を付けたの」
「……どんな?」
気になって俺はノエリアの方に顔を向け、聞き返す。
すると、ノエリアも空を見上げていたようで上を見たまま呟く。
「……私より強い人」
「……ふっ、なるほどな」
俺は苦笑しながら呟く。
確かにノエリアの観点からすれば、伴侶に出来るような頼りになる男性というのは、自分より強い人かもな。
そう思いながら空を再度見上げようとすると、横から伸びてきた手が俺の頬に触れ、強制的に俺の顔を横を向かせる。
その先にはこれまでにないような笑みを浮かべたノエリアがいて、
「貴方のことよ」
そう口が動くと顔が近付き、俺の頬に軽く柔らかいものが当たった。
思わぬ状況に俺が固まっていると、ノエリアは模擬刀を持ったまま屋敷に戻って行った。
俺はやっと、先程頬に触れたものがノエリアの唇だと気づき、そして先程のノエリアの言葉を反芻しながらも理解できず。
空を見上げて、とにかく戻らなければと思ってインベントリに槍を片付けてから訓練場を出た。
「…………」
その様子の一部始終を見ていた、特徴的な1つの影に気付かぬまま。
* * *
次の日、珍しくドヴェルシュタインに雨が降ったため部屋で過ごす。
普段降ることはないのだが、時たまに風や周囲の状況から降ることがあるとか。
雨をBGMに、俺は術式を構築していた。
「エーテルリンク構築……第1術式を元に、パラメータaを……いや、そうするとこっちの式との干渉が……」
既に動いている魔法を解析するのは、人を対象にした【
対象物とのリンクを構築するにも、魔法というのはどうしてもすぐに消えたり、変動する。
そうなると解析している間に魔法が到達してしまうんだよな……
(エーテルによるリンクを構築するのは良い。だが、位置関係も関わってくるからなぁ)
解析する時間も問題なのだが、情報をフィルタに従って逐次抽出するだけなので、そう難しいものではない。情報が多すぎると問題なのだが、必要なのはそう多くはない。
問題となるのはやはりリンクの構築である。
いくらエーテルリンク自体は即座に確立できても、例えば魔法が向かって来るとその間に実行されている魔法は変化していくし、距離が変わるため都度都度リンクの確立を必要としてしまう。
これではどうしようもない。
(いっそ対象に触れた場合だけを考えて組むか)
ついでにそろそろ俺も魔導書を記述するようにしよう。
ドヴェルシュタインで偶々【魔道紙】と呼ばれる特殊な紙を使った白紙の本を見つけたので、魔力と【魔道インク】を使って記述をしていく。
【魔道紙】も【魔道インク】も、護符などを作る際に使う道具だ。これは十分に手元に持っている。
「……ここは間違ったか。修正して……ああ、こうか」
手作業で行う
そんな事をしていると、フィアが部屋に入ってきた。
「……何をしておるのじゃ?」
「……魔術陣化、だな。どうだろう?」
ちょうど仕上がったので、本に転写した術式を見せる。
「……ふむ。離れた位置からの解析はせんのか」
「……ちょっと面倒でな。今回の依頼程度なら、これで十分だろ」
「うむ、そう言うことなら悪くないのう」
フィアも頷きながら納得してくれたようだ。
術式を複製して自分でも試して見るそうだ。いや、そりゃあフィアが作った方が良いものは出来るだろうな。
そうやって術式を作ってみたり、意見を聞いたりしていたのだが、夕方を過ぎたらしく夕食の時間となったためにお開きとなったのであった。
* * *
それから幾ばくかの日数が流れ、遂に品評会が迫ってきた。
「やぁ君たち、元気だったかい?」
「伯爵、相変わらずだな」
「それが僕だからね」
既に俺たちはクムラヴァに移動し、今は伯爵邸に泊まっている。
明日朝にウェルペウサに向かって出発すれば、夕方までには向こうに到着できる。
その後1日挟んだら品評会なのだ。
「……しかしまあ、ドワーフというのは器用じゃな。まさかこんなものを作り出すとは」
「まあ、理論は昔からあったし、伯爵のサポートのおかげだけど。実用性はあまり考えていないものだったから……」
ノエリアが作り上げた魔道具。それは蓄音機だった。
実は音を録音する魔道具というのはまだ開発されておらず、旧世界で用いられていた録音機器らしきものは存在していても誰も使えず、理論だけはどうにか形になっていた、というレベルだったのだ。
実際には風属性魔法の1つである【集音】という上級魔法を封じた魔石を使う事で録音は出来たのだが一度限りの使い捨てのためコストが馬鹿にならず、さらに魔石のサイズによって録音できる時間が異なることもあり普及しなかった。
対するノエリアの魔道具は、駆動部、集音部、再生部それぞれに魔石を組み込んでいるが魔力消費が少なく、さらに録音はいわゆるレコード盤に行うため、再生も繰り返し行える。
さらに、魔道具であるため音の増幅も容易で、初期コストは少々高めでもトータルコストが非常に抑えられた良いものとなっていた。
「これ、目玉になるよねェ」
「どこの商会を通すんです?」
「……本当はうちだけでやりたいけど、僕の権力じゃちょっと厳しいねェ」
これは娯楽用品にもなるが、上手く使うと諜報活動にも役立つだろう。
もちろんこのサイズでは使えないし、どちらかといえば理論部分が重要となるが、開発を続ければいずれ……ということもあるのだ。
「……コールマン商会とかはどうです? 国王派ならどうにかなるのでは?」
「……うーん」
コールマン商会というのは、このグラン=イシュタリア王国唯一の大公家と繋がりのある商会。
ライプニッツ大公家の管轄である【エクレシア・エトワール】に本拠地を構える大商会だ。
彼らであれば信頼がおけるし、何か手を出されそうになっても大公の後ろ盾を得られる。
それにバルリエント伯爵は国王派で、国王派の首長である大公の側近とも言える人物だろうに。
まあ、それを決めるのは俺ではないので放置である。
それぞれの準備を整え、動きを確認しながら考える。
元々ウェルペウサへ向かう理由だ。
果たして侯爵、あるいはその息子が何かと入れ替わっているのだろうか。
それとも、何か精神的な変化をもたらすものに触れたのだろうか。
そして、【炎魂の楔】はどこにあるのか。
どうにかして見つけ出さなければいけない以上、最終的には威力捜査も辞さないつもりだ。
さて、どうなるか……
そんな事を考えて改めて自分の務めを心にたたき込み、俺は床についた。
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