新しい学校へ
一
角を曲がったところで、エプロン姿からスーツ姿になった一清さんと鉢合わせた。
「人夢。どこまで行ってたんだ」
袖をずらし、一清さんは腕時計を見やった。
「もう時間がない。早く飯食って制服に着替えろ」
どうやら公園でゆっくりしすぎたみたいだ。一清さんの焦りようがハンパない。
ぼくは謝ると、ロクちゃんのこともお願いして、急いで靴を脱いだ。
きょうは、新しい学校へ初めて行く日。つまりは転校初日だ。
食卓に用意された朝ごはんを食べながら、ぼくは壁時計を見上げた。
そこで、いまの事態もしっかりと飲み込む。軽くパニックに陥って、ご飯をかっ込むということまでした。
着替える。歯をみがく。髪をとかす。これまでにない早さで、それらをすませた。
『親父の代わりに俺が挨拶しなきゃだし、俺の車で行くことになると思うから……そうだな。学校が始まる三十分前には家を出よう』
いまになって、ゆうべ一清さんが言っていたことを思い出した。
でも、予定していた時間通りに出発はできた。助手席で、ようやく息をつく。
そんなぼくの横で、一清さんが苦笑した。そのため息よりも何十倍ものやつを、俺は吐きたい気分なんだと言いたそうだった。
ぼくは、ぽつりと謝ったけれど、一清さんには聞こえなかったみたいで、なにも言われなかった。
赤信号に引っかかって車が止まった。
窓の向こうに目をやれば、それまでの道でちらほら見えていた、ぼくと同じYシャツとズボンの男子や、セーラー服の女子が、集団で確認できるようになった。大通りから細い道へ、ぞろぞろと入っていく。
一清さんの車もウインカーを鳴らして続いた。
やがて、新しい学校の校舎が見えてきた。三階建てだ。
気持ちだけれど、前の学校より広い気がした。
一清さんは、大勢の生徒が入っていく門の前を通りすぎ、校舎の裏手へと車を回した。
そこは、開かれた昇降口と違って、背の高い樹木に囲まれ、静まり返っていた。
まるで、校舎が大きな森を背負ってるみたいだ。
ぼくは車を降り、かばんを肩にかけながら、一清さんの後ろを歩く。
着いた場所は職員玄関だった。ガラス戸の向こうに、眼鏡をかけた男の人が立っている。
「お待ちしておりました」
一清さんが戸を開けると、その人は笑顔で迎えてくれた。先生たちの靴が並ぶ下駄箱の脇に立っている。
一清さん、ぼくの順にあいさつをした。
眼鏡の向こうの目を細めたその人は、スマートなスーツ姿。一清さんより少しだけ背が低く、若い感じもした。
「人夢。こちらは、お前が入る二組の担任の小林先生だ」
「……あ、はいっ」
もしかしたらそうじゃないかなと、ぼくはうすうす思っていた。
優しそうな先生でひとまず安堵していると、周りが急にしんとなった。
それまで、教科書や体操着、ズックなどの確認の会話を交わしていた一清さんと小林先生が、同時に黙ったからだった。
ぼくは振り返った。
それをかわすように一清さんは背中を見せた。
「じゃあ俺はこれで」
「そ、そうですね。ご苦労さまでした」
「人夢、いろいろと大変だろうけど、小林先生のクラスは絶対に大丈夫だから」
頑張れよとつけ加えて、一清さんは職員玄関をあとにした。
その後ろ姿へ、ぼくは大きく頷いて見せた。すぐさま唇を引き締める。
「さてと、篠原くん。そろそろ教室へ行こうか。もうすぐホームルームが始まるから」
小林先生がぼくの肩を叩いて促す。
ちらりと見上げた瞳は、やっぱり優しげで、どこか懐かしくもあった。
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