第34話:思わぬ影響
「ふむ、やはり関係があったのじゃな、ノエリアの嬢ちゃんよ」
「ええ、半年前の話ですが……」
今俺たちは火竜の住むネイメノス火山の竜域にいる。
そこで今回の状況を説明することにし、俺が間違いなく火竜の加護を受けていること、そしてその加護を持つということでノエリアのパートナー役を引き受けることを伝えた。
「ほう……面白いことになっておるのう」
そう言うと火竜はちらとフィアの方を見る。
視線を向けられたのが分かったのかフィアも火竜を見たが、「ふむ……」といって火竜はこちらに向き直った。
「レオニスの件は了承した。我ら火竜一族が保証し、我らの縁者として扱うということにする。が、なぜそこまでしてその侯爵家へ動くのじゃ? 嫌なら引っ込んでおけばよいし、レオニスのおる辺境……ヴェステンブリッグだったかの、そこに送っても構わんのだが」
火竜は俺がノエリアのパートナー役となること、そして火竜の加護を持つことを公表すること自体何の問題もないとのことだった。
「故に、改めて聞かせてもらおう。なぜそうまでして、エスタヴェ家の者が動く?」
火竜は一瞬鋭い目となり、このように動いている理由を問いただしてくる。
「……それは」
ノエリアが口ごもる。
それはそうだろう、仮にも【炎魂の楔】の守護であるエスタヴェ家にとって、失態とも言えることなのだから。
だが、それは俺が説明した方がいいだろう。
「【炎魂の楔】の在処……確証ではないが、ほぼ間違いないと思われる情報が得られたからだ」
「なにっ!?」
火竜が結晶のソファーから腰を浮かせる。
その目は驚愕に見開かれると同時に、それが嘘だったならば許さないという程の気迫を感じさせるものだった。
「ここで嘘を言うはずないだろう? 既に半年も経過した。急がなければいけないのは十分理解しているつもりだ」
「それは分かっておる。じゃが、もし偽物だとしたら?」
「手はまだあるから問題ない。それに今回……当たる予感がするんだ」
そう俺が言うと同時に、火竜は1つ息を吐き、ソファーに座り直す。
「相分かった、お主の勘は馬鹿にならぬのでな。……改めて任せたぞ」
「ああ」
これで火竜一族は問題ない。
しかしどうしようか。こうなると俺は竜に関連した存在として出て行くのがいいのだが……
「なあ、火竜」
「どうした?」
「何か竜らしい名前ってあるか?」
「ふむ?」
俺は、今回の依頼で見た目を変えて動く予定であること、そのため出来れば竜に関連しているということを示せるような名前がいいので何か無いかと聞いてみた。
「あえて言えば、お主の名字が完全に竜絡みじゃが……」
「まあ、そうなんだがな」
『1つ法則ならあるが』
そう言っていると、横から赤竜が顔を覗かせて口を挟んできた。
「法則?」
『うむ、別大陸で竜に関連する存在は、特殊な【竜文字】で1文字、精々2文字くらいで名付けされているぞ』
「【竜文字】って初めて聞くが……」
『ああ、何代か前の風竜が、某という人間と開発した文字でな』
「アレかぁ?」
え、なんで火竜はそんな面倒な顔するの?
「あんな細かい文字1つで意味を作るとか……頭がおかしいとしか思えん」
『火竜……少しは覚えぬか』
「嫌じゃな」
「赤竜は覚えているのか?」
この感じからすると、火竜は知らないというか覚えようとしていないが、赤竜は知っているらしいな。
『うむ。これは便利だ。少し刻むのが手間だが、歴史を残したり、竜術を使う上での使い方を残したり出来てな、大変楽になった……昔は口伝だったからな』
「へー……見てみたいな。どんな文字なんだ?」
『歴史はいずれ見せよう……実際の例としては……例えばこんな文字だが、これは我ら「竜」を示す』
そう言って赤竜が地面に刻んだ文字。
そこには『龍』という文字がそのまま刻まれていた。
「……え?」
* * *
ドワーフ領【ドヴェルシュタイン】。
赤竜によってネイメノス火山まで運んでもらった俺たちは、そこから下山して麓のドヴェルシュタインに入った。
ありがたいことに……というより当然ながら、ウェルペウサを通ることはなかったため侯爵家側の誰にもノエリアの帰還は知られていないはずだ。
そのままノエリアの住む邸宅に入った。
生憎彼女の兄……つまりはドワーフの長――王であるが、彼は仕事中だったため会うことなく、一旦休憩のためにも部屋を与えられた。
今の段階でわざわざノエリアと一緒にいる必要はないので、フィアと二人きりで部屋でくつろぐ。
「……疲れた」
「……ま、否定せんが」
そういうフィアもかなり疲れているようだ……というか、何か不機嫌だ。
伯爵のところでは思い過ごしかと思っていたが、どうも棘があるというか……うーむ。
「フィアさん? ちょっと怒ってません?」
「……誰も怒っておらんよ。ああ、怒っておらんとも」
えー……俺はこういうときどうしたらいいのか。
前世の知識……全く当てにならんわ! 「彼女いない歴=寿命」を舐めんな!
