第26話:ネイメノス火山
「さて、と……」
俺とフィアはクムラヴァ郊外の人気のない草原に立っていた。
今は午前6時を過ぎたところで、人々もやっと活動を始めたというところ。
俺は目を瞑り、魔力探知を広げていく。
その状態で、昨日出会った独特の魔力の持ち主を探す。
「まだか……? いずれもう少し範囲を広げられるようにしないとな」
「そうじゃな。帰ったらその辺りの式を組んでみるか」
そんな話をフィアとして、次に作る術式を考えていたところ、俺の探知がとある魔力を捉えた。
「お、いたぞ……捕捉」
その魔力の持ち主に向かって、ダイレクトに魔力を使って思念を飛ばす。
『赤竜、聞こえるか?』
『む、レオニスか。早かったな』
そんな反応が返ってくると共に、その魔力が一気にこちらに向かって近付いてくる。
すると現れたのは、全身が朱い竜、赤竜だ。
「良かった、一瞬場所を間違ったかと思ったよ」
『いや、すまんな。下手に人に見つかると拙いということだったので、少し遠回りしたのだ』
「それは……ありがとうな」
『いや、気にするな。……さあ、乗るがいい』
そんな会話をしつつ、赤竜が地面に降り立つ。
そして伏せると、俺たちに向かって乗るように促し、俺たちは赤竜の背に飛び乗る。
『……伏せなくても良かったか』
「いや、助かったよ」
意外と高い跳躍を見せた俺たちにそんな事を呟きつつ、俺たちはネイメノス火山に向けて飛び立った。
* * *
「すごいな……」
まさしくドラゴンライド。
多分異世界系で夢見るものの1つではないだろうか。
竜の速度は凄まじく、本当にひとっ飛びでネイメノス火山に到着できるのだ。精々カップ麺が出来上がる程度の時間である。
ちなみに風圧がとんでもないのだが、そこは【守護の聖壁】を展開して事なきを得た。
『さ、着いたぞ』
「わかった」
火山というだけあって非常に暑い。
俺とフィアは【守護の聖壁】を展開しているので問題ないが、普通にここに来るのはまず不可能だ。
今俺たちがいるのが山頂付近のエリアで、【竜域】と呼ばれる特別な場所。
周囲には多くの竜がおり、休んでいたり、周囲を飛び回ったりしている。
時にドラゴンが現れて「ギャウギャウ」鳴いていたりするのは、何か報告しているのかも知れない。
俺たちが赤竜の背から飛び降りると、竜たちの視線がこちらに向く。
それと同時に、非常にざわめくような雰囲気を感じた。
『静まらんか。我の友、客人だ。道を空けよ』
そう赤竜がいうと、途端に他の竜たちは道を空け、赤竜を先頭に俺たちはそこを通って奥に向かう。
『すまんな』
「何がだ?」
『どうも人間とみて、緊張というか良い感情を持っていないようだ』
「気にするな。仕方ないだろう」
竜の宝を奪ったのが人間なのだ。騒ぐ程度ならば如何ほどのことか。
そう考えつつ、赤竜に付いていく。
「どこへ向かうんだ?」
『まずは火竜様のところへ向かう。今回の状況について、説明をして欲しい……というか、火竜様が聞きたいそうだ』
「……不思議な人だな」
『……まあ、な』
何だろうかこの歯切れの悪さは。
少し気になるものの、突っ込めずにそのまま歩くことに。
そのまま更に奥に向かうと、火口部を背後にする場所に真っ赤な水晶のような結晶で出来た椅子――玉座があった。
だがそこは空席で、それどころか竜の影も形もどこにもない。
『……少し待ってろ』
そう言うと赤竜はそのまま玉座に近付き……その後ろから何かを咥えてペイッ!と玉座の前に放り出してきた。
「い、痛いのう! 老人をいたわらぬか!」
『お主の頭が痛いわ! 我が友を呼びつけおって、そのくせ姿を隠しておるなど! 阿呆か!?』
「……相変わらず口うるさい奴じゃ」
『何か言ったか?』
え、何この状況。
赤竜がまず咥えていたなにかは明らかに人型の老人。いや、角があるところからすると単なる人ではない。
