四
どんなにぼくがわがままを言っても、どうにもならないこと。
それでも、ああ言うのを止められなかった。
言ってしまったら、あとは意地の一点張りで、お父さんとは口をきかなかった。
すると、次の日、お父さんが仕事から帰ってこなかったんだ。
ぼくはたちまち不安になる。
『おとうさんは、ぼくがなにもいわなかったから、おこってかえってこなくなっちゃったんだ……っ』
考えれば考えるほど絶対にそうだと思えてきて、最後には、やっぱりお母さんに泣きついていた。
『おかあさん、おかあさんっ。おとうさんは、ぼくがきらいになったから、かえってこないの? わーん。ごめんなさい、ごめんなさいっ』
朝になって帰ってきたお父さんは、一晩泣きはらしたぼくの頭を、ただただ優しく撫でてくれた。
「あのときは本当にごめんね、お父さん……」
ぼくは、見慣れた角を曲がる車の中で、そう呟いた。
一緒にしたら悪い気もするけれど、一清さんの言った豪さんの「素直になれない」って、こういう感じのことなのかな。
そうだとしたらを思うと、ぽろりと笑みがこぼれた。
ぼくは、もう一つの期待も胸に、近づく我が家の明かりを見つめた。
玄関の戸を開けると、心配顔の広美さんと善之さんに迎えられた。
ぼくは、まず二人に謝り、一清さんに促され、二階へ上がった。豪さんの部屋の前でひとり、開かれることのないドアに向かって、「ごめんなさい」を繰り返す。
返事はなくても、それはそれで構わなかった。
ぼくの心はとても晴れ晴れとしていたから。
相手は聞き入れないだろうとわかっていても、なんとか声をかけてみる勇気。コミュニケーションを取っていこうと思う、大きな一歩。
それをちゃんと出せた気がしたから。
「おい」
何度目かの呼びかけを最後に、またあしたにしようと階段へ向かったぼくの背中に、大きな声がかかった。
まさか反応があると思ってなかったから、びくっと肩をすくめ、ぼくは振り返る。少し開いているドアから、豪さんが顔を覗かせていた。
「いいか。これからもう二度と、あのチビ坊主に変なことチクんなよ。……それと」
豪さんが部屋から出てきて、ぼくの目の前に立つ。
高圧的な視線はまだまだ健在だけど、不思議と、あのときのような恐さは感じなかった。
ぼくは、ただじっと豪さんを見上げていた。
「俺を『アニキ』と呼べ」
「……え?」
唐突すぎる言葉に、ぼくが聞き返すと、豪さんは視線を泳がせながら、自分の部屋へ引っ込んでいった。
「アニキと呼べ」
命令口調なのに、どこか照れくささも見え隠れしている。
それがすごく豪さんらしいと思った。
キツネにつままれて、ひょうたんから駒が出たような気分だけど、おかしさがお腹の底から湧き上がってきて押さえきれない。
ぼくはその場でクスクス笑っていた。
一つの家族として、ようやく迎えられるデイブレイク。
百八十度から、もう一つ遠回りして、見えてきた新しい世界の夜明け。
きっとあしたの朝は言える。
ううん、絶対に言おうって思った。
「お兄ちゃん、おはよう!」
と、とびきりの笑顔を添えて。
豪さんは一体どんな顔をするだろう?
それがいまから楽しみで、お兄さんたちが待っている階下へと、ぼくは軽やかに降りていった。
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