きみを願う



 お盆といっても、サービス業の広美さんと、夜のお店でアルバイトをしている善之さんには休みがなく、いつもの休日とあまり変わらなかった。

 ただ、夜になると、帰省している同級生との飲み会だとか、お盆休みらしい感じもあった。とくに一清さんは、一日目は中学、二日目は高校、三日目は大学と、だいぶ忙しそうだった。

 あんなに連日連夜飲んでいても、次の日にはびしっとスーツを着て、いつもの時間に出勤していったから、ぼくは尊敬の念さえ抱いた。

 にわかに街全体が賑わいだお盆も過ぎると、夕方にはヒグラシの声も聞こえるようになった。

 我が家の庭も、ロクちゃんの散歩で立ち寄ったこの公園でも、カナカナと風情よく鳴いている。秋の足音が着々と近づいてきている証拠だ。

 気がつけば、だいぶ日も傾き、家々の屋根はオレンジ色に染まり始めている。

 さっきまで遊具の周りにいた子供たちもいまはまばら。ロクちゃんを連れて、ぼくも公園の出入り口へ向かった。


「人夢くん!」


 道路に出たところで、そう声をかけられた。

 振り返ると、健ちゃんの姿が目に入った。プールの帰りなのか、自転車の前カゴにはスポーツバッグがある。

 健ちゃんと会うのは、一緒にお祭りへ行くのを断ったあの日以来だ。

 勇気くんには、「すっぽかしたわけじゃないんだから気にするな」と言われていたけど、心のどこかではずっと引っかかっていた。

 あのときは、精神的にいっぱいいっぱいで、健ちゃんの顔も見ずに走り去ってしまった。

 いつもと変わらない笑顔が近づいてきて、ぼくは改めて罪悪感に駆られた。


「健ちゃん」

「久しぶりだね、人夢くん」


 健ちゃんの自転車がぼくの横で止まる。

 息つく間もなく、「ごめんね」と、ぼくは頭を下げた。

 だけど健ちゃんは、顔を上げたぼくを不思議そうに見ているだけ。なんのことに「ごめん」なのか、とっさにはわからなかったみたいだった。


「お祭りのことだよ」

「あ、ああ。あれか。そんなに気にしてないから、もういいよ。人夢くんと行けなかったのは、たしかに残念だったけど」

「ほんとにごめんね」

「ていうか、人夢くんさ」


 言葉を切って、健ちゃんはぼくから視線を外した。ハンドルに肘を乗っけて、くすくすと肩を震わす。


「俺のこと、そんなに気にかけてくれてたんだ」

「当たり前だよ。健ちゃんは大切な友だちなんだから。ぼくに、素敵な言葉を教えてくれた……」


 健ちゃんはまた、なんのことかと問うように目を動かした。

 思わず、ぼくは詰め寄る。


「運命って言葉だよ。覚えてないの?」

「いや、覚えてるよ」

「……よかった。あの言葉があったから、ぼくは、篠原さんちに思いきり溶け込めたんだ」


 ぼくが拳を作って言うと、ふっと、健ちゃんは口元を緩めた。


「じゃあ、その友だちついでに、今度どっか遊びに行かない? 二人きりで」


 ぼくは肩に力を入れたまま頷いた。


「うん。いいよ」

「勇気には内緒でね」

「え?」

「ほら、あいつを誘わなかったりしたら、変なヤキモチ焼くかもしれないだろ? 勇気も、ああ見えて繊細だからさ。人夢くんもいちいち説明したり、メンドーなことになったりしたらヤじゃない」


 ぼくは手をぶらんと下げて、首を傾げた。

 健ちゃんと出かけるだけで、なんでメンドーなことになるのだろう。そもそも、そんなことで勇気くんがヤキモチ焼くわけない。


「ねえ、健ちゃん──」

「とにかく、内緒ね」


 念を押すように言うと、健ちゃんは、また連絡するとつけ加えて、自転車を漕いでいった。

 ぼくは、しばらくその場で考え込んでいたけど、ロクちゃんに促されるようにして家路へついた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る