そして、明らかに上から目線でガミガミやっているところからすると……一体どういう力関係なのか。
少々俺たちも混乱してしまって何も口を開けなかったのだが、その間にその老人らしき存在が立ち上がり、服を払うと結晶の玉座に座った。
「いや、すまんな。儂が頭領である火竜じゃ」
軽っ。
一瞬何を言われたか理解出来なかったが、火竜ということはつまり【属性竜】、すなわち古竜種だ。
「……これは失礼を。レオニス・ペンドラゴンと申します」
「プエラリフィア・ペンドラゴンじゃ。お目通り叶い恐悦至極に存じまする」
そう言って二人で跪く。
すると火竜は笑い出した。
「ほっほっほ、そう固くなるでない。赤竜の友人じゃ、楽にせよ」
そう言うと近くにあった結晶のソファーに招いてくれた。
「さて……一応赤竜から話は聞いておるのじゃが、どうしたものかと思ってな」
「いえ……我らとしても同族の仕出かしたことについてはお詫びのしようもありません」
「うむ……単なる金銀ならまだしも、流石に【炎魂の楔】は、のう……」
そう言いながら火竜が顎髭を撫でている。
火竜は顎髭のある老人の姿をしており、そこまで長身ではないが体格はがっちりとしている。
不思議なことに服を纏っており、どことなく漢服に似たものだ。
「……どうにかあれがなくとも1年は儂の力で噴火は抑えられる。じゃが、それ以上となると難しくてのう」
「1年は抑えられるので?」
「うむ。元々火竜一族というのは、この火山を守護し、周囲への影響を抑えるためここに住んでおる。昔は人間もよく来ておってな……じゃが、お主ら人間は短命じゃ。次の次の代くらいで我らとの約束を忘れることも多く、同族が狙われたこともあった……そのため、そこそこ長生きで義理堅い頑固者のドワーフのみを入れることにしたのが、今から500年前のこと」
まさかの火山と火竜の歴史を聞くことになるとは。
しかしドワーフだけがここに立ち入れる理由には、そんな裏があったのか。
「元々、【炎魂の楔】も人間が持っておったものでな。当時の王が儂らに預けた方が安全じゃという事で、儂らが守護しておった」
「なるほど」
「じゃが、そのような背景も知らんのではないか?」
「そうですね、皆が必ず知るわけではないとはいえ、確かに私でも知りませんでした」
【炎魂の楔】自体の役目を知っていても、それがどのような形で火竜に託されているのかなどは聞いたことがなかった。
もしかしたら、古い書物や記録には残っているのかも知れないが、今の俺では確認することが出来ない。
「そのようなわけで、儂らとしては困っておるのじゃ。儂らにとって火山の噴火はどうでも良いが、人間にはそうもいかんじゃろう」
「そうですね……では、宝珠を探し出し、その犯人が分かった場合は?」
もしその犯人が分かった場合どうするか。
もし火竜がその手でけじめを付けさせるということであれば、手回しをする必要があるのだが……
「……儂らの友であるドワーフに手を上げたことは許されん。それに、盗むという行為自体もな……じゃが、はっきり言えば結果的に被害を被るのはお主らじゃから、犯人をどうするかという事はお主らに任せる」
「分かりました……では、そのようにいたします。……1年はどうにか保つのですよね?」
「うむ、それは心配いらん。それに最近は沈静化しておるから、場合によっては2年は保つかもしれんのう」
そこまで時間を掛けるつもりはないが、時間的にかなり急がなくてはいけないということがないのであればありがたい。
色々準備を整えて動くことが出来るだろう。
「では我らは動きたいと思いますが……少しご協力いただけますか?」
「無論じゃ」
「では、もし分かればその者たちがどのような姿をしていたかなど、特徴を伺いたく」
「道理じゃな、しばし待て……おい! 例の人間共を見たものを連れてくるのじゃ!!」
俺の願いを聞き、火竜がそう叫ぶとどこからか少し小型の竜が現れ、頷くと飛び去っていく。
