第25話 理由

「どうしたんだ?」


 俺は何事もなかったかのように明るくそう問いかける。


「ハルナオは、舞彩マイ姉のキス……嬉しくないの?」


 やはり見られていたか。けど、恵留エルに誤魔化しはきかない。この子とは真っ正面から向き合わないとな。


「嬉しくないわけじゃない。でも、不安なんだよ」

「不安?」

「すべてが嘘じゃないかって思ってしまうんだ。恵留も俺の記憶は共有してるんだろ? 俺が中学の時、女の子にいたずらで告白されたトラウマは消えないんだよ」


 なにかの罰ゲームで、俺に告白するという遊びだったと思う。ウブなその頃の俺はすっかり騙されてその気になって、一気にその気持ちを突き落とされた。


「うふふ、バッカじゃない?」

「あはは! 本気にしちゃったんだ」

「ふふ、レイカがあんたなんか好きになるわけないじゃん」


 その子たちの笑い声は今でも心の奥底にこびりついて離れない。


 もちろん、俺の女性不信はそれだけでここまで拗らせたわけでは無く、このエピソードは数あるうちの一つだ。


「うん。知ってる。ひどいと思う。あたしがその場にいたら……ううん、そんなことありえないんだよね。けど、あたしも悔しいよ」


 恵留らしい答えだ。不器用なのに、本当はまっすぐに生きたくて、いつも心に迷いを持っている。


「ありがとな。まあ、そんな感じで、俺は時々女の子が信じられなくなる」

「舞彩姉の気持ちは嘘なんかじゃない。舞彩姉は本気でハルナオを好いているよ。舞彩姉だけじゃない、愛瑠メルも……それから……あたしも」

「それはわかってる。けど、喩えが悪いんだが、俺は本当はギャルゲ……恋愛ゲームが好きじゃないって知ってるか?」


 俺の記憶の中では、何十タイトルもの恋愛ゲームをやり倒した。けど、本当はすべてのゲームを気に入っていたわけではない。主人公になんの魅力もないのに靡いてくる女の子たちには違和感を抱いていた。


 こいつには本当に『惚れられる価値』があるのか? って。


 だからこそ、自分がその立場になった時、同じような釈然としない気持ちを感じてしまった。


 俺がこの子たちを好きでも、この子たちには俺を好きになる理由はないんじゃないかって。


「ハルナオの心の中まではわからないけど、同じゲームでもハマるやつとハマらないのがあったよね。それはなんとなくわかるよ。女の子が主人公を好きになる理由なんでしょ?」

「そうだな。理由がなかったりいい加減なものは、やっていて興醒めする。けどさ、それが自分の身に降りかかるとなると複雑だよ」

「だからハルナオは不安なんだね」


 恵留が俺の手を両手で握り、涙を浮かべるようにそう言った。まるで俺の心とシンクロするように。


「悪いな。おまえたちが信用できないのとは少し違うんだ。俺自身の心の問題……自分自身は誤魔化せないんだよ」

「ねぇ、ハルナオ。前に愛瑠が言った言葉覚えてる?」

「愛瑠が言った言葉?」

「ハルナオの知識を一生懸命読み込んで、それでハルナオを好きになったって」


 ああ、そんなことがあったな。あれで恵留とも喧嘩になりかけたんだっけ。


「あたしたち使い魔はね。実体化する時にハルナオの記憶を共有するの。あくまで記憶だから、心の中まではわからないんだよ。けどさ、それでハルナオがどういう人なのかはわかるんだよ。女性不信になる前のハルナオは、積極的に女の子に優しくしてたよね? 小学生の時のハルナオはいじめられてる子を助けてたりしたじゃん」


 ある意味、黒歴史ではある。


「まあ、あの頃はアニメとかのヒーローに憧れてたからな」

「それに二次元の女の子だって、ハルナオは誰でも好きになるわけじゃない。きっかけは外見だけど、ハルナオはヒロインの行動とか、そういう内面に惚れ込んでるってあたし知ってるから」


 恋愛は理屈じゃないとわかっていても、理由を求めてしまう。だから、俺はそれに従っていたのかもしれない。女の子に恋する理由を。そして、相手に好かれる理由を。


「……ある意味情けないな」


 頭空っぽにして惚れ込んでしまえば、迷いなんてなくなるのに。そんな理由にしがみつくなんて……。


 そもそも二次元キャラへの愛情は一方通行。双方向など想定してない。


「あたしはハルナオが好き。この気持ちは嘘じゃない。愛瑠と同じで、あなたがどんな人なのか理解した上で好きになったの。けど……」


 恵留は不安そうに顔を伏せる。そして続けてこう言った。


「ハルナオがあたしを好きなのは、理想の女の子として描いただけでしょ? それは本当にあたしを好きになったことじゃない……同じなんだよ。あたしとハルナオは」


 そこで、はっと気づかされる。お互いに自分に惚れるのが当然だという状況で、その葛藤で苦しんでいたのだ。


「ごめん。恵留……俺は」


 俺も恵留も自分に自信がなくて、それゆえに戸惑ってしまっている。相手の『好き』は本物なのかって?


「同じなんだよね。あたしたちは」

「似た者同士か……」

「うふふ、そうだね」


 顔を見合わせて苦笑する。そんな彼女を愛しく感じた。


 そもそも恋愛というのは、俺がやってきた恋愛ゲームのように受け身なものではないはず。


 まず最初に、俺自身が誰かを好きになるというところから始まるのだ。そこから逃げてはダメだ。


 たしかにこいつは俺の理想を具現化したけど、中身まで設定されているわけじゃない。だからこそ、この子と正面から向き合うべきだと。


「なあ、恵留。俺はおまえに感謝している。けど、感謝だけじゃない。そういうおまえが好きなのかもしれない」

「ありがと、ハルナオ。あたしもあなたが好き。この気持ちは嘘じゃない」


 俺たちは互いに求めるように抱き合う。シナモン香りが俺の心を高揚させた。


 相手が自分を好きな気持ちが信じられないなら、どうすればいいのか?


 それは相手にもっと自分を好きになってもらうことだ。今の気持ちを信じられないなら、未来の気持ちを今以上にするべきなのだ。


「なぁ、今日、お前の部屋に行っていいか?」


 彼女の気持ちに応えるためにも、俺は恵留を全力で愛そう。


「……うん、いいよ」

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