第27話:クムラヴァとの別れ

『ではな、また会おう』

「ああ、元気で」

「頑張るんじゃぞ。長老に逃げられんようにな」


 俺たちはクムラヴァから離れた平原に立っていた。

 赤竜にここまで送ってもらい、俺たちはクムラヴァに戻るのである。


 赤竜に別れを告げ、飛び去る彼の後ろ姿を見送り終えると、俺とフィアは歩き出した。


「さて、次はドワーフのところじゃが……どうする?」

「冒険者である以上、特に通行には問題ないだろう。俺たちは辺境伯に仕えているわけじゃないんだから、ウェルペウサだって締め出すわけにはいかんさ」

「ま、それはそうじゃな」

「とにかく明日の帰還に向けて準備をするのと、現状報告を伯爵にすることだ」


 そう言い、俺たちは駆け出す。

 そのまま街道から少し離れて駆けていき、村を通り過ぎるとすぐにクムラヴァの門が見えてきた。


「おや、お帰りなさい。昨日はお疲れ様でした」

「そちらこそ、ありがとうな」


 ちょうど門に立っていたのは昨日俺たちを送ってくれた警備兵だった。

 軽く挨拶し、クムラヴァに入る。


 今リナたちは領主邸にいる。

 一部の騎士が準備のために街に散り、それぞれ必要な買い物などを行っているに違いない。


 途中の露店に声を掛け、話を聞きながら串焼きを購入する。

 これは……オークにしては美味いな。


「これ、どうしたんだ?」

「あん? どうした、って……何が?」


 店主は特に何でもない表情をしているが、明らかに普通よりも美味い。


「いや、この串美味いな。何か特別なのか?」

「ああ、それか……これは家の秘伝のたれを使っててな……教えるわけにはいかねぇよ」

「そりゃそうだ。美味ければいい、それだけだろ? 越えたければ自分で研究すれば良いんだから」


 そう俺が言うと、店主はニヤリと笑い、


「……分かってんじゃねぇか兄ちゃん。どれ、もう1本おまけだ」

「お、マジか……なら、銀貨2枚分焼いてくれ。買うぞ」

「ほ! 気前良いじゃねえか」


 俺は銀貨2枚分の串を買い、アイテムボックスに収納する。

 そんな事をしていたら、フィアが微妙に呆れた表情でこちらを見ていた。


「……何をしておるのじゃ」

「え、いや、何が?」

「……わざわざあんなやり取りをするとは……これはアレかのう、テンプレというか、ちゅうに……」

「ちょいと待とうかフィアさんや!?」


 ちょいちょいフィアは俺をイジって、心の黒歴史を開こうとしてくるからたまったものではない。

 いや、それならこんな行動を取るなよと言われそうでもあるが。



 そんなこんなで領主邸に戻ると、リナがお茶に誘ってくれたため、彼女の部屋に向かう。


「あ、お帰りなさいレオニス。大丈夫でした? 昨日も途中で出て行っちゃいましたし、今日の朝も会えませんでしたから……」

「心配掛けてすまない。だが、例のドラゴン騒動は終わったし、明日からの帰りは一緒だ」

「それなら良かったです」


 そう言って、彼女としばらくお茶を楽しむ。

 ドラゴン騒動のため、親睦会に来ていた貴族たちはそれぞれ早めに領地に戻ったようで、最後に残っているのが俺たちのようだ。


 しばらくそんなゆったりした時間を過ごしていたところ、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 お付きの一人が誰何すると、伯爵家のメイドで、俺とフィアのことを伯爵が呼んでいるそうだ。


「……もう少しゆっくりしたかったな」

「ま、そういかんのがお主じゃな」

「残念です……」


 残念がるリナに、またヴェステンブリッグで誘ってくれと言うと喜んでくれた。


 俺たちは何度も通った領主の執務室に向かって歩いて行く。


「旦那様、レオニス殿とプエラリフィア殿をお連れしました」

『どうぞ』


 メイドに促され、中に入る。

 すると伯爵は書類の山と格闘しているようだった。


「伯爵、大丈夫か?」

「んー……大丈……ばないね。今回のドラゴン騒動で、少なからず来てくれた貴族に迷惑掛けてるし、村の復興もあるし。あ、でも竜鱗のおかげでどうにかなるよ。ある意味どうにかなりそうだけど」