さて、犯人捜しといこうか。
そう思っていると、火竜が話しかけてきた。
「さて、堅い話は一旦置いておこうか……お主ら、赤竜と友人になったと言っておったな」
「はい」「そうじゃ」
俺たちが頷くと、火竜が口の端を上げて笑い、こう口を開いた。
「ならば、儂の友人ともなってくれるか? ついでじゃから儂の【加護】も与えておくぞ」
「……え、いや、それは光栄ですが……しかし……」
「む、不満かの?」
「いえ、とんでもない! 嬉しいのですが、なぜとお聞きしても?」
そう俺が尋ねると、火竜は笑いながらこう言った。
「うむ、久しく人間とは会っておらんでな。しかも、お主は胆力もあり、頭も良い。儂らを見ても邪念を抱かぬ。聞き上手でもあるしのう」
「それは……そう言って頂けると嬉しいですね」
「うむ、それでどうじゃ?」
そこまで評価されているのであれば、躊躇うつもりはない。
「もちろん、私で宜しければ」
「うむ、よろしく頼むぞレオニス。もう少し砕けて喋ってくれて良いからな……しかしお主、不思議じゃが竜の気配があるのう」
「え?」
【加護】を受けたことで、俺の右手の甲に紋章が現れた。
どうやらこの加護を受ける事で、火山など高温の場所でも問題なく活動できるそうだ。
しかし、俺に竜の気配があるとは一体何なのだろうか。
俺は思わずフィアを見た。
「……あながち否定はできんのう、火竜長老よ」
「……ふむ。お主は不思議じゃな、見た目と異なり、儂と同じ程度生きている気配がある」
「否定できんの。……それでじゃ」
フィアが話を戻す。
確かにフィアは旧世界の生き残りと言ってもいい。つまり1000年は超えているわけで、火竜の年齢は知らないが、近いと言っても間違っていないと思う。
「長老、【ペンドラゴン】という名は知っておるか?」
「いまいち記憶にないが……いつ頃の奴じゃ?」
「少なくとも1000年は前じゃのう。元は竜人だったはずじゃが、妾が覚えている頃は……白銀の竜に変化出来たはずじゃ」
「ふーむ……それでは儂も知らんのう。じゃが……」
そう言って言葉を切り、火竜は俺をまじまじと見つめてきた。
「……この気配は、小さいが儂より上の……神竜種じゃろうか? そんな気配がするのう……もしかすると岩竜の爺さんが何か知っておるかもしれん」
「……ふむ。その竜はどこに?」
「どこだったか……確か東方の霊山だったかと思うが」
東方か。王都などが存在する「中央」と呼び習わされている場所だ。
霊山なんてあったか?
「……ま、探してみるかのう。さて、そんな話をしておったら来たようじゃな」
気付いたら、数頭の竜がこちらに飛んできていた。
近くまで来て着陸すると、火竜に頭を下げ、さらに近付いてくる。
「ふむ……ふむ、成る程……ふむ。レオニス、どうやら人間の兵士が来たようじゃ。こやつらが金属を身につけた者と言うておる。それが大体12人ほど。魔力を帯びた鎧だったのじゃろうな、その金属から魔力を感じたらしい」
「【魔法付与】をされた鎧……だと……?」
【魔法付与】というのは、自分の魔力を武器に纏わせて攻撃力を上げたり、鎧に纏わせて防御力をあげる【魔力付与】とは異なり、特殊な方法で魔法を鎧や武器に付与させて強化するもの。
使用者に魔力がなくても使用できるもので、非常に高価なものだ。
魔道具作成に似ているが、内部に機構を組むことが出来ないため材料自体に付与しなければならず、材料もミスリルなど一部の金属に限られるのだ。
恐らく付与されているのは耐熱などだろうが、それでも12人――つまり1個小隊の鎧に付与するというのは馬鹿みたいな値段が掛かる。
「……貴族か。それも相応の力や財力を持つ」
「じゃろうな。恐らく【炎魂の楔】の情報も、貴族故知っておったのじゃろう」
そう考えると納得できるものがある。
だが、一体何のために? それに、その貴族はどこの貴族だ?
