約束
一
「マジかよ。だったら、今夜は祝勝会で決まりだな」
帰宅したぼくが台所の戸を開けると、そんな声が居間から飛んできた。
善之さんだ。
通りすがりに目をやると、善之さんは座卓にいて、すごくうれしそうに携帯電話の相手としゃべっていた。
その声は、流し台で手を拭いているぼくへと、徐々に近づいてくる。
「もちろん来るなっつっても顔出すよ。……ああ。わかった。じゃあ、またあとで」
携帯を食卓に置き、善之さんはニコニコして、ぼくに視線をくれた。
「三津谷が勝ったらしいぞ」
「え?」
「なんだ。聞いてないのか? きょう大会があって、人夢の学校が優勝したんだ」
野球の試合があることすら、ぼくは知らなかった。
しかし、優勝という言葉を思い出して、じわじわとうれしさが湧き上がってきた。しかも、勇気くんがピッチャーを務めた試合だ。
「本当に? すごいね!」
「これで全中に出れる。快挙だな。まあ、三津谷ならやってくれると、俺は思ってたけど」
まるで自分のことのように、善之さんは喜んでいた。
ぼくは、食卓の携帯を見やる。
「もしかして……いまの電話、勇気くんから?」
「いや、OB仲間から。そういえば人夢は知らないよな? 俺、三津谷の先輩にあたるんだ。野球部の」
そこへ、今度は固定電話が鳴り、その音にすぐ反応した善之さんが居間に戻った。
我が家で家電が鳴るのはすごく珍しい。お兄さんたちへの電話は、それぞれの携帯にかかってくるからだ。
「お前に電話だ。担任の先生から」
善之さんに呼ばれ、ぼくはびっくりした。
小林先生からと聞いて、にわかに緊張も走る。ゆっくりと受話器を取った。
「もしもし、代わりました」
「篠原? 急に悪いな。学校から緊急の連絡があるんだが、先生うっかりしてて、連絡網に篠原を入れるのを忘れていたんだ。それで今回は直接かけさせてもらった」
ぼくは、はいと頷いた。
「もしかしたら、篠原の耳には入っているかもしれないが、きょう、三津谷の所属する野球部が中総体で優勝して、全国大会への出場を決めた。その壮行会を、あさっての金曜に行うことになったんだ。だから、あさっては、いつもの時間までに登校して、すぐに体育館へ集まってほしい」
先生は口早にしゃべり終えると、ぼくの返事を聞いてから電話を切った。
受話器を置いた途端、また電話が鳴った。息つく間もなく、もう一度、受話器を耳にあてがう。
息を呑むような間が相手にもあって、ちょっとしてからしゃがれ声が返ってきた。
「──人夢?」
「はい……って、勇気くん?」
それにしたって、ずいぶん声がかすれている。
「おう。久しぶり」
「どうしたの? 風邪でも引いた? すごい声だよ」
勇気くんの返事がなく、ぼくは心配になった。
具合が悪くて、野球の試合も無理して出ていたのだとしたら、それは、おめでとうの一言で片づけられなくなる。
「勇気くん?」
「みんな、人夢みたいなこと言うんだけどさ、おれの声、そんなに変か?」
「変じゃないけど、急に大人になったみたいな──」
と口にしてから、ふと気がついた。
「もしかして……声変わりとか?」
「それもあるみたいだ。人が言うほど、おれは変わっていないと思うんだけど」
そういえば、健ちゃんは小六のときにキたと言っていた。
ぼくは声どころか、身長だってぜんぜん変わらない。
それには個人差があって、自分じゃどうにもならないこともわかっている。だけど、二人に置いてかれた感は、やっぱり否めない。
「ま、応援で声を出しすぎたってのもあると思う」
「でも、よかった。具合が悪いとかじゃなくて」
「うん」
「ほんと、優勝おめでとう」
勇気くんが受話器の向こうでクスッと笑った。
「知ってたんだ?」
「うん」
「あ、善之さんか……」
「とっても嬉しそうにしてたよ、善之さん。三津谷ならやってくれると思ったって」
台所のほうをちらっと見て、ぼくは言った。
しかし、善之さんの姿はない。
「ところでさ、人夢。あした、なにか予定とかある?」
「……え?」
「あしたの練習、午前中で終わりにするって顧問の先生が言ったから、久しぶりだし、人夢と会えたらいいなと思って。だから……」
「うん!」
勇気くんが言い終わらないうちに、ぼくは大きく頷いていた。
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