「誰が上手いこと言えと……まあ、なんだ。頑張れとしか俺は言わないことにする」

「手伝ってくれて良いんだよ? その色々な力を駆使してくれても」

「俺が面倒だから嫌だ。大体、俺がここにいる時点で色々・・な力はほぼ無いさ」

「……そうだっけ?」


 そんな話をしながら伯爵の仕事が終わるのを待つ。

 それでも数十分すると書類は無くなり、伯爵が対面のソファーにやってきた。


 彼がベルを鳴らすと、メイドが1人、入ってきた。


「紅茶を頼むよ。それと、少しつまめるものを」

「かしこまりました、旦那様」


 そう言ってメイドが下がっていく。


「少しお茶が来るまで待とうか……で、どうだった?」

「待たないのか……お茶」

「いや、気になるじゃないか」


 と思っていたが、流石は伯爵家のメイド。

 すぐにお茶とサンドイッチを持って入ってきた。


 そして俺たちの前に準備すると、すぐに下がっていく。


「……出来たメイドだな」

「欲しい?」

「今は必要性が無いし、大体屋敷もない」

「僕に仕えてくれたら……って言いたいけど、君は貴族には仕えるわけにはいかないからねェ……」


 話をしながら、紅茶に口をつける。

 お、良い香りだ。


「さてと……どこから話そうか」

「全部だね」

「卒倒するなよ」

「……善処するよ」


 俺は紅茶を置いて、今日の事を話し始める。

 赤竜と共にネイメノス火山に向かったこと。そこで火竜と会い、今回の状況を確認したこと。

 それと、犯人共の可能性と、竜としての立ち位置。


「火竜一族としては、その犯人はこちらの法の下に裁いて良いとのこと。だが、向こうの心情として良いものではないし、奪ったものがものだからな」

「それはそうだねェ。多分あの方なら断固として処理するはずさ……貴族相手なら尚更だねェ」

「全力でやるだろうな」


 他にも、実行犯の特定のためにも被害に遭ったドワーフに会いに行き、事情を聞く予定であることや【炎魂の楔】が無い状態で噴火を抑えられるリミットなど、必要な情報を渡していく。


「しかし、ウェルペウサか……最近良い噂聞かないしねェ。どうも税金が高くなったらしいよォ」

「……明らかに怪しいだろう、それ。まあ、侯爵ともなると影響力があるからな……」

「どこが問題か、確認するのは大変だろうねェ。派閥も違うし、面倒ではあるけどさァ。少しお願いしようかな、中央に」


 それぞれの方針を固めて、どう動くかを決めていく。

 その中で、冒険者としてのクラスの話になった。


「レオニス君は戻ったらCクラスに上がるんだったよね?」

「そうだな。完了と同時に、だったと思う」

「ふーむ……それならさ」


 そう言って伯爵は新しい便箋を取り出し、そこに何か手紙を書いていく。

 最後に貴族当主だけが持つ貴族印を押し、さらに封筒に蝋で封付けする。

 そしてその手紙を、俺に渡してきた。


「これは?」

「僕からのBクラス昇格の推薦状さァ。CクラスとBクラスじゃ、1つしか変わらないけど内実は大きく違う。だろう?」


 流石よく知っている。

 実は、冒険者としてのクラスの中で、Cクラスというのは多くの冒険者が最終的なクラスとして終わる部分だ。

 そのため、元Cクラス冒険者というのは実は大勢いる。


 なぜ彼らはBクラスではないのか。

 それは、Bクラス昇格には貴族の直々の推薦が必要になるからだ。

 Bクラスからは貴族だけでなく政府からの依頼も含まれるようになり、礼儀作法の問題が出てくる。


 もちろんギルドマスターからの推薦を得ることで昇格試験を受けることも出来る。

 だが、貴族からの推薦であれば、その試験は不要とされるのだ。


 そのようなわけで、Bクラス以上というのは貴族と接し、推薦を受けることが出来るだけのものを持っている、特別な一流冒険者ということになるのだ。


 ちなみにこのクラスから、準貴族としての扱いを受けるようになる。

 無論役職などはないし、貴族の務めがあるわけでもない。

 だが、特別なパーティーや社交界、さらには必要な場合に国王との謁見などが出来るようになるのだ。


 Bクラス冒険者から貴族に上がった例もあるくらい、特別な地位。

 それが【Bクラス冒険者】という肩書きなのだ。


「……君がなぜこの場にいるのか、貴族に対して何を思っているのかは分からない。でも、きっとこれは役立つはずだから、さ。少しは大人に助けられてくれないかィ?」

「……ああ、勿論だ。ありがたく受け取らせてもらう。……これは向こうのギルドに渡したら良いんだな?」

「そうそう、それでいいよ」

「分かった。ありがとう」


 そう言うと俺はインベントリにその推薦状をしまう。

 しかし、これで動きやすくなるのは事実。


(それに、時期的にも頃合いだろうな……)


 あと半年すれば俺も12歳になる。

 そうなれば、王都に向かって……色々と準備しなくてはいけない。


「ああ、そうだ伯爵」

「ん? なんだい?」

「紋章便覧はあるか?」

「あるよ……よっと。ほら」


 伯爵から紋章便覧を受け取り、確認する。

 基本的にこれは2年に一度更新されるもので、どこの貴族家がどのような紋章を使っているか調べるためのもの。

 貴族家は増えることもあるし、逆になくなることもあるので、このような便覧があることで学んでおくことが出来るのだ。


 俺は火竜から教えてもらった犯人連中の紋章の形状に似たものを探していく。

 それなりに記憶しているつもりだが、最近は調べていなかったため変わっているかも知れない。


 そう思って確認したのだが、結局は予想と変わらず。


(やはりか……これ以上は絞れない。足で稼ぐしかないな)


