「ねえねえ! 篠原くんてさ、もしかしてっ……」

「さっきの自己紹介で、行田って言ってたじゃんか。それってさどういう……」

「前にいた学校ってどんなトコ? 確か、朝日第三は橋の向こう……」


 ホームルームが終わると、小林先生の数学の授業があった。

 いまはその後の休み時間。ぼくは、予想していたとおり、新しいクラスメートたちの質問攻めにあっていた。

 授業終了のチャイムと同時に彼らに囲まれ、ちょっとした壁ができあがる。

 ひとりの女の子がまず話しかけてきた。けど、言い終わらないうちに、他の男の子がしゃべり始める。

 顔と耳をどこに向けたらいいのか、ぼくは、ただの首振り人形となっていた。


「篠原くんて、あの篠原さんとなんか関係あるの?」


 数人いる女の子の中でも、とくに目を引くひとりの女の子が、ぼくの机に手をついて訪ねた。

 その大きな瞳がとてもキラキラしていて、つい見つめてしまった。

 それにしても、「あの篠原さん」て、だれなんだろう?

 ぼくがそう首を傾げていると、正面の人垣から、二本の腕が伸びてきた。

 それをきっかけに体をねじ込んだ、三津谷さんの顔が現れる。


「ほらほら、そんないっぺんに質問したって、篠原が困るだけだろ?」


 離れろと、みんなに指示するように、頭上で手を振った。

 あちらこちらからブーイングが上がる。

 さっきの大きな瞳の女の子が、ずいと三津谷さんに詰め寄った。


「ちょっと、なんで邪魔するのよ。あたしもみんなも、篠原くんと仲良くしようとしただけなのに」

「だからってそんなに矢継ぎ早に質問したって、答えられるものも答えらんねえだろ」

「だっていろいろ気になること訊きたいじゃない」

「気になるのも分かるけど、とりあえずはまだ初日なんだし──」

「あ、もしかして!」

「あ?」


 目の前で繰り広げられている言葉の投げ合い。ぼくはどうしたらいいかわからず、一人でおろおろしていた。

 後ろからくすくすと笑う声がして、それに混じる会話も聞こえた。


「また始まったよ。フウフゲンカが……」

「ホント、勇気と久野(くの)チャンてばあいかわらずだよな。ケンカするほど仲がよろしいってやつ?」


 どうやら、大きな瞳の女の子は、久野さんと言うらしい。

 しかも、三津谷さんとはフウフ──?


「勇気、あんた、篠原くんにヤキモチやいてるんでしょ~?」

「ええっ!?」


 ぼくは、ここにいるだれよりも大きな声を出して椅子から立ち上がった。

 その瞬間、やけに教室がしんとなった。ひやりとした空気が突き刺さる。


「あ……ごめんなさい」


 ぼくは、みんなに頭をさげて、教室を飛び出した。

 ものすごく恥ずかしいのと、あのクラスの持ち味だろう雰囲気に、水を差したような気がして、いたたまれなかったんだ。


「篠原!」


 後ろから声が飛んだ。

 足を止めて振り返ると、三津谷さんが坊主頭をかきながら、すまなそうに駆け寄ってきた。


「ごめん。あれは、ほんの冗談だから。リエも、悪気があって言ったわけじゃないと思うし……」


 どうして、三津谷さんが謝るのだろう。

 ぼくは、それに言葉を詰まらせていたのに。


「あ、そうだよな、リエつってもまだ分かんないよな。リエってのは、さっきおれに怒鳴ってたやつで」

「久野さん?」

「そうそう。その久野さんのこと」


 三津谷さんの頬が持ち上がり、いままで以上にほころんだ。

 もしかしたら、三津谷さんは久野さんのこと……。

 そうか。やっぱり、そういう意味の「ふうふ」なんだ。


「……」

「ホントごめんな」


 三津谷さんは、自分が悪いわけじゃないのに、さっきからずっと謝っている。

 ぼくは、なんだか申しわけなくて、右手を大げさに振ってみせた。


「違うんだ。三津谷さんが謝る必要なんてない。ぼくが、いきなり大声を出したから」

「勇気」

「え?」

「同い年なのに、さん付けはおかしいっしょ。おれも人夢って呼ぶから、勇気な」


 そう言って笑う三津谷さんが眩しすぎて、もはや直視できなかった。


「勇気」


 そこへ、また声が飛んできた。


「おう。ケン」


 一人の男子が現れ、その彼に、三津谷さんが軽やかに返した。

 その男子は、見てすぐに体育会系だと思えるほど、がっしりしていて、かなり背が高かった。

 三津谷さんに向かい、手を合わせている。

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