……自分で言って悲しくなってきた。
「……フィア」
「……」
「フィアさーん」
「……新しい女子に鼻の下を伸ばしておる奴なんざ知らん」
「えー……」
もしかして嫉妬ですか、嫉妬?
とはいえ、別に俺はノエリアとの話はお芝居って考えているし、大体今回は変装に偽名を使うためその相手自体が消えてしまうわけなんですけどね。
とはいえ拗ねられても困るので、後ろから抱きしめてフィアの耳に頬擦りしながら喋る。
「フィ~アさ~ん」
「な、なんじゃいきなりばかものっ!?」
「最近モフれていなかったので」
「阿呆か!」
そうは言いつつ特に俺を引き離さずに抱っこされているフィア。
「……なあ、ノエリアの話を受けたの怒ってるか?」
「……別に。単なる依頼じゃろ」
「ま、そうなんだが……どの道俺はこのままここにいるわけないし、こんな短期間でどうこうなるはずないだろ。フィアと一緒にいる時間の方が長いし……頼りにしてるんだから」
「……ふん、そういうことにしておこうかの」
なんというか、不承不承といった形ではあるものの納得してくれたようだ。
しかし参ったな……
* * *
「さて一応、これから名乗るのが【
「……妾は【
休憩後、フィアと共に現状を確認する。
結局、火竜や赤竜と共に(ほぼ赤竜が手伝ってくれた)、それぞれの名前と素性を決めることにしたのだった。
一応俺たち二人ともが火竜一族と繋がりがあるため、どちらも相応の名前を持つことにしたのである。
とはいえ、不思議に思われるだろう。この名前、えらく難しい、しかもファンタジー世界らしくないと。
それもそのはず。
なんと、【竜文字】は漢字だったのである。しかも読み方は中国語と同じ発音。
いや、確かに竜ってそれっぽいけどさ……誰だよ伝えた奴。
あんな四声を使う言語、俺は苦手だぞ。
前世でも何度かトライしたのだが、完璧に俺は向いていなかった。
英語の方が向いていたことを、俺は鮮明に覚えている。実際、英語に近い旧世界の共通語の方が習得が早かったのだから。
まあ、それはいい。
とにかく、俺たち二人はそれっぽい名前と、そしてそれっぽい服と、それっぽい見た目となることになった。
ノエリアが使用していた偽装の指輪は、基本的に髪色と瞳の色を変えられるそうだ。
それで、髪色を赤に、瞳は金色に俺はすることにし、フィアは髪や尻尾を銀色、瞳は紫に変化させる予定である。
中々綺麗な見た目になるはず。
素性としては、俺は火竜一族から認められた修行中の戦士として、フィアが修行を終え、竜域から下山してきた【
本音、色々ごちゃごちゃしていて分かりづらいのだが、「こんな感じで」と火竜が言ったのでいいだろう。責任は火竜に取っていただく。
「おお、そうじゃ。いまいちこの名前の意味が分からんのじゃが、レオニスは分かるのじゃろ?」
「ん? ああ……『飛』は飛ぶ、『月華』は月と花を意味する。分かるか?」
「なるほどのう……それも昔の?」
「そうだな、俺の生きていた国でも文字の1つとして使われていたし、近くの国では何種類もあるこの文字で文が作られていたし」
「ふむ……」
そう言ってしきりに頷くフィア。
「1文字に意味を込める、か……」
「どうした?」
なにか思いついたのだろうか。
フィアの雰囲気が、普段やさっきとは異なる、術式を組む際の研究者らしいものに変わっている。
「いやなに、これで式を組むと、それなりに圧縮が効く気がしてのう」
「あー……なるほどな」
確かに間違ってはいない。
文字が増えれば、それだけ術式の容量を圧迫していく。
それは常識だ。
「だが、その文字を意味あるものとして認識するのが難しいんじゃないか?」
「あー……それはそうじゃな」
これまで使用してきた術式の組み方を変更すると、それをいわばコンパイルして魔術陣化させるには新たなコンパイラを作らなければならなくなる。
元々の術式自体は容量が減っても、結局魔術陣化させる際の手間が増えることになるだろう。
それに、結局術式自体で魔法が発動するのではないので、術式を圧縮しても結局は……ということでもある。
「しかしあまり気にしていなかったんだが……」
「ん? 何じゃ」
「魔術陣が起動すると、陣だけじゃなくて文字も出てくるだろ?」
