三
「ねえねえ! 篠原くんてさ、もしかしてっ……」
「さっきの自己紹介で、行田って言ってたじゃんか。それってさどういう……」
「前にいた学校ってどんなトコ? 確か、朝日第三は橋の向こう……」
ホームルームが終わると、小林先生の数学の授業があった。
いまはその後の休み時間。ぼくは、予想していたとおり、新しいクラスメートたちの質問攻めにあっていた。
授業終了のチャイムと同時に彼らに囲まれ、ちょっとした壁ができあがる。
ひとりの女の子がまず話しかけてきた。けど、言い終わらないうちに、他の男の子がしゃべり始める。
顔と耳をどこに向けたらいいのか、ぼくは、ただの首振り人形となっていた。
「篠原くんて、あの篠原さんとなんか関係あるの?」
数人いる女の子の中でも、とくに目を引くひとりの女の子が、ぼくの机に手をついて訪ねた。
その大きな瞳がとてもキラキラしていて、つい見つめてしまった。
それにしても、「あの篠原さん」て、だれなんだろう?
ぼくがそう首を傾げていると、正面の人垣から、二本の腕が伸びてきた。
それをきっかけに体をねじ込んだ、三津谷さんの顔が現れる。
「ほらほら、そんないっぺんに質問したって、篠原が困るだけだろ?」
離れろと、みんなに指示するように、頭上で手を振った。
あちらこちらからブーイングが上がる。
さっきの大きな瞳の女の子が、ずいと三津谷さんに詰め寄った。
「ちょっと、なんで邪魔するのよ。あたしもみんなも、篠原くんと仲良くしようとしただけなのに」
「だからってそんなに矢継ぎ早に質問したって、答えられるものも答えらんねえだろ」
「だっていろいろ気になること訊きたいじゃない」
「気になるのも分かるけど、とりあえずはまだ初日なんだし──」
「あ、もしかして!」
「あ?」
目の前で繰り広げられている言葉の投げ合い。ぼくはどうしたらいいかわからず、一人でおろおろしていた。
後ろからくすくすと笑う声がして、それに混じる会話も聞こえた。
「また始まったよ。フウフゲンカが……」
「ホント、勇気と久野(くの)チャンてばあいかわらずだよな。ケンカするほど仲がよろしいってやつ?」
どうやら、大きな瞳の女の子は、久野さんと言うらしい。
しかも、三津谷さんとはフウフ──?
「勇気、あんた、篠原くんにヤキモチやいてるんでしょ~?」
「ええっ!?」
ぼくは、ここにいるだれよりも大きな声を出して椅子から立ち上がった。
その瞬間、やけに教室がしんとなった。ひやりとした空気が突き刺さる。
「あ……ごめんなさい」
ぼくは、みんなに頭をさげて、教室を飛び出した。
ものすごく恥ずかしいのと、あのクラスの持ち味だろう雰囲気に、水を差したような気がして、いたたまれなかったんだ。
「篠原!」
後ろから声が飛んだ。
足を止めて振り返ると、三津谷さんが坊主頭をかきながら、すまなそうに駆け寄ってきた。
「ごめん。あれは、ほんの冗談だから。リエも、悪気があって言ったわけじゃないと思うし……」
どうして、三津谷さんが謝るのだろう。
ぼくは、それに言葉を詰まらせていたのに。
「あ、そうだよな、リエつってもまだ分かんないよな。リエってのは、さっきおれに怒鳴ってたやつで」
「久野さん?」
「そうそう。その久野さんのこと」
三津谷さんの頬が持ち上がり、いままで以上にほころんだ。
もしかしたら、三津谷さんは久野さんのこと……。
そうか。やっぱり、そういう意味の「ふうふ」なんだ。
「……」
「ホントごめんな」
三津谷さんは、自分が悪いわけじゃないのに、さっきからずっと謝っている。
ぼくは、なんだか申しわけなくて、右手を大げさに振ってみせた。
「違うんだ。三津谷さんが謝る必要なんてない。ぼくが、いきなり大声を出したから」
「勇気」
「え?」
「同い年なのに、さん付けはおかしいっしょ。おれも人夢って呼ぶから、勇気な」
そう言って笑う三津谷さんが眩しすぎて、もはや直視できなかった。
「勇気」
そこへ、また声が飛んできた。
「おう。ケン」
一人の男子が現れ、その彼に、三津谷さんが軽やかに返した。
その男子は、見てすぐに体育会系だと思えるほど、がっしりしていて、かなり背が高かった。
三津谷さんに向かい、手を合わせている。
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