マイディアサン
背中
一
カランコロンと下駄の音が鳴り響く。
浴衣姿のその女の子は提灯を持っていて、ぼくの手にも同じものはあるけれど、向こうのは明らかにオモチャだ。それに、その女の子とぼくには年齢差があるから、きょうが本来どういう日なのか理解できているという意味でも違うと思う。
……なんて、ちょっと大人げなかったかな。
おぼろげな提灯の火を見つめ、ぼくはそう少しだけ笑みを浮かべた。夜だというのにそれを感じさせない、いまどき珍しい賑やかな商店街を行く。
前を歩くお兄さんたちについて、細い小路へ入ると、表通りの明るさがうそのような闇が降りてきた。提灯の灯りが一層浮き上がる。
商店街の裏手は、お寺が密集する一種独特なエリアになると、一清さんは言っていたけど、実際に足を踏み入れてみると、さまざまなお店も点在していて、ぼくが抱いていたイメージと違っていた。
モダンな入り口の歯医者さん。昔ながらの造りのお惣菜屋さん。小粋な感じの小料理屋さんや、スナック。
どちらかといえば、善之さんのバイトしているお店があるアーケード街の裏通りに、雰囲気が似ている。
「ねえねえ。いまの人たち、めちゃくちゃカッコよくなかった?」
「うそ、どこ?」
「ああん、もう見え……」
そんなやりとりが、ぼくの横をすれ違っていった。
建物ばかりに向けていた顔を、前から来る人たちへ合わせてみる。すると、ぼくたちとすれ違う女の人の大半が、前を歩くお兄さんたちに、一回は目を止めていた。
きょうは揃っている四つの背中を見上げ、ぼくはうんうんと頷いた。
背は高いし、顔もいいし、おしゃれだし。
ひとりでいても、どこに立っていても絵になる人たちが、それは四人もいたら、なにを置いても見たくなる気持ちもわかる。
このあいだだって、みんなで焼き肉を食べにいったら、となりのテーブルの女の人たちが、ちらちらお兄さんたちを見ていた。その女の人たちには、連れの男の人が何人かいたっていうのに。
ぼくはハラハラドキドキのしっぱなしだった。いつ、その男の人たちが怒るんじゃないかって。
それにちっとも気づかないお兄ちゃんとお兄さんたちは、すごく盛り上がっていて、周りの目をさらに集めていた。
「いてっ」
「あ、ごめん」
いつかを思い出していたぼくの目前に、急に立ち止まったお兄ちゃんのニットベストが迫ってきた。
ぼくは避けきれず、ぶつかってしまった。
その衝撃で落としそうになった提灯を、すかさずお兄ちゃんがフォローする。
「これだけは、絶対ぇ気をつけろって」
「うん、もう平気」
「俺の背中がカチカチ山んなるだろ」
──カチカチ山? と、お兄ちゃんを見上げたら、クスクスと笑う複数の声が聞こえた。
「あらあら。大丈夫?」
少し前で立ち止まった一清さんと広美さんのあいだから、見たことのない女の人が顔を覗かせた。
年齢はかなり上に見える。けど、こんな闇の中でも、清楚な着物姿が映えていて、ぼくは釘づけになった。
「人夢」
お墓にあげるお花を持ち替えて、一清さんが手招きする。それにいち早く反応した善之さんが、ぼくの背を押した。
さっきの女の人のほかに、旦那さんらしい中年の男の人と、ちょっと背中の丸まったおばあちゃんがいた。
「この子が人夢。本当は、落ち着いたら挨拶に行こうと思ってたんだけど、俺もいろいろと忙しくて」
ぼくは、どういう状況なのか呑み込めなかったけれど、一清さんを見上げてから、とりあえず頭を下げた。
「まあ……。電話の通り、かわいいお子さんね」
「ほんとにねえ」
女の人のとなりにいたおばあちゃんがシワシワの手を伸ばし、優しくぼくの肩を叩いた。
ふと、行田のおじいちゃんとおばあちゃんを思い出した。
「そういえば、人夢くんはいくつだったかしら?」
着物の女の人が、ぼくの目を見て訊いた。
「……十四です」
「じゃあ、豪くんと近いのね」
「よかったな、豪。待望の弟ができて」
女の人と男の人が、お兄ちゃんへ視線を移して、笑みを深める。
それには、言葉でなにも返さなかったお兄ちゃんだったけど、にっこりと笑って頷いていた。
後ろでクラクションが鳴った。
人を掠めるようにして、ゆっくりと車が進む。道がもっと狭くなり、ぼくは、お兄ちゃんや善之さんとともに、建物の壁際まで追いやられた。
「こういう日くらい、こんな狭いとこ、車で来んなよ」
「この辺の人じゃないの?」
「それでもきょうはマイカー禁止!」
「無茶言うなって、豪」
車が通りすぎていくと、建物の壁に沿うようにしていた人たちが、再び道路の中央を歩き始めた。
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