二
「次郎さんは、篠原さんたちがこっちへ来てから、自分の家はおろか、ここら辺にも来てないんだよ」
そこで、お兄さんたちと初めて会った日のことを、ぼくは思い出した。
一清さんが次郎さんの名前を出した途端、お義父さんは目の色を変えた。それまで穏やかに話をしていたのが、まるで別人のように恐い顔をした。
「こんなこと、人夢に話していいのかわかんないんだけど」
と言って、勇気くんは目を伏せた。
「なに?」
「うん……」
「ぼくに関する大事なことなら、なんでも教えてほしい」
「その前に、一つ確認しておきたいんだ」
勇気くんは目を上げ、ぼくを強く見据えた。
「さっきから聞いてると、やっぱ、人夢と篠原さんたちのあいだになにか隔たりがあるような気がしてならない。いや、人夢自身がそれに気づいていて、そんなの構わないと思ってるならいいんだけど……。もし、そのことで心を痛めているんだとしたら」
「勇気くん」
「もちろん、篠原さんたちにも篠原さんたちの事情があって、人夢にそうしてるんだとは思う。でもおれは、とにかくお前が心配だ」
ぼくは堪らず勇気くんへ抱きついた。ありがとうと、その肩口にこぼす。
そして、全部話そうと思った。
次郎さんやジローちゃんはもちろん、お兄さんたちがなにかを隠していて、それをお兄ちゃんに黙っていることも。
そうして話し終えたときには、心がずいぶん軽くなったような気がした。
「なるほど。そのジローちゃんて人と次郎さんが同一人物だとしたら、ものすごい偶然だな。でも、あり得ないことじゃないと思う」
「うん」
「次郎さんのことで、こうなにか、人夢にも豪さんにも言えない秘密があってとかなら、あながち、これも間違った情報じゃないのかもしれない」
ぼくは目で頷いて、首は傾げた。
「あくまでうちの親が言ってたことだから、鵜呑みにするのもキケンかなって感じなんだけど」
「うん」
「勘当されたんじゃないかって。謎の次男坊は」
「か、勘当?」
ぼくは驚きのあまり、勇気くんから身を引いて、肩をすくめた。
「もちろん、はっきりとした根拠があるわけじゃない。何年も自分の家に帰ってこないのは、そういう事情もあるんじゃないかって」
「……」
「だけど人夢。勝手に決めつけて思い込むのはまずいから。本当にあくまで一つの可能性としてな?」
釘をさすように、勇気くんはぼくを見る。
「わかった」
「一番いいのは、やっぱり直接訊くことなんだろうけど、人夢はあれだろ? それを訊いたことによって、うまくいってたお兄さんたちとの関係が崩れたらと心配してんだろ?」
ズバリと穿たれ、ぼくはなにも返せなかった。
勇気くんがふっと笑う。優しく、ぼくの頭を撫でた。
「ほんと、お前ってさ」
ぼくの不安を知り尽くしているかのように、勇気くんはこの肩を抱き寄せてくれる。
それだから、ちょっと重くなってきた荷物を、安心して渡せたんだ。
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