 早めに動きたいと思いつつ、今はとにかく護衛依頼を完了することが先決だ。

 そろそろ退出しようと思い、腰を上げたところで伯爵から止められた。


「待って待って……今回の報酬の件だけどさ」

「ん? これから取りに行くつもりだが……」

「あれさ、僕から直接渡すことにしたんだ。既にギルドには言っていて、僕が報酬を渡したら、これにサインをしてくれたら良い。処理はこっちでするから」

「それは助かるな」


 そう言われて俺とフィアは元いたソファーに戻る。

 すると、伯爵は金庫から2つの革袋を取ってきて、それを渡してきた。


「……なんか、思いつかなくてさ。現金になっちゃうけどいい?」

「構わないし、逆に助かるな」

「良かった。それ、1袋に白金貨で50枚あるから」

「……待て待て。出し過ぎだろう」


 普通に考えて多すぎる。

 庶民が1年で大体金貨10枚以内で生活できるのだ。


 白金貨50枚とは、その500倍の金額である。

 普通に考えておかしい。


「いや、出し過ぎじゃないさ。ドラゴン相手に撃退でき、さらにはこの騒動の原因となる情報をもたらしてくれた。それに村にもテントや食事を渡してくれたらしいじゃないか。感謝してもしきれないくらいに感謝しているんだから、これは受け取って欲しい」

「……分かった」


 そう言われては受け取るしかないだろう。

 とはいえ、無駄遣いはしないようにしなければな。


 そんな事を考えながら、俺たちは伯爵の執務室から退出し、明日の帰還へ向けて改めて気合いを入れるのであった。



 * * *


 翌日。


「……遂に帰還だな」

「うむ……相変わらず眠そうじゃの」


 別に朝に弱くはないのだが。

 というかフィアとは同じ部屋なので、俺が欠伸をしている姿は必ず見るわけであって。


 そんな事を考えつつ、装備を調える……時にふと気付いた。


「なあ、フィア」

「何じゃ?」

「インベントリってさ……装備の変更も出来るのか? もしかして」

「おお、そうじゃそうじゃ!」


 ふと装備を確認するためにインベントリを見ていたら、脳内に浮かぶ画面の横にタブがあって、【装備】という項目があったのだ。

 そこで身体や頭、手足のアイコンに対してインベントリ内にある鎧などを選ぶと、自分の装備まで変更されたのである。


 しかも、【セット】というのもあり、インベントリ内の服などを選んで登録しておくと一気に変更できるという便利仕様だった。


「……めっちゃ楽なんですが」

「そうじゃろ? いやー、転移者の持ち込んだゲームとやらにそう言う機能があってのう!」

「……何のゲームだよ。しかもセット機能って……」


 そう俺が聞くと、フィアが少し考えてこういった。


「何じゃったか、名前は忘れたが、モンスターを狩りまくるゲームでの。自分の部屋でセットを登録しておくと、装備がしやすいという……」

「まさかのモン○ン!?」

「ちなみに砲撃できる槍の自動防御は便利じゃった」

「ガ○スのオートガードバグかよ!?」

「アレは実現できんのう……」

「世界観変わるから止めろ!」


 転移者って、はた迷惑な存在だなと、そう思った朝であった。


 * * *


「それじゃあ、レオニス君。何かあれば連絡するよォ」

「伯爵、この度はお世話になりました」

「こちらこそ、だよ。また会おうね」


 俺は伯爵と、リナも辺境伯家の令嬢や夫人たちと挨拶をしてそれぞれ馬車に乗り込む。


 出発の時間となり、俺たちは領主邸の前で皆に別れを告げていたのだ。

 騎士たちは既に馬に乗り、いつでも動けるように準備している。


「ドミンゲス夫人も、お世話になったのじゃ」

「いいえとんでもない! フィアさんも是非、さらにダンスの腕を磨いてくださいね!」


 フィアはドミンゲス夫人と挨拶をしている。いつの間にあんなに仲良くなったのだろう。


 さあ、出発だ。

 リナが馬車に乗り込むのをサポートし、俺とフィアも同じ馬車に乗り込んだ。


「では、出発する!」


 騎士のかけ声と共に馬車が進み始め、領主邸の門が開いていく。

 門から街を通り、そして城壁の門へと至り、外に出る。


「いや、中々忙しい依頼だったな」

「最後がのう。怒濤じゃった」

「良いですよね、お二人で出かけられて。私は中にいないといけなかったんですから……」


 リナが口を尖らしてそう言う。


「リナ、でもお茶会や踊りの練習にはなっただろう?」

「ええ、それはそうですね……でも、私は冒険者の方が好きです。自由ですし、自分というものを出せますし」

「……珍しいお嬢さんだ」


 そんな事を話しながら、俺たちはヴェステンブリッグへの帰路に着くのであった。

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