二
「タバコ吸ってくるって喫煙所へ行った。あ、お前。このカートはな、ピーマンの乗車禁止」
ぼくが入れたピーマンを、お兄ちゃんが陳列棚へ返した。
「えー。じゃあ、きょうの夕ご飯、広美さんがチンジャオロースー作るって言ってたのに、作れなくなるじゃん」
「したら、にんじんジャオロースーにでもしてもらえ」
「……なにそれ。というか、チンジャオロースーのチンて、ピーマンて意味なの?」
「さあ。知らねえ」
「……」
「おい、人夢。魚は? タイ買おうぜ、タイ」
ぼくが手を離してしまった隙に、お兄ちゃんはもう鮮魚コーナーへ行っていた。ピーマンを持ち、その後ろ姿を慌てて追いかける。
「待って、お兄ちゃん。今度はこっち」
追いつくと、ぼくは無理やりカートを方向転換させた。
「おま、ちょっと待てよ。それこそ余計なもんだろ」
「余計じゃないよ。好きなの買ってきていいって、広美さんが言ってくれたんだから」
お菓子の陳列棚へ向かい、なににしようかなと見て回ろうとしたら、ぼくの掴んでいたカートがいきなり動かなくなった。
振り返ると、お兄ちゃんが白々しくそっぽを見た。それなのに、がっちりと手には力を入れている。
ぼくがカートを揺らしても、思いっきり引っ張っても、当然びくともしない。
「……なんでっ、そんな意地悪するかなっ」
「んな力じゃあ、ぜんぜん進まねえぞ」
「ちょっと!」
そのうち疲れてきて、やむなく手を離した。
すると、水を得た魚のように、お兄ちゃんはカートを押し走っていった。
「はあ?」
……ほんと、いちいちつき合うのも疲れる。
どうしたらいいんだろうと思案していたら、いま消えたばかりのお兄ちゃんが戻ってきた。
「人夢。走れ!」
お兄ちゃんが叫んだ。後ろへ行けというふうに手を振っている。
わけがわからず、突っ立ったまんまでいたら、お兄ちゃんがすれ違いざま、ぼくの手を掴んだ。
「なに、どうしたの?」
「いいから。後ろは見ないで急げ」
見るなと言われても、気になるものは気になる。
ぼくは走らされながら振り返ってみたけど、普通にお菓子を買っている人ばかりだ。特に変わったことはない。
「つーかまえた」
陳列棚の切れ目で、お兄ちゃんが折れ曲がろうとしたとき、カートが激しい音を立てた。
お兄ちゃんはぴたっと立ち止まる。もちろん、ぼくも。
カートを掴んで、だれかが立ちはだかっていた。
とてもきれいな背の高い女の人。茶色のショートボブで、青いワンピースを着ている。
ぼくは初めて見るその女の人は、なぜかお兄ちゃんを睨みつけていた。
「なんで、あたしの顔見て逃げるわけ?」
「べつに」
「やましいことがあるんじゃないの?」
「ねえよ」
お兄ちゃんは吐き捨てるように言ったあと、舌打ちをした。
どうやら、お兄ちゃんの知り合いみたいだ。なのに、かなりの険悪ムード。
ぼくはハラハラしながら、二人の顔を交互に見た。
「それよりあんた、どうして連絡してあげないのよ」
「おめえには関係ねえ。つうか、なんでいちいち首突っ込んでくんだよ」
「そうでもしてあげなきゃ、あんたたち、いつまでたっても仲直りしないからじゃない。ほんと、変な意地張り合ってるんだから」
「……」
「あの子、こっそりプールに行ってるのよ」
ぼくの手首が締めつけられた。
びっくりして肘を引くと、お兄ちゃんも、ぼくの手を握ったままだと気づいて、ぱっと放した。
「わ、わりぃ」
「あれ……。もしかして、キミ」
その女の人が、ぼくに視線を移す。
「トムくんじゃない? トムくんでしょ?」
それまでお兄ちゃんに目くじら立てていたのがうそのように、女の人は笑顔になった。
とりあえず、ぼくは頷いた。
「やっぱりね。ケンの言ってた通りだもの。あたし、ミホっていうんだけど、トムくん。ケンって知ってるでしょ?」
──ケン?
と、ぼくは呟いて、ちょっと考えてみた。でも、心当たりは一人しかいない。
「仙道の……健ちゃんですか?」
「そうそう。あたし、健のアネキなの」
「ええっ」
ぼくはとてもびっくりして、健ちゃんのお姉さんだというミホさんをじっくり見た。
そう言われてみれば、似てるような感じもする。
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