「その者たちの特徴は他にないか? 何か紋章であったり……」
「ふむ、聞いてみよう」
火竜はさらに竜たちから話を聞いているようだ。
というか、それなら俺たちにも話せと言いたいが、まあ、いいだろう。
「……詳しく見えなかったそうじゃが、どうもこんな形だったとか」
そう言って火竜は火を使って、地面にその紋章を描いていく。
だが、どうもはっきりしないのは事実。
「うーむ、どうもこれ以上は分からんらしいが……参考になるか?」
「うーん……多少は絞れたが……」
そう思いながら俺はふと思い出したことを聞くことにした。
「長老、その者たちが中に来ていた服の色は分かるか?」
「……中の服? 聞いてみよう」
長老が竜たちに確認しているようだが、こちらを見ると首を振った。
「すまんの。流石にそれは見ておらんそうじゃ。じゃが……」
言葉を一旦句切り、長老は改めて口を開いた。
「じゃが、可能性としてのレベルでも良ければ、例の怪我をしたドワーフを訪ねると良いかと思う。奴はその連中につかみかかったそうじゃから、運が良ければ見ておるじゃろう」
「確かに可能性はあるな……ならば次はドワーフのところか」
「そうじゃのう。そうなると、一旦帰らねばな」
流石にこのまま向かうことは出来ないため、一旦俺たちは帰ることにする。
「長老、今日は楽しかった。また会いに来るよ」
「うむ、レオニスよまた会おう。帰りは愚弟が送るからの」
「愚弟?」
火竜の愚弟とは誰だろう。
首を捻っていると、火竜が笑い出した。
「最初も乗ってきたじゃろ? 赤竜じゃ」
「はあ!?」
「彼奴は儂と50歳も変わらん。それに、実は彼奴も火竜じゃ。じゃが、儂の邪魔にならぬようあの姿を取っており、赤竜と呼ばれることに甘んじておるのじゃ」
「はあ……」
何でしょうかこの出会いは。
いや、まあ、友人が出来るのは嬉しいのだが、まさかの竜が……ね。
「ま、どうも堅物で小言が多いのが難点じゃが……」
『誰の小言が多いだって?』
そんな話をしたら上空から声が響いてきた。
やあ、赤竜さん。
「……なんじゃったか。そうじゃ、ドワーフの地域では、儂の加護の紋章を見せれば快く迎えてくれるはずじゃ。ついでに酒を持っていくと喜ぶぞ」
「……分かった、そうするよ。……今度長老に会いに来るときは何を持ってきたら良いんだ?」
「いや、催促しようで悪いのう!」
完全に赤竜の事を無視して話を続ける長老。
ドワーフの話を聞いていたのだが、お土産の話の辺りでやたら視線を感じたので聞いてみると、やはり何か持ってきて欲しいらしい。
「儂は何かお菓子で良い。後は……紅茶が飲みたいのう」
「……持ってきたら灰になるんじゃ?」
「そこはお主らの結界で、のう?」
他力本願かよ。
だが、色々話を聞けたし、なにより今回の状況の原因は人間にある。
それなのに、こうやって友好関係を築くことが出来たのだから、感謝の気持ちを込めて今度持ってくることにしよう。
「……分かった。何か良いのを持ってくるよ」
「楽しみにしておるぞ。……さて赤竜よ」
『ああ、分かっている』
頷くと、赤竜が下りてきたので、フィアと共に飛び上がって背に乗る。
「長老、また会おう!」
「今度は土産を持ってくるのじゃ!」
「うむ、楽しみにしておるよ!」
そう言って別れを告げると、赤竜が高度を上げ始め……途中でその顔を火竜に向ける。
『とはいえ、後ほど話をするのでな兄者よ』
「ちっ……」
火竜は軽く舌打ちをしていたが、多分逃げられはしないだろう。
兄弟内の力関係を如実に表しているというか。
まあ、俺たちにはどうしようも出来ない。
頑張って逃げてくれ、長老。
俺とフィアは心の中で火竜に向かって、手を合わせた。
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