「うむ」
「あれは何なんだ?」
「ああ、あれは……」
魔術陣化された術式を展開すると、必ず浮かび上がるのが円形の陣とそれを繋ぐライン、そしてその中を流れる文字である。
この文字についてはあまり気にしていなかったし、教えてもらってもいなかったのだが、ふと不思議に思い聞いてみる。
「あれはの、魔力の持つ性質を表す文字じゃ。その文字に沿って魔力は動き、術式を実行し、展開されていくのじゃ」
そう言って、フィアは1つの魔術陣を展開してみせる。
「これは火属性で最も単純な【ファイア】じゃな。ここのこの文字は【火】、これは【風】じゃな。この文字に沿って魔力が動くことでこの【ファイア】という魔術の現象が引き起こされるのじゃ」
つまりバイナリコードなわけだ。
魔力が持つ基本性質は4種。そのためこの文字も4種あり、それが動き絡み合うことで1つの現象を生み出すのだ。
しかし、コンピュータみたいに「1」と「0」の2進表現でないのはいいことだ。これは演算を早くできるし羨ましい限りである。
まあ、そうでもしなければこんな魔術という事象は起きないだろうが。
そう考えると、詠唱魔術はインタプリタみたいなものか。
都度都度式を構築し、逐次実行していくわけだから。
「――おいっ」
「……ん?」
そんな事をずっと考えていたら横からフィアに突かれた。
「……妾が振った話じゃが、妾を放置するとはどういうつもりじゃ」
「……すんません」
少し拗ねたような表情でそう言われる。
遠慮なしに頭を撫でておこう。
「……むぅ、なんか誤魔化された気もするのじゃが」
いえいえ、誤魔化してはいませんって。
そう言いながらフィアは立ち上がる。
「さて、これから妾は【
「ああ、そうだな」
「レオニスも少しは勉強しておくんじゃぞ?」
「もちろん。出来れば何か便利な術式を組んでおきたいが……」
「ふむ……」
魔道具を作るに当たって、この世界では魔石に魔法を封じ込めるという形で作っていく。
そのため、あまり細かなものは当然作れないし、コストが掛かる。
さて、魔石に封じられている魔法については、なんとなく属性や方向性というのは理解出来るのだが、それでも詳細をすぐに理解することは出来ない。
出来れば、そういうものを解析する術式が欲しいものだが……
「何か解析系の術式が必要かな……」
「……また作るのかぇ」
そんな嫌そうな顔せんでも……
「だってなぁ……単純とは言え、魔法自体を封じたような魔石だと解析が面倒というか」
「術式が流れているわけではないからのう……否定せんが」
俺は魔術陣であれば、流れている術式を認識した際に多少読み解くことが出来るため、どの術式を撃ち抜けば消失させられるか、止められるかというのがすぐに分かる。
これは俺自身の特性による部分が大きいのだが、フィアと訓練をしていく中で身につけた技能の1つである。
これは旧世界の魔道具にも適用されるので、暗号化されていない限りは読み解ける。
だが、どうも旧世界の魔道具用術式というのは、暗号化されており読み解けないことが多いのだが。
簡単な魔道具である【魔導ランプ】であれば暗号化されておらず、すぐに読み解けた。
さて、それに対して現在の魔道具というのは既に発動している魔法を魔石に封じ、それを簡易的なものだが制御することで作られている。
そのため必ず魔石が必要になり、高価になる。
と同時に、既に実行されている魔法が封じられている状態なので、魔力を通さない限りはどのような動作をするか分からず、一目で解析するのが困難なのだ。
既に実行されているアプリのパッケージを動かさずに、中身をデコンパイルしろと言うようなもの。
そんな事は困難でしかない。ツールが必要になるのだ。
「術式は組むからさ……」
「分かった。それなら良いぞ」
「助かった……」
どうにかこれで魔道具について解析しやすくなるな。
「……これがあれば、妾が勉強する必要ないのでは?」
「……確かに」
フィアの一言で、二人とも勉強のやる気がだだ下がりしたのは内緒である。
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