二
「信じる?」
「んー……まあ。自分の目で見たら信じるしかないと思うけど……」
勇気くんがあごを撫でた。それから、かっと目を大きくする。
「もしかして見たことあんの?」
「うん」
「マジ?」
「ゆうべうちに出たんだ。ここにほくろのある、背の高い人だった」
自分の頬をさし、頭の上に手をかざす。
途端にゆうべのうすら寒い感覚がよみがえってきて、ぼくは首をすくめた。
勇気くんは、またあごを撫でている。そして、空へ、キャップのつば越しにちらっと視線を送った。
「それってさ、普通にヒトなんじゃないの?」
ぼくは思わず足を止めた。
少し遅れて、勇気くんも立ち止まる。
「ヒト?」
「人夢が幽霊と思ったそれは、たまたま人夢んちに遊びに来ていただれかなんじゃないかな、と。ほくろとか、背の高さとか、はっきり見えてる感じもするし」
「でも、足はよく見えなかったよ?」
「そりゃあ、暗かったからでしょ。つか、行くよ」
勇気くんは、またさっさと歩き始めた。
「それにしても人夢って、怖い怖いとか言いつつ、見てるとこはちゃんと見てるよな」
「でも、そのだれかってだれだろう?」
「いや。それはおれに訊かれても」
たしかにと、ぼくは目を伏せた。
勇気くんがため息まじりに言う。
「豪さんの友だちとか? さっきバスの中で、ゆうべ豪さんは友だちと夕飯食べてきて、だから自分はひとりだったみたいなこと言ってたじゃん。だれか連れて帰ってきたんじゃないの? そんな話しなかった?」
「しなかった」
というよりも、ぼくは幽霊と思い込んでいたから、お兄ちゃんが友だちを連れてきたとは、発想すらしていなかった。
まさしく目からウロコだ。
冷静に考えてみれば、勇気くんの言った「普通に人」のほうが、ぼくも安心できるし、しっくりくる。
ただ納得のできないことが一つ──。
「だったらお兄ちゃん、友だちが来てるって普通に教えてくれてもいいのに。幽霊を見たことは一清さんには黙っておけなんて、変なこと言ったりして」
「友だちを連れてきたこと知られたくなかったからでしょ」
「……どうして?」
「だから。おれに訊かれてもわかんねえって」
急に、怒ったような声を勇気くんは出した。
ぼくはただびっくりしていて、次の言葉なんか出なかった。
気まずい空気が流れる。
そうなると、ぼくはもう後ろに引っ込むしかなくて、金魚のフンみたく黙って歩いた。
仲見世通りをすぎて、大きな松や梅、桜の木がきれいに植えられてある公園内に入った。
鹿の姿も多く確認できるようになってきた。
勇気くんのあとについていくだけのぼくは、ぐるぐると考えていた。
──なんでいきなり怒っちゃったんだろう。
でも、このままの雰囲気でいるのも嫌だと思って、勇気くんに声をかけようとした。
そのとき、後ろからグイとバッグを引かれ、足を止めさせられた。振り返ると、すぐ後ろに一頭の鹿がいて、ショルダーバッグをくわえていた。
「え……」
恐る恐る引いてみてもびくともしない。
ぼくは、ロクちゃんの世話をするうち、ある程度大きさのある動物も平気でいられるようになったけど、こんな予想外の事態には、やっぱり強く出れない。
「人夢!」
離れつつあった姿がまた近くなる。
大変な状況なのに、ちょっとほっとなった。
「待ってて」
勇気くんはそう残すと、どこかへ行ってしまった。
一人になって、ぼくなりに打開策を講じてみるけれど、ぜんぜん放してくれない。周りの人から、ちらちら見られているのにも焦った。
なにかを手にして、勇気くんが戻ってきた。仲見世通りで売られていた鹿せんべいだ。
それを目ざとく見つけ、鹿がカバンを放した。なかなかパッケージを開けられない勇気くんを鼻で突いて急かしている。
「ちょっと待てって。ちょっ」
最初は笑いも混じっていた声が切羽詰まったものへ変わっていく。
カバンを拭きながらぼくは顔を上げ、すぐさま目を丸くした。
勇気くんの周りにすごい数の鹿が集まっていた。
「見て。あの子」
「やだ、大丈夫なの」
「モテモテじゃん」
「でも大変そう」
あまりの人気ぶりに、苦笑いで通りすぎていく人たち。
ぼくもちょっとおかしかったけど、笑っている場合じゃなかった。でも追い払うこともできず、傍観するだけになっていた。
「人夢。ほら」
鹿を避けながら勇気くんがきて、鹿せんべいを差し出した。
「え?」
「お前のぶん」
戸惑っているぼくの手を取り、鹿せんべいをぽんと乗せた。
まだパッケージされている新しいのだ。
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