二
ぼくは、べつに二人の仲を心配していたわけじゃないけれど、健ちゃんに肩をガシッと掴まれ、つい頷いていた。
「俺たちは温かく見守っていようよ」
「う、うん……」
「ところで人夢くん。話しは前に戻るんだけど」
なんだかとても声が弾んでいる健ちゃんは、ぼくから手を離して、ロクちゃんを見た。
「豪さんはキツい性格であると同時に、結構カワイイところもあってさ。たとえば、その犬の名前、なんでロクっていうか知ってる?」
「……ううん」
「篠原さんたちはみんな、数に関するものが名前に入ってるんだ」
一清さんは漢字の一がついて、次郎さんはじが二って意味で、広美さんはみが三の意味。よもしも四となる善之さんと、豪さんの五。
健ちゃんはそう、にっこり笑って続けた。
「じゃあ、ロクちゃんのロクって……」
「そ。まんま数字の六ってこと」
五の次のロク……。
そのなにげない名前に、とても深い願いがあることを、いま知った。
豪さんは、本当は弟がほしかったんだ。それも本物の。
ぼくみたいなニセモノなんかじゃなくて……。
「あ、でも、人夢くんもロクだね。むって、六って意味にもとれない? だとしたら、これはもう運命だったのかもな。なるべくして篠原さんの弟になる運命」
「運命……」
という言葉は、いままであまりピンとこなかったけれど、今夜だけはすがりたい気分だ。
「健ちゃん──」
ありがとう。
そう言おうとしたら、右手を引っ張られ、遮られた。急にロクちゃんが駆け出したのだ。
無理やり走らされ、公園の出口が迫るところで、ぼくは振り返った。
よく転ばなかったと本当に思う。
「健ちゃん、ごめんね。またあした!」
ベンチから動いてなかった健ちゃんを確認して、ぼくは思いきり叫んだ。ロクちゃんに引っ張られるまま公園を出る。
少し走ったところで、背後から声をかけられた。
ロクちゃんもピタリと止まり、やってくる人物へと振り返った。
「よかった。近くにいて──」
広美さんだった。
ぼくの顔を確認した広美さんは、ひざに手をついて前屈みになった。肩が大きく上下している。
そんな姿を見て、広美さんが結構なあいだ、捜し回ってくれていたのだとわかった。
ぼくが謝ると、広美さんは首を横に振って、上体を起こした。
「ロクがいなかったから、散歩をしてくれてるんだろうとは思ったんだけど、念のため。時間も時間だし」
「でも、広美さん。きょうは遅くなるって」
「豪がちゃんとやってくれたか心配で、仕事を抜け出してきたんだ。案の定、俺が買ってきた焼きそばの材料はまんま残ってるし、思いきり不機嫌な兄貴がメシ食ってて」
さっきの一清さんと豪さんのやりとりを思い出して、ぼくは唇を結んだ。
ロクちゃんの綱を握り直し、目を伏せる。
「そろそろ帰ろう」
広美さんに肩を叩かれた。
しかし、その一歩をためらってしまったら、歩き出すタイミングを完全に失った。
すぐに心配そうな声が降ってくる。
「どうした?」
「ううん、なんでも……。ごめんなさい」
今度は背中をポンポン叩かれた。
「兄貴と豪なら、人夢が気にする必要なんてない。悪いのは、夕飯を作らなかった豪なんだし。あれだけ言っておいたっつうのに」
ぼくは首を横に振った。
「……豪さんは、広美さんに言われたとおり、ぼくに焼きそばを作るために用事を早く切り上げて帰ってきてくれたんです。一清さんだって、ぼくを気にかけてくれたから──」
その先は言えなかった。
あんなこと、もう二度と起こってほしくない。
ぼくが発端ならなおさらだ。普通だったら、起こらないケンカなんだから。
そうして黙り込んでいると、広美さんの長いため息が聞こえた。
「そういえば、人夢は一人っ子だったんだよな。それが、いきなり五人の兄貴か。俺なら、たぶん無理だな」
顔を上げたと同時に、ぼくは頭を撫でられた。
「お前は本当に偉いよ。だから、急がなくていいから、ゆっくりとウチに慣れて、それで本物以上の兄弟になれたら……すごく素敵なことだと思う」
広美さんが微笑む。
むしろ、その笑顔のほうが素敵で、ぼくはもらい笑みをこぼした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます