四
そのあと、頭を抱えていた。
あれは絶対に悔しさの表れだと思う。
ぼくは、勇気くんの背中へ回していた腕に力を込める。
「それにしても、おれってすげえかも。会いたいって念じてたら、本当に来た」
体はわずかに離れたけど、手はまだそこへ残したまま、ぼくは小首を傾げた。
勇気くんはしたり顔で、笑っている。
ぼくらはそのあとベンチに座って、他愛もない話をした。
こんなにひっそりとしている公園は初めてで、会話に穴が空くたび、ぼくはそれを埋めるのに必死になっていた。だから、いつになくお喋りになっていたと思う。
ロクちゃんはというと、すっかり大人しくなって、ぼくの前でずっと伏せの状態だ。ときおりあくびをしたり、こっちへ耳を向けたりしている。そのうち、伸ばした前足にあごを乗せて、目を細めた。
「あ、そうだ」
再び会話が途切れ、ぼくが次の話題を探していると、ぱっと勇気くんがこっちを向いた。
「また二人でどっか遊びに行こうな。これからはしばらく、土曜か日曜のどちらか丸っと休みだし」
「うん」
「今度はどこ行こうか? 動物園か遊園地か……水族館もいいよな」
うん、と返事をしかけて、ぼくはふと、健ちゃんの言葉を思い出した。
「勇気には内緒でね」
それを勇気くんに話そうとして、ぼくはちょっとためらってしまった。
そもそも、だれだれとどこそこへ行くなんて、いちいち報告することじゃないのかもしれない。
そうやって一度つまずいてしまうと、ほかの話題を出すタイミングもなかなか掴めなかった。
映画なんかもいいよな、と続けている勇気くんの横で、ぼくは口をつぐみ、ロクちゃんへ視線を落とした。
「どうした、人夢? もしかして映画だめ?」
「ううん。だめじゃないけど──」
頭の中で、もう一人のぼくが言う。勇気くんにはやっぱり話したほうがいいよ、と。
内緒にする必要はないと思っているのに、話さないでいたら、結局は、健ちゃんの言われた通りにしてしまうことになる。そっちのほうが、勇気くんには悪いんだ。
「あ、あのね」
「おれ、思ったんだけどさ」
ぼくが口を開いたと同時に、勇気くんはそう言って立ち上がった。
ロクちゃんも驚いたみたいで、前足からあごを離して、顔を上げた。耳をピンと立たせる。
「夏休みが終わるまでの毎日、いまぐらいの時間に待ち合わせて、ここで会うってのどう? ……いや、会いたいんだ」
ぼくに背を向けたまま、勇気くんは忙しなく坊主頭を撫でた。
「もちろん、人夢さえよかったらの話で……」
「うん、いいよ」
「あ、でも。都合の悪いときは無理に来なくていいから」
「……じゃあ、少し待っても来なかったら、その日は都合が悪かったってことで。お互い、恨みっこなしね」
ぼくがにっこり笑うと、またとなりに座った勇気くんは胸を張るようにベンチの背もたれにそっくり返った。
「おれは絶対、毎日来るけどな」
「なら、ぼくだって。勇気くんの顔、毎日見たいもん」
ぼくも負けじと背を反ったら、ぷっと笑われてしまった。
「それより人夢さ。時間は大丈夫? あんまり長居してると、お兄さんたち心配するんじゃないか?」
つい夢中になっていたのに気づいて、ぼくはベンチから立ち上がった。公園にある時計に目をやる。
闇にぼんやりと浮かぶ時刻は、もう九時を回っていた。
「ロクちゃん、行くよ」
あしたも会えるんだ。きょうはこのまま帰ろう。
それでも名残惜しさを感じ、勇気くんを見ると、なにかを悟ってくれたような顔をして、ベンチから腰を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます