二
ぼくらも道の真ん中へと出る。
それからすぐ、先を行っていた一清さんと広美さんと合流できたけど、さっきの女の人たちの姿はなかった。
道の両脇にいくつかの門が並び始め、高い塀の向こうにお寺の本堂らしき屋根も見えてきた。はるか正面の行き止まりにも、べつのお寺の入り口がある。
その中でも、とても立派な門へ、先頭の一清さんが入っていった。
門をくぐるとすぐに石段があって、その頂上に、照明によって浮き出された本堂がどっしりと乗っかってあった。
石段には上がらず、まずはお墓へ向かう。
「ねえ、お兄ちゃん」
「あ?」
「さっきの人たちって……結局だれだったの?」
ぼくは歩きながら、前にいたお兄ちゃんのシャツを引っ張って訊いた。なぜか小声になってしまう。
お兄ちゃんも、ぼくの頭へ、小さく告げた。
「川淵の本家の人」
「……かわぶち」
「ばあちゃんと、おじさんとおばさんだ」
本家ということはお義父さんの実家で、川淵は地名だ。たしか、我が家から車で二十分くらいのところにある町のことだと思った。
「ここには咲子(さきこ)さんの墓があるけど、本家の墓もあるからさ」
咲子さんというのは、お兄ちゃんやお兄さんたちの本当のお母さんの名前だ。
ぼくは、お兄ちゃんがその名を口にするたび、胸が張り裂けそうなくらい悲しい気持ちになる。
ぼくには、お父さんとの思い出がたくさんあるけど、お兄ちゃんは思い出はおろか、お母さんの記憶すらほとんどないんだ。
咲子さんは、お兄ちゃんが二、三歳のころ病気で亡くなったと、ぼくは聞いている。厳密にいうと、亡くなるまでの二年近く、入退院を繰り返していたらしいから、一緒に過ごした時間はもっと少ない。
一番前を歩いていた一清さんの足が止まった。咲子さんのお墓に着いた。
一清さんや広美さんの手によって、お花やお線香があげられ、ロウソクに火が灯る。お兄ちゃんの少し後ろから、ぼくはそれを見ていた。
最後に一斉に手を合わせてから、咲子さんのお墓に別れを告げた。次に、本家のご先祖さまのところへ寄る。
そのあいだ、みんながみんな無口で、あのお兄ちゃんも善之さんも堅い表情だったから、ぼくはしんみりとなっていた。
お墓参りは、決して行楽じゃない。ぼくだって、これからお父さんのところへ行ったら、そういう感じになってしまうと思う。
矛盾しているかもしれない。でもぼくは、お兄さんたちの、そんな顔を見ていたくはなかったんだ。
ここでの用事がすべてすみ、また小路へと出る。
その道で、ぼくはふと、ひとりだけ立ち止まってみた。
お兄さんたちやお兄ちゃんの背中が、ぼくを追い越す人たちで遮られていく。
「人夢っ!」
ぼくがいないことに最初に気づいたのは、お兄ちゃんだった。それから、ぼくを呼ぶお兄ちゃんの声で善之さんが振り返り、一清さんと広美さんも立ち止まった。
それが、涙が出そうになるくらい嬉しかった。
「おい、なにしてんだよ」
「ごめん、靴に砂利が入っちゃって」
お兄ちゃんが駆け寄ってきて、ぼくを訝る。その後ろから、善之さんたちもやってきた。
「どうした?」
「靴に砂利が入ったんだと」
「……なんだ。豪、びっくりさせんなって」
「なに広美。つうか俺?」
「お前が、この世の終わりみたいな叫び声上げるからだろ」
みんなの顔に明るさが戻って、いつもの、あの居間でわいわい言い合っているときみたいになる。
ヒートアップしすぎて、耳を塞ぎたくなることもままあったけれど、いまならそれも許せるぐらいに嬉しい。
ぼくは完全に家族の一員なんだ。やっぱりお兄さんたちの弟でいいんだ。改めて、そう感じることのできた瞬間だった。
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